悪魔
いいことがあったら神様のお陰で、嫌なことがあったら悪魔の仕業。
そりゃあ、呪ったり、祟ったり、魂を持っていったりという仕事もあるが、それはあくまで仕事なわけで。実際俺が手を下していなかったとしても、俺のせいにされることがある。
人間同士でいがみ合ったって「この悪魔!」だなんて、悪魔って名前はもはや悪者の代名詞ってやつらしい。
俺だって好き好んで悪魔に生まれてきたわけじゃない。なにも嫌われ者でいたいわけじゃない。
たまには感謝されたり、ありがたがられたりしてみたいと思うこともあるのだ。
以前、大事な書類を落として困っていた男の家の前に、そっと書類を届けたことがある。
他にも、山中で故障した車に困り果てていた家族がいたが、その車をちょいと直してやったことがある。
どっちも俺がやったにもかかわらず、台詞は決まってこうだ。
「助かった、神様!」
姿を消していた俺もよくなかったのかもしれないが、何もしていなくても感謝される神様ってなんなんだ。
イメージってのは怖いもんだ。俺はいいことをするなんて微塵も思われちゃいない。
だが、そんなのは全く不本意だ。
……というわけで、今度こそは感謝されるために堂々と姿を現すことにしよう。
いいことをすれば、悪魔のイメージアップにもつながるというものだ。
早速困っている人を捜して町をぐるりと飛び回っていたら、ある家の庭先で倒れて苦しんでいる老婦人を発見した。これはもはや重症だ、救急車も間に合うまい。
「おかあさん!おかあさん!」
若い主婦が老婦人のそばにかがんで名前を呼んでいる。
そこで颯爽と俺の出番だ。俺は彼女たちのそばに行くと、消していた姿をぱっと現した。
いいことをするのに余計な言葉は不必要だ。俺は主婦には何も言う隙を与えず、悪魔の力でさっと老婦人の病気を回復させてやった。老婦人の苦しそうな喘鳴が、静かな寝息に変わる。
目を丸くして主婦は俺を見つめる。
感謝の言葉を待つのはあざといからやめておこう。
「目が覚めたら病気はよくなっているだろう。それでは」
そう言って姿を消す俺に向かって、主婦は言った。
「ようやく姑とお別れだと思ったのに……この悪魔!」
いいことをしても、悪いことをしても、結局悪魔は悪魔らしい。
俺は本日限りでいいやつになるのをすっかり諦めることにした。
それにしても人の死を期待するなんて、まるで悪魔のような奴だ!