第8話 三人の勇者
明るい茶のふわふわの巻き毛、宝石のように澄んだグリーンの瞳、天使(デパートの案内嬢改め)のように優しい微笑み、スラリと高い背。女王様がかなりインパクトのある甘ったるい美人でしたし、プリマのシルヴィはこの世のものとも思えない絶世の美女でしたので目立ちませんでしたが、彼女もかなりの美人です。
そして名前がクラリッサ。
まさか・・、とクララは思いました。お母様から聞いたクラリッサおばさまの容姿とそっくりではありませんか!
ああ、一枚でもクラリッサおばさまの写真があればと思います。そもそもドロッセルマイヤーおじさまが写真だけは嫌いな人でした。自分が撮られるのがです。何故そんなに嫌いなのかと訊くとおじさまはとても言いづらそうに「この世に自分が存在したという痕跡を残したくないのだよ」と言いました。それを聞いてクララもとても悲しい気がしたものです。でもあんなに愛するクラリッサおばさまの写真をせめて一枚くらい撮っておかなかったものでしょうか?
でも、とクララは思い直しました。それは二十年前の話です。今クラリッサおばさまは四十五六歳のはずです。今ここにいるクラリッサは二十五六歳、ちょうどおじさまといっしょだった年頃ではないでしょうか。
でもでも、とまた思い直します。クラリッサおばさまは天使だったのです。天使なら二十年前から年を取っていなくても不思議ではないのではないでしょうか?
あ、そういえば、とまたまた混乱します。クラリッサおばさまが消えてしまったときおばさまのお腹にはおじさまとの子がいたはずです。その子どもはどうなったのでしょう? このクラリッサがおばさまとおじさまの娘と言うことはないでしょうか? それにしては年齢がちょっと二十歳よりは上過ぎる気がします。そもそも母親と同じ名前というのも不自然ですし、・・・・・
結局名前がおばさまと同じと言うだけであとは他人のそら似と言うことでしょうか? そもそもクララはおばさまを直接知っているわけではないのです。
クララは一人でドキドキして盛り上がって、一人で勝手にがっかりしてしまいました。
「どうなのでしょう、その課題は難しいものなんでしょうか?」
と訊いたのは賢い東洋の女の子。
「とにかく五人の人間を見つけ出さなければなりませんのね。この国はいったいどれくらいの人が住んでいらっしゃいますの?」
「先月の統計ではおよそ250万人と言ったところですね」
「250万人!?」
とんでもない数ではありませんか! クララはせいぜい1万か2万、どんなに多くても10万人もいやしないだろうと思っていました。
「それでは広さはどれくらいあるのでしょう?」
「1万5千平方キロメートルです」
「1万5千平方キロメートルねえ・・」
女の子はちょっと考えて
「ずいぶん広いですわね」
と言いました。
どれほど広いのかクララには想像が付きません。クラリッサは優しく
「そちらの世界ではロンドンのおよそ10倍、パリの150倍、ニューヨークの18倍くらいのようですね」
と教えてくれました。
「ロンドンの10倍!?」
あの広い広いロンドンの10倍もの面積の中で250万人もの人間の中から五人の人間を見つけ出すなんて、
「絶対に無理」
とクララは思いました。
「そうでもありませんでしょう」
と女の子は平気で言いました。
「名前さえ分かれば、さっきのあの騒ぎですもの、すぐに噂が広がって残りの四人はわりとすぐに分かるのじゃありません? 問題は、最初の一人、ついさっき、正午ぴったりに生まれた赤ん坊を捜し出すことではないかしら?」
女の子はクラリッサに尋ねました。
「あのクラリスという魔女は、性格的にはどうなのでしょう? 意地悪、というか、卑怯なことをするような人なのでしょうか?」
「そうですねえ・・」
クラリッサはコロンビーヌたちと困った顔を見合わせました。
「子どもですわね」
見たまんまです。
「あからさまに卑怯なことはしないと思います。勝負は正々堂々と行って勝って大いばりして、負けてすごく悔しがるという感じですね」
過去に何度もそういうことがあったのでしょう、クラリッサもコロンビーヌも微笑ましく顔をゆるめました。
