ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第7話 魔女の課題
 これが女神様の娘?
 クララは広い舞台の上で一人偉そうにふんぞり返ってこちらを見渡している派手派手しい真っ赤な女をジロジロ見つめてやりました。まあ美人と言えなくもないですけれど、クララがくるみの外の海の中で会った天使様とはまるで似ていません。女神様はとても優しい丸みのあるお顔立ちをしていましたが、この真っ赤な魔女は性根の悪さがにじみ出たギスギスした尖った顔をしています。
 重苦しく黙り込んだ観衆を満足そうに見渡していた赤い魔女は一人だけ挑戦的にじっと見つめ返しているクララに目を止め、なんだいこの小娘は? とムッとした顔になりました。
「なんだおまえ? そうか、おまえらが今年の勇者どもか? ハッハッハー、そいつはご苦労様なこったね。とんだ貧乏くじだ」
 アハハハハー、と魔女は笑いました。
 そのあからさまにバカにした態度にクララもムッとしました。
「あなた、ほんとに女神様の娘なの? まるで安っぽくてとうていそうは見えないわね」
 クララは何故かこの赤い魔女が全然恐く感じられませんでした。
「なんだってえ!?」
 しかし魔女の方はクララのこの無礼な言葉にカンカンに怒ってしまいました。
「このバーカ。もの知らずの愚か者め! あたしはこの国で唯一の本物の魔女だよ。このあたしに逆らえる者はこの国に一人だっていやしないのさ!」
 魔女はせいぜい凄んでクララを睨み付けましたが、クララにはぜーんぜん恐く思えませんでした。おろおろしてばかりの子どもっぽい女王様といい勝負です。
 クララの全然怖がらない様子に魔女は歯をギリギリさせて悔しがりました。
「よーし、見てろ。あたしがどれだけ凄い魔女か教えてやる!」
 魔女は赤いマントを翻して両手を頭の後ろに伸ばすと「エイッ!」と空に向かって火の玉を投げつけました。
 バアーン! バアーン!
 火の玉は破裂して夜空に輝く赤い花を描きました。花火です。おおー、と観客から声が上がり、パチパチ拍手がわき起こりました。魔女はどうだと得意になって次々火の玉を投げ上げ、次々きらびやかな花火を咲かせました。広場はやんややんやと大喜びです。
 広場の盛り上がりにすっかり気をよくしたのか、魔女はエッヘンと腰に手を当てて自慢げにクララを見下ろしました。クララはしょうがないので拍手をしてやり、
「とっても綺麗ね」
 と褒めてやりました。
「そうだろそうだろ」
 と、うんうん頷いて悦に入っていた魔女ですが、
「そうじゃなーい!」
 と、勝手に呆けてまた勝手に怒りだしました。
「あたしは魔女なんだよ、すごいんだよ、恐いんだよ。なあ、分かるだろう?」
 同意を求められても困ってしまいます。クララはとなりの東洋人の女の子に「どうなのかしら?」と視線を送りました。
 女の子は楽しそうにしていた顔を引き締め、眉をひそめて魔女を見て、
「ええ、あなたが本物の魔女だって言うことは疑いようのない事実と認めざるをえませんね」
 と神妙な口振りで言いました。
「そうだよ、その通りだよ」
 と魔女は頷いたものの、チラッと女の子の顔を覗き見て、
「なんかこいつ苦手だなあー」
 とボソッと呟きました。
 案内嬢が女王様の腕をつついて何か言えとせかしました。女王様は例のごとくヒッと震え上がって恐る恐る魔女に言いました。
「そ、それで、ク、クラリス様、ど、どのようなご用件で?」
 クラリスは女王様を「うーん?」と睨み付け、またヒッと震え上がる様子に大いに満足して言いました。
「決まってるだろう、今年もおまえたちにあたしのありがたーい提案をしに来てやったのさ」
 あーあ、と広場からうんざりしたため息が漏れました。
「こらっ、なんだおまえたち、文句があるのか、あーん?」
 ほんとに安っぽいごろつきみたいな脅し方にクララはぜったいこんな人があの天使様の娘のわけがないと思いを確固たるものにしました。でも広場の民衆はおとなしく黙り込んで、一応女神様の娘に対する敬意は持っているようです。
「いいかいお前たち、この国はあたしのお母様が作ったものなんだよ、この国はお母様のもので、当然娘であるあたしが相続して当たり前のものなんだ。だから毎年こうして面倒な手順を踏んでお前たちにその正当性を教えてやってるんだ。いいかい、この国は本当ならあたしがどうにでも好きにしていいものなんだよ!」
 ということは何か不都合があって好き勝手にできないということでしょう。
 やっぱりそういうことなのか、魔女は民衆を見渡しイライラと足を鳴らしました。
 その足がピタリと止まり、魔女はふたたび今までで一番意地悪そうにニンマリ笑いました。
「というわけで、今年もあたしからお前たちへの素敵な提案なんだが・・・・、
 今年は、特別だよ」
 イッヒッヒッヒ、アーッハッハッハッ、
 と魔女は大笑いしました。
「おまえたち、よーくお聞き。ついに、ついに、ついに!
