四番隊名物3
「……抗生剤の量はそれでいいわ。じゃ、後はよろしく」
「はい、有難うございました!」
ぺこ、と頭を下げる友実君に手を振って、あたしは個室を出た。さて、次の患者は、と隣室の木札を見て、思わず顔をしかめる。
部屋の番号と患者の名前が記される木札には、十一番隊斑目一角、と墨痕鮮やかに書かれていた。
十一番隊の連中は大概、どいつもこいつも野蛮で下品でどうしようもないけど、この斑目とかいう男は、その中でも群を抜いてあほだ。救護詰所の受付で暴れて、瀕死の重傷を負ってるくせに虚を倒しに行く、なんて息巻いてた様を思い出すだけで、頭が痛くなる。
(まともに相手してたら、大喧嘩になりそう。さっさと診察終わらせよ)
あたしは部屋の前で一つ深呼吸すると、
「斑目さん、失礼します」
出来るだけ穏やかな声をかけて、戸を開けた。途端、
「来やがったな、クソ女」
寝台の上にあぐらをかいた斑目が、こっちを睨み付け威嚇の一声をかけてくる。
「…………」
来たよ。うざ。
あたしはうんざりしてため息をついた。十一番隊ならこんなふうに、初手から脅してくるだろう、と思った通りの反応だ。
おまけにまだ横になってなきゃいけないってのに、何勝手に起きてんだ、この野郎は。怪我の程度が本気で分かってないんじゃないの、あほが。
「何だよその目は、あぁ?」
あたしの気持ちがそのまま顔に出ちゃったのか、斑目は眉間のしわを深くし、
「てめぇ、よくもこの俺に妙な薬使いやがったな。おかげでこんな有様だ、これであの虚を取り逃したら、かわりにてめぇを叩っ斬るぞ」
脅しめいた口調で唸るけど、いちいち相手にしてもしょうがない。
あたしは部屋に入ると、ずかずかと寝台に歩み寄った。いきなり眼前にまで近づいたから、喧嘩を売られると思ったのか、「ンだコラ、やるか?」と身構える斑目。でもあたしは、包帯が巻かれた斑目の肩をがしっと掴んで、
「いっ……!!」
奴が怪我の痛みにひるんだその隙をついて、突き飛ばすように勢いよく、寝台に背中を叩きつけてやった。
「ぐはっ!!」
盛大に寝台をきしませ、激痛に硬直する斑目。それを見下ろして、あたしは腰に手をあてて、あほ、と鼻で笑う。
「そんなボロボロの状態で、あたしを斬れるもんならやってみなさいよ。ぐだぐだ詰まらない脅しをするだけで脳の無いあほね、あんたは」
「んなっ……な、何だとてめぇ! てめぇこそ治すしか脳がねぇ、役立たずじゃねぇか! 虚相手に刀抜く事もできねぇ四番隊の腰抜けが、何抜かしやがる!」
あたしに掴まれた肩を手で覆いながら、斑目が吼える。その言い草にむかっとして、あたしはぎろ、と睨み下ろした。
「はぁ? あほじゃないのあんた。四番隊はね、あんた達に出来ない治療や、物資の補給が仕事なの。
刀振り回して虚に飛びかかっていくだけで、何にも考えないで済むあんた達とは、根本的に存在理由が違うのよ」
「けっ。そんなもん、戦えねぇ奴らの言い訳でしかねぇだろ。護廷十三隊のお荷物部隊が、何を偉そうに存在理由だ、馬鹿が」
「はっ。そのお荷物部隊に命救ってもらったのは、どこの間抜けよ。何だかんだ言ったってあんたなんか、今ここから動く事だって出来ないくせに」
「んだと……うごっ!」
まだ毒づく気配なので、あたしは斑目の鳩尾に拳を入れた。息を詰まらせてぴくぴく痙攣するのを冷たく見放し、棚から包帯を取り出す。さっき掴んだせいで傷口が開いたのか、斑目の肩の包帯に血が滲み始めていた。
「うだうだ無駄口叩いてないで、大人しく寝てなさいよ。怪我さえ治れば、あんたみたいな患者、こっちから願い下げなんだから」
「てっ……め……さ、さわんな……」
顔を青くして息を荒げながら、斑目が呻く。けど、相手をする気はないので、
「ほら、起きれるんでしょ。薬つけなおすから、体起こして」
べし、と斑目の綺麗にハゲあがった頭を叩く。斑目はまだ青い顔色で、こっちを睨み殺せそうな目のまま、それでもむっくり起き上がった。
あたしは手早く斑目の上体に巻かれた包帯を外し、傷の上に貼られた薬布を取替えた。そうして改めてその図体を眺めて、へぇ、と密かに感心する。
斑目は確か、入隊して間もないはずだけど、体だけは随分立派でがっしりしていて、筋肉の引き締まった胸板もかなり厚い。大口叩くだけの根拠は一応、あるわけだ。
