バレンタインデイ 2
「弓親、いるー?」
乱菊が声をかけながら戸を開けると、弓親が顔を上げた。昼日中から酒盛りをしていたらしい、手に杯を持っている。
「あらっ、飲んでるの? あたしも入れて〜」
うきうき声を弾ませて座に加わった乱菊に、弓親と対面して座っていた一角が嫌そうな声を漏らした。
「何だよ、またサボリに来たのかよ、松本」
「あ、一角居たんだ」
「居たんだ、じゃねぇだろ。ここは十一番隊だぞ。お前が居る方が、おかしいだろうが」
文句を言うも、乱菊はまぁいいじゃない、とあっさり流して、勝手につまみ始める。差し出された杯に、弓親が仕方なく酒を注ぎながら、
「で、何? 僕に用があったんじゃないの、乱菊さん」
尋ねると、乱菊は酒を煽ってから「そうそう」と口火を切る。
「雪音のことだけどさ、一角に何もあげるつもりないんだって」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、この賭けはお流れかな」
「ブッ!」
いきなり名前が出てきたので、一角は酒を吹いた。汚いなぁ、と顔をしかめる弓親に食いつく。
「ちょっと待て! 賭けって何の話だ!」
弓親は僕が言い出したんじゃないよ、と言い訳しつつ答えた。
「今度のバレンタインの時、雪音ちゃんが一角に何あげるか、皆で賭けてたんだよ。僕はお酒関係と踏んでたんだけどな」
「あたしは超可愛いチョコと、雪音本人♪」
「本人、って……おまっ、お前ら、何勝手にやってんだ! まさかそれ、雪音に話したのか!?」
「うん。だって結果が分からないと、賭けにならないし」
「なに『聞くの当たり前じゃない』みたいな顔してんだ、お前はっ!」
しれっと告白する乱菊に、一角は思わず拳を固めた。
「そんな馬鹿な事してんじゃねぇっ! つーか大体、あいつがそんな気の利いた事するわけねぇだろ! 俺はこれまでだって、一度も貰った事ねぇよ!」
「あー、そうなんだ。寂しいわね」
「るっせぇ!」
少なからず気にしていたのでちょっぴり傷ついて、思わず怒鳴る一角。弓親は魚をつつきつつ、言う。
「そういや雪音ちゃんって、イベント事にはあんまり興味ないみたいだね。僕も貰った事ないな」
乱菊は詰まらなさそうに、酒を口に運んだ。
「でもさぁ、最近一角とデキたっぽいから、そういうのもありかと思ったんだけどなー」
「何だよ、そのデキたってのは」
一角は、また何を言い出すかと顔を引きつらせる。だからぁ、と乱菊は人差し指を立てて、振ってみせた。
「雪音と一角が付き合ってるみたいーって噂があるからさ」
「付き合ってねぇよ。どっから出た噂だ、そいつぁ」
「あたしの名推理」
「お前かよ! 変な妄想してんじゃねぇよ!」
「えー、だって二人でご飯とか良く行ってるでしょ」
「ダチでも行くだろ、それくらい」
「飲み会終わったときだって、つぶれた雪音をお持ち帰りしてるじゃない」
「部屋に送ってるだけで、何もしてねぇ!」
「何だ、そうなの。意気地なし」
「……!!」
「一角、食事中に乱闘はやめてよ」
こめかみに青筋を浮かべた一角が、刀を抜こうとする前に止めて、弓親は猪口をくい、とあおった。満足げなため息をもらして、
「ま、付き合ってないにしても、雪音ちゃんと一角、仲はいいからね。今年こそは何かしらあるかな、と思ったんだけど、やっぱり駄目だったか」
「そうみたいねー。雪音も『ありえない』くらいの勢いで否定してたし。もうね、天地がひっくり返っても無いって感じだった」
「……だぁら、そうだって言ってんだろうが」
雪音を女として見ていないが、そう断言されてしまうのも、何となく気に障る。一角はむすっとして、そっぽを向いた。が、
「でも、バレンタインに毎年あげてる人はいるってよ」
「は?」
乱菊の言葉に、思わず顔の向きを戻してしまう。
「へぇ、雪音ちゃんにそういう人が居たなんて、初耳だな。もしかして、長年の思い人が居るとか?」
弓親も興味を持って、身を乗り出した。男っけが欠片もない雪音に、そういう相手がいたとは。一体誰のことかと思いきや、
「山本総隊長、だって」
「はぁ!?」
「……ずいぶんと、渋好みなんだね。雪音ちゃんって」
意外な名前に、一角も弓親も目を丸くしてしまう。そうよねぇ、と乱菊は髪をかきあげた。
「雪音曰く、いつもお世話になってるから、そのお礼ってことらしいんだけどさ。なぁんでよりによって、バレンタインに山本のじいさんなんだか、よくわかんないわ」
「でも、確かに山本総隊長に可愛がられてるっぽいよね、雪音ちゃん。お爺ちゃんと孫みたい、というか」
「富貴屋の芋羊羹、あげるみたいよ」
「あぁ、あそこのが好物なんだっけ、総隊長」
ぺちゃくちゃとお喋りをする二人を斜めに見やって、一角はハ、と息を吐き出した。
「別にどうでもいいじゃねぇか、そんなの。あいつはそういう色気のない奴なんだから」
話をそれで打ち切るつもりで、投げやりに言い捨てる。が、
「なーによ一角、貰えないからって、拗ねる事ないじゃない。もしかしたら気が変わって、ラブラブなのくれるかもよ?」
慰めるつもりか煽るつもりか、乱菊がそんな事を言い出したので、一角は思わずガァッと吼えた。
「そんなのある訳ねぇだろうが、馬鹿野郎!」
(賭けのネタにされたなんて聞いたら、あいつぁ意地でも持ってこねぇよ! 雪音はそういう奴だ、畜生!)
断言しつつ、しかしそれもちょっぴり寂しい気がする一角だった。
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