12 ここは・・・?
楓・・・楓・・・
ご・・・めんねっ・・・・
本当に・・・ごめんねっ・・・
つぅ・・・と、頬に暖かいものが流れた。
と、その涙は、あごに届くまもなく、ぐい、と拭われた。
誰?
その疑問と共に、自分が、横になっている感覚、瞼を閉じている感覚。
よみがえった。
まって・・・うちは・・・どうなった?
楓? そこにいるのは楓?
追いかけられて、転んで・・・。
楓だとしたら、目を開けてはいけない気がする。
目をつぶったまま、様子を全身でうかがっていた。
殺意は、感じられなかった。
じゃあ、誰?
うっすらと、目を開けた。
白い天井。
知らない女。
それにお母さん。
そして、白衣を着た、男の人。
「こ・・・こは・・・?」
出た声はかすれていて、まるで別人のようだった。
あんなに走ったんだもの、当たり前か。
喉が渇いている・・・。
「病院だよ」
と男の人は答えた。
じゃあ、あなたは医者なの。
そうだよ。
言ったきり、看護婦に指示を出して、なにやらちょっとした検査を始めた。
体温 心音 呼吸 などなど。
そして、それが終わると、
「何かあったら、ナースコールを」
と、病室から出て行った。
「うちは・・・どうなった?」
「みくるはね、道路に倒れている所を、通りかかった人が見つけてくれたのよ」
そっか・・・。この女の人がそうなのかな?
「ねぇ・・・。この人は・・・誰?」
失礼な言い方かと思ったけど、お礼を言わなきゃと思ったから聞いてみた。
「この方は・・・」
言ってもいいのかという風に、みくるの母は女の人を見た。
「私は、警察の後藤だ。後藤、律子」
「警察・・・?」
どうしてと言いかけて、やめた。
うちは、流歌を殺している。
それかもしれない・・・・。
「ところで・・・お母さん・・・」
と、律子が言いにくそうに顔をゆがめた。
「あの、みくるちゃんに事情を伺いたいんですが・・・」
事情・・・? やっぱり、流歌の事を・・・。
「あ・・・あぁ、えぇ。分かりました。私は、席をはずした方が?」
「そっちの方が、警察としては、好都合ですが・・・」
「はい・・・。じゃぁ・・・。30分ほどでいいですか?」
「はい。それだけあれば十分です」
「では、30分したら戻ります」
出て行こうとする母に、
「お母さん、うち・・・喉が渇いたよ。たくさん走ったから・・・」
と、みくるは言った。
「じゃあ、戻ってくる時にお茶かなんか買ってくるね」
「・・・ありがと・・・う」
「さて・・・。じゃあ、単刀直入に言おう」
・・・来た・・・
「君は、流歌をどうした?」
元々、警察に自首するつもりだった。
かまわない、正直に言おう。
「殺した・・・」
「・・・なるほど・・・今の時点で、自供とする。犯人は君で確定だな」
言いながら律子は信じたくなかったと首を振った。
「はい・・・」
「なぜ?」
なぜ? なぜ殺したかと言えば、楓のせいだが・・・
「言ったって、絶対に信じませんよ・・・」
「どうだろうね? 場合によっては信じる」
「じゃ、聞いてください。とりあえず、最後まで」
「言って」
みくるは、楓の自殺の事、足音の事、流歌が乗り移られた事と共に、なぜ道路にいたのかまで話した。
「以上です。後は、あなた方のほうがよく知っている」
「なるほど・・・」
じっと考え込むそぶりを見せた律子は、そのうち顔を上げた。
「君は、病院に運び込まれてから、約半日眠っていた」
そんなに?
