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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

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  廃墟の城跡5

 とても同じ人間には思えない……。
 杜月飛鳥から見たヘンリー・ソールスベリーはとてつもなくタフだった。

 夜中に目が覚めトイレに行こうとして、ベッドとベッドの間で腕立て伏せをしていたヘンリーに、思い切り蹴躓いて倒れ込んだことがあった。ヘンリーに「申し訳ない。」と先に謝られ、自分の不注意さを呪った。ヘンリーは、午前5時前には起きて筋力トレーニングをしているらしい。そして、六時にランニングに出かける。一日の授業が終わると、今度は消灯時間までずっと勉強だ。十一時の消灯後、ずっと暗闇に立ち尽くしているので、何をしているのかと思ったら、ヴァイオリンを構えて、音を出さずに練習していた。月明りに照らされ、ヴァイオリンを弾いているヘンリーは、とても荘厳な印象で、飛鳥は寝たふりをしながらずっとその様子を眺めていた。だがいつも、いつの間にか眠りこけていて、ヘンリーがどのくらいまで起きているのかは、判らなかった。

「きみは、一体いつ寝ているの?」
 余りに気になって、一度、聞いてみた。
「夜だってちゃんと眠っているよ。あとは、休憩時間とか、昼休みも。結構、寝てばっかりいる気がするなぁ。きみはよく眠るよね。初めは病気じゃないかと心配したよ」
 ヘンリーは、書きかけのレポートから目を離さず返答した。
「時差のせいだよ、きっと」
 とっさにそう答えたけれど、そうじゃない事は自分が一番良く分かっている。

 正直なところ、ケンブリッジ大学に進みたいのと、学費免除・生活費付きの奨学金制度に魅かれてここまで来たようなものだ。
 英国のエリートを養成するパブリックスクールというものを、全くわかっていなかった。
 授業に関しては問題ない。内容も理数系なら、日本でやっていた方が難易度は高い。厳しいと聞いていた校則だって、飛鳥の通っていた高校とそう変わらない。
 髪の毛の長さまで言われないだけ、マシな気もする。前の高校では、横髪は耳にかかってはいけない、後ろは襟足より長くてはいけなかった。

 そういえば、ヘンリーが髪を切れって言っていたっけ。紳士の見本みたいな人だもんな。
 そう、飛鳥が馴染めないのは、ヘンリー・ソールスベリーみたいな、完璧でスキのない生徒と、そうはなれない生徒のギャップだった。

 支配する側の人間と、される側の人間?
 日本にいた時だって、クラスのリーダーぽい子は必ずいたし、クラス役員だの、生徒会だのはあった。だけど、ここは、それとは違う。
 生徒会メンバーや、監督生は、絶対的権力者だ。
 ヘンリーはそのどちらでもないけれど、誰もが、生徒会役員や、監督生ですら、自分より上の人間、て、認めているみたいだ。
 大企業の社長と平社員みたいに、上下関係がひと目で判る……。
 飛鳥の父親だって、会社経営をしているが、社員二十名程度の中小企業でも小の方で、肩書なんか関係なく、みんな一緒の作業をしている。父さんは、会社はひとつの家族なんだ、っていつも言っていた。
 ここは違う。同じ寮で、毎日一緒にご飯を食べて、同じ建物で眠っていても家族なんかじゃない。
 監督生が支配する王国だ。

 そろそろ一カ月が過ぎようとする頃になって、やっと飛鳥にも、寮内や、学校内の支配体制や力関係が見えてきて、それをどうしても受け付けられない自分に、心底疲れていた。
 談話室や食堂で、特に顕著にそれが現れる。その中に身を置くのが嫌で、プライベートな時間は部屋で寝てばかりいた。

 いや、寝る必要はないんだけれど……。嫌だ、嫌だと思っていたら、どうしても眠ってしまいたくなるんだ、もうこれ以上考えたくないから……。
 勤勉なヘンリーから見たら、僕なんか、すごい怠け者に見えるんだろうな……。

 飛鳥は、机に向かうヘンリーの背中を眺め、ため息をついた。
 また、瞼が重くなってくる。そのままベッドにゴロリと横になって目を瞑った。


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