 お母様からあたしにこの国を任せてもいいと許可が下りたんだよ。
 アーッハッハッハッハッハッハッ!」
 広場が一気にざわめきました。クララの周りでも「そんなバカな」「何かの間違いだ」「でたらめに決まってる」と怒気を含んだ意見が囁かれました。やっぱりこのアホ娘に母親の女神様がストップを掛けていたようです。それが許されたと民衆は信じられない思いで驚いているのです。
「そうとも、今年こそはこのあたしがこのくるみ国の真の女王になってやろうと言うのさ!」
 魔女はこれ以上ない上機嫌で笑い声を上げましたが、ついに民衆から「NO!」が激しく突きつけられました。
「嘘だー!」
「カラベラス様がお前なんか認めるわけがない!」
「引っ込め、三流魔女ーっ!」
「こ、こら、おまえたち・・」
「引っ込め、引っ込め、引っ込め!」
 ブーイングの嵐にさしものいばりんぼうもたじたじとなりました。
「引ーっ込め! 引ーっ込め! 引ーっ込め!」
 大合唱となり、かわいそうに魔女はブルブル震えて涙目になってきました。
「う・・」
 魔女がうつむき、
「うるさーいっ!」
 顔を上げて大声で怒鳴るとゴオッと体中からものすごい炎を吹き出しました。広場は一気にしーんとなり、クララもこれにはびっくりして、本物なんだわ、とドキドキしました。
 炎は一瞬で収まり、魔女はふー・・と息をつくとギロリと恐い目で民衆を睨み付けました。
「まったく、本当にあたしが女王になってやった方がいいんじゃないかねえ?・・
 落ち着いてよく聞きやがれ。
 いいか、いつもといっしょだよ、それが嫌なら、あたしの出す課題をクリアしてみろ。クリアできたら、あたしもあきらめてやるよ。しかもだ、今年はいつもとは違ってお前たちにもご褒美がある」
 なんだろう?と広場の空気が期待と不安に緊張し、衆目が舞台に集中しました。
 魔女は反り返り、自分自身落ち着くように大きく呼吸し、静かに言いました。
「あたしに勝ったら、お前たちへのご褒美は、新天地への旅立ちだ」
 しばらくの静寂の後あちこちで小さな声が囁かれ、それはさざ波のように広がってやがて広場中のざわめきとなりました。
「新天地・・・」「新天地・・・」「新天地・・・」
 となりの者どうし、または自分自身、魔女の言った内容を確認するように「新天地」という言葉が何度も繰り返されました。
「そうさ、新天地だよ」
 魔女は民衆にはっきり言ってやると、ずばっと、
「おまえ、おまえ、おまえ」
 と若い男性、東洋の女の子、そしてクララの三人を一人ずつ指さしました。
「お前たち勇者への課題はこうだ、
 この国の国民どもを新天地に運ぶ船の鍵を見つけだせ。
 期限は・・・、ちょっと待て」
 魔女は右の人差し指を上げて皆の注意を促し、何かを待つように斜めの空を見ました。
 クララも、広場の人々も、固唾をのんで何かが起こるのを待ちました。
 ゴオーン・・、ゴオーン・・、ゴオーン・・・・・、
 それほど遠くないところからよく響く大きな鐘の音が聞こえてきました。
 ゴオーン・・、ゴオーン・・、ゴオーン・・。
 鐘は長く長く十二打ち鳴らされました。深夜0時。一日が終わり、一日が始まったのです。
「今一人の子どもが産まれた。
 その子どもと同じ名前を持つ者があと四人いる。子どもとその四人がそれぞれ鍵のありかを示すヒントを一つずつ持っている。それを全て集めて鍵を見つけだせ。
 期限は今日を含めて七日後の深夜0時まで。
 それまでに鍵を見つけられればお前たちの勝ち、国民は全て船に乗って新天地に旅立つことができる。
 見つけられなければ、勝負はあたしの勝ち、あたしが女王となり未来永劫この国を、お前たちを、治めていってあげるよ」
 魔女クラリスはハハハハハ、とすでに勝ったもののように高笑いを上げ、ピタリとその笑いを納めると挑戦的にクララたち三人を見つめました。
「こんな大事な時に選ばれたのがおまえたちのような三人とはね、お母様はやっぱりあたしに女王になれと言っているのかしら? ウフフフフ。この国の将来はお前たち三人にかかっているわけだ、まあ、せいぜいあたしを女王にするように頑張りな」
 ハハハハハ、とふたたび高笑いを発するとクラリスは燃える火の鳥に変身して夜空に羽ばたいていき、星星に紛れる赤い点となり、消えていきました。
 クララはボーッと星空を眺め、気付いたように周りの人々の様子を見回しました。周囲はなんとも重苦しい雰囲気が漂っていました。人々は不安そうに顔を見合わせボソボソ呟き、クララの視線に気付くとじっとクララを見つめてきました。呟きが消え、視線がどんどんクララに集まってきました。後ろのクララの姿が見えない者たちも気配を察して何事か期待してじっと前の方に神経を集中させました。
