挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

69/267

  クリスマス・マーケット3

「判ったぞ、黒幕が誰か。」
 エドワード・グレイは、小川に沿った遊歩道から、少し奥に入ったベンチで待つヘンリー・ソールスベリーの横に腰かけ、開口一番に告げた。
「アデル・マーレイ?」
 エドワードは、つまらなそうな顔をして、身体を背もたれに倒した。
「なんだ、知っていたのか……。」
「手口がね、馬鹿の一つ覚えだから。そうじゃないかって思っただけだよ。
 僕も、厩舎と、睡眠薬には何度か世話になったからね。」
「あー、あったな、そんなことも……。」
 エリオット入学当初、ヘンリーはしょっちゅう先輩方にからまれ、睡眠薬を飲まされれば、意識を失う前に、自分で口に指を突っ込んで吐いていたし、何マイルも離れた場所にあったエリオットの厩舎に閉じ込められた時は、夜中に、裸馬を駆って自力で寮まで戻って来ていた。

「それで、どういう繋がり? マーレイがオックスフォードから来たわけじゃないだろう? 」
「ああ、Dクラブだ。マーレイは今、Dクラブの会長で、下に、ウイスタンの卒業生が3人いる。劇場で飛鳥に声をかけたのが、その中の一人の弟で、実行犯は、そいつらだ。」
「しつこいな、全く。腕一本折ったくらいで……。」
 ヘンリーは、憎々し気にマーレイを思い出して、言った。
「腕よりも、こっちだろうな。」
 と、エドガーは自分の頬から顎を差し示した。
「自業自得だ。女の子じゃあるまいし。それとも、僕に責任を取って娶っれ、ていうのかい? 」
 ヘンリーと三学年上のマーレイとの因縁めいた対立は、マーレイが自分で張った罠に自分で嵌り、馬術の障害競技で落馬して腕と、顔に傷を負ったことでケリが付いたはずだ。
 それが、何で今更……。

 『少数派マイノリティが暴力で主張することを止めることができるのなら』
 ふと、飛鳥の言葉を思い出した。
 残念だけど、英国の支配階級は、きみ達のように甘くないよ。少数派が、その支配から逃れるには、それ以上の力で相手を抑え込むしかないんだ。

「それにしても、どうして飛鳥なんだろう? 」
「そりゃ、お前のガウンのせいだろ? 飛鳥はお前のペットだと思われている。」
 無視しても、庇護しても、迷惑をかけることになるのか……。
 ヘンリーは、大きくため息をつき、組んだ膝の上で頬杖をついて、顔をエドワードの方に傾げた。
「じゃあ、どうすればいいと思う、エド?」

「ロレンツォを使えよ。」
 ヘンリーは露骨に顔をしかめる。
「デヴィッドじゃアーネストの様にはいかない。この学校ウイスタンで、家柄と影響力でDクラブを押さえられるのは、ロレンツォ・ルベリーニくらいだろ。」
 Dクラブ。オックスフォード大学の極少数の会員で結成されるエリート組織だ。ここへの入会推薦をちらつかせれば、大抵の奴ならなんだってやる。大学時代、Dクラブに所属できただけで、エリートとしての一生が保証されたも同じだからだ。
「ルベリーニは……。」
 ヘンリーは顔を歪めて言いよどんだ。
「生理的に駄目なんだ。思い出すだけで、鳥肌が立つ。」
「未だにか! 」
 エドワードは腹を抱えて笑った。

 エリオット校で初めての聖ジョージの日のイベントで、仮装行列パレードの姫君に扮したヘンリーの前に、観客席から男の子がいきなり薔薇の花束を抱えてやってきた。ご丁寧にヘンリーの手を取って甲にキスをして、片膝ついての正式のプロポーズ。ヘンリーは未だに、このネタで仲間内からからかわれている。
「あの時、あいつの腕を捻りあげなかった自分を、褒めてやりたいよ。よく我慢しただろ? 渡されたのが、英国の国花の薔薇じゃなかったら、きっとその場で地面に叩き付けて踏みにじっていたよ。」
 いやいや、その後のお前の対応も、大概だったと思うぜ……。
 と、心の中で呟きながら、エドワードは笑いを噛み殺した。

「それにしても、あの時の馬鹿が、あのルベリーニ一族とはね。」
 イタリアの黒い貴族、カトリックの守護者、そして英国内の金融で強い影響力を持つ一族だ。確かに、いくら傲慢なDクラブだって、ルベリーニを敵に回すようなことはしないだろう。
 ヘンリーは困ったように笑った。
「僕だって、敵に回したくないけれどね……。正直なところ、トラウマだよ。自分でも不思議なほど嫌悪感が沸いてくるんだ。」
 エドワードは肩を竦めた。
「我慢しろ。飛鳥のためだ。飛鳥なんて、何の後ろ盾もないアジア人留学生、殺されたって簡単に揉み消されるぞ。アーネストの家をガーディアンに付けても、構わず仕掛けてきたんだ。相当、舐められていると思った方がいい。」

 これまで、エドワードはこれっぽっちも飛鳥に興味も関心もなかった。
 だが上映会で、真っ青な顔をしてフラフラの身体で、最後まで場を仕切り、指示を出し、舞台裏であったトラブルを乗り切っていった飛鳥を、称賛に値すると認めずにはいられなくなった。
 それに、後片付けで、ゴミとしか思えないような紙と、ペラペラのプラスチック、ガムテープで留められたビニール袋に蛇腹ホースでできた手作り感満載の機材本体を見たときには、さすがに驚いた。こんなもので、あれだけのスクリーンを作ったのか! と、ヘンリーが飛鳥の才能に入れ込む気持ちも理解できた。
 今では同じように、飛鳥を応援してやりたい、くだらない争いから守ってやりたいと思っている。

 今まで、飛鳥に絡んでくるのは、寮長のロバート・ウイリアムズの一派くらいだと思っていた。せいぜい、パンフレットを書き換えて観客を奪い、上映会を失敗させようとするくらいが関の山のつまらない小者。
 だが、相手がアデル・マーレイとなると、話は変わってくる。マーレイがオックスフォードに入学してからのDクラブの悪行の噂は目に余るものだった。犯罪すれすれなんて、可愛いものじゃない。警察ざたの事件を幾つも親の権力で揉み消してきている。

「そうだね、エド。きみの言う通りだ。僕ばかりが、我儘も言っていられないな。」
 ヘンリーは、仕方がないという風に、エドワードと顔を見合わせて薄く笑い合った。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