暗闇の中で安息の時を 〜past story〜PDFで表示縦書き表示RDF



「暗闇の中で安息の時を」の過去の物語です。
なので、「暗闇の中で安息の時を」を読んでから読んでくれた方が面白いと思います。
ですから、是非あちらを読んでから読んで下さい。
暗闇の中で安息の時を 〜past story〜
作:伊玖夜紗望


 手にはナイフ。
 緋黒く煌めくナイフ。
 目の前には人。
 緋黒く染まった人。
 何が起こったのかわからない。
 何があったのかわからない。
 何が起こったのか思い出せない。
 何があったのか思い出せない。
 唯、
 手にはナイフ。
 緋黒く煌めくナイフ。
 目の前には人。
 緋黒く染まった人。

 緋き人は随分と前から動かなくなっていた。
 それを見下ろすのは、子供。
 その様子を観ていたのは、子供。

 子供――三歳。
 初めての殺害である。



 ――此処は、何処だろう?
 子供は、ふらふらと歩いていた。
 逃げた訳では無い。
 唯、歩いてきただけだ。
 そして、気付けば知らない処にいた、というだけだ。
 公園の様にも見えるが、普通とは明らかに違う。
 ブランコもある。
 滑り台もある。
 しかし、どれも無惨に壊され、辛うじてそうだっただろうと、想像出来るぐらいでしかない。
 その代わりに、ブルーシートを被せたテントの様な物が幾つも建っている。
 浮浪者逹の集落か……。
 子供はそう思う。
 なら、自分には丁度いい。帰る場所は無い。頼るアテも無い。なら、此処で良い……。
 子供はかなり疲弊していた。
 かなりの距離を歩いてきたので当然である。
 此処に座ろう。
 そう思い、土管を背もたれに座った。
 空を仰ぐ。
 満天の星空。
 素直に綺麗だと思った。
「よぉ、坊主……」
 上から声が聞こえてきた。
 いつの間にか土管の上に人が立っていた。
「うん? なんだ、女かぁ。じゃあ、嬢ちゃんだな。どっちでもいいか……」
「……誰?」
「あん? 俺か? 俺の事か? 俺はスカイ。世界最高の大泥棒だぜ」
「……泥棒」
「ああそうだ。――ところで嬢ちゃん。こんな処でどうしたんだい?」
「……知らない。歩いて来ただけ」
「そうかい。だが、そんな事はどうでもいい。俺は、どうしたかが聞きたい。何をしてきたんだ? 此処は一般人は入れねーんだよ。近付く事すらしないんだよ。何故なら此処は――犯罪者の集まりなんだよ。国家権力すら手を出せねぇ、そういう場所なんだよ。だから、此処に来るにはそれ相応の犯罪ことをしねーと、此処には来れないんだ。だから嬢ちゃん。君は――何をしてきた?」
「人を殺した」
「そうかい。その時の事、覚えているかい?」
「いや……」
「全く?」
「ああ。何も覚えていない」
「……そうかい。――ああ、聞き遅れたが、名前は何ていうんだ?」
「無い」
「ナイ? 変わった名前だな」
「違う。名前なんて無い」
「ふーん、そうかい。まぁ、嬢ちゃんは嬢ちゃんだ。だから、嬢ちゃんと呼ぶよ」
「何でもいい……」
「そうかい」
 疲れも大分とれた。
 そろそろ行こう。
 何処に行けばいいかわからないが。
「何処に行く気だい?」
「別に……」
「そうかい。それより提案があるのだけど」
「なんだ?」
「一緒に泥棒しない? 嬢ちゃんが良いと言うならば、嬢ちゃんを養ってあげるよ」
「別に養ってくれなくてもいい」
「そう言うな。嬢ちゃんと組みたいのさ」
「子供だ」
「関係無いね。俺は能力を見て言っている」
「能力?」
「ああ。――嬢ちゃん。人を殺したのは初めてだろ? 匂いでわかるさ。血の匂いが薄い。あまりにも――薄い。……しかし、その眼が気に入った。どんな奴だろうと初めて人を殺した後は多少は後悔の念ってのが現れている。だがお前には、その後悔の念が全く出て来ていない。当たり前の様に人を殺した。その冷徹さ……。俺はそれに惹かれた」
「…………」
「さぁ、どうする?」
「…………」
「いいって事だな?」
「…………」
「よし、こっちだ。こっちに俺の住み処がある」
「…………」
 後を無言で付いて行く。
 別に断ってもよかった。
 でも、初めてだったから。
 この冷徹さは忌み嫌われはしたが、認められる事など無かった。
 気に入られる事など有り得る筈が無かった。
 始めは虫からだったと思う。それから色々と殺してきたが、その度に冷たい視線を感じた。
 それが不思議で仕方が無かった。
 唯、壊しただけ。
 壊しただけなのに……。
「ここだ」
 そこは、やはりブルーシートのテントの一つだった。
「それじゃ、早速だが仕事の話をしようか」
「……仕事」
「ああ。狙うは――」

