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  東方な日々。 作者:春風夜風
幻想郷とはいうものの、内側に住む者たちにとってそれは幻想でも何でもなくて、どこまでも現実的リアルな日常が広がっているのだと思います。

そんなこんなで、どうも。先程google様で(東方 トリック)と検索をかけたところ、似たような同人誌を見つけてしまい、軽く鬱が入っている春風夜風です。

これで番外編の完結です。事件は解決します。そしてやはり長いです。コーヒー片手に暇な時にお読みください(笑)

それではどうぞごゆっくりご覧下さいませ。
紅魔郷組
番外編 東方TRICK 空中浮遊の男③
 朝だ。というか私は朝というものが嫌いだ。いや、正確には朝早く起きることが嫌いだったりする。
 ……おはよう。皆のアイドル魔法使いこと、霧雨魔理沙だ。
 私は現在、マジカル☆増田というペテン師を倒すため、仕方なく信者として生活している。まあ正確には生活を始めた、という段階なのだが。それでも他の信者たちと共に、こんなボロ臭い屋敷の狭い部屋で一晩を明かしている。……もう一度言おうか。私はここで“一晩”明かしているのだ。それはこのボロくて狭い部屋で、昨日は就寝したという事なのだ。
 ところで、枕が変わると眠れなくなる、という人間がこの世に存在するのはご存じだろうか。これはどちらかと言うと、いつもと違う状況、状態では眠れない、という比喩で使用されることが多いので、正確な例えとは言えないのだが、まさしく枕が変わると眠れない人間も確かに存在する。つまり私だ。
 要するに何が言いたいのかというと、昨日、私はあまり寝ていないのだ。ここに泊ることになるなんてのは考えておらず、枕だって持ってきていない。あまりに急な話だったし、その後もなんやかんやとあり、持ってくる時間は無かったのだ。
 私は、自分の枕さえあればどこでだろうと眠れるのだが、それが無いと自分の部屋でさえ眠れない、とてもデリケートで繊細な女の子だ。故に昨晩はほとんど寝れていないのだ。今、眠くて眠くて仕方ないのも、無理のない話だろう。
 だがしかし、そもそも魔女というのは夜更かしする生き物だ。夜に空を見上げれば魔女が飛んでいた、という経験は誰しもあることだろう。夜は魔女の世界だ。いや、むしろ夜更かしする者こそが魔女とも言える。夜更かしすれば朝を苦手とするのは至極当然の話。つまり存在の定義からして魔女は朝が苦手なのだ。生態的に向いていないのだ。故に私が朝を苦手としていることだって、何の不思議も無いのことなのである。
 つまり私が何が言いたいのかというと、要は私は眠いのである。・・・さっきも言ったな。二度も言うという事はよほど重大なことだ。それほどまでの眠気に私は襲われているのだ。だったら寝ればいいじゃないかとう声が聞こえてきそうだが、現状、私にはそれをすることが出来ない。如何ともし難い現実によって、それは阻まれている。つまり、
「パチュリーよ。その足をどけてはくれないか?」
 年中引きこもりクソ魔女こと、パチュリー・ノーレッジの左足が、私の腹の上に思いっきり乗っかているからだ。まさにクリティカルヒット。ジャストミートで私の腹に乗っている。
 ところで昨晩私たちは、狭い部屋の中にも境界線をきっちり引き、「ここから先は俺の陣地。入ったら殺す」と、清く正しい就寝に着いていた。その時点では二人の位置は極力離してあっので、夜中のうちにこうなったのだろう。しかしどんな寝相だ。どんなアクロバットだ。つーか苦しいぞ。息が出来ない。酸素が薄い。だが私が一番腹が立つのはそんなことではなく、
「ふふふ。アインシュタインよ。その光のそりに乗っているのは私だ……むにゃ」
「どんな寝言だよ」
 一切、足をどける気のないパチュリーが、未だ夢の中ということだ。いや、起きていて乗せているなら、それこそ腹が立つが、今の現状もよっぽど腹が立つ。そもそも、他人の上に足を乗せるってどういうことだよ。礼儀というかマナーというかそれ以前の問題だろ。気持良さそうに寝やがって、私は全然寝れてないんだぞ。ん? いや、おかしいぞ。起きていたはずだ。何で足を乗せられるまで気が付かないんだ。何でこんな大惨事を防ぐ事が出来なかったんだ。
 そうか。魔法か。魔法を使ったに違いない。魔法の無駄遣いをしやがって。
 段々と怒りの炎が全身を蝕んでいく。枕が変わったら眠れない、という私のアイデンティティーすら奪ったクソ魔女に、怒りの炎が燃え上がる。そもそも私は、昨日、雑用押しつけられた件もあり、パチュリーに対して良い感情を持っていないのだ。そんな大胆なスキンシップを行う仲では断じてない。
 私の怒りの炎は、どんどんと拡大延焼していく。消化器程度では消せやしない。そしてその怒りが有頂天に達したとき、私はパチュリーの足を本体ごと投げとばしながら起き上がった。
「そおぉいっ! どきやがれ!」
「むきゅっ?」
 妙な声を上げながら、舞い上がるパチュリーの体。可愛くねーよ。といか意外と軽いな。簡単に飛んだぞ。
 奴はそのままゆっくりと放物線を描きながら飛んでいく。だが私は、奴が飛んでいった方向にちゃぶ台があることを確認してしまった。瞬間、パチュリーに手を伸ばす。しかし、止めようと思った時にはすでに遅し。スローモーションの世界の中、奴の頭ははちゃぶ台の角にぶつかった。
「っ、ノォォォォッ!! 世界の財産たるこの私の頭脳がっ!」
 悲鳴を上げながら転がる回るパチュリー。頭を抱えながらバシバシと床を叩く。だがそんな光景すらどこか腹が立つのは何故だろう。不思議と悪かったという気分にさせないのも何故だろう。「私の革命的な頭脳が!」とか、「世界が羨む最強の美貌が!」とか、言っている事が大きいかもしれない。相変わらず自尊心は高いようだ。
「……もう一度寝てくれればいいのに」
 起きて早々、頭が痛くなる私なのだった。

