この度は「東方な日々。」の世界にお越し下さり誠に有難うございます。「あー、何か最近フツ―の東方二次モノに飽きてきたなー」そういうディープな方はこちらにどうぞ。清く正しい東方の世界とは反対方向に全力ダッシュした小話群で皆様をお迎え致します。それは時に奇異に映り、もしや新鮮味を感じて頂けるかもしれません。
また、少々長いお話が多い今作とは異なり、少し空いた時間に気軽に読める掌編集「平成幻想奇談掌編録」の方も同時に執筆しておりますので、もし興味がお有りな方は、此方の方にもどうぞお越しになって下さい。
それではお待たせいたしました。本編の方、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。
夏。それは、一年の内に一度はやって来る、大変鬱陶しい季節。博麗結界により外界と隔離されたここ幻想郷にも当然毎年夏はやって来る。そしてそれは私の住むここ博麗神社も例外ではない。
夏と言われると、やれ海だの、山だの、キャンプだのと楽しいイメージばかりを思い浮かべる者もいるが、実際夏とは、生活のしにくい季節だ。
家の中に居るだけならまだしも一歩外に出るとそこは約熱の世界。肌が焼け、汗は吹き出し、まるでその熱気に私という存在を一切合切全否定されているような錯覚すら覚える。さらにその暑さは、思考能力を低下させ、活力を奪い、行動を鈍らせるという働きも持っている。
だからこの時期は、なるべく外には出ず家の中で過ごそうというのが一般的だ。大体この時期に外出すると、暑さによる発汗のせいでつい水分を求めて散財してしまいがちになる。低所得者には大変辛いシーズンだ。
だから、うら若きこの私、博麗霊夢が、外にも出ず日がな一日家の中でまったりしているのも、ある意味当然の事といえた。
そして、私は本日も家の中でのんびりまったり過ごす予定だったのだが、そこに大問題が発生してしまった。
大問題だ。大きな、大問題だ。そして恐らくその問題はすべて、この暑さに起因するものなのだ。
しかし、その大問題を語る前に私は、少し私自身の事について触れておくことにする。
私こと博麗霊夢は、幻想郷にある神社の巫女さんだ。十数年前、神社の一人娘として産まれ、現在は一人で神社を切り盛りしている。
両親は数年前に「新婚旅行がまだだった」とか言ってどこかに旅立ってしまった。以来そのまま帰って来ない。たまに手紙もくるし、楽しくやっているようなので心配したことはないが、そんな両親に腹を立てたことは一度や二度ではない。
私の住処は、博麗神社という名前の神社だ。あまり聞きなれない名前であるが、これでなかなか由緒ある神社でもある。敷地面積こそ大したことはないが、その建築様式は古来より代々伝わる木造建築で、そこには貫禄というか重みというか、何か歴史を感じさせるものがある。
また、神社に刻まれた傷や染みはそのまま残され、老朽化した神社の月日の流れを、至る所で感じとる事ができる。……ただボロいだけともいえる。そして、社務所の廊下がぎいぎいと鳴りはじめたのも最近ではない。
この神社が祀る神は、なんとかの神といい、太古より人々を見守り続けてきた。今でも幻想郷唯一神として多くの人々に崇められ続けている。嘘だ。
実は私、この神社が祀る神が何なのか、よく知らなかったりする。神社である以上、何らかの神を祀っているはずだが、今まで巫女やってきて名前も聞いたことが無い。神社の巫女としてそれは致命的な気がするが、別に興味ないからいいんだもんということにしている。だって難しそうだし。
それより私は、神社の立地条件に対する不満の方に関心がある。実際に住んでみないことには分からないと思うが、この神社、大変住みにくい。
まず、神社ということで、当然山の上にあり、人里からも遠く交通の便が悪い。さらに山は、夏は暑いし冬は寒いといった冷暖の差が激しい地でもある。年中通して活動が鈍りがちだ。非常に過酷な環境下の中にあるといえる。人間が住むのにはまず適していない。そして私は、決して修行僧ではないのだ。
誰か冷暖房設備と人里まで昇り降りできる「えれべーたー」を作ってくれないかな、と本気で思っている。
ついでに幻想郷についても簡単に説明しておこうか。
私達が住んでいるこの幻想郷とは、東の国の人里離れた山奥にある辺境地方のことで、さらに結界によって外界と隔離されたしまった場所のことだ。結界の内側を幻想卿と呼び、結界の外側を外界、または外の世界と呼んでいる。結界が区別しているのは常識と非常識で、外界の非常識を幻想郷の常識、外界の常識を幻想郷の非常識というふうに区別している。非常に論理的な結界で、物理的なそれより強固だ。その為、普通はこの結界を行き来することは出来ない。しかし何ともインチキ臭いにおいのする結界だ。
また、このように結界によって外界との行き来ができないので、住人達は皆、結界成立以前よりそこに住んでいた者達の末裔で構成されている。時折結界に揺らぎが生じ、外界から「幻想入り」を果たす者達もいるが、それはあくまで例外だ。
このように外界と鎖国的政策を採っている幻想郷は、大昔、外の世界では生きられなくなった妖怪達が、代わりの住処として造ったと言われている。その為、その造りは人間の為というより人外の為といった面が強い。結界による鎖国の理由も人と妖怪のバランスを保つ為だろう。