「それでは」
と女の子。
「国の一番端っこに生まれたと言うことも、同じ時間に何人も赤ん坊が生まれたと言うこともないでしょうね?」
「ないと思います。赤ん坊は恐らく、この街か、周囲の町のどこか、ほど近いところに生まれたと思います」
「それならば、なんとかなりそうですね」
女の子はいかにも安心したようにニッコリ笑いました。どうやらこの子が三人のリーダーに決定のようです。
「ところで、先ほど電気が使われていたようですが、電話は通っていないのですか?」
「ありません」
「交通手段は?」
「馬車ですね」
「それでは情報が国中に届くのは・・」
「隅々までとなると二三日はどうしてもかかりますわね」
「あらまあ。やっぱりそれなりにたいへんそうですわね」
すみません、とクラリッサは苦笑しました。
「我々の生活にはそういうものは必要ないんです」
そういうものとは電気や電話、自動車と言うことでしょうか。なくても、少なくともクラリッサにはそういう物の知識はあるようです。
「それにしても」
と女の子は楽しそうに顔を輝かせて想像しました。
「250万人の人間を乗せて新天地に旅立つ船というのはいったいどんなにすごい船なんでしょうねえ?」
「さあ・・・、それは私どもにもとても想像が付きませんねえ。まさか本当にそれが実現するなんて、夢のようですわ」
クラリッサに想像が付かないことがクララに想像できるはずありません。ふつうに考えるなら何千何万という数の大船団になるはずです。
「それは何か以前から言われていたことなのですか?」
「ええ。もう何百年も前から女神様によって予告されていたことです。ただそれがいつどのように行われるのかは教えられていなかったもので、ほとんど伝説や神話と言ったいわば夢物語として語り継がれてきたような訳でして」
それではクララたち以上にこの国の人たちにとってとんでもない一大事なわけです。
これでもし本当に失敗してしまったらどうなるのか、クララはズーンと心が重く憂鬱になってしまいます。
「だいじょうぶですわよ。必ずカラベラス様がお導きくださいますわ」
とコロンビーヌが励ましてくれました。
「それじゃあ」
とクララも顔を明るくして訊きました。
「毎年勇者は女神様のお導きで魔女の課題に勝利しているのね?」
コロンビーヌはうっと言葉に詰まり、王子やピエロと気まずい顔を見合わせました。
「違うの?」
「それがその・・・」
と王子が実に言いづらそうに言いました。
「このところ連戦連敗で、この五年間負け続けなんだ」
「なんですってえ!?」
クララは顔が真っ青になりました。
「それじゃあ危ないじゃない!?」
「いえ、きっとだいじょうぶですわ」
とコロンビーヌが言いましたが、先ほどと比べて幾分顔色が冴えなく感じます。
どうしようどうしよう、とクララは心の中で慌てました。
すると、
「まったく、あったまイテーなー」
と実に不機嫌そうな声がしました。
皆の目がいっせいに一人に向きました。今まで一言も言葉を発しないでいた若い男性です。
年はちょうど二十歳くらい、痩せて背の高い、金髪の裾を綺麗に刈り上げたいかにも今風の白人の青年です。やはりクララと同様夜中に連れ出されたのか縦縞の清潔そうなパジャマを着ています。
青年は皆に注目されて、「なんだよー」とジロリと睨み返しました。あの性悪魔女クラリスにはかわいらしいところもありましたが、このひねくれた態度にはかわいげが一つも感じられません。
クララはなんだか嫌な人だなあと最初にちらっと見たときから思っていたのですが、残念ながらその印象は当たっていたようです。
「あのさー、なんなんだよ、これ」
青年は思いっきり顔をしかめて言いました。
「勇者だか魔女の課題だか知らねえけど、なんで俺がそんなくそめんどくせえことしなけりゃならねえんだよ」
クララはその汚い言葉に、まっ、と眉をひそめました。
「いきなりこんな訳分かんねえとこ連れてこられて、訳分かんねえ奴に訳分かんねえこと言われて、はいそうですか、って、なんでお前ら素直に言うこと聞けるんだよ?」
こんな人に同意を求められたくもありませんが、そういえば、どうしてでしょう?