 と、そんなこともあって、少し早いが私は活動を始めることにする。外はまだ暗い。そして寒い。だが目は冴えてしまったし、これからの事を考えると、今更眠りたくもない。洗面台で顔を洗って目を覚ますことにした。
 蛇口を捻る。少し間をおいて水が流れてくる。この季節、朝の水は冷たい。見ているだけで寒くなりそうだ。だが、私は朝は冷水のほうが好きだたりする。シャキッと目が覚める。夏場のぬるま湯では洗った気にならないのだ。
 そうして冷たい水で顔を洗う。やはりどうしようもなく冷たかったが、目は完全に覚めた。髪をかきあげながらタオルで顔を拭き、正面にある鏡を見る。うん、OK。おめめパッチリ、お目覚めバッチリ。霧雨魔理沙の出来上がりだ。
 それからしばらく寛ぐ。朝の集会にはまだ時間がある。頭を押さえ続けていたパチュリーも、ようやく動き始める。いつ見ても眠そうな顔だったけど、本当に眠たいときはあんな顔になるらしい。一応パチュリーにも恥じらいがあると思うので、ここで深くは言わないが。
 そうこうしていると、ふいに部屋の中から物音が聞こえた。人の声だ。幽霊でも出たかと少し驚いたが、それは備え付けのスピーカーから聞こえていたようだ。どうやら放送設備も備わっていたらしい。ひょっとすると、昔そういう事に使っていたのかもしれない。館内の各部屋から放送のチャイムが鳴り響く。同時にごそごそと人が起き出す。そして小声の「マイクのテスト中」の後、朝からはあまり聞きたくない増田の声が、スピーカーから流れ始めた。
『マジカルッ☆! 皆さんおはようございます。良い朝ですね。ところで、大変急な事ではありますが、ただ今より私の新しい魔術を皆さんに披露したいと思います。マジ会の皆さんは全員、一階ホールに集合して下さい――』
 どうやら増田は、どうあっても私たちと対決するつもりらしかった。


「悪いわね、魔理沙。判断を誤ったみたいだわ」
「いいさ。確かにあの時ケリをつけようとしても上手くいかなかったと思う。増田も馬鹿じゃなかったってだけの話さ」
 一階に降りる最中、パチュリーが私に謝ってきた。……大丈夫、ちゃんと分かっている。どの道この勝負は、私達が不利になるように出来ていた。初めからそうだったんだ。
 私の目的は、増田を倒してそれで終わりじゃない。魔奈美を開放してやることが、あいつの目を覚ませてやることが目的なんだ。増田をぶっとばしても、魔奈美が納得できなければ私の目的は達成されない。奴のインチキを完全に暴いて、徹底的に追い詰めてやる必要がある。一切逃げ場のない、完璧な論理とその証拠を、全員の前で叩きつけてやらなければ駄目なのだ。一晩冷静に考えて、それが分かった。
 いいさ。上等だ。どんな奇術だろうが、全部まるごと暴いてやる。完膚なきまでに叩きのめしてやる。そして魔奈美をこんな場所から連れ出してやる。
 そうして一階のホールに着く。そういえば、一番最初のトリックもここで見せられたんだっけ。そう思いながら周りを見渡す。だが、そのあまりの様子の違いに驚いた。随分と様変わりしている。一瞬、部屋を間違えたかと思った。だって何とそこは、舞台と観客席とが設けられ、本当のマジックショーでも行うかのように改装されていたのだ。テカテカの装飾まで付けてやがる。窓は全て閉め切られており、厚めのカーテンで覆っている為、室内は薄暗い。さらに舞台には、スポットライトやスモークまで炊いており、何やら本格的な雰囲気だ。
 昨日私が銅像を磨いていた時には、こんなものは無かった。昨晩のうちにこの全てを作ったのだろうか。それこそ魔法のような気がするが、それは増田の執念というやつなのだろう。
 私たちが着いたのは最後の方だった様で、すでに何人もの信者たちが席に座り、増田のショーの開始を待っていた。私もそれに倣い適当な席に座る。パチュリーは……すでに見あたらない。迷子にでもなったらしい。だがそれにしても狭いな。窓から風も入らず暑苦しい。さらにポップコーンとコーラも無い。本当にショーをする気があるのだろうか。だが私の不満を余所に、周りの信者たちはショーへの期待で興奮気味だ。こいつらの鼻息もこの暑さに一役買っているに違いない。
 そして、そうこうしているうちに、準備が出来たのかステージの上に増田が立つ。相変わらず眉毛が無い。それを除いても腹立つ顔だ。増田と目が合う。私はそれを黙って目を細めて睨み返す。すると、奴は、全員に聞こえるようにマイクを使いつつも、完全に私に向かってしゃべりだした。
『マジカルッ☆! どうも皆さん。こんなに朝早くに集まってもらい申し訳ございません』
 まずはありきたりの挨拶。そんなものはどうでもいい。早く本題に入れ。私は黙って増田を睨み続ける。
『さっそくですが、今日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。何とこの中に“裏切り者”がいることが昨夜分かりました』
 バレている。私たちが倉庫に忍び込んだことを、奴は知っている。
『それが“誰なのか”は、残念ながら分かっていませんが、まだ私の力を信じず、奇跡の水の存在を否定する者がいることは、大変残念に思います』
 馬鹿馬鹿しい三文芝居。信者たちの視線が私たちに向く。増田は自分が裁くのではなく、信者たちに裁かせようというのか。
『そこで、私は今ここで、“本物”の魔法というものを披露したいと思います。そうすればきっと、その者たちにも分かってもらえるでしょう。私が“本物”の魔法使いであることが……』
 そういって増田は何やらごそごそと機械を動かし始める。四角い薄い箱。それはどう見てもビデオデッキだった。そのビデオデッキからはよく分からないコードが何本も出ている。成程、よく見れば舞台上には、スクリーンとプロジェクターまである。ショーというから奴がこの場で何かするのかと思ったが、そうではないらしい。これじゃあ本当に映画館の気分だ。なおさらポップコーンとコーラが恋しくなる。
「えーっと、あれ? おかしいな」