そうして外界の情報が入りにくくなってしまった今日の幻想郷は、外界とは違う、人間や妖怪といった種族が入り混じる独自の文化を築き上げることとなっている。
また、それなりに広大な領地面積も持っており、それに見合うだけの人妖も住んでいるので、外界と比べても特別田舎といった風でもない。
あ・でもやっぱり田舎なのかもしれない。なんたってうちの神社があの有様だもん。
しかしそれにしても、博麗結界だ。外界と幻想郷を隔てているこの結界、博麗大結界というのだが、実はこれ相当大層な結界らしい。そもそも結界で幻想郷全土をまるまる覆っているというのだから、実際それは大したものなのだと思う。
しかし、それにしたって幻想郷は広い。端から端まがどのくらいあるかなんて考えたこともないけど、これを全部覆うとなるとそれこそ神懸かった力が働いている。本当は結界なんか張っていないのでは、と内心思っていた時期もあったが、事実、外界との行き来は出来ていないので、間違いなくそれはあるのだろう。
私も少し結界術を心得ているが、私にはそんなこと出来ないし想像も出来ない。むかひのひとはすごいなぁ〜と思うばかりだ。
しかし、それでも一応その結界の管理が博麗の巫女の仕事ということになってしまっている。だが当然、私には無理だと自覚している。そもそもその結界がどういうものなのかあまり理解していない私がそんなもん出来るわけがない。
だが、こうして巫女ってる以上は何もしないわけにはいかないので、毎朝、裏の鳥居の様子を見に行くという作業を行っている。この鳥居、なんでも結界の要所らしく鳥居の隅っこに地味なお札が貼ってある。私はお札の状態を見て、古くなっていたら取り換えるようにしている。だが、あまり意味のある行為にはとても思えない。
しかしまあ、確かにこれくらいなら私にも出来るので、毎日欠かしたことはない。
そういえばいつか母が、
「あんたはぐーたらでひねくれ者で全然巫女っぽくないから、巫女の仕事はあんまり期待してないけど、せめてこれぐらいはちゃんとやってよね。」
とか言っていたのを思い出した。うるせーっつーの。
とにかく、結界のことで私がやっている事はそれだけだ。それだけでどうにかなってるとは思えないけど、まあそっちは多分、父母の方で何とかしてるんだろ、きっと。
あと一応、何か妖怪関係でトラブルが発生した時は、その解決に向かうということもしている。最近では少なくなってきたが、妖怪とはもともと人を襲うものだ。妖怪連中が何かやらかし、人様に迷惑をかけてしまった場合、それを何とかするのは巫女の仕事だ。だが妖怪連中は人間より体力もあり、力も強い。まともにやり合ったらいくら私でも体が持たない。なので、”弾幕ごっこ”という遊びにより事態を収拾させるようにしている。弾幕ごっことは、弾幕を使った遊びの一種で、弾幕をどばーっと展開して、うおーっと避けて、うわーっと当たる、云わばスポーツのようなものだ。
私はこの弾幕ごっこが得意で、襲いかかる妖怪連中を口車に乗せ、得意なこのスポーツで決着をつけさせる様にしている。妖怪連中にも割と好評な様で、中にはこの弾幕ごっこがしたくてわざとトラブルを起こす者もいるほどだ。私にとってこっちの方はほとんど趣味の領域なので結界管理よりは幾分気が楽だったりするが、たまにエライ目に遭うので気は抜けない。
……大体こんな感じだろうか。まあ、大して面白みもなかっただろうが私の事なんてこんなものだ。
そんな感じで今日も博麗霊夢は、自身の巫女ライフを満喫するのであった……。
――と、軽く現実逃避を試みた私だが問題の根本的な解決にはなっていないのでこの辺りで切り上げることにする。
そう。大問題が発生しているのだ。そしてそれは、私の将来すらも脅かしかねない、非常に重大な大問題なのだ。
……順序よく話していこうか。
昨日の晩、宴会から帰った私はズキズキする頭を抱えながらとりあえず眠りについた。そして二日酔いの苦しみからようやく解放され、頭がまともに働き始めたのが、ついさっき。もうお日様が完全に上りきった頃だ。
几帳面な私は昨日の散財分を家計簿に書きとめ、現在の残高を確認しようと全財産が入った貯金箱を手に取った。そこで問題が発生したのだ。
居間のタンスの一番下の引き出しに隠してある、私のかわいい豚の貯金箱(開封済)が、「お腹すいたブー。もう何も入ってないブー」とか言い出したのだ。「そんな馬鹿な。いやまさか泥棒に入られたのかも」とか思いつつ、私は家計簿を眺めてみたが、成程腹が減るはずだ、と納得させられてしまった。確かに、ちょっと前からそろそろヤバイんじゃないか的な雰囲気がしていたのも事実だ。仕方が無いので私は私の愛するお賽銭箱を覗いてみることにしたのだが、「まあ、なんてことかしら。お賽銭がざくざくあるわ!」なんてことは、全然まったくいやでも少しはあるかと思ったけどいやいや本当全然期待していなかったけど、やはり無残な状態だった。
つまり私はこの夏、大変重症な金欠に陥ってしまったのだ。
このご時世。お金が空からは降っくることなど非現実的であるというのは周知の事実だ。つまり私がいくら神社で待てども、現状が快方に向かうということなどあり得ないのだ。お賽銭箱に奇跡という名の奇跡を期待したいが、今の有様では望み薄だ。となると私は積極的集金活動に出なくてはならないのであり、それはつまりこのクソ暑い中で労働に精を出さねばならないということなのだ。こんなか弱い乙女たる私にそんな過酷な労働を負わせようとは、つくづく今の世は非情である。
