挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第一章

37/382

  真夏のカフェテラス5

『泊めてくれ』
 ヘンリーから電話がかかってきたのは、十時も廻ってからのことだった。
 この町に来ている噂は聞いていたものの、何の説明もなくいきなり、『泊めろ』だ。こちらの都合はお構いなし。僕はもうここの生徒ではなくて、バイトで来ているのに。
 と、憤慨しながらも、ヘンリーのことがずっと気にかかっていたアーネストは、久しぶりに会えることの嬉しさの方が勝っていた。ほぼ二カ月ぶりだ。
 とはいえ、雇われの身で勝手はできないので、この寮の寮監の許可を貰えるか聞いてみる、と電話を切った。
 前後して寮監から呼び出され、ヘンリーのことを頼まれた。どうやら、先生の方から申し入れがあったらしい。
 卒業しても、僕はヘンリーの世話係か……。
 アーネストは苦笑いして、ヘンリーが入学してきた当初を思い出す。

 とにかく、嫌がらせが多かった。天使の外見にあの不愛想。妬みなのか憧れなのか、可愛さ余ってなんとやらなのか……。
 入学当初の寮内の上級生による下級生へのいじめは、一種の儀式のようなもので、よほど目に余るものでない限り、寮監も寮長も目こぼしをする。

 だが、ヘンリーの場合は度を越えていた。
 寮の部屋には鍵がない。盗難、荒らし、果ては夜中に忍び込んで悪戯してくる者まで出て来た。ずっと我慢してきたヘンリーも、切れた。毎夜のように忍んでくる者を叩きのめし、部屋の外へ放り出した。
 直にカレッジ寮の連中は、大人しくなったが、まだ事態を把握しきれていない他寮生たちがいる。さすがに、一人ひとりを相手にしてはいられない。
 皆が集まる朝の礼拝堂の前で、一番しつこい上級生を地面に沈めてやった。

 これで一件落着、と思っていたら、この一連の事件の間にヘンリーはすっかり不眠症に陥っていた。
 新入生は、誰でも受ける洗礼だ、と見過ごしにしていた寮監は、ヘンリーが貧血を起こして倒れてから大慌てで対処に当たった。
 つまり、本来は一人部屋のキングススカラーの部屋を、一学年の間だけ、監視役としてのアーネストと同室にしたのだ。
 二学年になって部屋は別れたものの、少し神経が張るようなことがあるとヘンリーはすぐに眠れなくなった。傍にだれかいないと安心できないようだった。その度にアーネストの部屋へ逃げてきた。副寮長になった彼の部屋のソファーで丸くなって眠った。

 一学年の間に、これ以上敵を作らないように友好的にふるまい、リーダーシップを発揮し、仲間を増やして防壁にすることを教えた。元々行動力のあるヘンリーは、教えた通りに見事な程にやり遂げた。
 二学年も半ばを過ぎると、彼をいじる連中はいなくなった。上級生からは一目置かれ、同期からは信頼され、後輩からは尊敬の目で見られていた。
 三学年では、もはや学校の英雄扱いだ。ただ、他よりも抜きん出ていたからではない。彼には、他を従わせ魅了する、持って生まれたカリスマ性が備わっていたからだ。多少の我儘や、気まぐれすら、そんな彼の魅力のひとつと捉えられる程に。

 この手の掛かる年下の幼馴染の手を放して、僕は安心して卒業。
 の、はずだった。
 あの動画が出回るまでは……。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