 何やら不穏な動きをする増田。機械オンチらしい。散々苦戦している。そんな増田の背中からは哀愁さえ漂っている。
 おい、何やってんだ。ちゃんと練習しとけ。観客を待たせるな。イライラしながらも私は待つが、増田のアホは未だにリモコンと格闘している。腹が立った私はついに我慢が出来なくなり、ステージの上の増田からリモコンを奪う。何だ、こんなもん簡単じゃないか。ピッピッピとビデオを再生し私はまた観客席に戻る。途中、増田から礼を言われたが、聞こえないことにした。
 そしてスクリーンに映像が映し出される。その中にはまた増田がいた。ニヤニヤしている。腹が立つのはビデオにしても変わらないということが分かった。ついでに眉毛も無いことが分かった。
 増田は今とは違い、黒のローブを着ている。若干体が締まって見えるので、そっちを優先的に着用した方がいいと思ったが、今はそれはどうでもいい。
 映像が変わった。今度は真っ黒な背景の中に増田がいた。後ろの背景とローブの黒とで、一瞬首と手だけで浮いているように見えたが、さすがにそんなちゃっちい手品ではないらしい。増田の手には煙草が握られている。今度はこれを空中に浮かべるつもりだろうか。すると私の思ったとおり、映像の中の増田は、この煙草に空中浮遊の魔法をかけると言っている。
 私の箒もそうだが、魔法で空中に物を浮かべるというのは相当難しい。今でこそ自由自在に箒を飛ばす私だが、それが出来るようになるまで、かなりの年月の修行を必要とした。そんな難しい魔法を増田はトリックで行うらしい。
 ふん。馬鹿馬鹿しい。そんなの私でも分かる。実行するまでもなくトリックは一目了然だ。まず背景もローブも黒ということに意味がある。これは何かを隠すためだ。この状況で黒い糸で吊れば、糸は消えて見え、空中浮遊の出来上がりとなる。まさに子供騙し。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 もう真面目に見る気がなくなった私は、欠伸をしながらそれを眺める。ふむ。確かに煙草は浮いたな。だから何だ。タネの分かっている手品ほどつまらないものはない。
 だが、もう寝てしまおうと私が目を閉じようとした時、私はその映像に目を見開いた。
「嘘、だろ? 回転している?」
 なんと、煙草はそのまま回転し始めたのだった。横にじゃない。“縦に”回転し始めたのだ。くるくる、くるくると。しかも増田の手が煙草の上下左右を切るが、回転は止まらない。上から糸で吊っていたなら、どこかで引っかかるはずだ。だがそんな気配さえない。まるで本当に浮いているように。煙草自体が空中で回転しているように。奴の手がいくら煙草の周りを横切ろうとも、そんなものはお構いなしに回転し続ける。
 何だこれは? 意味が分からない。本気で意味が分からない。何で? どうして? どこで吊っている? どうやって回転させているんだ?
「ふっふっふ。大分、私の魔術を理解して頂けた様ですね。では前フリはこのくらいにして、本番に参りましょうか」
 今度はビデオの外の増田が言う。いつのまにか私は、ビデオに見入ってしまっていたようだ。そして奴はステージの上で柔軟体操を始める。屈伸で地面に手が着く。体の柔らかさだけは私より上らしかった。どうでもいいことだが、それが今日一番腹が立ったことだった。
「よーく、見ていて下さいね。とくに金髪のオジョーサン。これがマジカルッ☆! 魔法なのですよ!」
 そう言って奴の体が宙に浮く。ふわり、ふわりと。まるで海面に上昇する魚のように。奴の手が波打つたびにその体は浮いていく。背伸びしたくらいの高さじゃない。増田は何と、天井近くの高さまで飛び上がったのだ。……それは魔法のように。軽々と奴の体は浮かび上がる。増田はまるで、空中を泳ぐように飛行を楽しむ。
「……っ」
 もう言葉なんか出なかった。開いた口が塞がらない。驚きを通り越して思考も停止する。それはまさしく魔法だったのだ。当然魔力なんて感じない。だが、奴がやっているそれは、魔法と呼んでも全く差し支えないものだった。私が何年もかけて修得した魔法を、増田はトリックで完全に再現して見せたのだ。
「はっはっは。やはり空中を泳ぐのは楽しいですね! オジョーサン!」
 その時増田は、ビデオの中の煙草と同じように、重力の呪縛から完全に解き放たれるのだった。


「何だよあれ! 絶対にあり得ねえよ!」
 部屋に戻った私は、早速荒れていた。さっき見た光景が信じられなかったのだ。現実だと認めたくなかったのだ。だってあれじゃあ本当に空中浮遊じゃないか。本当の魔法みたいじゃないか。
「あり得ねぇ。絶対にあり得ねぇよ……」
「落ち着きなさいよ。必ずタネはあるんだから」
「でも、じゃあパチュリーは分かったのかよ!」
 あまりのことに訳が分からなくなっている私は、つい責めるような口調になってしまう。それは子供がするような八つ当たりと同じだった。
「いいえ。私もまだ分からないわ」
「……そんな」
 絶望的だった。それは絶望的だった。私はこの有様。頼みの綱のパチュリーも分からないとなると、もう完全にお手上げだ。とにかく、今回の空中浮遊は前回とは全く違うのだ。杖をついている訳じゃない。背伸びで義足で何とかなる高さじゃない。あの煙草だって、どうやって回転させたのかまるで分からない。分からないことだらけだ。
「でも今回は期限付きだからね。早いとこ解かないと負けになる」
 パチュリーが呟く。そう。それこそが私をここまで慌てさせる理由。奴は、本日中にインチキである証拠を出さなければ、私たちを営業妨害で訴えると信者たちの前で言い出したのだ。逃げ場は無い、という意味だったのだろう。瓶1本を5万円で売ることが営業とは思えないけど、私は確かに弁償分を支払ってないのだから、訴えられたら負けるだろう。ついでに器物破損も問われそうだ。そうなればもう、勝負うんぬんでは無くなる。だから何としても、このトリックを本日中に解かなければならなかった。
「とは言うものの、さっぱり分かんねーよ」