「そのまま、動くんじゃないわよ」
「……あ? て、おい、何を」
釘を刺して、あたしは斑目に抱きつくような感じで包帯を巻き始めた。
「なっ、なんっ……!」
こういう事は良くあるので、あたしは今更どうってことないけど、斑目は予想外だったらしい。びくっとして身を引きかけるので、あたしはぐるりと一周した包帯をきつく引っ張った。
「動くなっつってんでしょうが! これ以上手間かけさせたら、薬使うわよ!」
「う、お……くっ」
怒鳴ると、斑目は戸惑った顔で大人しくなった。よしよし、最初からそうしてればいいのよ。
そうして包帯を巻きながら見るとはなしに見てると、斑目の体にはあちこちに傷跡があった。
ほとんど皮膚の色と同化するくらい古いものから、まだ生々しい肉色をしたもの、小さいものから大きなものまで、本当にたくさん。見る限り、死んでもおかしくないほどの重傷を負った事もあるみたいだ。
「……ちっ」
その痕をつくづくと観察して、あたしは思わず舌打ちしてしまった。
十一番隊は護廷十三隊の中でも、戦闘に特化した隊だ。戦いにおいても最前線に立つことが多く、必然、怪我人や死人も他の隊より飛び抜けて多い。
だけど連中は、傷つく事を恐れない。たとえ敵が自分より強い存在だとしても、恐れるどころかむしろ嬉々として立ち向かい、己の体を省みることがない。
以前から喧嘩好きのチンピラ死神が集まる、と揶揄されていた隊は、しかしこのところ戦闘狂の病にでもかかったかのように、その無謀さに拍車をかけていた。
それは、きっと。あの更木とかいう男が、隊長になったせいだ。
「……ほんっと最悪だわ、更木隊長」
「……あ?」
ぼそっと呟いた言葉を聴きつけて、斑目が身じろぐ。
あたしは包帯の端を止め終え、寝台から離れながら、苛立った。
あの人が隊長になったせいで、しなくてもいい大怪我をして危うく死に掛ける隊員が、以前より増えた。現場の状況を聞けば聞くほど、何故そこで立ち向かっていくのか、勇退して命を拾う事をしないのかと腹が立つ。
「隊員の命を預かって指揮するのが隊長の役割でしょうに、狂犬みたいに暴れるあんた達を止めるどころか、自分から率先して斬り合いに行くなんて、何考えてるの?
更木隊長なんて、ちょっとでも強い相手と見れば誰彼構わず喧嘩を売るし、隊員が怪我しようが何しようがお構いなし、最っ低じゃないの」
死神の職務は、世界の均衡を保つ事で、戦いを楽しむ事じゃない。ううん、そんな建前より何より、命を無為に、危険に晒すことが許せない。
あたし達が、一つしかない命を救うために日々、どれだけ心を砕いているか。どれだけ力を注いでも、命を救うことが出来なくて、無力感に叩きのめされる事も、知らないで。
「更木隊長は、人が死ぬ事なんて何とも思ってないのよね。何しろ前の隊長を、あんなに楽しそうに殺したんだから」
でも、腹を立てたあたしが言葉を紡げたのは、そこまでだった。突然首にど、と重い衝撃が来て、視界がぶれた。
「ッ!?」
息が詰まる。一瞬目の前が白黒に明滅する。ぎりぎりと喉に食い込む感触に辛うじて目線を下げると、冷たいものが一瞬背筋を走った。
「…………」
斑目が、殺気に満ちた鋭い霊圧を発し、その目にぎらぎらと怒りを滾らせて、あたしの首を掴んでいた。鞭のような指が気道を封じて、息が出来ない。以前の締め上げなんて比べものにならない力だった。空気を欲して、くは、と喘いだあたしを眼前に引き寄せた斑目は、
「隊長を貶すんじゃねぇ」
地の底を這うような低い、低い声で恫喝した。
「俺の事をどう言おうが構わねぇが、隊長は別だ。何も知らねぇ癖に、好き勝手な事言ってんじゃねぇよ、クソ女。殺すぞ」
さっき口げんかをしていた時とは全く違う、本気の脅迫。めりめりと軋む音が脳に響いた。このまま、首の骨を折られるかもしれない。きーんと耳鳴りがして、気が遠くなる。
「は……っ!」
辛うじて、締め付ける手に爪を立てると、斑目は一度きつく力を込めた後、ぶん、と振り放すようにあたしを解放した。
「うっく、げほっ!」
あたしは床になげだされて、空気を貪った。そのまましばらく、激しく咳き込む。
そしてようやく呼吸を整えて首に触れると、食い込んでいた指の感触がまだはっきりとあった。これ、きっと絞められた跡がくっきり残ってる。本当に殺されるところだった、と思ったら、ぐらりとめまいがした。
