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胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

第一章

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  石造りの壁の中7

 クリスマス・コンサートの演目は、予想通り一筋縄ではいかなかった。
 キャンベル先生が折れてくれて、ヘンリー・ソールスベリーの演目は、ツィゴイネルワイゼンで決まったが、今度は、ピアノ伴奏を誰がするかで争奪戦が始まった。

「“悪魔の旋律を奏でる天使”と夢の共演、それゃあ、譲れないよ!」
「天使? 先輩のこと?」
「先輩がパガニーニを演奏した時に、キャンベル先生が命名されたんだって!」
 同じ音楽クラスでピアノ担当の友人は興奮して言った。
「先輩のパガニーニは、悪魔そのものって感じだったけどなぁ」
 エドガーは、眉根を寄せて呟いた。
「え!」
「先輩、あの難曲を笑いながら弾いていたんだよ。すごく楽しそうに。僕は汗だくで、間違えないように追いかけるだけで必死だったのに」
 あの時の先輩の姿を、後から思い出すにつけ背筋が寒くなった。あの正確無比な指使い、軸のぶれない所作、実体を持っていないのに、音色が聴こえてくるようだった。
「いつの間に、そんなことになっているのさ!?」
 しまった! 誰にも言うなって、言われていたんだった。口に出してから後悔してももう遅かった……。
「その……。先生に頼まれて、たまたまだよ。それで、僕も伴奏に立候補するよ。先輩と約束したんだ」
「ヴァイオリンの発表は、どうするのさ?」
 友人は呆れて言った。
「こっちの方が優先だ。僕だって、あんな演奏ができるなら、……僕だって、悪魔に魂を売りたくなるよ」
「エドガー!」
 友人は、胸の前で十字を切った。
「冗談だよ。それぐらい、先輩はすごいってことさ」

 本当は、音楽学校に進みたかった。
 母は元ハンガリー貴族の流れを組む家の出で、結婚するまでは、ピアニストだった。生まれた時から音楽に囲まれていた。勉強よりも音楽の方がずっと好きだった。
 でも、侯爵家の跡取りである自分に、そんな我儘は許されなかった。
 当たり前のこととして、父の通ったこの学校を受験した。その頃に、キングススカラーでパガニーニを演奏して絶賛された生徒がいる、と噂で聞いた。
 エリオット校は、芸術科目に力を入れているのでも有名だったが、スカラーシップを受けた一生徒が噂でまで持て囃されるなんて初めてだった。
 その彼に会ってみたくて、必要もないのにキングススカラーの試験を受けた。千名近くもいるエリオット校生の中から探すよりも、たやすく思えたから……。
 音楽室でやっと会えた時、“噂のキングススカラー”と、お礼を言いたくて探していた背の高い人が同じ人だとは、全く繋がらなかった。ソールスベリーがそんなに何人もいる訳がないのに!

 “噂のキングススカラー”が、思い描いていた姿とは、かけ離れていたからだ。煙草は吸っているは、授業はさぼるは、我儘ばかり言って先生を困らせるは……。おまけに嘘つきだ! 何がGCSEの勉強だ。本当は、Aレベルのクラスにいるくせに!
 あんなにいい加減で、それなのに、学校一期待されている優等生! それに、あのヴァイオリン!
『きみも同じ、神に愛された子どもだね』
 ふと、先輩の言葉を思い出して、腹立たしさに奥歯をギリッと噛んだ。

「あの人は、僕らなんかとは格が違うんだ。伴奏でもなんでもいいから、一緒に演奏したい。僕だって、譲れないよ」
 エドガーは、目の前の友人を、まるで長年の敵ででもあるかのように睨め付けた。
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