「そうね。今回はちょっと難易度高いわね」
 そう言いつつパチュリーはテレビの中の増田を見る。私たちは、増田からさっきのビデオテープを借りて、ずっとそれをテレビに流しているのだが、今のところ全く成果は上がっていない。トリックの痕跡らしいものも見つけられていない。パチュリー曰く、「手品なんて消耗品。何度も見て徹底的に調べられれば解けないものは無い」らしいのだが、いくら繰り返し見ても、ビデオの中の煙草は縦に回転し続ける。これはさすがに意味が分からない。増田の体に針金で固定してモーターで回すという案もあったが、増田の手は浮く煙草と体との間を何度も行き来している。そんなものがあれば必ず引っかかるはずだ。それに、私たちが解かなければいけないのは、煙草のトリックだけじゃない。奴の体は実際に空中に浮いて、しかも泳ぎだしているのだ。そっちの方はもう完全にお手上げだ。解ける気が全然しない。
「本当に、魔法使えんのかな……」
 と、言う私はもう諦めムード。
「馬鹿ね。魔法が使えるかなんて考えても無駄でしょう? 使えようが使えまいが私たちはそれをインチキだって言いにきたんだから。例え嘘っぱちでも、信者たちを納得させるトリックを考えなきゃいけないの」
「……だよな」
 そうだった。私たちの勝ちは、増田よりも私たちの説明の方を信者たちに信じ込ませること。それは例えば“増田はインチキだ”という宗教に入らせるようなもの。どちらがより説得力があるか、という問題だ。例え本当に魔法を使っていたとしても、私たちは私たちの主張の方を信じさ込ませなければならない。それが私たちの勝ちなのだから。
「なんだけどなぁ」
 自分が納得出来ていないものを、誰かに納得させるなんてのは無理な話だ。私には出来ない。というかこれは絶対にインチキのはずなんだ。魔法であるはずがない。
 私は必死で納得出来るトリックを考える。脳味噌ねじ切れそうだ。それでも駄目もとでこんな案を出してみる。
「なあ、パチュリー。こう、磁石を使って何とかならないか?」
「……無理ね。超伝導による空中浮揚であれば、縦回転なんかは出来ないでしょうし。磁場を調整して縦回転させるようにするには、かなり大がかりな装置が必要になる。どっちにしろ現実的ではないわ」
 駄目だった。なら、
「じゃあ、下から強力な風を吹かせているとか」
「そんなの吹いてたらローブの動きで分かるでしょ。……ねぇ、魔理沙。真面目に考える気あるの?」
「真面目に考えたもん」
 本気に真面目に考えた結果だったのに。パチュリーにあっさり両断され、軽く鬱な気分になる。大体私は、頭を使うことが得意ではないのだ。こう、感覚で理解するタイプだから。
「あ〜あ。ちょっと休憩。あんまり考えてたから頭が破裂しそうだぜ」
 若干不貞腐れた私は、そのまま畳の上に寝っころがる。そういえば、昨日からずっと雑用でコキ使われていて体中がだるい。頭もぼーっとする。そんな私の頭では、ロクな考えが浮かんでこないだろう。
 ふいに時計を見る。もう昼前だった。道理で腹も減るはずだ。だが、まだ時間はある。今日中に解ければいいんだ。少し休憩を挟んだ方がいい。そりゃ私だって増田は許せない。絶対に負けたくない。魔奈美の為にも、負けるわけにはいかない。でも、確実に勝つためには少し鋭気を養うことも必要だろう。
 そう思い、私は少し仮眠をとることにした。畳なのですこし痛いが、今更布団を出そうという気にはならない。両手を枕にして仰向けになる。だが、やはり枕はいつも使っているやつがいい。寝れないので天井を眺めてみる。汚ねぇ天井だな、と思う。
「……そうか。そういうことだったのね」
「? どうしたんだパチュリー?」
 パチュリーは、そのまま二、三呟いて私の方に近付いて来る。何やら様子がおかしい。いや、いつもおかしいけど、いつも以上に様子がおかしい。パチュリーは、ゆっくり私の元に近付く。そして仰向けの私の上に、覆い被さるような格好になる。そして、そのまま私を見つめてきた。
「お、おい。どうしたんだよ?」
 少し声が裏返っている。というか近い。パチュリーの顔がはっきり見える。ちょと私そんなこと困るんだけど。しかし困惑する私を余所に、パチュリーは蕩ける様な目で私を見つめてくる。
「な、何か変だぜ? どうしちまったんだよ」
「……ねえ、魔理沙」
「な、何だよ」
 言ってパチュリーは、右手を自分の胸元に入れて動かしだす。顔が熱くなるの感じた。視線はそのまま、何故かそこから動くことが出来ず私はそれを見つめている。何がどうなったのか分からない。
 そうこうしているうちに、パチュリーの手が服の中から出てきた。その手には何かを持っている。細長い、棒状の何か。そして不安な表情をしているだろう私をよそに、パチュリーはまるで流れるような動作で、私の顔の前にそれをかざす。それが何を意味するのか分からないが、パチュリーはどこか楽しそうな顔をしている。意味が分からない。何がしたいんだろう? しかしパチュリーは動かない。ただニヤニヤしている。
 そして、そのままその手を……離したのだった。
「!? ちょっ、何を」
 パチュリーの手から離された“それ”は、重力の力によってそのまま落ちていく。落下地点は私の顔面。あまりの事に私は反応出来ない。“それ”はそのままの真っ直ぐに落ちていく。そして“それ”は逃げ場のない私の顔に落ちて………………こなかった。
「……え?」
 目を開ける。私の顔の上を何かが浮いていた。よく確認するとそれはペンだった。パチュリーから落とされたのはペンは、どういうことか私の顔の前でぶらぶら浮いている。私はパチュリーの方を見る。それは、パチュリーの指と糸で結ばれていた。どういうつもりなんだろう? だが、状況が全然分かっていない私を見ながら、パチュリーは楽しそうに言う。
「ねぇ、魔理沙。貴女から見てこのペンは私の手の中で“浮いて”見えるかしら?」
「え? どういう……あっ!」
 そうか! そういうことか! こういうトリックだったのか!
