11 北条楓 死亡推定時刻 深夜12時頃
『・・・みなさんに・・・悲しいお知らせを、しなくてはなりません・・・』
朝一番に教室に入ってきて、先生が言ったこの言葉。
ざわ・・・・・・
半分の好奇心と、半分の不安で、クラスは一瞬ざわついた。
だが、また元に戻った。
しん、とした教室で、先生は口を開いた。
が、すぐに閉じ、同時に眼も閉じた。
何をしているんだろう?
泣いていた。すすりなきが聞こえた。
「ぐすっ・・・・・・」
「くす・・・・ひく・・・」
五分ほどそうしていただろうか?
始めのうちは、みんな何が起きたか分からず、唖然としていた。
しかし、その空気に耐え切れなくなった人間が、委員長に催促し始めた。
「え・・・と・・・。先生? 何があったのか、みんなに話してくれません?」
まごついていた女委員長だったが、立ち上がって、先生の話を促した。
「あぁ・・・ごめんなさい・・・ね。説明・・・しなく・・・ちゃ、ダメよね・・・」
途切れ途切れに、すすり泣きながら、先生は言って、
それから涙を袖で拭いて、顔を上げた。
「実は・・・楓ちゃん・・・。北条楓さんが、今朝、亡くなられました」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
沈黙。誰も何もいえなかった。
みくるだって例外じゃない。
何? 何? 楓・・・が。死んだ・・・・?
先生の言葉の意味を飲み込むのに、時間がかかった。
口火を切ったのは委員長。
「先生?! それってどういう事!?」
普段は教師に対して常に敬語の彼女も、この時はそんなものは忘れていた気がする。
委員長に続いて、
『死んだ?・・・って何?』『いつ?』『何で?』
そんな会話が、誰に言うともなく、生徒達の間でさざなみのように広がった。
「先生! ちゃんと詳しく説明してよ!」
「ええ・・・。」
先生がすすり泣きつつ説明してくれた。
途切れ途切れで細かい事はよく分からなかったが、とりあえずだいたいの状況は分かった。
北条楓
月 日 7時頃。
なかなか楓が起きてこないので、遅刻しないかと心配になり、母親が二階へ。
楓の部屋をノックするが、返事がない。
ノブを回すが、鍵が掛けられており、入れなかった。
父親がやってきて、二人でドアをこじ開ける。
天井の照明器具に縄をかけ、楓は首吊り自殺。
驚いた両親があわてて楓を下ろすが、既に冷たくなっていた。
「・・・・と、・・・言うわけです・・・・」
重く沈んだ声で、先生は説明を終えた。
誰も何も言わないが、楓の自殺は明らかに沙絵たちのイジメが原因だ。
その一日は、教室中が喪に服しているように静かだった。
沙絵たち三人も、責任を感じているのか、どのクラスメートよりも静かだった。
楓の自殺から、3週間。
授業参観があった。
科目は、道徳。
驚いた事に、教室の後ろに並ぶ父母の中には、楓の両親が立っていた。
『起立、礼』
授業が始まると先生は、
「今日は、みんなに話があります」
と言った。
「何人か気づいている人もいるかもしれないけど。後ろを見てください。楓さんの、ご両親が見えています」
先生の言葉でみんなは後ろを振り返り、そしてまた前を向いた。
「実は、先日、楓さんの部屋から遺書が発見されたそうです」
そうですよね、とでも言うように、先生は楓の両親をうかがい見た。
両親はうなずき、母親がハンドバックから一枚の封筒を取り出した。
どこにでもあるような、キャラが書かれた、かわいい封筒。
何も聞いていなければ、楓が友達に向けて、軽い気持ちで書いた、そういう手紙にも見えただろう。
それが遺書だった。
「先生はこの前、」
口を開いた加賀爪 夢羽先生を、全員が振り返った。
「その遺書を見せていただきました」
と、ここで加賀爪先生はうつむいた。
泣いているのか、と誰もが思ったが、彼女は涙をこらえ、顔を上げた。
「今日は、みんなにその遺書の内容を知って欲しくて、持ってきて頂きました」
と言った声は、しかし震えていた。
「楓さんのお母さんに読んでいただきたいと思います」
の一言で、教壇上の人物は交代した。
「え・・・と、会った事がある人もいると思いますが、初めまして、楓の母です」