しかし、嘆いていてもやっぱりお金は空から降ってこないので、私はしぶしぶ携帯型賽銭箱2(霊夢作)を持ってお賽銭を回収する為に人里に下りることにした。
人里。それはつまり、人間の、人間による、人間の為の里。まあ、最近は人外も多く住んでいるけど。
とにかく人里だ、
ようやく重い腰を上げた私は現在、この危機的現状の打破の為、麓の人里に向かって下山している最中だった。鬼のような暑さに早くも心が挫けそうになるが、またこの山を登るのも億劫なので早々に里を目指す。何故にもっと早く「えれべーたー」なるものを設置しないのだ、とやり場のない怒りが身を包みそうになるが、暑苦しいので別の事を考えることにする。今向かっている人間の里のことだ。
妖怪や妖精などのの多く住むこの幻想郷にも、比較的人間の多く集まっている「人間の里」と呼ばれる集落がある。何かと人外が多い幻想郷だが、やはり一番多いのは人間だ。そのため人間の里は幻想郷中そこかしこにあり、私の知る限りでも確か10か20程度の集落が存在していたはずだ。中には町と呼べる程巨大な集落も存在しており、私も何度か行った事があるが、それは立派なものだった。
しかし、もっぱら私がよく行くのは山を下りてすぐのところにある集落であり、それ以上は私の通常行動範囲を超えている。大体、ただでさえしんどい下山の後でそれより遠くに行く気には、今の時期とてもなれない。
と、そんなことを考えながら、ようやく下山の苦行から解放された私が少し歩み進めると、大きな櫓が見えて来た。
実はこの集落それほど小規模というわけでは無いが、森が近いこともあり、昔から妖怪の被害に遭う事が多かったそうだ。今ではそんなことはほぼ無いが、少し前まではそういったことが結構頻繁にあったらしい。その為里の周りは、襲撃に備えて堀や塀で囲ってあるし、更に、いち早く接近に気付けるように櫓も組んでいた。そしてその必要が無くなった現在でも、それらは里のシンボルとして住人達に親しまれ続けている。特に遠くからでも目立つその櫓の下は丁度里の中心に位置することから、人通りも多く活気に溢れていた。
そうして私はこのクソ暑苦しい夏空の下、さらにその櫓の下で、布教(集金)活動をはじめるのだった。
「ほら、そこの糞餓鬼。ジャンプしてみなさいよ。ジャラジャラいってるじゃない」
手始めに、何故か私の周りに群がる餓鬼どもに、今のようなセリフを吐いてみることにした。恐喝などではない。ただの布教活動である。PTAは激怒しそうだが、私に悪意はない。そもそも今時のキッズ達は、そんなものでは動じない。鋼の心を備えている。不況が子供たちのハングリー精神を鍛え、人を慈しむ心を奪ってしまったのだ。
そして今もほら、誰がやるかバーカとアカンベェしながら逃げ去る子供たちを恨めしく眺めながら、私は改めて思う。
「……暑い」
照り付ける太陽。焼けていく肌。溢れ出す汗。折れそうな心。そして何より、
「……暑い」
全く労働には適していない日和だ。しかも、もうかれこれ2時間くらいここに立っているが未だ成果は0なのだ。大漁とはいかなくても、もっとあってもいいんじゃないかしら、と思うほどだ。そもそも、私がこんなに頑張っているのに、何故神様は私に救いの手を差し伸べないんだ。か弱き者を何故救わないんだ。だから信者も少ないんだ。全ては神様が悪いんだ!
などと心の中で自身の祀る名も知らぬ神に罵倒を浴びせながら、私がしかめっ面かましていると、鼻水垂らしながら一人の子供が近づいてきた。
「おねえちゃん。おかね、入れてあげる」
……! 神だ! 神が現れたぞ! こんなところに小さな神が現れたぞ! あなたこそが博麗の神だったのですね! 私、これからは殿のお掃除ちゃんとやります!
「どーしたの? おねえちゃん?」
「え? ……ううん、ごめんね。あんまり嬉しくて涙が……」
ああ。今の世の中、全然捨てたものではないではないか。
こんなにも綺麗な瞳をした子供がいるのだから。こんなにも綺麗な心を持つ子供がいるのだから。こんな子供たちのいる世界なら、きっと幻想郷には輝かしい未来が待っているに違いない。
「ありがとう、ありがとう。……あんたに幸福が訪れますように、あんたに神のご加護がありますように。本当、ありがとうね……」
私がその子の手を握りながら最大限の感謝とお祈りを捧げると、ニカッと笑いながらその子供は去っていった。そして、その子に向って手を振りながら私は思う。
……人間っていいな。もちろんあんな子供だ。大した金額は入っていないだろう。でも、金額の問題じゃない。あの子の優しさが嬉しかった人間の温もりが嬉しかった。
私は、あの子にお金を入れてもらったお賽銭箱をそっと覗いてみる。
「なになに、子供銀k……」
子供銀行だった。
恐る恐るあの子が去ってい行った方向を見る。あの子はまだそこに立っており、私の方を見て微笑んでいた。
「馬鹿だなあ、おねえちゃん。こんなに簡単に騙されちゃって」
「……!」
言葉に出来ない。そんな心境だった。
……さっきの言葉、やっぱり訂正しよう。世の中、本当腐っている。
やさぐれた気持ちになってしまった私は、その場に留まる気にはなれず里の中をぶらぶら歩き回っていた。こういう時は気分を入れ替えなければ駄目なのだ。そう思い、歩き出したが、暑さを思い出し10分でそれを後悔しはじめている。