「その間、私は常にこの病院にいた。そして、この病室を度々訪ねてきた」
・・・何を言いたいのかまったくわからないが、とりあえずうなずいておく。
「なぜなら、君が流歌殺害事件の容疑者だったからだ」
「そして、その度に、君は『楓』と言っていた。また、『ごめんね』と」
「・・・はぁ・・・」
「『楓』というのがどういう意味か。その謎が、今解けたよ」
・・・だからなんだと言うのだ? この律子という女、さっきから言い方が遠まわしだ。
「今度は、私の意見を聞いてくれるかな?」
ほんとは、こういう事は、話してはいけないんだけど。
と笑いながら、律子は話し始めた。
「いいかい? これは、君が、楓に対する罪悪感、または、恐怖やそれに近いものによって、幻覚を見ていた場合の話だ」
幻覚? そんなはずない、現に、楓が襲ってきたじゃないか。
うちの手には傷が残っている。
「まず、足音の話だが、それは簡単だ。幻聴だ、と言う事にしておこう」
「そして、流歌の話。これは、理由はよくわからないが、すべて彼女の演技だと言う事にすればつじつまが合う」
「何のためにっ? 意味がないよ、そんなことしたって!!」
「コレは私の推測だが・・・流歌は、きっと、君が楓に悩まされている事に気づいたんだ。そして、それと共に、なぜかはしらないが、君が裏切った事で楓が死んだと気づいた」
「どういうことですか?!」
「落ち着いて・・・。つまり、そうだな、流歌は、楓の復讐をしようと考えた。と言うのはどう? 流歌は、楓が死んだと言う事が許せなかった・・・きっと、陰の親友だったりしたんじゃないか?」
「流歌が? 楓の親友? でも、なんで陰の友達なの!?」
「君は、過去に、楓の味方をしたと言う事でいじめを受けたんだろう? ならば、流歌も同じだよ。きっと、彼女は、自分がいじめられるのは嫌だったんだ。」
「そんなの・・・みんなと同じじゃない!」
「違うよ。正義感の強い彼女は、それでも、何もしないよりはと、陰で味方だった。とか?」
「・・・・・・でも、楓はそんな事一言も言わなかった・・・」
「これも私の推測だが・・・楓は、みんなの前では何もしない流歌より、みんなの前でも自分にやさしく接してくれる君の方がよかったんだよ。それで、君に流歌の事を言ったら、君も流歌と同じ方法を取るのではと、怖かったのかも・・・」
「分かりました・・・それで・・・? 流歌が演技をしていたと言うのは・・・」
「まず、何らかの方法で、例えば、友達に頼むとか・・・。足音を君に聞かせる。そして、誰もいないよと言う。ドアを開けたのは流歌だろう? 共犯者が君の視界に入らないようにぐらいは計算して開けれるし・・・そして、乗り移られた振りをする」
「あとは・・・楓の振りをして・・・うちを刺す・・・?」
しかし律子は、首を振った。
「ところがね、 違うんだよ。君の話と、現場は」
「は!? どういう事?!」
「まず、第一に、あの現場にナイフはおろか、刃物らしきものは置いてなかった」
驚きと、抗議の声を上げようと口を開いたみくるを、律子は制し、話し始めた。
「第二に、握っていたのは、ナイフではなく、筆だった」
「そんなっ!」
「黙って! そして、第三に・・・血ではない。絵の具だ」
「絵の具・・・?」
「君の絵に手を入れるためについていた、絵の具を、君は血と見間違えた」
「そんなっ!いくらなんでも、筆をナイフに、絵の具を血になんて・・・!」
「だが、現に、握っていたのは筆だった。そして、ついていたのは絵の具だ」
「でもっ! だったら、流歌はウチに復讐なんかできやしない!!」
「それは、よく分からないけど・・・そんなに強い復讐のつもりじゃなかった。きっと。赤い絵の具で、君の顔や手足を、血まみれにする・・・とか、そんな事だろうな・・・」
「そんな、そんなっ! じゃあ!」
「君は、落書きをしようとした流歌を、襲ってきた楓の幻覚と重ね合わせてしまった。そして、自分の身の危険だと思い、側にあったイスで、殴りつけた。そんなところじゃないのか?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁ・・・・・・・・」
みくるは、目に涙を浮かべ、自分の頭を抱え込み、弱々しくこえをあげた。
そして、ギッと、律子を睨みつけた。