 クララは自分に集中する人々の視線にいたたまれない気分になって、なんで自分ばかりこんなに見つめられなくてはならないのだろうと、不公平な気分でとなりの女の子を見ました。すると彼女もやっぱりじっとクララを見つめていました。ただし他の人々と違って口許に笑みを浮かべ、大きな瞳をキラキラさせて、無責任にこの展開を楽しんでいました。
 クララは腹立たしくなって
「ねえ、あなたもわたしと同じ『勇者』なんでしょ?」
 と言いました。
 女の子は、あら、と楽しそうに笑って、
「でもわたしは翼を広げて天から降りてきたりしませんもの」
 と言いました。
 クララは、しまった、と思って、ちょっぴり天使様を恨めしく思いました。
 それよりも、です。
「ねえ、女王様」
 クララに呼びかけられておろおろしていた女王様は、はいっ、と飛び上がるように背筋を伸ばしました。
「わたし、この状況が全然分かってないんですけれど、どういうことなんです?」
「えっとー、それは、その・・・」
 クララもまともな答えが得られるとは全然期待していなくて、女王様のうろたえぶりを見た周りの国民たちもまた思い出したようにざわざわし出しました。
 とうとう広場のあちこちから、
「おいおい、どうなってるんだ?」
「まさか負けたりしないだろうな?」
「この国の一大事だぞ、勇者さまだけに任せておいていいのか?」
 と、苛立った声が上がり、そうだそうだと周りの者たちが賛同して、広場中が騒がしく自分たちの意見を述べ始めました。
 女王様はすっかり泣き出しそうになって、クララもちょっと気の毒になりましたが、助けを求めて案内嬢を見ました。
 案内嬢は一人落ち着いた静かな目をして、
「とにかく、舞台に上がって国民に呼びかけましょう」
 と、完全に及び腰の女王様を伴って舞台に上がりました。
「あの、みなさま・・・」
 女王は少女のようにか細い声を出しましたが誰にも聞こえません。
 若者が一人大声を出しました。
「これはあの魔女娘の陰謀だ! こんなたいへんなときにいつも通りの生活なんてしていられるか! 俺たちも船の鍵を捜すのに協力するぞ!」
 そうだそうだ、やってられるか、俺たちも協力するぞお!と若者を後押しする力強い声があちこちから上がり、エイエイオー! と、完全に壇上の女王様を無視して盛り上がり始めました。
 女王様はべそをかく一歩手前で案内嬢を振り向きました。
 案内嬢は頷き、前に出ました。
「皆さん。聞いてください」
 決して大きくはないけれどくっきり凛とした声が広場をすうっと通り、民衆は騒ぐのをやめて舞台に注目しました。
 案内嬢は女王様への遠慮をすっかり捨てて毅然とした態度で言いました。
「勇者さまは我らが女神カラベラス様が選んだ方々です。そのことを決して忘れてはいけません」
 女神カラベラスの名は絶大な力を持つようですが、さらにこの案内嬢の存在も人々に大いに影響力を持つようです。彼女に見渡され、所々ぶつぶつ聞こえた不満の声もすぐに立ち消えました。
「今回の魔女の課題がいつもと違うのは確かです。しかし、それは恐らく、カラベラス様がクラリスに命じたことでしょう」
 民衆はじいっと案内嬢の言葉に聞き入っています。
「これはカラベラス様のご意志です。いつものクラリスのわがままではありません。今あるわたしたちの状況も全てカラベラス様のご意向に含まれているはずです。我々はどんなに不満があってもカラベラス様のご意志に逆らってはいけません。そうですね?」
 広場は静まり返って案内嬢の言葉に意見する者は一人もいませんでした。
「我々は去年のクラリスとの勝負の結果の通り、今年いっぱい、あと一週間、いつも通りの生活を続けます。いいですね?」
 今度はかすかに不満の声が漏れましたが、案内嬢が無言でいるとすぐにそれも収まりました。
 幾分きつい表情だった案内嬢がふっと柔らかい笑顔になりました。
「皆さん、どうぞご安心なさって。皆さんもご覧になったでしょう? 今年の勇者さまは空から降りていらっしゃったのよ、天使の羽を広げて! これがカラベラス様のご意志でなくてなんなのでしょう?」
 おお、そうだそうだ、と安心した喜びの声が上がりました。
「今年の勇者さまはひと味違うぞ!」
「天から舞い降りた、まさに女神様に選ばれたお方だ!」
「勇者さま、バンザーイ!」
 勇者さま、勇者さま、とふたたび周りの者たちからありがたがられて、クララはとってもありがた迷惑に感じました。
 これだけ期待されて、もししくじったらどうなるのでしょう?