しかし、さっきから時々すれ違う子供たちに指差しで笑われるのは何故だろう。もしかしてあの鼻垂れ小僧が、先程の私の醜態を言いふらして回っているのかもしれない。今度見つけたら滅殺してやることを心に誓うのであった。
そして、その怒りも暑さによって大分薄れてきたころ、人ごみから少し外れたところにあまり見慣れない家屋を発見した。
表の通りからは少し外れた場所、さらに人気の少ない里の端に、その白く四角い建物があった。なにかと装飾が施してあるその建物は、なんとベランダまでついている。さらに、ほとんどの家屋が木造である幻想郷には珍しい、丈夫なコンクリート造りのそれは豪邸だった。
コンクリ建造なんて市長舎以外で初めて見たよ。しかも表札から察するに個人の邸宅だ。手入れも行き届いているらしく、見た目、新築にしか見えない。本当に新築なのかもしれない。それにしても私のとこのボロ神社とはえらい違いだ。おそらく、この家の家主は相当な金持ちに違いない。
そんな事を考えながらその家を眺めていると、天才的な私の頭脳にある妙案が浮かんできた。
……この家、涼しそうだなあ。
……茶菓子とか出してくれそうだなあ。
思い立ったら即実行がモットーの私は、躊躇いなくその扉を叩いてみることにする。叩くその扉さえも、どことなく高級感を醸し出しているところを見ると、これは期待してもいいのではないかという気持ちが湧いてくる。
しばらくすると、その家の使用人だろうか、30代前半らしき男が出てきた。
「ああ、これは巫女様。何かご用でしょうか?」
「お忙しい中、失礼致します。私は巫女をやっています、霊夢と申します。失礼ですがこの家の家主様はおられますでしょうか」
ニッコリ営業スマイルの私。この技は誰に教えられるわけでもでもなく、自然と身についていた。少し複雑な気分だ。
「この家の家主は私ですが、どうかなさいましたか?」
家主だったらしい。随分若いな。お嫁に貰ってくださらないかしら。
「これは失礼しました。家主様、どうか驚かないで出下さいね? 実はこの家……悪霊にとり憑かれています!」
「な、なんと……! それは本当ですか! その話、ぜひ詳しく聞かせて下さい!」
まんまと策が成った私は、その家に上がり込むことに成功するのだった。
それから私は、茶菓子と冷たいものをご馳走になりながら、悪霊に関する適当なでっち上げ話を披露する。しかもその主人が、あまりにも熱心に私の話を聞きき入り、時に相槌も打ってくれるので、私としても盛り上がってしまい、笑いあり涙ありの超感動一大スペクタクルストーリーを展開することになってしまった。あまりに白熱しすぎて最初の方は何を喋っていたのかもう覚えていないが、……うん。いい話だったなあ。
そうして当初の目的であった食と涼はすでに得られていた私がもうさっさと帰ろうとした時、それに待ったが掛った。
「待って下さい巫女様! ぜひ、お祓いをして下さい!」
……そうか。信じちゃうんだ。
私的にはもう用はないからさっさと帰りたいんだけど。でも、話を掛けたのは私の方なので、今更嘘ですとも言えないし。
どうにも後には引けなくなってしまった私は、覚悟を決めテキトーにお祓いをしてみることにする。妖怪退治は教えもらったが悪霊払いついては誰も教えてくれなかったので我流だ。……即興とも言う。
とは言っても私のレパートリーにも限界があるので、
「悪☆霊☆退☆散☆! 夢想封印!!」
……弾幕仕立てでお祓いすることにした。
悪霊に見立てられた哀れな木像は木端微塵に粉砕している。なんとなくやっちゃた感もするが、……うん。でも、大体こんな感じじゃないかしら。つーか悪霊とかってあんまり見たことないし、そもそもそんなのは、陰陽師に任せておけばいいんだよ。などと心の中で弁解しつつ、とりあえず家主の反応を見ることにする。
「……もう安心して下さいませ、家主様。神の力により、見事悪霊は祓われました」
にっこり笑ってみせる私。心は痛まない。だが、別のところが痛んでいる気がする。
「ありがとうございます、巫女様!おかげで助かりました!」
どうやら疑問はないらしい。ということは案外あれで正しかったのかもしれない、などと思いつつ、同時に私の脳裏に黒い考えが浮かんできた。
「……それでは家主様。その神への感謝の気持ちを現きn――」
「本当に助かりました!ありがとうございます!また何かあった時はよろしくお願いします!それじゃあね!またね!ばいばい。さよなら」
……閉店ガラガラ。世の中そこまで甘くはないらしい。
私は、扉の奥へと消えていった神への感謝の気持ちを、少し名残惜しく思いながら、これからについて本格的に考えることにする。
というわけで蕎麦屋でバイトを始めた私。いや、正確には始めさせられ私。
その時、私は耐え難い空腹に苛まれていた。そしてうだるようなこの暑さの中、この涼しそうな蕎麦屋を偶然発見したのだ。私は耐え難い空腹からの解放とひと時の涼を得るため、ふらふら〜っと中に入っていってしまった。入ってしまったからには注文せねばなるまいと一番安い蕎麦を頼み、う〜んちょっと薄いかな〜などと食していたのだが、なんと主人に代金を要求されたのだ。
当然そんな物などはない私は、仕方なく代金分のただ働きを強要される羽目になってしまった。まさか蕎麦を食って代金を請求されるとは、私が知らない間に下界も住みにくくなったものよ、と少々物悲しい思いに浸るのであった。
……いや、本当にすみませんでした。悪気は無かったんです。お金も無かったんです。その場のノリで誤魔化せるかなあと思ってたんです。
