第78話 創世
「待った」
大統領が手を突きだして待ったを掛けました。
「それでもやっぱり分からねえな。
じゃあ、パーフェクトマンが前の宇宙のパーフェクトマンのいわば『分裂』したものならば、その前の宇宙は誰が作ったんだ?」
「その前の宇宙の神でしょうね」
「じゃ、そのまた前の宇宙は?」
「そのまた前の前の宇宙の神様が作ったんでしょうねえ」
「じゃあそのまた前の前の前の・・一番最初の宇宙は誰が作ったんだ?」
「分かりません」
クラリスははっきり断定しました。
「一番最初の『揺らぎ』が何故生じたのか?
そして何故『物質の宇宙』が生まれたのか?
それはおそらく神にも分からない永遠の謎です。
それは、それこそ『奇跡』としか言い様がないでしょう」
その奇跡こそが本物の神様の起こしたものであることを祈るばかりです。
分からない、と断定されては大統領も黙るしかありません。
「さて、いいですか?
宇宙を脱出したパーフェクトマンですが、その姿は光速を超えたエネルギー体、生命体ではなく一連のエネルギーパターンになっています。この段階では残念ながら『意識』を持つことは出来ません。パーフェクトマンが『無』の世界に飛び出してから後の行動は宇宙を脱出する瞬間に決定されています。
パーフェクトマンの第一の目標は『自分』つまり『人』を再生することです。
エネルギーの運動に方向性はありません。せっかく宇宙の素の『揺らぎ』を無の世界に生じさせてビッグバンを引き起こしても、その宇宙で『自分』が再生されないのでは意味がありません。宇宙に生命が生じ、まして人間のような知的生命体が誕生する可能性などほとんどゼロに等しい奇跡中の奇跡なのです。
ですからパーフェクトマンは最も確実な方法、人間が生まれてからの任意の時間の宇宙をそっくりそのままコピーすることにします」
・・・出来るの?
「そうですねえ、どうやったら出来るのでしょう?
宇宙本体のエネルギーは飛び出した『無』の真空から取り出します。そのエネルギーの方向を制御してやらなければなりません。それこそがパーフェクトマンが変身したエネルギーパターンです。
超高速のエネルギーパターンは再び宇宙に突入し、光速で宇宙のエネルギーの動きを制御していきます」
大統領が言います。
「それが宇宙の広がるスピードか?」
「と、同じことですね。エネルギーパターン自体も光速の限界に制限されていますから」
「なるほどなあ・・」
大統領は腕を組んで言います。
「じゃあ俺たちはそうやって神様に決められた通りに行動して、言ってみりゃあ、『コピー』されたわけか。
なんだかよお、さっき言ってた『クローン人間』よりたちが悪くねえか?」
そうですよお!
クララも一生懸命考えて抗議しました。
「もし神様がわたしのいるこの時間より後まで宇宙を再生したら、その宇宙にはもう一人のわたしがいるってこと?」
「まさにその通りです」
「じゃあそのわたしも今わたしが考えているように『もう一つの宇宙のもう一人のわたし』のことを考えているんだ?」
「その通りです」
「じゃあじゃあ・・」
非常に嫌な考えですが・・
「このわたしがもう一つの宇宙のわたしの『コピー』だという可能性も・・あるわけ?」
クラリスはニイッと笑って、怪しい目つきでクララを見て言います。
「当然、その可能性もあります」
「嫌だなあ・・」
嫌です。
「じゃあ、わたしが何を考え、どう行動するか、未来が全部決まっちゃってるってこと?」
「そうです」
「嫌だなあ。それじゃあ頑張って生きている意味がないじゃない?」
「じゃあ、生きるのをやめちゃいますか?」
ドキッ。
「え・・」
「どうせ未来は決まっているんだから生きているのなんか馬鹿馬鹿しい。だったら生きるのをやめちゃおう。
ま、それも一つの考えです。
生きるのをやめるなら、それがあなたの決まった未来です」
うー・・・・・ん・・・・・・・。
クラリスは別に責めている風ではありません。淡々と事実を述べているまでです。
「同じこと、だとわたしは思いますけれどねえー。
だってあなた、自分の未来なんて分からないでしょう?
