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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

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  波乱の幕開け5

 あれ? 今の人……。
 飛鳥は、次の授業へと急ぐ途中、すれ違った生徒を振り返って目で追い、
「きみ、上級数学で一緒だよね? 次の授業、教室が変更になっているよ」
 急ぎ足で階段を降りていた生徒を呼び止めた。
 ダークアッシュの髪が揺れ、ライムグリーンの瞳が飛鳥を見上げた。
「ありがとうございます。売店に寄らなければいけないので、僕は少し遅れます」
「それは、ごめんなさい、呼び止めてしまって」
 飛鳥は慌てて謝った。
 その彼は、柔らかく微笑んで軽く会釈し足早に去っていった。
 エリオットのアクセントだ。
 でも、ヘンリーに紹介された友達の中にはいなかったはず。
 今の彼、ヘンリーに似ているのにな……。共通点は細身で、長身な事くらいで、容姿はまるで違うのに、雰囲気が似ている。エリオットの出身だからかな?
 階段に立ち止まったままの飛鳥は、はっとして腕時計を見る。
 僕の方が遅刻しそうだ! 
 飛鳥は慌てて駆け出した。






「スゥイフト、アボット、オークランドの三人は、飲酒、喫煙、麻薬所持で、いつでも退学にできますが、どういたしましょう?」
 川沿いの遊歩道を肩を並べて歩くヘンリーとエドワードから一歩遅れて、ウイリアム・マーカスはお伺いを立てる。
「そうだね。どうするかな。スゥイフトは、放り出してあげていいよ。三学年でこいつの家柄なら、ザ・ナインのどこかにまた、潜り込むだろ」
 ザ・ナインは、九校の代表的なパブリックスクールの名門校の総称である。
「いや、それより、もう少し飼っておこうか? お前に任せる」
 ヘンリーは、イライラとつまらなそうに、早口で言った。
「使い走りのやつらはいいから、アデル・マーレイをオックスフォードから追い落としてくれ」
「承知いたしました」
 引き下がろうとしたウィリアムに、ヘンリーは足を止めて振り返り、打って変わってすまなさそうに声を掛けた。
「危険な真似はしないでくれ。駄目でも構わない。ルベリーニに借りを作りたくないだけだから。ただの僕の我儘なんだ」
 ウィリアムは、ライムグリーンの目を細めて柔らかく微笑んで頷き、ダークアッシュの髪をさらりと揺らして一礼した。

「久しぶりだな、お前の優秀なファグに会うのは。スパイまがいのことまでさせているのか?うちに欲しいくらいだな」
「ファグじゃないよ。フットマンだ。僕の行く道の草を払うのが彼の仕事だ、おかしくはないだろ?」
「あいつの入学が一年遅れたせいで、エリオットではあんな目にあったってことか?」
 エドワードは、笑いを噛み殺す。

 ヘンリーはそれには答えず、
「もうじき、新しい事業を起こすんだ。今、ルベリーニに借りを作りたくないんだ。
 状況が変わったんだよ」
 と、苦々しそうに、もう一度繰り返した。
「借りも何も、アスカのことはロレンツォも気にいっているんだろう? 放っておいても問題ないんじゃないのか?」


 だからだ! ロレンツォが飛鳥の背景に気が付いて融資を申し込んだら、計画は丸つぶれだ! あるいは、アデル・マーレイから守ってやると、飛鳥を囲い込みでもしたら、これも計画の邪魔になる。学校内で、ロレンツォを飛鳥に付けておくのはいい。だが、事業となると、ルベリーニは、敵以上にやっかいな味方に成り代わる。


「あ~あ……。アスカに関しては、一歩も二歩も出遅れているよ。やること成すこと裏目に出るし。今まで無関心だったフェイラーまで出てきて、本当、面倒くさい」
 ヘンリーは、皮肉に嗤って軽くため息をついた。
「アスカは関係ないだろうが。お前が動くから、周りも動くんだ。嫌なら、じっとしていろ」 
 エドワードは、珍しく真面目な顔をして呆れたように釘を刺す。

 ふと、川に沿った土手のそこかしこに顔を覗かせ始めているスノードロップに目を留め、立ち止まった。所々に残る雪を押し退けるように凍った土からその背を伸ばし、俯いたまま真っ白な花を咲かせるその姿に、ただひとり、毅然と耐え、決して何も言わない飛鳥を重ねて、ヘンリーは淋しそうに嗤った。

「僕は本当に、アスカのことが判らないんだ。まだ、シルヴァンの気持の方が理解できるくらいだよ」
 エリオットで一番扱い辛かった馬の名前を引き合いにだされ、エドワードは笑い転げる。
 ヘンリーは拗ねたように口を尖らせた。
「なんだ、日英文化摩擦か? 言えよ。聞いてやるから」
 エドワードは、心の中で叫びながら、笑ってヘンリーの肩を組んだ。


 ざまあみろ! 少しは俺たちの気持ちが判ったか!
 こっちだって、お前のことが判ったためしがないんだ。
 いつでも好き勝手しやがって!
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