 そう。増田のやったのはこうだ。まず奴は“仰向け”になり、天井から吊した煙草をさも魔法で浮かせたように演技する。さらに上から吊した煙草に回転をかけて、横に回転させる。そしてそれを“上空から”撮影したんだ。背景も着ているものも黒にしたのは、カメラの陰を消すためだろう。糸だってまさかカメラ側から吊っているとは思わないし、細い糸なら、背景の黒に混ざって見えなくなるだろう。そうして撮られた映像は、さも何もない空間で空中浮遊して見える。その方法なら縦回転だってわけない。横に回転させれば、それが縦に回転して映るんだから。
「何だよこれ。空中浮遊でもなんでもないじゃないか」
「言ったでしょう? 必ずタネはあるって。この世に絶対解けないトリックなんて有り得ないわ」
「……」
 そうだ。今までのトリックだって絶対にあり得ないと思っていたものばかりだ。だが全部仕掛けがあった。必ずタネはあった。完全なトリックなんか無い。どこかに必ず仕掛けがある。カラクリが存在する。でも、じゃあ最後の空中浮遊は?
「なら、増田が最後にやった空中浮遊もどこかにトリックがあるってことか……」
「何寝ぼけたこと言ってるの。あんなの、上から吊っていたに決まってるじゃない」
「え? でも!」
「あんたねぇ。魔法も使わずただの人間が宙に浮けるわけないでしょう? あれは先に映像のトリックを見せることで、どこにも吊っていないという先入観を与えられただけよ。実際、奴は上空に何もないかの確認をさせなかった。そうなる前に幕を下ろしたでしょ。思考を誘導して、考えさせる時間を与えない。前回のトリックと全く同じよ」
 何という事だ。私は全く同じトリックに二度も引っかかってしまったのか。
「……もしかして最初から分かっていた?」
「もちろん」
 ……うん。まあ、いいか。
 それにしても全ては心持ち次第ということか。人の心を自在に操り、トリックを完全なものに思いこませる。それこそが“トリック”ということなのか。しかし、それならば解けない道理はない。『この世には絶対に解けないトリックは無い』まさしくその通りだった。
「じゃあ、これで全部解けたのか……?」
「増田が与えたトリックは全て暴かれたわね」
「よし。なら行こう。決着を付けよう! もう事件は解決したんだ!」
 こうしてはいられない。もうこんな馬鹿げたことは、終わらせなくちゃいけない。
「そうね、行きましょう。私もあいつの顔にはウンザリしていたし」
 これで、これでようやく魔奈美を解放してやれる。この論理なら必ずみんなを説得できる。納得させられる。増田はインチキだったって認めさせられる。そうすりゃきっと、魔奈美だって目を覚ます。全部元通りになるんだ。
 でも。やっぱりパチュリーのお陰なんだよな。私は空回りしてばっかりだった。……照れくさいけど、一応言っておくことにした。
「……ありがとな。パチュリー」
「礼は早いわね。まだ終わったわけじゃない」
「そうだな。へへ。こうなりゃ増田の奴にとびっきり恥をかかせてやろうぜ」
 そう言って私は部屋を出る。いろいろ準備も必要だ。忙しくなるぜ。私はもう疲れていたことなど、完全に忘れているのだった。
「……“解決”ね。確かにこれで事件は解決するわ。でもそれは、貴女の思い描く“解決”とは違うものかもしれないけど」
 魔理沙はまだ気付いていない。最後のトリックには、絶対に“協力者”が必要なことに。


「そ、そんな馬鹿な……!」
 その時の増田の驚きっぷりと言ったらなかった。そりゃそうだろう。自分のトリックを、そのまま再現されたのだから。
 私は増田を呼びつける前に準備をしていた。杖のトリック。義足のトリック。映像のトリック。そして最後に滑車のトリックだ。
 パチュリーに言われた後、私は仕掛けの確認に行った。ホールにあった舞台やらはすでに撤去してあったし、当然仕掛けも無くなっていたが、よく調べると天井に滑車らしきものを仕掛けてあった跡が残っていた。ここまでくれば話は簡単だ。
 奴は私たちがビデオに気を取られている隙に、予め仕掛けてあった滑車からのロープを自分に取り付けた。背景の色に似せた細くて特殊なロープでも使ったんだろう。舞台の上は暗かったし、スポットやスモークで隠していれば非常に見えにくくなる。そして今度は、そのロープを滑車を支点にして引っ張れば、増田の体は浮かび上がる。そして、さも自分で飛んでいるように演技をすればいい。実に簡単なトリックだ。まあパチュリーが言っていたように、それを考えさせないようにするのが肝だったんだけど。
 そして私は、そのための道具も全て見つけた。さすがにもうあの倉庫には隠していなかったが、私には少し思い当たる所があったので、案外簡単に見つける事が出来た。
 こうなりゃもう言い逃れは出来ない。私たちは、奴のトリックをそっくりそのままトレースし、信者たちに見せつけてやればいい。私は杖のトリックを披露し、スクリーンには煙草のトリックを披露するパチュリーの姿がある。滑車や義足も増田の前に並べて置いてやった。増田が変に「勝負」に持ち込もうとしてくれたお陰で、すんなり全員集めることができた。増田のその自信が、今度は自分の足を掬う羽目になったのだ。
「何故? 何故だ! ちゃんと全て隠したはず」
「へっへっへ。お前、私が昨日台所爆発させたの知ってたか? その時の床の傷が、昨日と今日とで位置がずれていた。一度床板を剥がした証拠だ」
 増田は、今度は台所の床下にトリックの仕掛けを隠していた。ビデオを渡して時間制限を付けて、私たちを焦らせ部屋に追い返す。その間に全て処理したのだろう。確かに普通は気付かないだろうけど、昨日の雑用で嫌になるほどその床を見ていた私にはすぐ分かる。だがトイレの次は台所とは、よほど隠し場所に水場を選ぶのが好きらしい。
「まさか、増田様が」
「そんな! 全部嘘だったのか?」
 信者たちから増田に対する疑惑の声が上がる。こうなってしまえば、信仰なんて脆いもんだ。今や、彼らの敵意は私ではなく増田に向けられた。