 勇者さま、勇者さま、の大合唱が起こり、クララはいたたまれない気分になってきましたが、となりの東洋人の女の子はまるで人ごとのように
「まあ、大人気ですわね」
 とニコニコ、クララを見ました。
 勇者さま!
 勇者さま!
 大合唱を案内嬢が手を上げて治めました。
「皆さま」
 ふたたびデパートの案内嬢の笑顔です。
「一日が明けてしまいました。明日からまたお仕事ですし、小さなお子さんもいらっしゃいます。残念ですが今年はこれでお開きといたしましょう。新年はきっと心から嬉しく、楽しくお祝いできることでしょう」
 ささ、と案内嬢に前を譲られ女王様が弱々しく民衆に向き合いました。
「これで勇者さま歓迎の宴及び年納め感謝祭を終了いたします。皆さま、どうぞ良いお年を」
 良いお年を、女王様! と大きな声が返ってきて女王様はパッと明るい笑顔になりました。
「みなさーん! 良いお年をー! 新年祝賀祭でまたお会いしましょうねー!」
 女王様は最上級の笑顔で大きく両手を振って国民にさよならの挨拶を送り、女王様に見送られながら広場の国民たちはぞろぞろ退出を始めました。こんなに軽い女王様というのも他にいないだろうと思いますし、女王様に見送らせて帰っていく国民というのもどうなのかなと思います。
 後ろの方から順序よく退出していき、クララの周りの人たちもゆっくり動き出しました。
「勇者さま、どうか頑張ってくださいね」
 と声を掛けられてクララは「はあ」と困った顔であやふやな返事をしました。
「ま、ユリア様がああおっしゃってるんだから、まあ、信じてよかろう」
 そんな声が聞こえてきました。女王様がオーロラ十五世ですから、それではそのユリア様というのがあの案内嬢の名前なのでしょう。
 クララはほっと息をついている女王様を笑顔でねぎらっている案内嬢を見ました。女王様よりこの人の方がずっと国民の信頼と尊敬を得ているようです。案内嬢、ユリア様、はクララの視線に気付くとにっこり親しみのこもった笑顔を見せました。この笑顔もどうもくせ者のように感じられます。
 ユリア様は女王様を他の女官に任せてクララたちの元へ降りてきました。
「皆さん、本当に思いがけずたいへんなことになってしまって申し訳ありません。ですがどうかご心配なさらずに、必ずカラベラス様が皆さんを鍵の元へお導きくださるはずです。もちろん、私どもも皆さんのお手伝いをさせていただきます」
 とコロンビーヌ、人形王子のプリンシバルト、ピエロの三人を目で示し、コロンビーヌはクララにニッコリ笑いかけました。
「あら、皆さんはいつものお仕事をなさって魔女の課題はわたしたちだけで解決しなければならないじゃありませんの?」
 と尋ねたのは東洋代表の勇者の女の子。
「いえ、私どもはもともと皆さんのお世話係ですから、皆さんがこの国にご滞在の間ずっといっしょにいていろいろお手伝いさせていただきます。
 申し遅れました、わたくし、チーフお世話係のクラリッサと申します。どうぞよろしくお願いします」
「クラリッサ!?」
 クララは思わず素っ頓狂な声を上げました。
「ユリア様と言うんじゃないの?」
「はい」
 クラリッサは親しみのこもった笑顔をクララに向けて言いました。
「ユリアというのは、まあ、わたくしのニックネームのようなものですわね。本名は、クラリッサです」
 クララはまだびっくりした顔のままあらためてクラリッサの顔をまじまじと見つめました。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。