挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
胡桃の中の蜃気楼 作者:萩尾滋

序章

20/494

  冬の応接間4

「まだ、口の中がヒリヒリする」
 ヘンリーは、顔を思いっきりしかめた。
「クリスマスプティングを二切れも食べたのに?」
「ミルクティーをもう一度頼まないと。サラは平気なの?」
「平気よ。慣れているもの」
「美味しかった?」
 サラは、ニッコリと頷いた。
「でもそれ以上に……。ヘンリーの百面相が面白かった!」
 インド料理は初めてのヘンリーは、初めの一口で余りの辛さに仰天したが、なんとか水で流し込み食べきった。
 大汗をかきながら、必死の形相で料理と闘っている時間は、聖夜のディナーとは、とても思えなかった。
 けれど楽しかった、今までで一番!
「異文化を知ることって、大切だな。こんなに食文化が違うのに、僕は、サラにイギリス料理を押し付けていたんだね。ごめんよ。僕は、インド料理を好きになれそうだよ。ある意味、強烈に刺激的だ。クセになりそうだよ」
 サラは笑って頷いた。
「じゃあ、また、ヘンリーの百面相が見られる?」
「次は平気な顔をして食べているさ、サラみたいに」

 応接間に戻って、ヘンリーはサイドテーブルの上に並べられているクリスマス・カードを眺めていった。そのうちの一枚を手に取ると、
「『あなたが幸せなひと時を過ごせますように願っています。ハッピー・クリスマス。 トーマス』未だに、カードがくるんだ?」
 ヘンリーは面白くなさそうに呟いた。
「トーマスもスミスさんと何カ月かごとに来ているもの。メンテナンスとか、いろいろ。そういえば、スミスさんが今日来るって言っていたのに。この雪で無理だったのかしら?」
「パソコンのことで?」
 サラは首をかしげる。

 なんでわざわざクリスマスに!

 スミスさんは、サラの後見人だからまだわかる。だけど、何だってエンジニアまで、こうしょっちゅうここに来るんだ?
 地下のパソコンのことにしろ、どうにも不可解だった。

「サラ、ツリーの前で写真を撮ろうよ」
 マーカスが、カメラと三脚を運んできたのを見て、ヘンリーはサラをツリーの前に引っ張っていく。
「写真?」
 サラの顔が引きつる。
「どうしたの? 写真、嫌?」
 ヘンリーは、サラの頬を両手で挟んで覗き込んだ。
「ロンドンでも撮っただろう?」
「準備できました」
 マーカスが声をかけた。
「ほら、カメラを見て」
 ヘンリーは、サラの両肩に手を置き、カメラの方に向かせた。
「OK、マーカス」
「はい、チーズ!」
「チーズ!」

 カシャッ!閃光が走る。

 強烈な光で視界が真っ白になる。その光の中を、祖父が両手を広げて走って来る。サラも祖父に向かって走った。祖父が身をかがめてサラを抱きしめる。
「……? ……?」
 ブルブルと身を震わせながらサラを強く抱きしめる。
 何を言っているのかが、聞き取れない。
 初めて、抱きしめてくれた祖父の背にサラもそろりと腕を伸ばそうとした。
 祖父の身体がぐらりと傾き、サラに圧し掛かった。そのままサラを押しつぶし、動かなくなる。
 その重さから自由になり、支えられて身を起こすと、目の前に、白いクルターを血で真っ赤に染めた祖父が横たわっていた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