という訳で、懸命に働いた私は蕎麦代分の働きは既に終えていたのだが、店長のご厚意により今晩の夕飯分まで続けないかという事になった。当然、夕飯を買う金も無かった私は有り難く働かせて頂くことにした。もちろん――何も計算などしていない。全ては偶然である。いや本当。
私の働くこととなった蕎麦屋、名を蕎麦侍といい、見かけからして小さな店だった。そして見かけどおり中も狭く、客が4、5人も入れば一杯だろうといった程度の店だった。その店内は、それはそれは貫禄のある老朽っぷりで、私のところのボロ神社とタメを張れるのではないか?と思うほどだ。従業員も私と店長しかおらず、薄暗い店内はどことなくじめじめした空気が漂っている気がしなくもない。
当然、そんな店なので、
「……店長。お客さん、来ませんね」
客は来なかった。いや、少し前まではちらほら来ていたのだが、まだ昼時だというのに先ほどからぴったりと客足は止んでしまった。
そしてそれは、私にとっても実に深刻な問題だった。客が来なければ売上が上がらず、売上が上がらなければ当然バイト代も出るわけが無い。つまりこのままでは、私のかわいい豚の貯金箱はただの置物へと成り下がり、ついでに私も干からびて即身仏へと成り果てる。私は仏教徒ではないからそうはならないと信じたいが、このまま神の加護が無ければその可能性も出てくる。
とにかく危機的な状況なのだった。
いや、でもそれは店長のせいだけではないことも知っている。涼しそうという理由で店を選んで入って来てしまった私にも原因があった。儲かっている店であればお客さんが一杯で店の中がぎゅうぎゅうで涼しいわけがないのだ。むしろそんな状態にも関らず、私をバイトに雇ってくれた店長には礼を言わなくてはならないだろう。
ありがとう。鈴原さん。私は、もう結構な歳だろうその店長に、心の中で深い感謝を述べるのだった。
だがしかし、この状態が続けばいずれ店自体が潰れてしまうことは間違いない。というかその前に私が解雇されるだろう。格差社会における底辺階級である我々には、それに抗うだけ力は皆無なのである。こんなことならもうちょと賑わっているお店に行けばよかったなどとは決して思っていない。
ああ、暑さに負けた自分が憎い。そんなことを思っていると、
「ごめんくださ〜い」
客だ。客が来たぞ。女の客だ。年は私と同年代に見える。その女は巫女っぽい格好をしており、緑色の髪に蛇とカエルのアクセサリーを付けている。私はその女の顔に見覚えがあり、そしてそれはどう見ても……。
「あれ? 霊夢さん、こんなところで何やってるんですか?」
やって来た客は、同じ巫女仲間でもある親友の東風谷早苗だった。
ところで、バイト中に知人に遭遇するというのは、実際あまり気持のいいものでは無い。なぜなら、普段一緒になることのない、仕事の顔とプライベートの顔が、自分の中で同時にやって来てしまうからだ。よくよく考えれば営業時間中は仕事人であり、例え知り合いだろうと営業モードで続けるべきなのだが、やっぱりどしても気になってしまい、キョロキョロと挙動不審になってしまう。さらに妙なテンションになり、ミスを連発したり、ついタメ口を使ってしまい、後で店長に怒られるといったことも考えられる。
特に親しい友達が客として現れた場合、仕事モードの私と友達モードの私が私の中で喧嘩して、ふわふわしてもやもやして、やっぱり何か変な感じになってしまう。相手に気付かれなかった場合は、自分だけの話としてそれで終わるからいいのだが、気付かれてしまった場合は、今後一体どういう態度で接すればいいんだろう、と思ってしまったりしまわなかったりする。
まあ、そこまで大袈裟な話でもないんだけど。とにかく話しかけられてしまったので、私は営業モードで返事をすることにした。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「いえ、まだ来たばかりなんですけど……っていうか霊夢さんですよね? バイトですか?」
「プラーベートに関する質問にはお答えできません」
「バイトなんですね。っていうかそんなしゃべり方の霊夢さん、初めて見ました」
「まったく通常通りでございます」
「いや、でも霊夢さん……すみません。その……、なんていうか……」
早苗の顔がどんどん崩れていく。いや、でも信じている。私は早苗を信じている。早苗ちゃんはそんな子じゃないはずだ。
「メニューがお決まりになりましたら、そちらの呼び鈴でお申し付け下さい。では……」
不穏な空気を察し、いち早く撤退を決めた私。逃げたのではない。戦術的撤退である。
「いや、待って下さい! ……すみません。……その、なんか…………ぷっ、くくくく……あーはははははははっ!!」
笑われた。おい、思いっきり笑われたぞ。
「っうるせーっ!! 笑うな! さっさと注文決めやがれ!」
ああ、もう。だから嫌だったんだ。知らないふりをしてくれよ。空気を読んでくれよ。
「お客さんに対してうるせえは無いですよ……。でも、本当……、ぷっ、……あーっははははははははっ!! 似合わねー!!」
……もうこんな奴友達じゃないもん。
腹が立った私は、勝手に一番高いメニューに決めてやることにする。後ろの方で早苗は何か抗議しているが、そんなものは知ったことでは無い。
厨房に戻ると、心なしか店長も同情するような目で見てきた。いらん。そんなものはいらん。同情するならバイト代よこせ!
