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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

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  ガイ・フォークス・ナイト7

 いよいよ『ガイ・フォークス・ナイト』当日がやってきた。
 午前の催しを終え、メイン・イベントの全寮による仮装行列が行われる。
 ウイスタン校の礼拝堂前に、続々と色とりどりの衣装に身を包んだ参加者と、制服姿のスタッフが集合し始めていた。
 先頭を行く学寮は、騎馬での参加となるため、他寮の生徒とは少し離れたところで待機していた。

「すごいねぇ。さすがに似合っているよ。」
 飛鳥は、感嘆の声を上げ、手にした白薔薇の花をアーサー王に扮したヘンリーに差し出した。
 ヘンリーは、鎖帷子の上に、13の王冠のアーサー王の紋章の描かれた膝まである青のタバートを着て深紅のマントを羽織、頭上には王冠を頂いている。
「ありがとう、アスカ。」
 柔らかく微笑んで薔薇を受け取ると、ヘンリーはマントの留め具に差した。
「ヘンリー、僕のも受け取って! 」
「ヘンリー、頼んだよ。」
 あっという間に人垣ができて、次々と薔薇の花が差し出された。

「予想通りだな。白だけじゃなく、赤や黄色の票まで奪っているぞ。」
 円卓の騎士の一人、ランスロットに扮した寮長ロバート・ウイリアムズは、進行班班長と顔を見合わせて口の端で笑い合う。
 仮装行列の人気投票は、参加者以外の生徒に配られる一本の薔薇の花(これは寮によって薔薇の色や種類が違う)を、投票したい相手に渡す校内投票と、生徒が市街地で販売する花を購入して参加者に渡す一般投票とで集計される。
 どちらも不正が行われないように、きちんと数が管理され、規定の本数以上は無効となる。
「今年は、自腹を切って花を購入する必要も無かったよ。学寮うちのは、もう完売だ。」
「ヘンリーが参加するって、SNSで拡散したかいがあったな。」
「さすがに、うちの広告塔なだけのことはある。」
 ロバート・ウイリアムズは、皮肉げに口を歪めた。
「しかし、今でこれじゃあ、持ちきれないんじゃないのか? 」
 人垣の向こうに見え隠れするヘンリーは、もう両手一杯に薔薇を抱えていた。
「サポートをつけろ。バケツも持たせておけよ。」
 集まった花は、最終的にフラワーアレンジメントされ、大聖堂前に飾られることになる。粗末には扱えない。

 参加者が整列し、学寮生も、次々と騎馬し始めた。
 パン! パン! パン! 
 出発の花火が打ち上った。
 これから行列は1時間かけて市街地を巡る。

「アスカ、ランチは済ませた? 」
 肩を叩かれ振り返ると、ロレンツォが、視線はゲートをくぐって進んで行く行列を見送りながら立っていた。
 飛鳥は首を振って、苦笑する。
「食べ損ねたかな。いろいろ見て廻っていたから。」
「じゃ、外で食べよう。付き合えよ。」
「ごめん、持ち合わせがないんだ。」
「構わない。一人でランチなんてみっともないだろ。行くぞ。」
 ロレンツォは、飛鳥の肩を抱いて強引に歩き出す。そして、歩きながら、寮の食堂の悪口を声高に語り始めた。

「さぁ、準備に戻るか。丁度いいくらいだろ? 」
「そうだね。ごちそうさま、ロレンツォ。」
 こんなに食べたの久しぶりだ。イギリスでも、美味しいもの、食べられるんだ。
 寮のまずい食事が当たり前になりつつあった飛鳥には、日本で食べる味に近いイタリア料理は新鮮な感動ですらあった。
「顔色が良くなったな。我慢して英国料理なんか食べるな。あんなもの腹に入れると、そのうち死ぬぞ。」
 ロレンツォは、本気だか冗談だか判らないような事を言って、立ち上がった。

「バードウィン寮の劇、見に行くんだろう? さっさと片付けてしまおうぜ。」
 ロレンツォは、早歩で寮に戻りながら、遅れ気味の飛鳥を振り返る。
「行きたかったけれど、無理だよ。街中に機材を放り出してはいけないもの。」
 飛鳥は、息を弾ませながら答えた。
「何言っているんだ。それくらい、俺たちが見ているよ。あいつは、お前の友達だろう? お前のためにくそ忙しい中、あんなに、足繁く通って来ていたじゃないか。」
 え? どういう意味?
 怪訝そうな飛鳥を見て、
「なんだ、判ってなかったのか? デヴィッド・ラザフォードの価値を知らない奴は、ここじゃお前くらいだな。誰もがお近づきになりたがる、名門ラザフォード侯爵家のお坊ちゃんだ。
 今の英国の政界、法曹界の要職はこいつの一族で占められているって言ってもいいくらいだ。
 あいつがお前に会いに来るから、俺たちを手伝うやつがここまで増えたんだ。少しは、感謝してやれよ。お前が孤立しているんじゃないか心配していたんだろ。」
 ロレンツォは、呆れたように大げさなゼスチャーで手を広げた。

「みんな、興味を持って手伝ってくれていたんじゃないんだ。」
 余りにも悔しくて、唇を噛み締める。身体が急に鉛を呑み込んだように重く感じられ、足が前へ踏み出せない。
「それは、違うぞ! 」
 ロレンツォは、がしっと力を入れて飛鳥の両肩を掴んだ。
「初めはどうであれ、今はみんな、心からこのイベントを成功させたいと思っている。こんなにも、ワクワクして楽しくって仕方がないのは俺だって初めてだ! お前はすごい奴だ! 
 デヴィッド・ラザフォードはきっかけをくれただけだ。それだって、お前を信じているからだろ。」
「ありがとう、ロレンツォ。きみは、すごくポジティブなんだね。」
飛鳥は、無理に唇を上げ、力なく笑顔を作った。
「人生を楽しむ秘訣さ! 」
 そう言ってロレンツォは、軽くウインクすると、飛鳥の肩を組んで再び歩き出した。
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