人間も未来へ行くことは可能です。ま、実際には今の時代の人間には不可能ですけれどね。つまり未来を知ることは可能です。でもどうせ『現在』に戻って未来をやり直すことは絶対に出来ないんですから、意味ないでしょう?
あなたが生きることをやめちゃおうと言うのは、自分の未来を知っている神様に対する単なる当てこすり、神様に対するちょっとした反抗ですが、神様にとっては『そういう考えを持ってそういう行動を取った人間がいた』という事実確認の意味しかなく、ま、はっきり言ってなんの嫌味にもなりませんね」
ああ、神の前に人間は無力です。
「それにね」
クラリスは哀れな人間を慰めるように言います。
「神様も『事実』としてあなたの未来を知っているだけで、実際は神様も未来から『過去』を見てそれを知っただけで、神様だってあなたの『未来』に影響力を持つことは出来ないのよ。
『過去』を変えることは出来ない、と言う点では神様もしょせん『人間』のなれの果てです」
うー・・・・・・ん・・・・。
神様って、言っちゃあなんだけど・・、居てくれてもあんまりありがたみがありません。あわわわわ・・・。
神様クラリスは更に言います。
「それに、言ったように『無』には空間も『時間』もないのよ。時間がないってことは、
現在も、過去も、未来も、
ないってことよ」
は?・・・
「外の『無』から見れば、『オリジナル』と『コピー』の前後関係はないのよ」
えーと・・・。
なんじゃそりゃ〜っ!?
「だって時間というものがないんだもの、
『相対的』に見れば、そういうことになります。
『無』にあっては個々の宇宙は、存在するかしないか、それだけのことです。
前後関係がないと言うことは、結果的に全ての宇宙は時間的に並列だと言うことです」
?と言うことは、なに?
「試しにクララさん、
ここで死んでみますか?」
な、な、な、なんてことを!
「だって、未来の決まってしまっている人生になんてなんの意味もないでしょう? だったらこれ以上生きている意味なんてないじゃない?」
いや、まあ、そりゃあ、さっきはそんな風にも考えないでもなかったけれど・・・
「ただし、
今ここであなたが死んだら、全ての宇宙に無数に存在するあなたが同時に全員死ぬことになります」
全員って?・・・
「さあ? 何千人いるか、何万人いるか、何十万人いるか?
どうします? それだけの『自分』を道連れに全員でいっせいに自殺してみますか? それはそれで愉快な気もしません?」
う・・・・
クラリスはおかしそうに優しく笑って言います。
「ね? 馬鹿馬鹿しいでしょう?
あなたの未来は、他の宇宙のあなたがどうであれ、まさにあなた自身が生き続けなければ訪れないのです」
なんだか・・ほっとしました。人生に前向きな気持ちが戻ってきました。
クララは愉快な気分になって言いました。
「じゃあ他の宇宙のわたしもこうしてクラリスさんに脅されて悩んじゃったりしているのかな?」
あれ? クラリスはまた怪しく微笑んでいます。
「さあ? どうなんでしょうねえ?
その話はまた後で」
まったく、話に含みが多すぎます。
「質問です」
ベニオが問いました。
「同じ過去を持つ宇宙はそんなにたくさんあるのですか?
宇宙を脱出したパーフェクトマンはどうやって宇宙を増やしていくのです?」
えーと・・、それはたしか『無』に『揺らぎ』を生じさせるんでしたよね? クララも前向きにお勉強する気分になってきました。
クラリスが頷き、言います。
「そうですねえ、もし一つの宇宙から一つの宇宙しか複製できないのだとしたら、その宇宙でパーフェクトマンを生み出すことに失敗したら、それっきり、その『神の血脈』は尽きてしまいます。
一つの宇宙から複数の宇宙を複製する必要をパーフェクトマンは考えるはずです。
どうしたら可能でしょう?
