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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

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  寮室内の蛍6

 「ヘンリーは、ちゃんと眠っている? 」
 ハーフターム休暇に自宅に向かうリムジンの中で、デヴィッド・ラザフォードは唐突に杜月飛鳥に質問した。
「昨日は夕飯も食べずに爆睡していたよ。僕も寝ちゃっていたから、気付いたら夜中で、二人してお腹が空いて堪らなくて、丁度日本から送ってもらっていたおかきを、一緒に食べたんだ。」
「おかき! おせんべい! いいなぁ、僕も、食べたかったよ! 」
 デヴィッドは、大きなハシバミ色の瞳をまん丸くして小さくため息をついた。
「お土産に持ってきているよ。」
 飛鳥がにっこり笑って言うと、デヴィッドは「ワオ! 」と、声を上げて喜んだ。

 ヘンリーの友達といっても、随分タイプが違う。すごく子どもっぽくて、憎めない感じだ。常に冷静沈着、余り感情を表に出さないヘンリーと正反対だ。
「じゃ、ヘンリーとは上手くいっているんだね。良かった。ずっと心配していたんだ。きみはどうみてもヘンリーを襲うようには見えないし、杞憂だとは判っているんだけどね。なんといっても、ヘンリーだから。」
 デヴィッドは心から安心した様子で、喋り始めた。
「彼、他人と同じ部屋じゃ、怖くて眠れないんだ。寝ている間に何されるかわかったものじゃないだろう? そのくせ、不眠が続くと今度は誰か傍にいないと、眠れないんだ。もう、心配で心配で、こんなウイスタンまで付いてきちゃったよ。ほら、土日とか、いないこと多かっただろ? 僕の所か、エドの所で眠っていたんだよ。」
 飛鳥は、いきなりこんな話を聞かされて、何て答えていいのか、皆目見当が付かなかった。

「きみ、ヘンリーのこと、好き? 」
 またしても、答えにくい質問を直球で投げてくる。
「好きっていうか、感謝しているかな。いろいろ助けて貰っているし。」
「ああ、やっぱりきみは合格だよ!」
 デヴィッドは飛鳥の手を握るとぶんぶんと振った。
「ヘンリーに好きって言っちゃ、駄目だよ。彼が、最も嫌がる感情だからね。」
「きみは、ヘンリーのこと好きじゃないの? 」
「好きだよ。当然じゃないか! 僕と、エドと、アーニーは特別さ。僕たちは、家族以上に長い時間を一緒に過ごしてきているんだもの! 」
 デヴィッドは自信満々に胸を張って答える。
 飛鳥はますます訳がわからない。

 でも、まあ、取りあえず、デヴィッドは僕を認めてくれているみたいだ。
 学校の冷たいクラスメイトたちと比べ、格段にフレンドリーなデヴィッドに、飛鳥は胸を撫で下ろした。
 そうか、だからヘンリーは昨日のうちにデヴィッドに紹介してくれたんだ。
 僕が、ヘンリーの敵じゃないって、示すために。
 飛鳥は、昨日紹介されたヘンリーの友人たちを思い返していた。あの、うかつに近寄れない独特の雰囲気。その輪の中心にヘンリーがいる。

 デヴィッドは唐突にヘンリーの話を始めたように、今度は唐突に話を打ち切ってゲームの話題に移った。

 違う、そうじゃない。デヴィッドは、僕の気持を知りたいわけじゃないんだ。
 これは、牽制と警告。
 俺たちのヘンリーに何かしたら只じゃ済まさないぞ、て意味だ……。
 なんて、回りくどい……。
 やっぱり、アーネストの弟だ。英国人にしては童顔の、こんなに可愛い顔をしているのに。
 類友だなぁ……。さすがヘンリーの友人。

 飛鳥は、ここは英国なんだな、としみじみと実感していた。
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