「俺たちがその魔女の課題ってのを解いて利益はなんかあるのかよ?」
それはそうです。クララたち勇者に何かご褒美はあるのでしょうか? たしか選ばれた自分たちはとても幸運だと言われたように思いますが。
「はい」
とクラリッサはにこやかに答えました。
「皆さん勇者が魔女の課題を解いた暁には、皆さんにこの国の国民になる権利が与えられます」
それは困るなあとクララは正直あんまり嬉しくありませんでした。この世界でどんな冒険が繰り広げられようとその終わりはクリスマスの朝ベッドの中で目覚めることに決まっています。だったらもっと派手なクライマックス、財宝の山を発見するとか、やっぱりお城の舞踏会で王子様と踊るとか、もう一度天使になって天上の女神様に会いに行くとか、そういうご褒美の方が嬉しいです。
ところが意外に
「へー、そいつはいいや」
と青年はニヤニヤしました。
「当然ただの国民じゃねえよなあ? 名誉国民とかさっきの綺麗な女王様のお身内とか、でっけえお屋敷に住んで大勢の使用人を使って一生旨い物食って過ごせるんだろう?」
クラリッサはあっさり首を振りました。
「いいえ。わたしたちと同じただの国民です」
「なんだよ、ふざけんなよ」
青年はまたブリブリ怒りだしました。
「おまえらその新天地ってところに行きてえんだろ? 俺たちがそこに連れていってやるってことだろうが? その大恩ある俺たちに自分たちと同じただの国民ってことはねえだろうが?」
なあ?とまたクララに同意を求めてきます。いばってますが案外気が小さい奴なのかもしれません。でもクララもどうせならお姫様になりたいなあと思いました。
「本当にとてもいいところなんですよ」
と、あんまり喜んでくれないクララにコロンビーヌが心配そうに言いました。そう、コロンビーヌはこの国が大好きなのです。
コロンビーヌにじっと見つめられてクララは困ってしまいました。
「でも、わたし、自分の家に帰らなくちゃ・・」
クララもやっぱりカンザスに帰りたがるドロシーの気分になってしまいました。
クララはハッと心配になりました。
「ねえ、わたしたち自分の世界にちゃんと帰れるのよねえ?七日間もこっちに居て、ちゃんと元のクリスマスの夜に帰れるのよねえ?」
国民になってずっとこの世界に住むと言うことはもう二度と元の世界には戻れないと言うことでしょう。だったら、ここでこうして過ごしている時間も元の世界で同じように時間が過ぎていっているのではないでしょうか? もうクララはここが夢の世界なのか本当に魔法で別の世界に連れてこられたのか分からなくなってしまいました。
「そうですわねえ」
と女の子も言いました。
「三日過ごしただけだと思ったら三百年も時が過ぎていたなんてことになったらたいへんですわね」
あんまりたいへんそうでもなくニコニコ楽しんでます。
「へへ、そいつは面白れえな」
と青年もワルっぽく笑いました。
「どうせならそうしてくれよ。こんな電話も自動車もねえようなド田舎で暮らすより三百年未来の世界に帰る方がよっぽど面白れえぜ」
「それは無理ですね」
とクラリッサは言いました。
「元の世界にはちゃんと帰れますよ、こちらに来た時間にさかのぼって」
とクララを安心させるように微笑みました。
「自分がいなくなった時間より後にならいつの時間にでも帰ることができます。ただし、いったんその時間に戻ったら、もう一度その前の時間に戻ることはできません。それに元の世界に戻ると体もその時間に戻ってしまいます。十年後なら十歳、二十年後なら二十歳、体に年齢が加算されます。ですから寿命以上に先の時間に帰ることはできません。三百年後なんて、ミイラになってバラバラになってしまいますわね」
青年はちぇっと舌打ちして、女の子は、あら、やっぱりウラシマタロウですわね、と喜びました。なんのことか分かりませんが。
クララはほっとしました。難しい理屈は分かりませんが、とにかくちゃんとクリスマスの夜に戻れるようです。
「それじゃあ・・」
とクララは考えました。
「こっちで十年暮らしてまたクリスマスの夜に戻ることもできるの?」
クラリッサもちょっと考えました。
「そうですねえ・・、理屈ではできるはずですが。多分無理です。十年も暮らすとすっかり元のあなたとは別の人間になっているはずですから、多分、元のあなたには戻れないと思います」
「そうなの・・・」
やっぱりこの国の国民になることはあきらめて帰るしかないようです。コロンビーヌの悲しそうな目にクララも心が痛みました。でもこっちで暮らすことを選んでしまったら・・・・・
クララの脳裏にあの彼の熱っぽい視線を向ける顔が浮かびました。
でも、もし、この世界にクララの運命の人がいたならば・・・・・