そうして、笑い過ぎでついに咳きこみだした早苗を見ながら、私は早苗の蕎麦に私の愛(唾)を吹きかけてやる。ついでにタバスコもぶち込んでやろうかと思ったが、一応客なので勘弁してやった。
出来た蕎麦を半ば叩きつけるようにして早苗に渡すと、今まで引っこんでいた店長が奥からやって来る。「お客さん来ないからたっぷりサービスしてあげなよ」との事。店長より会話の許可が出たので、私と早苗は少しの間おしゃべりを興じる事となった。
「はあ、なるほど。そんなことがあったんですか」
「そーなのよ。もう本当、参るわ。暑いしお金は入いらないし暑いしで」
私はバイトを始めることになった経緯を、早苗に説明していた。いや、むしろ愚痴を聞かせていたという方が正しいかもしれない。
「でも確かに霊夢さんとこのお賽銭箱、いつも空ですもんね……」
「殴るよ? てーか、早苗は何しにこっちに来てたのよ?」
「分社の様子を見に来てたんですよ。ついでに神社にも顔出したんですけど、霊夢さんいないし。もしかして里の方に来てるのかなあと、ぶらぶらしてたんですけど……まさか……こんな……くくく」
「やっぱり殴られたいようね?」
早苗はよほどツボにはまったらしい。これから先、幾度もこの話題で笑われそうな気がする。全く迷惑な話だ。こいつとの関係も改める必要性がありそうだな、私はそんなことを思いつつ、こんなに喋くっていてもまったく問題ないこの店に、本格的な危機感を覚えるのだった。
そうしてしばらくおしゃべりを堪能した私達は、「そろそろ迷惑だろうから」の早苗の言葉でお開きにすることになった。
「ご馳走さまでした。おいしかったですよ」
「お粗末さまでした。もう、そのまま帰るの?」
「いえ。もうちょっと里の方にいます。お祓いの依頼が一件入っていますので」
……。私は早苗に弟子入りした方がいいのかもしれない。少なくとも、こんなところでおいしい蕎麦を提供している私なんかよりは、全然巫女っぽいではないか。心なしか嬉しそうに答える早苗を見て、私は何故か複雑な気分になってしまった。
だから、つい聞いてしまったのだ。
「あんたってさあ。巫女ってやってて楽しい?」
「へ? そりゃ、楽しいですよ。私は自分が守矢の巫女であることを誇りに思っていますもん。霊夢さんだってそうでしょ?」
はにかむように笑う早苗。本当に楽しいのだろう。だから、私には何故かそれがとても眩しく見えた。
「一応ね。まあ、せいぜい憑かれないように頑張んなさい」
「はい。でもこの暑い中外に出るのはちょっと憂鬱ですけどね。……霊夢さんもバイト頑張って下さいね」
「この状況で、どう頑張れと」
「あはは。また来ますよ。今度はもっと大勢連れてきます。それまで、潰さないようにして下さいね!」
「こらこら。思ってても言うんじゃないよ、それは」
「へへへ。すみません。それじゃあ、そろそろ本当にこれで」
そう言って、早苗は楽しそうに店を出て行った。
早苗が去った後、食器の片付け等を終え、また暇になった私は暇つぶしに店内の掃除をすることにした。店長はというと「もう今日は多分来ないかな」などと言って、店の奥に引っ込んでしまっている。そんなんだから客が来ないんだよと思ったが、案外老後の趣味で始めただけの店かもしれない。しかし、それでも店として成り立っているというのだから、それはそれですごいような気もする。狭い店内の掃除が終わると、私はまたすることが無くなっていた。
私は何をするでもなくぼーっとしていた。そしてそのままぼーっとしていると、いろいろなことが思い出された。そのほとんどが暑さに対する苛立ちだが、ふいにさっきの早苗の笑顔が蘇ってきた。巫女であることを楽しいかと聞いた時、本当に楽しそうに笑っていた早苗。そんな笑顔を思い出しながら私はついポツリと呟いてしまった。
「早苗、巫女っぽかったなあ……」
私にはあんな風に笑う事は出来るんだろうか。いや、多分出来ないだろう。だってその笑いは、巫女であることを心から楽しんでいなければ出来ない笑いだったから。実際早苗はすごいと思う。
早苗は最近幻想郷に移ってきたばかりだ。その時ちょっとした事件もあったりしたが、今では既に幻想郷の一員として受け入れられている。何にでも一生懸命な早苗は、幻想郷中を駆け回っては布教活動をしているのも知っているし、そのため信者だってウチより全然多いことも知っている。早苗は、ちゃんと努力して、頑張って、それを認められて、だからあんな風に笑うことができるのだ。何もせず、ぶらぶらしているだけの私とは違うのだ。
厨房からカウンター越しに、誰も居なくなった客席の方をぼんやりと眺めてみる。一つ、朽ち果てて今にも崩れそうな椅子があるのに気付いた。そしてそれは丁度、さっき私が早苗と話をしていた椅子だった。
なんとなく、外の方に目を背ける。向かいの窓にうっすらと私の顔が映っていた。ひどく疲れたような私の顔と目が合う。するとそれは、とても不細工に見えた。
「そうか、これが私か……」
その後、店長の予言通り客が来ることはなかった。結局私は、このままバイトを続けさせてほしいと店長に頼むことにした。虫のいい願いであることは分かっていたが、それ以外思いつかなかった。でも、それを聞いた店長は「はじめから素直にそう言えばいいのに」と笑ってそれを許してくれた。どうやら最初からバレバレだったらしい。
さらに店長は、雀の涙のその涙くらいのバイト代を私に手渡してくれた。がんばるんだよ、と言って笑う店長を見て、もうこの人には一生頭があがらないな、と思うのだった。