「違う! これは違う! みなさん騙されてはいけません! この馬鹿が言っていることこそインチキです」
「『ちゃんと全て隠したはず』。なら、これはどういう意味なんだ?」
「うっ、それは……」
 馬鹿め。いい気味だ。信者たちからは増田の信頼は完全に消えている。信者を失った増田なんて、もう眉毛のない、ただのおっさんでしかない。奴はもう完全に終わっていた。
「おーい、みんな。どうやら増田さんは、自分がインチキだと認めたらしーぜ?」
 私はさらに追い打ちをかける。信者たち、否。“元”信者たちを囃し立てる。彼らの増田に対する敵意はどんどん上がっていく。すでにこいつらは、“私の”信者だった。
「そ、そうだ貴様! 5万円はどうした! さっさと払わないと訴えるぞ!」
「……周りが見えてねーな。訴えられてんのはテメーの方さ。よく見ろよ」
 私は信者たちを見やる。すると増田に対する非難の声が一斉に上がった。
「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」
 強烈なシュプレヒコール。私は私が受けた屈辱も再現した。信者たちに囲まれてたじろぐ増田。もうその姿からは自信満々の腹の立つ顔は無かった。
「違う! 聞いてくれ! これは違うんだ!」
 この期に及んでまだ言い訳をする増田。もはや腹も立たない。私はそれを哀れなものを見る目で見ていた。
「……いい加減にしな。もうお前は負けてるんだよ!」
 言って私は増田を掴む。良いことを思いついたのだ。そのまま箒に乗せて地面を蹴る。そんなに空中浮遊がしたいなら“本物”の空中浮遊を見せてやるよ。
「ひいぃぃぃっ! 落ちるっ! 落ちるっ!」
 高さはさっきの天井と同じくらい。ロープがあれば平気なのに、今の増田は、完全に空中浮遊に恐怖していた。
「大丈夫だ。私は安全運転だからな」
 そう言いつつ、箒をぐるっと半回転させる。一瞬にして、後ろにしがみついている増田の天地が入れ替わった。
「あわばばばばばば! や、止め! 止めてくれぇっ!」
 ……もはやそこには、マジカル☆増田と名乗った男はいなかった。そこにいたのは、魔法を恐れるただの人間だった。……ふん。情けない。仮にも魔法使いを名乗っていた奴がこの程度で根を上げるとは。
 後ろの増田は恐怖のあまり泡を吹いて気絶するしかなかったのだった。


 それから私は、対決前に呼び寄せていたマホケンの職員に、増田を引き渡す。一応増田の魔力を検査するらしい。どうせそんなものは無いから、すぐに公的機関に引き渡されるだろう。増田は私の魔法に完全に参ってしまっており、「魔法怖い。魔法使い怖い」などと言っている。全く、本当に情けない最後だった。だがこれで事件は解決だ。増田のインチキは全て暴いたのだ。
 ……魔奈美はどうしているだろうか。ショックを受けているかもしれない。魔奈美は、増田を完全に信じていたのだ。それが今崩れさって、落ち込んでいるかもしれない。『人は信じていた物が崩れさったとき最も脆くなる』か。確かに今は一番参っているだろう。でも、これでようやくスタート地点に戻れたんだ。間違った道から戻ることが出来たんだ。これからまた頑張れば、きっといい魔法使いになれる。夢を叶えることが出来る。そうだな。ここは先輩として激励をしてやってもいいかもしれない。
 そう思い、私は魔奈美を探すことにした。さっきから姿が見えなかったが、一体どこにいるのか。そう言えば、姿が見えないと言えばパチュリーもそうだ。まあ、あいつの場合は、もう興味を無くして帰ったのかもしれないが。
 私はしばらく館の中を探す。今や信者たちはもういない。全く素早いこった。あんなに狂信していたのに、化けの皮が剥がされたとたんこうだ。確かに奴らも被害者かもしれないが、こうも簡単に流されるようでは、また同じ事を繰り返すだろう。それを利用した私が言うのも何だが、全く救いがいのないの無い奴らだ。しかし、そんな奴らの事なんてどうでもいい。私は誰もいない館の中を歩き回る。だが、魔奈美はどこにもいなかった。……仕方がないか。今は一人にしておいた方が良いのかもしれない。魔奈美はきっとまたアカデミーに戻ってくる。その時に会えばいいさ。
 しっくりこない幕引きだったが、私は諦めて外に出ることにする。取りあえずもう帰ろう。パチュリーは……どうでもいいか。
 出口に向かう。若干外は曇っていた。私は、少しもやもやしたものを感じながら、狭い入り口の門を出る。もう、さっさと帰ろう。お気に入りの枕を使ってひと眠りしよう。
 だが、私が扉をくぐると、何故か推理中どこかに行っていたパチュリーと、……魔奈美の姿があった。
「来たわね。とりあえずおめでとう。これで貴女の望み通り事件は解決よ」
 まずはパチュリーが口を開く。その口調からは全くめでたさは無い。まあ、年がら年中不機嫌そうなのでいつも通りとも言える。
 パチュリーの隣の魔奈美を見る。その顔には影がある。やはりショックなのだろう。しかしこの二人がセットなのはどういうことだ? 私の記憶では二人は互いに面識が無かったと思うが。
「魔理沙先輩……」
 魔奈美が口を開く。黙って私を見つめてきた。その瞳には涙があった。……仕方ない。だって一番の被害者は魔奈美なのだ。言うならば増田は、魔奈美がアカデミー生であることを利用していたのだ。そうりゃそうだ。現役のアカデミー生が隣にいれば、一般大衆は大して疑いもせずに増田を信用する。そうやって魔奈美は、知らず知らずのうちに増田の金儲けに利用されていたのだ。信じていたものは全部嘘で、しかも、いつの間にか自分が詐欺の片棒を担がされていたとなれば、魔奈美のダメージもひとしおだろう。
「魔奈美。そりゃ、今はショックかもしれないけどさ。これからまた……」
「何てことをしてくれたんですか」
 冷たく、魔奈美の一言が響き渡った。
「え……?」
「どうしてこんなことするんですか。私はこんな事頼みました? 余計なことをしないで下さいよ」
 どういうことだよ? 増田はインチキだった。間違っていた。それは今証明してきた。何でそんなことを言うんだ?