ところで、
大統領が疑問を持たれましたね?宇宙を脱出したパーフェクトマンがその宇宙を作ったのはおかしい、と。
たしかにそうですねえ。納得いきませんね。
この疑問の解決策は、
ビッグバン後の物質と反物質の偏りは、
宇宙から『反物質』が出ていったのではなく、
『物質』が宇宙に入ってきた、
と考えれば、
入ってきた『物質』がパーフェクトマンに成長して、ビッグバンへ時間をさかのぼり、再び『無』へ出ていった、
と考えられ、整合性があるでしょう。これによって時間の輪は完全に閉じて、宇宙の一生は完結するのです」
要するに、神様は外から宇宙にやってきて、外へ出ていった、と、そういうことですね?
「宇宙本体のエネルギーは『無』の真空から取り出したものです。その点複数の宇宙を作り出すことに何の支障もありません。
問題は『自分』に相当する『パーフェクトマン』分の質量を加えることです。
ところで、
パーフェクトマンが出ていった、または入ってきたことによって物質、反物質の比率に差が生じてそれぞれの宇宙に分離したとすると、その時期は、宇宙誕生の瞬間である『揺らぎ』から少し間があることになりますね?」
・・えーと・・・・?
「おさらいすると、
『無』に『揺らぎ』が生じて『エネルギー』が生まれ、と言うか、『不安定なエネルギー』が生じ、これが宇宙の素になります。
『エネルギー』は大爆発『ビッグバン』を起こし、急激に大膨張します。
『ビッグバン』で大膨張した宇宙は冷えていって、エネルギーが徐々に固まりだし、『物質』と『反物質』を形成し、
同数であったはずの『物質』と『反物質』に何故か偏りが生じ、『物質の宇宙』と『反物質の宇宙』に表裏一体の状態で分離して成長していきます。
この物質と反物質の偏りこそ『神』であり、『宇宙』に形を与えた張本人である、
と言うお話でした。
さて、では『揺らぎ』から『ビッグバン』を経て『物質と反物質の偏りが生じる』までの間にどのくらいの『余裕』があるのでしょう?
時間にしてわずか1秒にも満たない瞬間です。しかし超光速エネルギー体であるパーフェクトマンにとっては十分な時間でしょう。
大きさ的にも『点』に過ぎない超超超ミクロのエネルギーの固まりから超光速の爆発膨張で、かなりアバウトですが、サッカーボール大からこの太陽系くらいの大きさに膨張しています」
大統領が何か言いたそうなのを、
「待った。
物質は光速を超えて移動できないのでは?と言いたいんでしょう?
移動と膨張は別・・、と、まあ、あんまり深く考えないでください」
クラリスも解っていないようです。
「どっちにしろ現在の宇宙の大きさから見れば微々たるものです。
しかし、それでも、
その時間と空間の中で、未だ『宇宙』にとどまっているパーフェクトマンはそこで何をしているのでしょうねえ?」
クラリスも眉を寄せて考えています。そうとう難しい内容のようです。
もう限界か?!
「ビッグバン以前宇宙はまだ未分化で一つだったのです。二つに分化した宇宙で二つに分かれていたパーフェクトマンがこの時間と空間では一つになっているのです。
超光速で特異点に収束した二人のパーフェクトマンはそこで合体し、完全に完全なる『人』になり、超光速の勢いで特異点のその先、宇宙誕生以前の『時間』に飛び出したはずです。二人のパーフェクトマンが互いの反対の宇宙へ飛び込み異質な存在として宇宙を突き抜けたのはその後と考えられます。
では一人になったパーフェクトマンはいったん『無』に飛び出し、また『宇宙』へ戻ったことになります。
それが可能なパーフェクトマンのエネルギー体としての構造とはどんなものでしょう?