店長は夕飯も食っていくかと言ってくれたが、さすがにそこまで迷惑をかけるわけにはいかないので、断った。
バイトを終え、帰路に着く私。結構遅い時間のはずだが、夏の空はまだほのかに明るい。
まだ少し明るい帰り道をとぼとぼと歩く。途中、バイト代が入っている紙袋を握りしめて空を仰いでみた。そうして私は、本日何度目かになる空腹を感るのだった。
夜、久しぶりの労働を終えた私が神社に戻ると、子鬼の萃香が一人で縁側に座っていた。どうやらかなりの酒を呷っていた様で、遠くからでも酒臭さが伝わってくる。この萃香というやつは最近神社の居候になった鬼の妖怪だった。鬼の一族らしく、頭から大きな角が2本生えている。見た目は小さな子供にしか見えないが、こんなナリでも大分年上なのだそうだ。聞くところによると、私なんかでは考えも及ばないくらい、大昔から生きているとの事。まったく、若作りもいいところだ。
私はなんか疲れていたので、なるべく萃香と目を合わさないようにしながら、自分の部屋に向かう事にした。だが、自室にむかう縁側の通路を通った時、萃香の方から吐き気すら催す強烈な酒臭さが私を襲った。どうやら半端ではない量の酒を飲んでいた様だ。
若干、鼻がむずむずするのを感じながらも自室目指して進む。人の家なんだから、少しは自重できないのかと憤慨していると、呂律の回らない口調で萃香が話しかけてきた。
「あれぇ〜? れいむぅ〜。おかえひなさ〜い」
「……ただいま、萃香」
「あれれぇ〜?元気ないじゃん。どひはの?」
言えていない。というか口を開くとさらに酒臭い。さらに絡み上戸なので面倒くさい。私はとりあえず適当に流すことに決めた。
「何でもないわ。それよりあんた、飲みすぎよ。舌が回ってないじゃない」
「むふふ。そりゃ〜れいむの就職祝いだからねぇ〜。聞いたよぅ、バイト始めたんだってぇ?」
何故知っている。つーか早苗か。早苗しかいないか。とりあえず今度会ったら一発殴っておくことにしよう。
「そ・れ・で・ね? ここはパア〜と騒いじゃお〜! と、萃香ちゃんは思ったのでした! ……バイト代貰ったんでしょ?」
どうやらそれが目的らしい。目ざとい奴め。どうしてコイツは、そういう方向にばかり知恵が回るのだろう。私は呆れとともに感心すらしてしまった。
でもね、萃香。……残念でした。
「……もう、使っちゃたよ」
「え? ……えええええ!!!???」
ふん。ざまあ見ろ。大体私が汗水垂らしてようやく手に入れたお金を、何故に萃香の飲み代に使わなくてはならないのか。
「何なにナニよぉ〜? 何に使っちゃったの!? お酒? お酒だよね? そうだよね?」
「……違うわよ。本を、……本を買ったの」
「うそだぁ〜! だって、霊夢、本なんか読まないじゃん!」
そう言って食ってかかる萃香に、私は脇に抱えていた紙袋を見せる。そこには大きく「東方書店」と書かれていた。
「そ、そんなあぁ……」
うなだれる萃香をよそに、私は自室に向かって再び歩きはじめるのだった。何やら後ろの方で、「お酒が……お酒が……」と萃香が呟いていたが聞こえないことにする。つーか、あんたは今まで散々飲んでたでしょうが、というツッコミも今日はやめておいた。
一応気になったので、寝っころがっていた私が立ち上がったのは、丁度日付が変わった頃だ。向かうのはもちろん、私の愛するお賽銭箱。無いのは知っているが、無いことを確認しなければ寝ることも出来ない。なんとも悲しい習性だ。
夕飯を食べていないので、さっきからお腹が危険信号を鳴らし続けているが、気にないことにする。一食くらい抜いたって死にはしないだろう。
障子を開けて空を見上げてみる。それはそれはいい月だった。――少し、風が吹く。すると、外の空気が部屋の中に流れ込み、私の体を震えさせた。夏とはいえ夜の山は冷える。私は両腕を組みながら、つっかけ履いて賽銭箱を目指す。
『本日も何も入っていませんでした』
そう言おうと、私がお賽銭箱の前に立つと、その上に何か乗っているのに気付いた。
「なんだろ……?」
少なくとも、お賽銭では無さそうだった。お賽銭とはお賽銭箱の中に入れるものだ。上ではない。もしかしたら、お賽銭箱に入りきらないほどのお賽銭が入っているのかも、とも思ったが、今までの経験上そうではないことは重々承知していた。しぶしぶだけど。
どうやらそれは紙袋だった。形は四角。大きさは私の手のひらより二回りばかり大きい。その紙袋の中には何かが入っている様だ。そして私はその紙袋に見覚えがあった。
そっと、手に取ってみる。すこぶる軽い。しかし、諭吉が入っているにしては重すぎるし、厚すぎる。それは丁度、薄い本でも入っているんじゃないかという感触。
私は、紙袋に入ったそれを、恐る恐る引っ張り出してみることにした。
「……。ばーか」
それはやはり本だった。薄い本。私の今日のバイト代でも買えそうな、安っぽい本。
「……そんなの、言われなくてもわかってるっつーの」
誰にでもなしに呟く。或いは自分に向けて呟いたのかもしれない。
私は手の中にあるその本をもう一度確認する。また少し風が吹いた。すると1枚の紙切れがひらひらと落ちてきた。それはどうやらメモのようで、そのメモには達筆な字で小さくこう書いてあった。
『今度は友達として遊びに来て下さいね。……鼻垂れ小僧の父より』
どうやらこっちもバレバレだったらしい。だとすると私は、今日一日ずっと騙されっぱなしだったということか。
「ふうっ、あーあもう。今日は散々な一日だった」
本当、今日は散々だった。暑いし、暑いし、暑いし、暑いし。でも本当に問題だったのは、もちろん今が夏だからなのとは全然関係なくて。そしてそれは、間違いなく全部私のせいで。