クララは優しくニコニコ笑っている人形王子プリンシバルトと理知的に微笑んでいるピエロを見て思いました。もし本当にそういう人がいたならば、自分はどっちを選ぶだろう、と・・・・・
クララは女の子に訊きました。
「あなたはどう? この国の国民になりたいと思う?」
女の子はそうですわねえとかわいらしくあごに指を当てて考えました。
「分かりませんわ。まだこの国のことをなんにも知りませんもの。でも興味は大いにありますわね」
「でも・・、あなたお父さんお母さんに会えなくなってもいいの?」
ずいぶん賢そうですがまだほんの十歳程度の子どもです。まだまだ親に甘えたい年頃でしょう。
「残念ながら両親はもうずいぶん前に亡くなりましたわ」
「まあ、そうなの、ごめんなさいね」
「いえ。お気遣いありがとう」
平気な顔をしています。この賢さは両親を幼くして亡くした為の自立心から来ているのかもしれません。
「自己紹介がまだだったわね。わたしはクララ。よろしくね」
クララは右手を差しだし、女の子は一瞬間をおいて握り返しました。
「わたしはベニオと申します。どうぞよろしくお願いします」
「ベニオ・・・」
どこの国の子でしょう? クララがアジアで知っている国といえばインドと中国、あとは日本くらいのものです。それが彼女の国のパジャマなのでしょう、白いキモノに黒いだぶだぶのズボンのような物をはいています。
クララはあまり気は進みませんがついでなので青年にも訊きました。
「あなた、お名前は?」
「ナポレオン・ボナパルト」
「は?」
クララはこのふざけた答えに顔をしかめました。
「まあ、ご立派なお名前ですね」
子どものベニオは真に受けて感心しています。青年はしらっとした意地悪な目でベニオを見て言いました。
「冗談。ロベルトだ」
ベニオは目をパチクリさせて言いました。
「フランスの将軍の名前が冗談になるんですか?」
青年、ロベルト、はまたムッと不機嫌な顔になりました。
「冗談に意味なんかあるか」
クララはベニオをただ者じゃないわねと感心して見ました。
ロベルトはイライラした様子で腕を組みましたが、一つため息をついて言いました。
「お前ら二人ともいいとこのお嬢様みたいだな? お前は、イギリス人か?」
「ええ」
クララは答えて、ドイツ人に間違われなくて良かったわと思いました。
「そうか、イギリス人かあ・・・。だろうと思った。
俺は、アメリカ人だ」
だから?と顔を見つめるクララとベニオにロベルトはひどく心外そうに言い直しました。
「俺はアメリカ人だ。アメリカ人だぞ?」
「だから、何?」
クララはロベルトが何を言いたいのか分からなくて訊きました。
「だから何?だってえ? まったく、だからイギリス人ってのは大っ嫌いなんだ!」
クララはいったい何を怒っているのかさっぱり分かりません。アメリカ人だから感謝しろと言うのでしょうか? たしかにドイツに勝てたのはアメリカのおかげかもしれませんが何もこんなところでそれを自慢しなくてもいいではありませんか?
クララも、だからアメリカ人って嫌いよ、と悪い印象を決定的にしました。
ロベルトはブリブリすっかりクララに腹を立ててベニオに向きました。
「お前はどこの国の人間だ?」
「わたしはヤマトの人間ですわ」
「ヤマト? 嫌な名前だな。どこだそれ? 中国の一部か?」
「いえ、中国とは別の国ですわ。東の島国、外国ではヤポンとかハポンとか呼ばれているようですわね」
「ジャップか!?」
侮蔑に満ちた激しい言葉にさすがのベニオも表情を硬くしました。
「ったく、なんなんだよ!」
ロベルトはすっかり荒れだしましたが、こっちこそ、なんなのよ? です。
「お高く止まったイギリス人によりによってジャップの小娘だあ? 俺は帰るぞ! こんな馬鹿げたところにいられるか! 帰せ! 今すぐ俺を元の世界に帰しやがれ!」
わめき散らすロベルトを見てクララもうんざりしました。なんでこんな人が「勇者」に選ばれたのでしょう?
皆もすっかり持て余し、クラリッサが冷たい目で見て言いました。
「どうしてもとおっしゃるなら、カラベラス様にお伺いを立ててもよろしいですが、あなたは、本当にそれでいいのですか?」
ロベルトは言葉に詰まり憎々しげにクラリッサを睨みました。何か言い返してやろうと考えていますが上手い言葉が出てこないようです。頭はあんまりよくないのでしょう。
「寝るぞ」
ようやくブスッと言いました。
「こいつ」
とクララを目で指して
「の言うとおりだ。どうせ俺たちは目を覚ませば元のベッドの中にいるんだ。どんな理屈をこねようがな、これは夢だ! こんな話が現実の訳はない。どうせ元の世界で目覚めなければならねえんなら、さっさと目を覚ましちまう方がいいぜ!」
と、悪態をつきました。
クララはなんてつまらない人だろうと思いました。せっかくこんな面白い夢を見ているんですもの、たっぷり楽しんだ方が断然いいではありませんか?