「くっ……」
口からこぼれたよだれを拭いて顔を上げると、斑目は寝台に上体を起こして頭の後ろで手を組み、外に視線をやっていた。こっちの事なんて知るか、とでも言いたげな冷たい横顔だ。一切を拒絶するその表情を見て、あたしは自分が失言をした事にようやく気がついた。
さっき言ったのは、全部本気の事。訂正しろと言われても、する気はない。だけど、それをよりによって、十一番隊の人間相手に言う事は無かったろう。斑目に挑発されて、という理由ならともかく、自分の個人的な思い込みで更木隊長を批判したのも、まずかった。
「んっ……」
あたしは唾を飲み込み、立ち上がった。まだ少し乱れている呼吸を強いて抑えると、こちらを見ようともしない斑目に向かって、
「申し訳ありませんでした、斑目さん」
頭を下げて謝る。斑目は「あ?」と不機嫌そうな声を漏らした。
「……随分、素直に謝るじゃねぇか。大層な口利いても所詮四番隊だな、脅されてびびったのかよ、腑抜けが」
「違います」
あくまで四番隊を馬鹿にした口調にいらっとしたけれど、ここはあたしが下手に出なきゃ。あたしは頭を上げ、振り向いた斑目の目をまっすぐに見る。
「斑目さんは、更木隊長を尊敬しているんでしょう。尊敬する人を悪し様に言われれば、腹が立つのは当然です。
あたしには更木隊長も十一番隊も理解できませんが、少なくとも、さっきのは失言でした。だから謝るんです。……申し訳ありませんでした」
「…………」
斑目は応とも否とも言わなかった。あたしも、まさかこんな言葉だけですぐ怒りが解けるなんて思ってなかったので、床に散らばった包帯や薬の瓶を無言で集めて仕舞い、もう一度頭を下げた。そして背を向けて、部屋を出て行こうとした時、
「おい、待て」
不意に声がかけられる。振り返ると、寝台の上の斑目はじっとあたしを睨み付けて、でもすぐに視線を外した。
「首、冷やしとけ。悪かった」
「え」
ぶっきらぼうな調子だったので、言葉を理解するのが一瞬遅れた。
(謝られて、る?)
失言したのはこっちなのに。まだ熱い首に触れたあたしは、何となく気まずい思いで、
「いえ。どうも」
それだけ応えて、部屋を出た。戸を閉めてふう、とため息をつく。
十一番隊のあほめ。関わるとやっぱり、ろくな事にならない。でも少なくとも今回は、斑目の怒りは理解出来た。
(あたしだって、烈様を貶されたらキレるもんね、マジで)
尊敬する人を馬鹿にされるのは、自分の事より腹が立つものだ。
いけ好かない、十一番隊の斑目一角。だけど隊長を尊敬してるところとか、乱暴はしてきたけど最後に謝ったところとか、他の奴よりはマシ……な気がする。
でも、何にしてもあんな奴の診療するなんて嫌だ。どう考えても、相性悪い。
これ以上、面倒な患者を扱うのはごめんだし、今度当番を他の人に代わってもらおう。んで、退院するまで、関わらないようにしよっと。
そう決意したら少し気が楽になった。ふうっと肩の力を抜いたあたしは、ようよう廊下を歩き出した。
* * *
しかしこの後、あたしは退院までの間、斑目の治療担当に任命される羽目に陥る。気性の荒い斑目の相手が出来るのは他に居ないからと、よりにもよって、卯ノ花隊長直々のご命令で。
「何であたしが、こんなあほの面倒みなきゃいけないのよ……」
「同感だクソ女、何で毎日朝晩、てめぇの根性ひんまがった面、拝まなきゃならねぇんだ」
……誰かこいつの舌引っこ抜いてくれ、マジで!
ここまでお読みいただいて、有り難うございました!作者の南条です。
大変お待たせしました、ようやく一角が出てきました……!時期としては、雪音は四番隊の席官クラス、一角は入隊してしばらくたった頃です。双方ともまだ若いので、現在よりとんがった感じになってます。
現在の一角なら、女性に手をあげるような事はしないと思うのですが、若い頃はそのあたり、まだ気を遣っていなかったんじゃないかなぁ、と想像した結果です。
※最新作は自サイト「南通り」(http://members2.jcom.home.ne.jp/south45/)にて連載中です※
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