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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第二章

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  廃墟の城跡3

 ウイスタン校の新学期が始まった。
 最上級生の一団に黒いガウンを羽織ったヘンリー・ソールスベリーの姿を見つけた時には、誰もが自分の目を疑った。
 ヘンリーは、ウイスタンでは、ヴァイオリンよりも、『エリオットの守護天使』として知られている。年に一度のクリケットの対抗試合、エリオット・マッチではこの3年間ヘンリーの率いるチームに大敗を喫していた。前年度は、ヘンリーが参加していなかったので、なんとか接戦で終われていたが。

 それだけじゃない。今年はエリオットからの編入生がヘンリーを含めて7人もいた。
 何らかの事情でエリオットを退学したヘンリーを、他の6名が「エリオットの卒業生になるよりも、ヘンリー・ソールスベリーの同窓生でいることの方が自身のステータスになる」と言って追いかけて来たらしい。
 当然のように、ヘンリーの周囲は元エリオティアンでがっちりと固められていた。
 元ラグビー部のエース、エドワード・グレイや、ヴァイオリン国際コンクールで優勝経験のあるエドガー・ウイズリーなど、そうそうたる顔ぶれだ。
 それにしても、学校側もよくこの人数を受け入れたものだ。
 新学期の始まりを告げる礼拝堂のミサで、明らかに異質な元エリオティアン達を遠巻きに眺めながら、ウイスタンの生徒たちの間では、様々な憶測が交差していた。

「先輩と同じ寮になれると思っていたのに。」
 エドガー・ウイズリーは不満気に口を尖らせた。
「ウイスタンは音楽に力を入れているからね。カレッジ・スカラーとは別に音楽だけの奨学制度があるんだ。僕もきみと同じ音楽奨学制度を受けたんだけれどね。まぁ、大人の事情ってやつでカレッジに回されてしまったんだよ。でも、きみが来てくれるなんて、本当に嬉しいよ。また、一緒に演奏できるのが楽しみだ。」
 ヘンリーは優しく笑って言った。
 大人の事情なんて、全然分からない。
 けれど、エリオットにいた頃には想像もできなかった優しいヘンリーの言葉に、エドガーは今にも泣きだしそうだった。

 エリオット校では、ヘンリーは学校内の人種差別主義者レイシストに怒り、抗議の実践として自主退学した、とまことしやかに囁かれている。
 エリオット校創立祭を最後に学校から姿を消したヘンリーを追いかけて、コネを総動員して情報を掴み転校してきた。エリオットと、約束されたエリートコースを捨てることになるかもしれない事実に不安が無かったと言えば嘘になる。
 が、久しぶりにヘンリーの姿を見て、その声を聴き、それだけの価値がある選択だったのだと、皆、自負せずにはいられなかった。

 礼拝が終わり、皆それぞれ自分が受ける学科のある校舎に散って行く。
 そんな学生たちの群れの中、エドワードはヘンリーの肩を抱いて耳元で囁いた。
「お前、謀っただろう? 」
「なんのことかな? 」
「誰が自分に付いて来るか、試したんだろう? その為のパフォーマンスだ。」
 ふふ、ヘンリーは口先で微笑んだ。
「きみは来ないと思っていたよ。」
「エリオットも、ウイスタンも大した差はないさ。お前がいないとつまらない。それだけだ。
 まだ知らないやつらや、知っていても泣く泣く諦めたやつらがまだまだいるぞ。今頃は、お前がここにいるのが知れ渡ってエリオットは大騒ぎだろうさ。」
 エドワードは肩を揺すって笑う。

「で、お前の目的はどいつ? 」
「ずいぶん聡くなったな、エド。アーネストに聞いた? 」
「あいつの家がガーディアンなんて聞きゃ、勘繰りたくもなるだろ? 」
「まだわからないよ。全くの見込み違いかもしれない。
 それにしても、残念だな。僕はきみの鈍いところが気にいっているんだが。」
「おい、随分な言い様だな。」
 ヘンリーはクスクス笑い、足を進めながら、ちらりと斜め前を歩く杜月飛鳥を眺めて眉をしかめた。
 堂々と歩けと言ったのに! 
 飛鳥は肩を落とし、俯いたままとぼとぼと歩いていた。朝、整えた髪ももうぐしゃぐしゃだ。まるでこれから刑務所にでも入れられに行くみたいだ。
一般入試とは別の、厳しい選抜試験を勝ち得てここにいるカレッジ・スカラーは、皆、黒のガウンを見せびらかすように翻して、誇らしげに歩いている。そんな中で、飛鳥のみすぼらしい姿は明らかに異質で異様だった。

 これが、僕の目的? 
 とてもじゃないが恥ずかしくて言えない。

「おい、あれだろう?」
 エドワードが視線で飛鳥を指し示す。
 ヘンリーは不愉快そうに眉を寄せた。
「複層ガラスの特殊加工の国際特許を持っているやつ。」
「え? 」
「去年からウイスタンはアジア圏からの留学生を制限しているんだ。その規則を自ら破っての受け入れだ。何でも三校に願書を出して、その三校で奪い合い、ここが競り勝ったらしい。お前にしろ、あいつにしろ、学校の宣伝には事欠かないな、ウイスタンは。」
 エドワードは、ヘンリーに視線を移して、肩を叩いた。
「みんな、大昔の英雄の通った学校へ行くよりも、生きた英雄と同じ時間を共有したいからな。」






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