おそらく特異点の一点を中心=支点とした帯状にカーブした紐になっているのではないでしょうか?
カーブした紐が中心から勢いを得れば、回転するでしょう?
パーフェクトマンのエネルギー連続体はそうして特異点=宇宙に所属しながら『無』に突き出て回転しながら『無』のエネルギーを取り込んだのではないでしょうか?
『無』のエネルギーを取り込んだパーフェクトマンは再び特異点から宇宙に戻り、
エネルギーの固まりである未分化の宇宙にさらにエネルギーの飽和状態をもたらして『複数同時の』ビッグバンを引き起こし、
ビッグバンの勢いでさらに自分を回転させ、
中心の『元の宇宙』から自らの結合を解くことで『その他の宇宙』を道連れに外の『無』に飛び出し、
紐状に連なった多数の宇宙は、ブーメランの要領で回転を続け、次々に引きちぎれて独立した宇宙として『無』に散っていき、
それぞれの宇宙は超光速回転によってドーナツ状に変形し、『無』に突起したパーフェクトマンの残骸から『エネルギー』を取り込み、やがて球状に安定し、取り込んだエネルギーを『パーフェクトマン分の質量』として『元の宇宙』のコピーを完了させます」
うにゃうにゃうにゃ。
全然解りません。
「これを『超紐理論』と呼びます」
クリステルが大統領に「嘘です」と耳打ちしました。クラリスは聞こえているくせに知らんぷりでとぼけています。
クラリスの『言っていること』は理解しているであろうベニオが疑問点を追及します。
「まず『複数同時のビッグバン』というのは可能でしょうか?
エネルギーというのはエネルギー同士で互いを分け隔てることは出来るのでしょうか?
取り込んだエネルギー分の一つの巨大なウルトラビッグバンが起こりそうなものですが?」
えーと・・とクラリスは考えながら言います。本人の理解もかなり怪しいようです。
「起爆点を同時に爆破させれば互いの爆発力で勝手に縄張りを作って互いを押しのけるでしょう?」
なんだか途端に説明が安っぽくなったような気がします。
「では、新しく出来た『宇宙たち』にパーフェクトマンの情報は取り込まれているのでしょうか?
説明ではパーフェクトマンのエネルギー連続体は半分半分半分と千切れていき、含まれていた情報たちは皆細切れになっているように思うのですが?」
えーと・・とクラリスの説明はますます怪しくなっていきます。
「えーと・・・・・
いいんじゃない?
だってえ、宇宙は光速で、パーフェクトマンは超光速なのよ?
瞬間的に宇宙のエネルギーに自分の情報を伝えて自分の分身を作り出すんじゃない?」
「では、分離した宇宙が『無』に突起を突きだして取り込むエネルギーとパーフェクトマン自身が同一である必要もないと?」
「え? えーと・・・・
そうそう! その通り!
あ、そーだ、
『クローン』の話は覚えている?
未分化の万能細胞は遺伝子を入れてやれば何にだって変身できるんだから、えーと・・、ま、そういうことよ」
クラリスは一人で納得してうんうんと腕を組み、
「でしょ?」
と恐い目でベニオを睨みました。『もう訊くな!』と言うことでしょう。
「はいはい」
とベニオも勘弁してやることにしました。
「で、パーフェクトマンは一度にどれくらいの宇宙を生み出せるのです?」
「さあ? いくらでもできるんじゃない? なにしろエネルギー源は『無限』なんだから」
はいはい。そういうことにしておきましょうね。
「それではそもそもの問題に戻って、
パーフェクトマン=神はどのような宇宙を生み出すのです?」
クラリスは嫌な質問が終わってほっとしたように笑顔で言いました。
「そうです。それが本題です。
そもそもパーフェクトマンは何を求めていたのかと言うと
『未知』
です。
しかしどんな宇宙を作っても結果は分かっています。
また新たな自分『パーフェクトマン』が生まれて、宇宙を脱出し、宇宙を時間的に閉じてしまうことになります。
またそうしなければ次の宇宙の可能性が途切れてしまいます。
では、新しい宇宙に何を求めるかというと、
『結果』
ではなく、
『途中』の道筋、
すなわち、
『生まれてから死ぬまで、どのような人生を送るか?』
ということです」
はあ・・・・
それはまたなんとも・・
「なんと言うか、・・・・・・・・ふつう、ですねえ・・」
ですねえー、とクラリスも楽しそうな笑顔で頷きました。
「でも愉快じゃありません?
