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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

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  ガイ・フォークス・ナイト10   

「しかし、きみには恐れ入ったよ。まさか、英国に喧嘩を売るようなマネをするとはね。言ってくれれば良かったのに」
 言葉とは裏腹に、ヘンリー・ソールスベリーはさも可笑しそうに笑っている。
「だってきみは、英国国教会の信者でしょ? 言えないよ、とても」
「クリスチャン・ネームは持っているけれど。信者とは言えないな。僕は、神の創りたもうたこの世界が嫌いだからね」
 ヘンリーは、珍しく飛鳥の横で煙草を燻らせながら、そんな不遜な事を口にした。
「僕は、気に入ったよ。あのラスト。英国にとっては、国王暗殺未遂の犯罪者でも、カトリックにとっては、自分たちのための抵抗者だ。神に救いを求める者が無残に打ち捨てられるのでは、余りに無慈悲だものな。それにしても、きみの人選も見事だったな。ロレンツォ・ルベリーニが絡んできたところで気付くべきだった」
「え? 彼、映画班だったし。イタリア人なら、カトリックかな、くらいにしか考えなかったけど」
 ヘンリーは、また可笑しそうに笑った。
「その運の良さも実力のうちだ」

 ドーン!

 澄み切った夜空に花火が打ち上がる。
 本来なら、七時からの投票結果や閉会式に出ていなければならない時間だ。
 ヘンリーに誘われるままに、連れ立って城跡まで逃げて来た。
 二人して、崩れかかった城壁の壁にもたれて、次々と打ち上げられる色鮮やかな花火を見上げた。



 上映会が終わった後、知らない連中から声を掛けられ、賛辞を贈られ、嬉しいけれど戸惑う方が多かったからだ。睡眠薬を飲まされた後の体調も、まだ、すっきりしなかった。
 ヘンリーは、さっさと身を隠して、ひと息付いたところで、飛鳥を連れ出してくれた。ガイ・フォークスのお面を付けていたので、最初は誰だか判らなかった。
 日が暮れてから、この同じガイのお面を付けた人々が街中に溢れていた。



「これ、ありがとう」
 飛鳥はポケットから空になった袋を取り出した。
「英国製でも、問題なかった?」
「うん。助かった。正直、フラフラだったから。これが無かったら、きっと倒れていたよ。無事に終われて本当、良かったよ」
 ヘンリーが、直前でくれたのは、不揃いのブドウ糖の結晶だ。飛鳥が寝ぼけて言ったことを覚えてくれていて、わざわざ探して買ってきてくれた。
「それから、ロレンツォがきみに感謝していたよ。モーツァルトのレクイエム。『永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らしたまえ。』彼らの救済を神に祈るこの曲が全てを語っているから、最後の字幕は余計だったって。僕からも、ありがとう、ヘンリー」

「寒いのか? アスカ」
 飛鳥はぶるっと身震いしている。
「疲れただけだよ」
 ヘンリーは、ガウンを脱いで飛鳥に被せる。
「ガウン、着ているから平気だよ」
「いいから。寒いなら、もっとくっついていいよ」
「英国人って、本当に体温高いよね。この季節でも、みんなてんで薄着でびっくりしたよ」
 飛鳥は、眉を顰めながら無理に笑った。
 ヘンリーは飛鳥の肩を掴んで、強引に自分の膝の上にその頭をのせた。
「横になっていろ。辛いんだろ?」
「意外にきみ、乱暴だよね。あの一発、きつかったよ」
 飛鳥は薄く笑って、目を瞑る。
「ありがとう、助けに来てくれて。きみに助けられたの、これで何度目かな……」

 頭上で、何発もの花火が連続して打ち上げられた。
 一瞬、辺りが明るく照らされる。
 その音にかき消されるように、飛鳥は小さく呟いた。
「きみが、ヘンリー・ソールスベリーじゃなかったら、友達になれたかもしれないのにね……」
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