と自己紹介が始まった。
そして、いよいよ、封筒が開けられ、中の手紙が読まれ始めた・・・
『みなさんへ
楓は、いろいろ辛かったけど、頑張って耐えました。
何をされても耐えました。
死んだら楽になるとも考えましたが、
死んだらすべて終わってしまうと思いました。
ずっと耐えていたら、ある日味方してくれる人が現れました。
友達が出来て、とても嬉しかった、ありがとね。
でも、もう耐え切れません。
疲れました。
何が終わっても、別に大丈夫だと思うようになりました。
友達も出来たし、短かったけど、その日々はとても楽しかったよ。
もう、夜も遅いから、そろそろ逝きます。
生きれなくてごめんなさい。でも、怖くないから。大丈夫です。
お父さん、お母さん、あと、楓の大切な友達、ごめんなさい。
さようなら。楓の心配はしないでね。幸せになれるから、大丈夫だよ。
さようなら 楓より 』
後半は、楓の両親はおろか、クラスメートの何人かも泣き始めた。
いじめを、見過ごすべきじゃなかった。
と。
沙絵達三人も、うつむいていた。
そして、一筋の涙が頬を伝っていた。
重い雰囲気の中、授業終了を告げるチャイムがなった。
「先生! 楓のお母さん!」
「あら・・・? 沙絵さん、魅華さん、それに千鶴さんも・・・」
先生が言い終わらないうちに、ほおを涙でぬらした三人は、
『ごめんなさい!!』
声をそろえて頭を下げた。
「・・・・え・・・・・?」
「楓を自殺させたの、うちらなんです!」
「うちらが楓をいじめてたから・・・!」
「ごめんなさい! まさか・・・死んじゃうなんて思わな・・・く」
『ごめんなさい!!』
もう一度頭を下げたかと思うと、沙絵はそのまま床に座り込んでしまった。
「うわあぁ〜!!」
と、声を上げて泣き始めたのだ。
これには周りのクラスメートも、先生も、楓の両親も、三人の両親も。
とにかくみんながびっくりした。
沙絵につられて、周りのクラスメート達も泣き始めた。
『ごめんなさい!』
『う・・・ちらも、見て・・・みぬ・・ふりっ・・・して・・・った!!』
『うちらっ、がちゃんと・・・注意して・・・・ればっ!!』
『ホント、に・・・ごめっ・・・・なさ・・・』
『自分がっ・・・・・いじ・・・められっ、るのが・・・ヤだ・・・・た・・・からっ・・・!』
びっくりしたのは楓の母である。
うちの子の為に、こんなに大勢が涙を流している。
うすうすわかっていた。
いじめられている事は。
だが、相談を聞いたら、楓を学校に行かせることが難しくなるのでは。
不登校になってしまうのでは。という恐怖が頭をよぎり、今まで何も言わないでいた。
しかし、遅かった。楓は、逝ってしまった。自分が事情を聞く前に。
しかし、すべてをこの子達が教えてくれた。
こんなに、素直に謝ったくれることが、嬉しくもあり、また悲しくもあった。
自分が、ちゃんと事情を聞き、学校に言っていれば。
こんなに素直な子達なんだ。楓が追い詰められていた事を知れば、すぐに止めてくれたかもしれないのに。
自分は馬鹿だ。『甘やかす』事と『受け止めてあげる』事をカン違いしていた。
「ありがとう。みんな、事情を教えてくれて、ありがとね?」
大半が床に座り込んでしまった生徒達。
小さな体を抱きしめて、楓の母は一緒に泣いた。
その中には、みくるの姿もあった。
「みくるちゃん」
呼び止められて振り返った。
「あ・・・・楓のお母さん?」
「ええ。実は、お話があるの」
「何ですか?」
「みんなの前では読まなかったけど、あの手紙には、本当は続きがあったの」
「え・・・?」
「これ・・・。あなたが読むべきだわ」
と手渡された、先ほどの封筒。
中身を見ると、一枚だと思っていた便箋は二枚あった。
『みくるちゃんに渡してください』
そうメモがされた便箋を開くと、
恐縮しているような、小さくて整った字が書いてあった。
『みくるちゃんへ
楓の味方になってくれて、ありがとう。
みくるちゃんに謝らなきゃいけないことがある。
ひとつは、せっかく味方してくれたのに、楓がこの後死ぬ事。
もうひとつは、この前言ってたこと。
楓、何か気になる事しちゃったんだよね?