「どうしちゃったんだよ、魔奈美」
「……最初から全部知っていましたよ。あの男がインチキだってことは。初めに会ったとき言いましたよね? 尾行中の貴女の魔力を感じたって。私にだって、それが魔力によるものかどうかくらいの分別は出来ますよ」
 言っている意味が分からない。最初から分かっていた? インチキと気付いていた? じゃあどうして。私が困惑の色を浮かべていると、パチュリーが間に入ってきた。
「魔理沙。最後の滑車のトリック。あれは絶対に一人では出来ないのよ。滑車の力点側に人が必要なの。ロープを引っ張る役がね。つまり増田には協力者がいたのよ」
 パチュリーは諭すように私に言う。
「何だよ。どういうことだよ。お前等の言ってることは意味が分からねぇよ」
嫌だ。聞きたくない。何なんだよ? 事件は解決したじゃないか。これで全部元に戻るんじゃなかったのか。
 そんな私の問いに、魔奈美が呟くように答える。
「確かに増田は私を利用していました。でもね、魔理沙先輩。私だってあの男を利用していたんですよ」
 ……? 利用していた? 魔奈美は被害者じゃなかったのか? 私はさらに混乱する。もう誰が何を言っているのか分からない。何だよ? どういうことなんだよ?
「知っていますか、魔理沙先輩? 貴女のような方には縁のない話かも知れませんが、アカデミーには才の無い者の居場所は無いんですよ」
 魔奈美は言う。私の目を見据えて。私は顔を背けることしかできない。
 魔法使いになるのは難しい。知っている。知っていたけど、でも、魔奈美の口からそれを聞きたくなかった。
 魔奈美は尚も続ける。
「だから私にとって、ここはとても居心地の良い居場所でした。増田の信者たちは私のことを“アカデミーの代表の魔法使い”と思ってくれましたからね。だから私は、この中でだけは“魔法使い”でいられたんです」
 ……違う。でもそれは違う。それは本当の魔法使いじゃない。私は情けない声を絞り出す。
「魔奈美。でも、それは間違ってるよ」
「……誰しも貴女方のように才があるわけじゃないんです。限られた、素質のある者だけしか魔法使いになることは出来ないです。私のような才の無い者は夢の中だけでしか、“幻想”の中だけでしか魔法使いになれないんですよ」
 魔奈美の言葉が私に突き刺さる。重かった。それはどんな言葉より重く私に突き刺さった。
「だから私は、私の居場所を守るために増田に協力しました。あなた方が昨晩倉庫を開けたことを増田に教えたのも私ですし、そこの魔女さんが言うように滑車のトリックの手伝いもしました。それどころか、一晩かけて舞台を作ったのも私です」
 その為なら、私たちの敵として振る舞えると言うのか。夢を守るためなら、増田の罪への協力も惜しまなかったというのか。
 それはなんて悲しくて、寂しいことなんだろう。だってそんな夢はどんなに強く守ったって……。
「おかしいよ。そんなの間違ってるよ。だってそれは魔法使いじゃないよ」
 私は、もう魔奈美の顔を見れない。怖かった。魔奈美が遠くに行ってしまうのが怖かった。私が何か言えば言うほど。私の言葉が魔奈美を遠ざけていく様な気がした。
 そして、
「いいじゃないですか。別に」
 魔奈美は、静かにそう言った。その顔は諦めの顔だったのかもしれない。薄ら笑いを浮かべながら、まるで自分自身を皮肉っているように。魔奈美は言葉を紡ぐ。
「幻想だから何なんだって言うんです? いいじゃないですか。夢くらい見たって。それくらい別にいいでしょう?」
 魔奈美は止まらない。何かが弾けたように自分をさらけ出す。それは果たして怒りなのか。悲しみなのか。それとも諦めなのか。どれも正解の様でもあり、どれも見当違いのような気もした。魔奈美は私を見据える。その眼にあるのは、おそらく私には良く分からない感情。持たざる者にしか理解出来ない感情。
だから魔奈美は自分自身に、そして何より目の前の私に対して、それを、言った。
「私はっ、魔法使いにはなれないんですよっ!」
 魔法使いは誰でもなれる訳じゃない。素質のあるほんの一握りの者しかなることが出来ない。知っていた。知っていたはずだった。認めたくなかっただけだ。“魔奈美は魔法使いにはなれない”。誰よりも私が知っていたことだった。目を背けていただけだった。
「私だって、魔法使いになりたかった! あなたのように、自由に空を飛び回りたかった!」
 でも、私は知らなかった。私が空を飛べることがいかに特別なことであるかなんて。そんなこと考えたことも無かった。それが出来ずに泣いている奴がいるなんて考えたこと無かった。魔奈美が私の飛行を見て何度も悔しい思いをしていたなんて、考えたことは一度も無かった。
「私だって、あなたと同じ景色を見てみたかった……っ!」
 魔奈美は、言いたいことは全て言ったのか、或いはもう言葉にすることも出来なくなったのか、その場に崩れて黙り込んむ。
 私は、完全に言葉を失った。掛けてやる言葉が見当たらない。私にその権利があるのかも分からない。持つものが持たざる者に掛けてやれる言葉なんて、私には思いつかなかった。
 そして、そんな状態で動いてくれるのは、やっぱりパチュリーだった。
「……貴女の言うとおりよ。夢くらい、いくら見たっていいわ」
 魔奈美は顔を上げてパチュリーの顔を見る。
「でもね、歩みを止めてしまったら夢は夢のままよ。そして夢とはいつか醒めるもの。それに気付かない限り、貴女は何者にもなれないわ」
 パチュリーは言う。それはとても穏やかに、でも残酷に魔奈美の心に突き刺さる。きっと、その一言一言は私にも向けられていたんだろう。だって私の胸も、震えていたから。そして、パチュリーは止めの一言を言い放つ。
「甘ったれるなよ。これは全部お前が原因だ。人のせいにする前に自分の姿を鏡で見てみろ」
 パチュリーの言葉が胸を抉る。その時パチュリーは怒っていた。語気を荒げ、魔奈美を睨みつけて怒っていた。何がそうさせたのかは分からない。だけどパチュリーのそんな姿を見たのは、初めてだった。
「貴女に、何が分かるんですかっ」
 魔奈美は言う。だがそれは、パチュリーから目を逸らし、震えながら呟いただけだった。その、消え入りそうなか細い声は、果して魔奈美の本当の声だったのか。