究極を極めた『完全なる人』が、けっきょく普通の人間と同じように『人生いかに生きるべきか?』を望むなんて?」
ねえ〜?
だったらそんな壮大な面倒なことしないで、「ふつーに」生きたらいいじゃないですか?
何ともはや、ご苦労様なことです。
「何を言っているんですか?」
クラリスは楽しそうにニコニコ笑いながらクララをたしなめました。
「神様は、あなたがた人間の望みを叶えるためにそんな大層な面倒をして宇宙を再生させてくださっているんじゃないですか?」
はあ? わたしたちの望みを叶えるため?
ベニオがなるほどと頷きながら言います。
「それがつまり、
『if=もしも』の世界
なのですね?」
クラリスはニッコリ「ハイ」と言いました。
ああ、なるほど・・・。
クラリスが説明を続けます。
「パーフェクトマンは何も知らない無垢な子どもに戻って人生をやり直したい、楽しみたいと願うでしょう。
しかし一方『神』である自分には成さねばならぬ義務もあります。言うまでもなく新しい自分を再生し、次の宇宙を誕生させることです。
説明したように『次の宇宙』を作る作業はひたすら長い時間を孤独に過ごさなければなりません。
宇宙そのものである自分が『一人』に統合されるまでの不完全な、混沌とした『無数の個人』である時代こそが無邪気で、発見と驚きに満ちた『子ども時代』なのです」
ああ、そういえば女神クラリスは子どもが大好きだったんですねえー。
「パーフェクトマンはその幸福な子ども時代を再び味わいたいと願います。
しかし『思い出』をそのまま辿るのではつまりません。
無知で未熟な人間が様々な悲劇と不幸を生み出すのも、もう十分解っていますね?
パーフェクトマンは考えます、
どうやったら無邪気な子ども時代を楽しみつつ、
平和で喜びに満ちた素晴らしい人生を送ることが出来るか?
そこで導き出した答えが、
直接人々の『願い』を聞くことです」
クラリスは優しい目でクララを見つめて言います。
「あなたはわたしが殺されたとき、心の底から悲痛な叫び声を上げてくれましたね?」
ああ・・・。
あまり思い出したくありませんが、あの時は自分でもどうしてしまったのか、すっかり自分というものが壊れてしまって、ひたすらこの目の前の現実が、嫌で、嫌で、嫌で、たまらず、絶対に認めたくない思いだったのだろうと思います。
「あなたがこんな現実は嫌だ、間違っている!、と強く思ってくれたことが、わたしにどれだけ力を与えてくれたか分かりません。
あらためてお礼を言わせてください、
ありがとう」
「いえ、そんな・・」
照れるとかなんとかじゃなく・・、今でもなんだか自分ですっきりしません。
「あなたがあれほど取り乱したのは、お兄さんのことがあったからでしょう」
「お兄様の?」
クラリスは頷きます。
「お兄さんがケガをして、あなたはひどく心配したはずです。テレビやラジオ、新聞で、戦争の状況を知りひどく心を痛めていました。実際友人の中に身近な人を亡くされた人もいて、死は情報としてあなたの周りに溢れていました。
あなたは身近な人が亡くなる恐怖、自分たちが殺される恐怖にずうっと怯えていました」
確かに・・。
「しかし幸い直接死に触れることはなく、戦争が終わり、ほっとすると同時に失われていった命に対してひどく悲しみを感じ、こんなことはもう絶対に嫌だ!、と強く思っていたはずです」
そう・・でしょうねえ・・。
「しかもあなたはお母さんがドイツ系で、ドイツ人のおじさんと幼い頃から親しくしていて、戦争の原因や責任に対して他の同胞のように単純には考えられなかったはずです」
・・・・・・・。
「あなたはとても優しい正しい心を持った人です。
わたしはあなたが大好きです」
クラリスの優しい微笑みにクララも思わず微笑みました。
でも、なんとなく、ちょっと悲しいです。
クラリスが気持ちを切り替えるようにきっぱりと言いました。
「わたしがあなたの宇宙の神なら真っ先にあなたの願いを叶えて上げるでしょう!」
え?
