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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

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  ガイ・フォークス・ナイト2  

 「このガウン、今まで、ありがとう。やっと、僕のがクリーニングから返ってきたよ。これは、週末のクリーニングに出すから、来週には返せると思う」
 飛鳥は、薄っすらと染みの残る自分のガウンを羽織り、律儀にヘンリーに頭を下げた。
 ヘンリーは、複雑な表情を浮かべて何か言いかけたが、
「そうか」
 と、一言口にしただけだった。



 今日から、『ガイ・フォークス・ナイト』の準備が始まる。
 毎年、仮装行列と寮主催の催し物が、点数制で競われるこのイベントに、スポーツの寮対抗戦には参加しないカレッジ・スカラーも、総力を挙げて取り組んでいる。
 七十名のスカラーを縦割り班に分け、班ごとに協力しつつ、競わせる。そこでの指導力や発想力が、翌年の監督生セレクト選抜に大きく影響してくるため、皆、真剣そのものだ。

 今回は、進行、仮装行列、衣装製作、映画、技術、の五つの班に分かれることになった。


 寮内の談話室や食堂で、第一回目のミーティングが行われる。
 飛鳥が指定された談話室の一角に来てみると、技術班のメンバーはすでに皆揃っており、冷ややかな視線を投げつけてきた。

「遅れてごめんなさい」
 飛鳥は、すぐさま頭を下げた。
「まだ、五分前だ」
 同じ最上級生の一人が冷やかすように笑う。

「早速だけどね。技術班って振り分けられているけれど、この中で、技術と電気学のクラスを取っているのはきみだけなんだ。必然的に、きみが班長ってことでいいかな」
「皆さんが、それでかまわないのでしたら」
「じゃ、そういうことで、よろしく頼むよ。教室の使用は、進行班に言って許可をもらうこと。あとのことは、進行班にきいてくれ」
「え、スクリーンやプロジェクターの希望なんかは、ないですか?」
「僕たちじゃ判らないよ。どこかでレンタルしてくればいいんじゃないのかい? 予算なんかも、進行班にきくといい」
 周囲で押し殺した笑い声が漏れる。
「演出なんかは……」
「映画班に言ってくれる。僕らは何もできないよ。知識がないんだから」
 最上級生二人が代わる代わる喋るだけで、下級生は押しなべて下を向いたり、よそ見をしたりしながら何も言わない。

 またか……。

 飛鳥は、小さくため息をついた。
「分かりました。企画書と、進行に応じた報告書を作っておきます。それを承認してもらう形で構いませんか?」
「OK、じゃ、解散」

 飛鳥は自室に戻ると、思いっきり息を吐きだして深呼吸した。
「怒らない、怒らない。予想は付いていたことだもの」
 つまらないことで、時間を潰すよりも有効に使わなくちゃ。
 思ったより予算も多いし、やりたいことが十分にできるチャンスじゃないか……。




「デイヴ、ミントタブレットを持ってないか?」
「そんなに気にならないよ」
 と、言いながらもデヴィッドは、タブレットケースをヘンリーに渡した。
「アスカは鼻がいいんだ。ガウンを貸したときに言われた。こんなに臭いが付くまで吸うなんて、吸いすぎだって」
「コロンの香りしかわからないけどな」
 ヘンリーはタブレットを二、三粒口に頬り込みガリガリかみ砕いた。
「それにしても、きみのガウンを返しちゃって、アスカちゃん大丈夫なの?」
「アスカちゃん?」
「日本語の愛称だよ。かわいいでしょ」
 なんだか、イラッとくる呼び方だな、と思いながらも、
「随分、仲良くなったんだな」
 と、デヴィッドに目を向けると、デヴィッドはキラキラ瞳を輝かせている。
「そりゃあね。彼、きみの言った通り、ゲームめちゃくちゃ強かったよ。僕じゃ、全く太刀打ちできなかった。もう、師匠と呼ばせてもらいたいくらいだ」
「そりゃ、かなうわけがないよ、きみじゃあ。アスカは、ゲームのプログラムを逆アセンブルして解析しているからな。そうやって、バトル大会に出る選手のアシストをしていたそうだよ」
「きみ、同じこと、できる?」
「できるけれど、しない」
 ヘンリーは、あっさりとそっぽを向いて答える。
「アスカちゃんに頼めよ」

 僕よりも、デイヴの方がいいのかもしれない。こいつなら、警戒されることもないだろう……。僕では、またアスカの自尊心を傷つけてしまう。
 ヘンリーは、横目で、呑気な顔をしてヘンリーに文句を言っているデヴィッドを眺めながら考えていた。

「ところで、きみの寮の催しは何をするんだい、デイヴ? もし暇なら、頼まれて欲しいんだが」


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