CLANNAD−平坦な道を俺達は歩いていた−
テーマ『兄を慕う妹』から。
芽衣に好感を得てしまうのは仕方ないことだと思うんだ。
「途中までいっしょに歩きませんか?」
無事芽衣ちゃんも古河家に馴染めたな、と思った矢先のお誘い。
傾げられた無垢の笑みに、どうしたものかと思いを馳せる。
がやがやと食事の後片付けをする楽しげな物音が、遠いもののように感じられた。
○ ○ ○
夜に包まれる住宅街を、いつもよりゆったりとした歩みで抜けて行く。
何も話そうとしてこない隣人に、もしかしてほんとうに歩くだけなのかと思わされ、いいやと首を横に振った。
振ったのは心の中でだけどな。
「そうだ、芽衣ちゃん。春原……ええと、陽平ってさ。こっちに来る前まではどんなやつだったんだ?」
「お兄ちゃんですか? 変わりなく、おもしろいお兄ちゃんでしたけど」
人差し指を唇に当てるなんて可愛い仕草のわりには、何気にひどい。
しかしほんとうのことにも思えてくるので、俺もうんと頷く。
「おもしろいっていうか、あれだよな、あいつは馬鹿だ。良い意味で、ほんと馬鹿だ」
「あ、はい。お兄ちゃんの馬鹿さは頭の良さとかそーゆー関係じゃなくて、もっと天性の馬鹿さですよね。あれもある意味神様に愛されてることになるんじゃないかってくらいの」
「ああ! やっぱり芽衣ちゃんもそう思うか。俺だけじゃなくて嬉しいよ」
だけど、芽衣ちゃんをよろしくと言って頭を下げた春原には不覚にも感心してしまった。
「根は熱く燃えるサッカー少年なんですけど……あっ」
「ん? どうかしたの?」
立ち止まり、やってしまったという表情をされる理由に心当たりがない。
芽衣ちゃんへ振り返る形で、俺も立ち止まる。
「……お兄ちゃんがスポーツ推薦で入学したって話、岡崎さんは聞いてますか?」
しかし、その言葉を聞いてわかった。
顔を伏せ、おそるおそるといった様子、
「お兄ちゃん、中学まではサッカーが大好きだったんです。高校でもサッカーをやるって意気込んでたのに、あんな……」
どんなに貶しても、どんなに軽く扱えても、ほんとうは兄を心の底から信頼していて、自分のことのように兄を想っている――そう思わせる何かを、俺は見た。
「……兄を嫌いにならないであげてください。駄目なところもいっぱいあるけど、ほんとは優しいお兄ちゃんなんです」
「芽衣ちゃん……」
深く頭を下げる芽衣ちゃんの肩に、俺はそっと手を置いた。
「俺の妹になってくれ」
「へ?」
このやり取りにはデジャ・ヴを感じるな。
「心配しなくても、俺と春原は親友だ。あいつが頼りになるってこともわかってるし、あいつの境遇も知ってる。俺も同じだからな。スポーツ推薦で入学して、いろいろあって右腕が上がらなくなった……心配しなくていいよ、芽衣ちゃん。話すようになったのは境遇が同じせいだったからかもしれないけど、今の俺とあいつにはそんなことは関係ない。嫌いになることはないよ。
まあ、あいつがハメをはずしすぎたときはキッパリ切り捨てるかもしれんけど」
「岡崎さん……」
うるうるとした瞳で見つめられると、少しこっ恥ずかしい。頬を掻き、目をそらす。
「もう暗いし、芽衣ちゃんはここまでだ。この土地は慣れてないだろ?」
「あ……はい、わかりました」
おっしと気合を入れて、もう一度芽衣ちゃんに向く。
「バスケ」
「はい?」
「ほら、春原が登板するバスケの試合。あいつ、今回はマジみたいだから。
きっと良いように決着がつくさ。俺も出るから、応援してくれよ」
ひらひらと振った手と笑みがわざとめいていないか気になって、芽衣ちゃんの返答を待たずに歩き出す。
先ほどまでよりも少しばかり道が暗くなった気がして、すぐに振り返ってしまったけど。
視線が合ったのはすぐだった。向こうは、俺が振り返るまでもじっと俺を見ていたようで。ちょっと雰囲気が微妙で、俺は芽衣ちゃんに駆け寄ろうかと戸惑う。
しかし、ちょっと気にしすぎだったようだ。
芽衣ちゃんは、大振りにぶんぶんと手を振ってくる。
心配の空回りだったと思って、俺は安心すると同時に自然とした笑みをつくることができた。
軽く手を振り返し、もう一度背を向ける。
空を見上げ、星を数えることはあっても。
もう一度振り返ることはしなかった。
俺は、夜が明けたその先を夢見て、
平らで、おもしろみのない道を――長々と歩き続けた。
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