「あなたは願ったでしょう?
もし、
こんな戦争がなかったら、
と」
・・・・・・・・・・・・。
「叶えて・・もらえるんですか?・・」
クラリスはちょっぴり申し訳なさそうに、
「次の宇宙では、もしかしたら、ね」
そっか・・、そういうことなんだ・・・・
「そういうことです。
神の『全知』とは宇宙の終焉から誕生へさかのぼった『過去』を全て知っている、ということであり、
神の『全能』とは新たに作った宇宙で自分の願う『もし』を実現することが出来る、ということであり、
言うなれば、
神は一度作ってしまった現在の宇宙に対しては一切無力なのです」
神が無力・・・。
それは、一番聞きたくなかった言葉かも知れません。
「そうですね。神を信じる者にとってはショッキングな事実でしょう。
実際『神』は新たに作ってしまった宇宙でいくつもの失敗を犯しています。
そもそもあなたの世界の戦争もそうであり、
ロベルトさんの世界の戦争の結果もそうであり、
しかし神はそれを意地悪でそう仕向けたわけではなく、
前の宇宙で人々の『ああ、もし、こうであったなら・・』という切なる願いを新たな宇宙に反映させてやった結果であり、
言うなれば、
あなた方人間が願ったことなのです」
あの戦争が!?
「そうです。何故そうなってしまったのかは、
・・・もう分かったでしょう?」
そうですね。もう十分です。
クラリスもため息をついて言います。
「その結果に一番がっかりしているのは他でもない神自身でしょう。ああ、また自分は幸福な人生を送ることが出来なかった、と・・」
・・・。ごめんなさい。
でも・・、
「じゃあわたしたちが生きているのって、神様の人生のためなんですか?」
そりゃあ神への奉仕は敬虔な信者の美徳ではありますけれど・・・、そういうつもりじゃあ、ないもの、ねえ?
「ですから、神とあなた方人間はすべて一心同体なんですから、神の人生とは他でもないあなた方自身の人生なんですよ?」
そう言われてもねえ〜、なんかピンと来ません。
「ではですねえ、
宇宙をシュバルツシルト球の表面ゼロ空間に堆積させた超巨大ブラックホールに最後の最後に引き込まれたパーフェクトマンは、内と外から同時に取り込まれ、最後の自分が消えると同時に宇宙は消滅し、宇宙と融合し、シュバルツシルト球の内部で『反物質の宇宙』に変質して超光速でブラックホール中心の物理の特異点に収縮します。
ここまではいいですね?」
あー・・、いいです。と思ったらベニオが質問します。
「パーフェクトマンが宇宙と完全に融合しているなら、そのパーフェクトマンが『無』に飛び出したら宇宙もいっしょに消えちゃうんじゃないでしょうか?」
えーと・・、そうなの?
「ですから『時間』を閉じて宇宙を保存する必要があるのですね。ま、『無』にあっては時間はなく、全ての宇宙は時間的に並列ですからどっちでもいいんですけれどね」
えーと、いいのよねえ? とクラリス自身考えを確かめています。
「えーと・・、そうよねえ? でないと最初から『無』に宇宙は存在しないことになっちゃうものねえ・・・」
おいおい、怪しいなあー。
「ま、とにかくですねえ、
宇宙と一体化したパーフェクトマンは、宇宙の全てを『体験』したことになり、その『体験』にはもちろんすべての人間の人生も含まれます」
えっ!? と言うことは?