「ふん。どうしようも無いわね。……帰るわよ魔理沙。こんな奴、構うだけ無駄よ」
 そう言って、パチュリーはそのまま背を向けて歩き出す。すでに一切の興味を失ったのか、一度も振り返ることも無く、ただ優雅に颯爽と。これが魔女であると言わんばかりに。
 魔奈美は、魔法使いになりたいなら、決して歩みを止めるべきではなかった。自分を見限ってしまった時点で、夢は夢のままで終わる。そしてそれは、私にも言えることなんだろう。私もこのまま魔法使いでありたいのなら、歩みを止めることは許されない。後ろを振り返ってばかりではいられない。例え大事な後輩でも、私はずっと魔奈美のそばにはいられないのだ。
 私は泣き崩れている魔奈美を見る。分かっている。手を差し出しても何の意味も無い。でも私には、パチュリーみたいに割り切ることはまだ出来なかった。そのまま何も言わないわけにはいかなかった。だから、精一杯の戯れ言を吐く。
「その、何だ。私に出来ることあったら言ってくれよな。手伝う、からさ」
 私が一体何をしてやれるというのか。でも、そんな事くらいしか言ってやれない私が、ひどく小さく情けなく、そして歯がゆかった。
 居たたまれなくなった私はその場から逃げるようにパチュリーを追う。時々、後ろを振り返りながら。小さくなっていく魔奈美の姿を見ながら。アカデミー時代に、『絶対に魔法使いになる』と意気込んでいた魔奈美を、少しだけ思い出しながら。


 帰り道。二人は無言で歩いていた。パチュリーは船で帰るんだろうから、行き先は船着き場だろう。私の家は船着き場とは逆なので、この先の分かれ道で別れることになる。
 いつのまにか里を抜けて、道にあるのは鬱蒼と生い茂る草木だけになっていた。魔法の森と呼ばれる場所にも続く道でもあるから異様な雰囲気を醸し出している。
 結局、あれから私たちは一言も言葉を交わしていない。何を話せばいいのか分からなかった。しかし、二人で歩いているのに、どちらも一言も喋らないと言うのも妙な話だ。若干、具合が悪い。
 風が吹く。葉が擦れ合い木々がざわめいた。遠くで鳥の声も聞こえる。木々の隙間から空見上げてみると、それは随分と低く、そして暗かった。直に雨が降るかもしれない。ひどく落ち着かない気分だった。
 分かれ道が見える。これでパチュリーともお別れだ。思えば、全部パチュリーに活躍を持っていかれた気がする。別にいいんだけど。それにしても意外な一面が色々と見れたな。そんな事を考えながら、私は歩く。沈黙は保ったまま。でも、最後の最後で、沈黙に耐えられなくなってしまった私は、前を歩くパチュリーに声をかけてしまった。
「なあ、パチュリー」
「何?」
「いや、なんでもないぜ」
 やはり、何を話せばいいのか分からない。結局また沈黙に戻る。まあ、いいさ。今日はもうさよならだ。別に無理して話すこともないだろう。
 二人はまた歩きだす。だが、いよいよお別れという時、今度はパチュリーの方から沈黙を破ってきた。
「ところで魔理沙。あなたの箒で私を紅魔館まで連れて行きなさい」
「……」
 何だ? いきなり。だが、今日はもう飛びたくなかった私はそれを断る。
「……気分じゃない」
「いいじゃない。いつも本を貸してあげてるでしょ? だから、連れて行け」
 いやにしつこい。でも、もしかするとパチュリーは、私に気を遣っているのかもしれない。私はそんなに落ち込んで見えるだろうか。でもしかし、何だかそれはいい気分じゃない。気持ちが悪い。私はパチュリーをライバルと認識しているのだ。気を遣い合う仲じゃない。
「嫌だね。タンデムシートは予約で一杯だ。これ以上はパンクしちまうぜ」
「さっき増田を乗せてたじゃない」
「うっ。それはもう忘れてくれ」
「そう」
「頼むぜ」
 再度沈黙。遠くでまた鳥の声が聞こえる。何の鳥だろう? そんなどうでもいい事を考える。というかそろそろ本当に別れ道だ。私は帰るぞ。これ以上のパチュリーの相手をするのも面倒くさい。
「なら魔理沙。あんたの家に泊らせなさい。ここから近いんでしょ?」
「……絶対に嫌だね。私には私の研究ライフがあるんだ。邪魔されちゃ敵わねーぜ」
「いいじゃん」
「ぜってー、嫌だ」
 冗談じゃない。こいつにだけは、私のプライベートスペースを見せたくない。そこには私の沢山の宝物たちが転がっているのだ。そんな大事な家に、パチュリーなんぞ入れてたまるか。というか私の家は、一人が寝る分だけのスペースしかないんだ。パチュリーの寝相の悪さを身を持って知っている私は、断固として拒否する。しかし何なのだろう? 本気でしつこい。鬱陶しい。気持ち悪い。
「どーせキノコ使ってぐつぐつやってるだけでしょう?何が面白いんだか」
「うっせーっ。キノコは魔法との相性が一番いいって魅魔様がいってたんだぜ?」
「……魅魔? ああ、あの胡散臭い魔法使いね。まだいたんだ」
「魅魔様、馬鹿にすんなよ」
「はいはい」
「……おう」
 もういいや。帰ろう。放っておこう。パチュリーが何が言いたいのかは知らないが、私にとってはどうでもいい事だ。さっきは私を突き放していったくせに。今度は腫れ物にでも触るような態度ををとるパチュリーにも嫌気がさした。お情けなんか受けない。私はそんなに弱くない。
「ねえ魔理沙」
「何だよ。さっきから。いい加減鬱陶しいぞ!」
「……その、ご、500円貸してくれない。……帰れないんだ」
「……」
 まあ、なんだ。今回の事件は色々な事が起こったが、
 とりあえずパチュリーは、こういう奴だということだけが、ようく分かった。


お疲れ様でした。ここまで読んで頂き有り難うございます。

というかやっぱりアップロードの時の手の震えは収まらないです。矛盾ないかとか。トンチンカンなこと言ってないかとか。日本語として成立しているのかとか。不安で不安でしょうがないです。一種の病気ですね。

それでは、そんな病気と闘いつつ、皆さまのご意見ご感想を首を長~くして待ちつつ(笑)、次回のフラン編でお会いしましょう。

おまけ
挿絵(By みてみん)


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