 此処は美術館前。
 狙うは、世界的にも有名な絵画。
「いいか、盗むにあたって重要な事を言う」
「なんだ?」
「警備員を殺してはいけない。気絶させるだけだ。但し、気絶させる時はためらってはいけない。いいな?」
「何故?」
「殺すと証拠等を残しやすい」
「なるほど」
「だから、無闇な殺害はしてはいけない」
「わかった。気絶はいいんだな?」
「そうだ。――よしっ! 行くぞ!」
 門を飛び越える。
 そして次の瞬間、
 ビーッ! ビーッ!
「…………」
「…………」
「……あれ? 警報は切ったと思ったんだけど」
「あっちだ!」
 警備員がわらわらと出て来る。
「ここは退散だ!」
 逃げようと門に飛び付いた時、腕を掴まれた。
「さぁ、大人しく――って、子供っ!?」
 その驚いた瞬間を狙って気絶させる。
「嬢ちゃん、手を……」
 スカイに手を引っ張って貰い、門を越える。

 ――はぁ、はぁ、はぁ――
 はぁはぁ、此処まで逃げれば大丈夫だろう。
「いやー、危なかったなー。警報が鳴るとはね。でも凄いね、嬢ちゃん。大人を気絶させるとはね」
「簡単だ。急所を狙えばいい。力はあまり関係無い」
「ふーん。――おっ、もうニュースになっているぞ」
 ――先程、美術館に何者かが侵入したとのニュースが入りました。盗まれた物はありませんが、警備員が一名死亡しております。警察はこの事件を殺人……――
「えっ?」
 スカイが驚きの声を上げる。
「じょ、嬢ちゃん?」
「眼を突き刺しただけだったのだが、死んでしまったか……」
「……そうかい」
 スカイは冷たく言い放つ。
「嬢ちゃんが冷酷なのは知っていたが、まさかここまでとは……。――嬢ちゃん。もう一度言うが、無闇に人を殺してはいけない。証拠等が残るというのもあるが、無関係な人間を巻込むのは俺のポリシーに反する」
「無関係では無い」
「そうかもね。でも、駄目だ。わかったか?」
「……殺したんじゃない。壊したんだ」
「同じ事だ」
「……わかった」
「よしよし」
 スカイは満面の笑みで、頭を撫でてくる。
「さて、次の仕事の話をしようか。次は――」