解り切っていたことだ。全部私が悪いんだって。そんなものとっくに解り切っていたことだった。いつからか、私は愚痴ってばかりだったような気がする。お賽銭は集まんない。お祓いなんか出来ない。早苗みたいに笑えない。でもそれは、全部私に問題があって。今こんな風に言われるまでもなく、そんなの解りきっていたことだった。
本当のことはずっと解っていたはずだった。私は何をしたいのかも。何をしなくちゃいけないのかも。
本当、最初から全部解り切っていたことだった。さんざん寄り道してみたけど、結局そいうことだった。
「全く同じセンスってのも、ちょっとショックだけどね」
きっと私は、本当は誰かにそれを言ってもらいたかったのかも知れない。自分で認めるのはなんか癪だったし。そもそもそんな勇気もなかったし。だから誰かの言葉を待っていたのかもしれない。誰かに見てもらいたかったのかもしれない。誰かにちゃんと叱ってほしかったのかもしれない。
とんだ甘ちゃんだ。まったく、救いようもない甘ちゃんだった。
「でも、いーよ。望みどおりしてあげる。それが私の望みでもあるんだし」
そう。確かにスタートは出遅れたかもしれない。私には無理だって諦めていたのかもしれない。私には何にも無いんだって、勝手に自分を見限っていたのかもしれない。
でもそれは違うんだ。出遅れたんなら、後半で追い抜けばいいんだ。よく父さんも言ってたじゃないか。スタートダッシュが遅い馬ほど後半で追い上げるんだって。そうだ。私はスタートラインに立ってすらいなかったんだ。レースに参加する前から、もう無理だって決めつけてたんだ。
私には何も無いんじゃない。何も作ってこなかっただけなんだ。それを全部周りのせいにして、不幸ぶってただけなんだ。
でも、それでもいい。それなら今から作っていけばいい。私にしか出来ない事を。私じゃなきゃ駄目なんだって言われるようなことを。
そうだ。私にはまだまだ時間がある。手遅れなんかじゃ、全然ない。
夜。博麗神社の境内。拝殿の前のお賽銭箱の前。私は一人で立っていた。目の前のお賽銭箱の上には一冊の本。そしてその本にも私は見覚えがあった。
私は、懐から一冊の本を取り出す。それは今日バイト帰りに買ってきた本。夕飯抜いて買ってしまった本。それをお賽銭箱の上に並べて置いてみる。
それはとても薄い本だった。大きさは私の手の平より二回りばかり大きい。そしてその2冊の本は全く同じ本で、その表紙には大きくポップな書体でこう書かれてあった。
『業種別 職業指南書シリーズ 巫女編。これでキミもお祓いマスター……』
……どうやら私には2倍、修行が必要らしい。
まったく。おせっかいにも程がある。手の込んだ事をしやがって。どうやら私は、またあの豪邸に行かなければならないらしい。そして、その成果を見せてやらないといけないらしい。私がちゃんとスタートラインに立てているのか、確認する気らしい。
でもいいさ。待っていろ。今度は飛びっきりのお祓いを見せてやる。家ごと成仏してしまうくらい、飛びっきりのお祓いを見せてやる。そして、おいしい茶菓子と冷たいものをご馳走になるんだ。そうだな、ついでに私のおいしいお蕎麦を食わせてやってもいい。あの小僧は、くすぐりの刑くらいで勘弁してやる。
きっと、そういうことなのだ。私が一番やりたかったことは。私がずっと望んでいたものは。『私は博麗の巫女である』そうやって胸を張って言えることこそ、私が一番やりたかったことなのだ。
二冊の本を片手に、縁側の廊下をぎいぎい鳴らしながら自室を目指す。萃香はまだ居間の方で飲んでいるらしく、晩酌に誰か付き合わされている様だった。気の毒な誰かさんが誰なのか少し気になったが、大方の予想は付く。それより、ぐずぐずしていたら私も巻き込まれかねないので、やや急ぎ足で廊下を進む。だが、これだけ盛大にぎいぎい鳴っているのに気付かないところを見ると、どうやら相手の方も結構な量の酒がまわっているようだ。
居間の隣の自分の部屋の障子を開ける。相変わらず散らり放題の自分の部屋がそこにあった。ぐるっとその部屋を見渡してみる。そのとき、壁に掛けてあった私の巫女服が目についた。そして私は、それを着てかっこよくお祓いをする自分の姿を想像してしまい、思わず笑ってしまった。
「……似合ってねぇ〜」
そりゃそうだ。きっとそれが似合うようになるにはまだ時間が掛かるだろう。でも私は、その時の苦笑いが、早苗のはにかんだようなあの笑顔に、少しだけ近づけていたんじゃないか、そんな風に思えた。
そうだ。最後にもう一度だけ訂正しようか。
確かにこの世の中、甘くないし、非情だし、腐ってるかもしれないが、
……案外、そう悪いばかりでも無いらしい。
お疲れ様です。どうでしたでしょうか。今回は以前書いた霊夢編の「リメイク」という形になっているのですが、お楽しみいただけたでしょうか。
また、実は密かに掲載の順番が変わっています。元々は第一話がルーミア編だったんですが、どうにもルーミアの話は暗い(ちょいネタばれ)第一話としてはあまり方向性を示していない。ということで、小悪魔編の次に掲載していた霊夢りめいく編を、「東方な日々。」第一話という形に持ってきました。ルーミアの話は好きなんですけどねー。でも第一話としてはこっちの方が相応しいかなぁと。
それでは、次回も何卒よろしくお願いします。ばいちゃ(笑)
おまけ

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