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運命の輪 後編
『海燕の身体は完全に虚に乗っ取られて、救いようが無かった。最後は、斬ったよ』
『……!』
 淡々とした浮竹の言葉は、かえって生々しいほどに現実を突きつけてきた。目の前が一瞬白くなり、眩暈がする。
『鑑原、大丈夫か?』
 がくっと足元から崩れそうになったのを、浮竹が支えてくれた。しかし身体に触れた手は驚くほど冷たく、まるで死人のようだった。
『海燕……副隊長は……どこへ……?』
 掴まれた腕からじわじわ広がっていく、冷たい感触に震えながら問う。浮竹は、まるで苦痛に耐えるように顔をしかめて囁いた。
『……朽木が、家に連れて帰った』



* * *



 カンッ、と杖が床を叩く。静まり返った総隊長室の中、その音は思わずびくりとしてしまうほど、大きく響き渡った。萎縮して肩をすくめる雪音の前に立った山本は、細い目をうっすら開き、
「ならん」
ただ一言で、雪音の嘆願を切り捨てた。
「! どうしてですか!」
 すがるように叫んだが、山本は顔色一つ変えず、あごひげをしごいた。
「一度下った裁定は、例え隊長格が異議を唱えようと、覆されぬ。そのくらい、お主も分かっておろう」
「で、ですが……死神能力の譲渡は重罪です。でも極刑に値するほどの罪では無いでしょう。ましてや、罪人は四大貴族・朽木家の方なのだから、減刑を請われたはずでは?」
「それは無い」
「え……」
「四大貴族の者であろうと、罪は罪。しかるべき罰を受ける事に異存なし、と朽木家当主も申しておる」
「とう、しゅって……」
 雪音は今度こそ絶句した。朽木家の現当主といえば、ルキアの義兄・朽木百哉その人ではないか。
(ど……どうして! 何で、妹を助けてあげないの?!)
 朽木家の兄妹仲がどうかは知らないが、ルキアは百哉に請われて、朽木家に入ったと聞いている。
 大貴族の朽木家に、流魂街の平民を入れる事、それは雪音が卯ノ花家に入った事よりも、更に困難なことだったろうと思う。そうまでして迎えた義妹を、なぜ見捨てるのだろう。
 理解が出来ない。腹立たしい。そんな思いで、きつく拳を握り締めて俯いていると、山本が問うた。
「雪音。朽木ルキアは、お主の友か?」
「……知り合いです」
 友というほど、近しく付き合った事はない。山本は眉を上げて、
「では、どうしてそこまで朽木ルキアにこだわる。単なる知り合いにしては、思い入れが強いように見受けられるが」
 恋次にも言われた事だ。ルキアとは仲が良かった訳でもないから、総隊長にまで減刑を請うほど必死になるのは一見奇異に見えるかもしれない。だが、こだわる理由なら、存在する。
「朽木さん、は……」
 雪音は一度ぐっと奥歯をかみ締め、それから顔を上げた。
「朽木さんは、海燕副隊長の最期を看取ってくれた人だからです。海燕副隊長が家に帰る事が出来たのは、朽木さんのお陰でした。
 私は、海燕副隊長を尊敬していましたから、虚に乗っ取られるような悲惨な状態になりながらも、せめて最期は人として、家族の元へ戻れた事が、何よりも嬉しかったんです」
 名を口にするだけで、あの時の情景が目に浮かんで、涙が出そうになる。
 横たわる都、訃報を告げる浮竹の顔。風にはためく隊葬の旗。
「……私は、嫌なんです。もう、知っている人が亡くなるのを見るのは」
 きつくまぶたを閉じ、震える声で言う。ルキアが処刑される様を、その後、彼女が居たはずの場所が完全な空白になってしまう事を思うと、恐ろしくて悲しくて、苦しかった。
「……左様か」
 山本は聞き取りにくいほど低い声で囁いた。目を開いた時、しかし山本の目には鋭利な光が浮かび、じっと雪音を見据えている。
「お主が人の死を恐れる気持ちは、よう分かる。じゃが、朽木ルキアの極刑は既に決定事項なのじゃ。隊員一人の感傷的な請願で曲がる法は無い」
「お……お爺様!」
 最後通告だ。ぞっとして裏返った声を上げた雪音に、山本は羽織を翻して背を向けた。
「職務へ戻れ、鑑原五席。話は終わりじゃ」

* * *

 総隊長室を辞去した雪音は、黙々と廊下を歩いていった。自分でもどこへ向かっているのか分からないまま、ただ規則的に足を動かしていると、徐々に視界がゆがみ始める。
「……また」
 雪音はぐいっと天井を見上げた。こぼれそうになるしずくをこらえながら、呻く。
「また、何も出来ない」
 人の命が失われようとしているのに、また何も出来ない。無力すぎる自分を思い知らされて、息が詰まりそうになる。
 悔しい。悲しい。歯がゆい。
 その思いが身体を駆け巡って、四肢の力を奪っていくように思えた。


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