「違う・・・! 違う! うちは、流歌を殺してなんかいない! あれは流歌じゃない!! うちが、そんな理由で、流歌を! 流歌を殺すわけないんだぁぁぁあぁぁぁあぁ!!」
耳をふさぎ、頭を横に振り、悲鳴に近い抗議の声を上げた。
すっ・・・
みくるの頭に、律子両手が伸びてきた。
そして、律子はそのまま優しく、みくるの両頬をはさんだ。
「分かってる・・・君の行為は、流歌への殺人じゃなくて、楓への正当防衛だったんだよね?」
耳元で優しく、さとすようにささやかれ、みくるは動きを止めた。
それと共に、みくるの目から大粒の涙が流れ落ちた。
「辛かったね・・・罪悪感で一杯だったんだよね・・・? 大丈夫だよ。本物の楓はきっと、君を許しているよ。きっと許しているよ」
「う・・・・うぁぁ・・・・っ・・・」
「・・・大丈夫だよ。もう大丈夫・・・」
優しく頭をなでる律子の手は、微かに震えていた。
この子はこの年で・・・とんでもない罪悪感を背負っていたんだ・・・。
いや。背負っているんだ・・・。
ずっと、ずっと背負ってきたにちがいない。
みくるの嗚咽が止まると、律子は、そっとみくるを抱きしめて、そして離した。
「・・・・落ち着いた?・・・」
「・・・はい・・・。取り乱してすいません・・・・」
声は震えていたが、目は赤かったが、大丈夫だ。
この子は強い子だ・・・。
「ごめんね・・・・言っておかなきゃ・・・。罪の事と、処分の事・・・」
「はい。大丈夫です。言ってください」
「・・・罪の事だが、殺人罪。だが、君は未成年だし、精神病と言う事がはっきりすれば、処分はもっと軽くなるだろう。ちゃんと、流歌の罪を償って、立派な大人になってね?」
「大丈夫です! きっと、きちんとした、胸をはれる大人になる!」
みくるはニッコリと笑ってうなづいた。
「よかった・・・」
ガララララ・・・・
「すいません、30分たったんですけど・・・」
決まり悪そうな顔をして、みくるの母が廊下から顔を出した。
その後、三人でとりとめのない話をして、たくさん笑った。
2時間ほど話をして、律子は腰を上げた。
「じゃあ、そろそろ私はおいとまします・・・仕事もありますし・・・」
「そうですか、婦人警官というのも大変なお仕事ですね・・・」
「まぁ、自ら志して選んだ道ですから・・・」
「律子さん、また来て下さいね!」
「ははは、また、暇なときにでも寄るよ。じゃあね」
「さよならぁ〜」
「色々とありがとうございました」
その後もみくるの母は病室に残り、面会終了時間まで居座り続けた。
何の話をしたかといえば、やはりくだらない話であったが。
あえて、流歌の事には触れないでおいてくれた母の心遣いが嬉しかった。
今は、そのことを考えたくない。
これから、みくるは、楓と流歌、二人分の罪悪感を背負って生きていくだろう。
しかし、そんな事は、今は考えなくてもいいだろう。
「綺麗な夕焼けね・・・」
「うん、燃えるような、朱色」
「すいません、もう、面会終わりなんですけど・・・・」
看護婦がドアから顔を出した。
「あらすみません。みくる、じゃあ、明日また来るからね」
「うん、ばいばい」
それにしても・・・
本当に、綺麗な夕焼けだ・・・。
明日は、晴れるね。
・・・・・・ひた・・・・・・
聞きたくなかった。こんな幻聴は・・・。
やっぱり、うちは楓を見た。あれは幻だ。
だが、うちの中の楓は、うちを呪い殺すつもりなんだ。
現に、今、うちの心は、恐怖と、それと同量の罪悪感で押しつぶされそうになっている。
お願い。 あたしを許して。
それが、あたしの望み。
ひた・・・・・・
ベット下から、足音が聞こえる。
ココにいるのか・・・。
ずっ・・・。
無残な姿で現れたのは・・・・
「流歌・・・・・」
刃物を持った・・・。流歌。
『あんたはあたし達を殺した!! だから、今度こそ復讐だよぉ!!!!!!!』
楓と流歌の声が、重なって聞こえた。
『キャハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!』
ザシュッ!!
ずっ・・・ずっ・・・ずっ・・・ずっ、・・・ずっ・・・ずっ・・・・・・
真夜中の病院の暗い廊下に
不可解な音が響いていた。
まるで。
まるで何かを引きずるような、不可解な音が。
|