「くそっ。あんな処にスイッチがあるとは思わねーだろ」
 ――失敗。

「なんでだっ!? ……あっ、赤外線センサーか」
 ――失敗。

「ふふふ。遂に宝まで辿り着いたぜ。貰った!」
 ビーッ! ビーッ!
「逃げるぞ。――やったぜー! 遂に手に入れ……ってこれ、偽物じゃん」
 ――失敗。

 結局、何も盗めないまま一年が過ぎた。
 その頃には、スカイは病に伏していた。
「よぉ、嬢ちゃん。結局、何にも手に入んなかったな。おまけに病気になるし」
「無茶しすぎだ……」
「かもな。――実はな、嬢ちゃん。俺は――大泥棒なんかじゃないんだ」
 それは薄々感付いていた。
 失敗しすぎだ……。
 スカイは休む事無く話し続ける。
「寧ろ、三流もいいとこでな。そんな俺が、何故こんな事をしているか、気になるだろ?」
「別に……」
「そう言うな。――まぁ、簡単に言えば有名に成る為だ。この『スカイ』という名を全世界に広める為だ」
「何故?」
「……世界と関わりたかった。何らかの形で世界に関わりたかった。――以前は普通に働いていたんだ。その時に、ふと思ってね。このままでいいのか? とね。嫌だったんだ。何ら関わる事無く、終わる事が。――幼稚な理由だと思うよ……。でも、嫌だったんだ。だから名を刻もうと考えた。しかし、名誉で名を残すには能力が足りなさすぎだ。だから、悪名で名を残す事にした。しかし、殺人が出来る程の度胸は無かった……。だから、泥棒になった。――しかし、現実は厳しかった。結局、対した物も盗めず、日々が過ぎて行った……。そんな時、君が現れた。俺の理想。それが君だった。その冷酷さ、その冷徹さ。俺が望んで止まなかった物を持っていた、君が現れた。人を簡単に壊せる君が。だから、君を使えば名を残せるかもしれないと思い、君と組んでみた。しかし、君との最初の仕事の時――人が本当に死ぬかもしれないと思った時、人が本当に死んでしまった時、激しく後悔した。君を連れて行った事を。根っからのビビりだったんだろうな、俺は。らしくも無い事で、怒ったりして。――それでも、君とは離れなかった。楽しかったからだろうね。離れたくなかった。ずっと独りだったから寂しかったのかな。このままでもいいとさえ思えたよ。――でも、夢は叶えたかった。しかし、俺には無理だとわかった。最初からわかっていた事だ……なのに……諦められなかった……」
 そこまで喋り、激しく咳込む。
「大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ。これだけは……言っておかないと……。俺は恐らく――もう死ぬ」
「何言ってるんだ?」
「自分の事だ。何となくわかる。だから俺が死んだ後、この名前をやる」
「……他人の名前なんて……いらない……」
「そう言うな。名前が無ければなかなか不便だぞ。……納得いかないか。なら――貸してやる。貸しだ。いつか返しに来い。お前が自分の名前を手に入れた時に。それまではお前が『スカイ』だ。俺の望みを代わりに叶えて……くれ……。悪名でも……構わな……。嬢ちゃんの……殺しの……」
 そこ迄話して、また咳込む。
「嫌だ……」
 否定の言葉が出てくる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!」
「嬢ちゃん……」
「何、死ぬみたいな事言ってるんだよ! スカイがやればいいだろ!?」
「……はは。嬢ちゃん、初めて俺の名を呼んでくれたな。嬉しいよ……。そうだ、俺が死んだら墓でも作ってくれ。最期のお願いだ」
「だから、何を言って……」
「嬢ちゃん」
 言葉が遮られる。スカイにしては珍しい。他人の話は、どんなにつまらなく為にならなくても、最後迄聞くのに……。
「嬢ちゃん。この一年、物凄く楽しかったよ。君とは歳が離れてはいるが、今迄で一番の知り合いだ。いや、知り合いでは無いな。今や友人だ。だからこれは、友人としての最期の言葉だ。 
 ――ありがとう。そして、さようなら。生涯最期の友人よ――」
 それを受け、子供も言葉を返す。
「――ありがとう。そして、また会おう。生涯最初の友人よ――」
 ニッコリと笑い、静かに頷いた。
 それが、スカイの最期だった……。


 子供はまた独りになった。
 これからの事を考え始める。
 名を広める事。
 悪名でも構わない。何だっていい。この友人の名を全世界に広めよう。忘れる事無いように……。
 子供は決意した。
 殺害する事を……。

 子供は、墓を作り始めた。
 埋めただけの簡素な作りの墓だが、その上に木を立てた。
「また来るよ。名前を返しに……」
 子供は静かに去って行く……。
 木には文字が彫られていた。

 偉大なる大泥棒

 『   』

 此処に眠る……

 享年 89歳



 それから五年後。
 子供はこの地を訪れていた。
「久し振りだな……」
 子供は墓に眠る友人に挨拶をする。
「ちょっとー、待ってよ。歩くの速過ぎ。――これが、友人の墓? 名前が入ってないじゃない」
「今から返すんだよ」
 そう言い、子供はナイフを取り出し、木を彫り始める。

 偉大なる大泥棒

 『スカイ』

 此処に眠る……

 享年 89歳

「やっと名前が手に入ったよ、スカイ。――マコ。マコって名前になった。良い名だろ……」
「しんみりしちゃって。マコらしくない……」
「――ああ、忘れてた。こいつは二人目の友人の――クリスっていう奴だ。この名をつけてくれたのもこいつだ。――『スカイ』の名は有名に成ったよ。悪名だが……。あんたの願いが叶ったよ。だから、俺はもう殺害はしない。――正直な所、最早両の手は血に染まりきっている。組織にも追われるだろう。だからどうなるかわからない。――でも、真っ当に生きてみせるよ。折角、自由になれたんだ。――だから」
 もう此処には来ない……、とマコは呟く。

「行こうか、クリス」
「うんっ! ――何処に行く?」
「何処でもいいさ。俺達は自由なんだから……」
 マコとクリスは歩き出す。
 自由を手に……何処までも……。


駄文ですが評価をお願いします。













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