悪い所あったら直そうと思ったんだけど。
正直に言うと、楓、みくるちゃんに何をしたのか覚えてないんだ。
最低だよね? 友達傷つけといて、覚えてないなんて。
せっかく友達になってくれたのに・・・。
だから、謝らないまま逝くことになっちゃったけど・・・
それだけが心残り。
怒ってもいいよ。楓はその怒る姿を見て、生まれ変わったら、
人を傷つけない人間になるから。
その時に、またみくるちゃんに会えたらいいな。
短い間だったけど。ありがとう。
そして本当にゴメンネ? また会えたらいいね。
さようなら 楓より 』
本当に、馬鹿なんだから、楓は。
最後まで、死ぬ直前まで、自分が悪いと思い込んでたんだ・・・
そう考えると、自然に涙があふれ出て、声をあげて泣いた。
「ごめんなさい! 違う! 違うんです! うちはこんなに立派な人間じゃない!」
「え? どうして?」
「むしろ、最低なんです! イヤだイヤだぁ〜! 楓、戻ってきてよぉ〜!!」
「な・・・・・え? みくるちゃん?? ちょっと・・・落ち着いて・・・!!」
その後、楓のお母さんになだめられて、うちはすべての事情を話した。
彼女から帰ってきたのは、意外な言葉だった。
「別に・・・大丈夫よ?」
「・・・・え・・・・・?」
「きっと楓はうらんでなんかいないわ。そりゃちょっとはびっくりしたかもしれないけど」
「なんでですか?! うちは楓を裏切ったの!!」
「でも、きっと大丈夫。楓は、味方が出来ただけで、きっと嬉しかったと思うわ」
「・・・・・・」
「裏切られた悲しみは大きいかもしれない。でも、助けられた喜びのほうがずっと大きいはずよ?」
ちがう? と問われ、みくるには返す言葉がなかった。
そんな風に前向きには捕らえられない。
だが、そう考えると、とても心が落ち着く。
どっちにしても、楓が哀れでならない。
「そうだわ。今から、家に来ない?」
「え? 今からですか?」
「そう。どっちにしろ、その顔じゃ、お家の人びっくりするわよ?」
クスクスと笑いながら、彼女はハンドバックに遺書をしまうと共に、折りたたみの鏡を貸してくれた。
覗き込むと、目が真っ赤ではれぼったく、ほほには涙の跡がばっちりとついた顔が映っていた。
「うちに来て、顔を洗って、温かい紅茶でもどう?」
「いや・・・でも、いきなり押しかけたら悪いし・・・」
「平気よ。誘っておいて、押しかけただなんて思わないわ。それに、楓に線香もあげて欲しいわ。ぜひ!」
その後も、『いらっしゃい』『イヤ、でも・・・』という問答が続いた。
折れたのはみくるであった。
楓の家には、御香の香りが立ち込めていた。
「紅茶を入れてくるから、楓に線香をあげてあげて?」
「・・・はい・・・」
遺影の中の楓は、喜びに満ちた顔つきだった。
くすん・・・
鼻をすすりながら、線香をあげた。
運んできてくれた紅茶を飲むと、気持ちがいくらか落ち着いた。
「コレ食べてみて? 私が焼いたクッキーなの」
と差し出されたクッキーをひとつつまんで、口に入れた。
サク・・・と言う音と共に、香ばしい香りが口いっぱいに広がった。
そして後には、ほんのりとした甘みが残る。
「・・・とってもおいしいです・・・」
「そぉ? ありがとう。そのクッキーはね、楓の好物だったの」
「そうだったんですか・・・」
楓と同じものを食べている。
それだけで、なんだか楓の友達だと胸をはれる気がした。
そのあと、楓の母と、楓の話をし、ちょっとだけ泣いた。
みくるが玄関を出たのは、もうずいぶん日が沈む頃だった。
「夕焼けが・・・・・きれい」
明日は、晴れるね。
・・・ひた・・・
「?」
一瞬振り向いたみくるだったが、誰もいないことに安心したのか。
再び前を向き、歩き出した。 |