「ほら、早く勇者さまのお宿に案内しろよ。まさか宿まで納屋の中とか言うんじゃねえだろう?」
それでは、とクラリッサはピエロにお部屋に案内するように頼みました。かわいそうにピエロは貧乏くじです。
また「ちっくしょう、頭いてえぜ」と愚痴りながらロベルトはピエロに舞台の後ろの大きな建物に案内されていきました。クララが空から見た丸い大きな屋根の建物です。どうやらそこがエントランスホールで先に居住用の棟が続いているようです。
「あれがこの国で一番大きな建物、薔薇城です」
大型のホテルくらいのなかなか美しいお城のようです。
「お二人もそろそろ休まれますか? この国のことはおいおいご説明させていただきます。お疲れになったでしょうからよく休んでいただかないと」
クララとベニオは顔を見合わせ、そうねと頷き合いました。
「ではご案内いたしましょう」
クラリッサを先頭に皆で後に続きました。
「プリンシバルトさんやコロンビーヌさんもこのお城に住んでいるの?」
「僕はその時その時だね。こっちにいるのは勇者といっしょの時だけだから」
「あら、それじゃあその他の時は?」
「くるみ割り人形になってかわいい勇者さんが目覚めさせてくれるのを待っているのさ」
「それじゃあ毎年こういうことを繰り返しているの?」
「うん。そうだよ」
それではこの一年はクララのためにずっとくるみ割り人形になってこの日を待っていてくれたのでしょうか? でもくるみ割り人形は五年前からずっと家にあるはずです。ちょっと変ですがクララも眠くなってきて考えるのをやめました。
「コロンビーヌさんは?」
「わたしは家を持っていますよ。ピエロといっしょに暮らしています」
クララはポッと頬が赤くなりました。二人は恋人なのか夫婦なのか、いずれにせよピエロはクララの運命の人から脱落です。
「ピエロさんはピエロさんって言うの?」
「いえ、別の名前がありますが、それは、ないしょ、です」
コロンビーヌはうふふと笑って、クララはますます顔が熱くなりました。
「あら? あれ、」
お城の周りを水路が巡っていますが、クララたちの歩いている正面と左右が陸になって水路はトンネルをくぐっています。その向かって右、立派な白いアーチを抜けた階段状の岸に白い小舟が着けてあります。クララたちが乗ってきた小舟です。
「ここに出てきたの?」
「うん、そうだよ」
プリンシバルトが答えました。
「ここに市民が集まって勇者さまの到着を待っていたんだよ。僕らだけしか出てこなかったからすっかり拍子抜けしちゃってね」
アハハハハとのんきに笑いました。
「ネズミは? あの女王ネズミはどうしたの?」
「うーん、どうしたんだろう?」
ねえ?とコロンビーヌと顔を見合わせました。
「外の海から入り口をくぐってこの水路に出てくるまでしばらく真っ暗なんだ。ここに出たときあれはもういなかったから・・、多分途中でおっこっちゃったんじゃないかな?」
クララもぜひそうであってほしいと願いました。
「ベニオはやっぱり船に乗ってここから出てきたの?」
「わたしは亀の背中に乗ってきたんですよ」
ベニオはニコニコ笑って言いました。
「子どもたちにいじめられている亀の子どもを助けて海に帰してやったら大きな海亀が迎えに来て、竜宮城に連れていかれるのかと思ったらここに連れてこられたんですの」
「ふうーん・・・」
クララは「くるみ割り人形」の物語に沿ってここに招かれました。日本・・・ヤマトにもそういう有名なおとぎ話があるのでしょう。
「あの亀さんはどこに行ったのかしら?」
とベニオはクラリッサに尋ねました。
「塩湖にいると思いますよ。この国には海がありませんからね」
塩湖というからには塩水の湖なのでしょう。便利なものがあるものです。
「あの人はどうだったのかしら?」
あんまり思い出したくもありませんが、ロベルトのことです。
「あの人はどうやってここに来たのかしら?」
ベニオはさあ?と首を振りました。ベニオより先に来ていたようです。
「ロベルトさんは自分でボートを漕いでいらしたんですよ」
クラリッサが言いました。
「白鳥の形をしたペダル式のボートでね」
クララはあのしかめっ面の青年がかわいらしいペダルボートを漕いでいる姿を想像して思わず笑ってしまいました。
「泣いてらしたんですよ」
「え?」
「ここに来たとき、ロベルトさんはびっくりした子どものような顔で涙を流してらしたんですよ」
意外です。いったいどんな物語に導かれてここへやってきたのでしょう?
クララはちょっとロベルトに同情して、いやいや、それがどうしてあんなしかめっ面になってしまうのか、やっぱりあの人はそういう人なんだ、と腕を組んで口をへの字にして頷きました。
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