「わたしのも?」
「そうですよ」
神との一体化!
と言うか一方的に体験されちゃうんでしょうけれど、なんか嬉しいです。
・・いやいや、申し訳ないですが、パーフェクトマンって宇宙に浮かぶ「あれ」なんですよねえ?・・・
やっぱりちょっとヤダ。
「こらこら、神様に向かってなんてことを考えているんです?」
クラリスに叱られましたが、目がニヤニヤ笑っています。
「だって神様は全知=なんでも知っているって言うのは、そう言うことでしょう?」
ウ〜ム・・、神様に隠し事が出来ないって言うのはそう言うことか・・。あんなことやこんなことや、みんな知られちゃってるんだあ?
「神となったパーフェクトマンは死の瞬間自分=宇宙の人生を振り返り、様々な後悔と共に、今度はどんな『人生』を送りたいか考えます。
この時参考にするのが、様々な人間たちが考え、思った、
『if=もしもこうだったら』と言う願いです」
ようやく話がつながりました。
「神はそれらの中から次の宇宙に採用する『願い』をいくつか選択します。
もしクララさんが強く『絶対にこんな戦争は起こって欲しくない!』と願えば、神の作る次の世界では戦争は起きないかも知れません」
どうです?とクラリスに目を覗き込まれました。
「でもそれはわたし自身の世界には何の影響もないんですよね?」
「そうです」
「でも、それでも・・」
もし自分に関係なくてもこんな悲惨な戦争のない世界が実現されるのなら、それはやっぱり・・
「嬉しい・・です」
クラリスはニッコリ笑ってくれました。
「あなたはよい心を持っていますね」
褒められて、クララもニッコリ、今度はすっきりした気分で笑えました。
しかし、とクラリスは表情を引き締めて言います。
「願って、神がその通りの世界を作ってくれても、それで平和で幸福な世界が実現できるわけではない、と言うのも、もう分かっていますよね?」
はい。さんざん繰り返して言われてきたことです。
「ま、と言うように、
神はいくつかの『もしも』を選び、新しく作った複数の宇宙にそれぞれ当てはめていきます。
その『時』まで時間をコピーし、
『もしも』が実現されるようにちょっぴりだけエネルギーの方向をコントロールしてやります。
新しく宇宙を作る際に『どういう世界を作るか?』という点で神は『全能』なのです」
で、その後はすっかり『無能』になってしまうんですね。
「無能ではありませんよ」
クララの心を見透かしてクラリスが「めっ」と注意します。
「しつこいですけれどねえ、あなた方人間がそもそも神の一部なんですよ? 正しい心を持って平和で幸福な世界を作ろうと努力すれば、それが神の力となるのです。
それともなんですか?」
クラリスが意地悪な目になって問います。
「最初から人間なんてたった一人きりで、最初っから全知全能のパーフェクトマンとして生まれた方がいいですか? 確かにその方が世界は完璧に平和で幸福ですよ」
いえ、それは・・
「ご遠慮させていただきます」
あのパーフェクトマンのビジュアルはどうしても・・。それにクララは自分が全知全能の神になりたいとはまったく思いません。それに完璧な人格にクララの人格が入り込む余地などまったくないでしょう。
クララは今のクララのままでいたいです。
「そうです。それが神自身の『願い』でもあります」
あ・・・
ちょっと思い付きました。
完全を求めて一つの個に集約されていった神の願いは、不完全でバラバラの多数の個性になることだったのです。
クラリスが問います。
「神と言う名の宇宙の一生の中で、どの時代が一番幸せであるか、分かるでしょう?」
分かります。
が、人間の求める『時代』の流れを押しとどめることは、きっと、出来ないでしょう。
「神は不幸ですねえー・・」
クラリスがしみじみと言いました。
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