第6話 歓迎の演舞
円屋根の前は広場になっていてたくさんの人々が集まっていました。何人かが白い大きな翼を広げて降りてきたクララに気付いて周りの者たちに空を指さして教え、すぐに広場中の人々が空を見上げて驚き騒ぎ出しました。
クララは注目を一身に集めて、まあどうしましょう、と羽ばたきながら広場を一周して、やっぱり主役らしく堂々と前方の丸い大舞台に降り立ちました。後方の半分に丸く古代ギリシャ様式の白い柱が十ほど立ってそれぞれに灯火が掲げられています。広場を振り返るとやはり白い柱が幾本も整然と並び明かりが灯されています。電気の明かりはないようです。それほど強くない明かりが遠くの方は黒い闇にポツポツ小さく浮かんで、それが時折ちらちら瞬くのがなんとも幻想的です。
クララがポーッとこの光景に見とれながら羽根を折り畳むとスッと背中に消えていきました。
「女神様・・・じゃないよなあ?」
「魔女じゃあるまいな?」
「女神様にお仕えする天使様かしら?」
人々が口々に言って好奇の目をじっとクララに集中させています。クララは困って舞台を見渡しました。舞台上には何人か女の人が立っています。白いゆったりした衣にきっちりした赤いチョッキを着込み、手に何やら儀式に使うようなくねくね曲がった剣とも盾とも楽器とも思えるような金の装飾品を持った女官風の女性たちが数人、緑と黄色の中世風のドレスを着た女性が一人、そして赤と金の宮廷の衛士風の女性二名に守られるようにして冠を戴いた濃い茶に豪華に金糸を施した見るからに身分の高いかっこうの美しい若い女性。
クララはこの絶対に一番偉いと思われる女王様を向いて足を前に出しました。すると女王様はひっと悲鳴を上げて衛士の後ろに隠れ、女王様に背中を押された若い衛士二人もあたふたして、もう一人の落ち着いたドレスの女性に助けを求める視線を向けました。この中で一番年上らしく見える、と言ってもまだ二十五六歳くらいのドレスの女性は仲間のうろたえぶりに困ったものだと苦笑いして、立ち止まってしまったクララの方へ歩いてきました。
女性は優しい笑顔で尋ねました。
「失礼いたしました。空から現れた翼をお持ちのあなたはどなた様でしょう?」
「わたしは・・・」
魔法の夢の国でなんと自己紹介したらよいのでしょう? 見たところみんな小さな背もしていませんし緑や青と言った奇抜な髪の色もしていません。クララと同じ普通の人間です。それでクララも
「クララです」
とふつうに名乗ってちょこんとお辞儀しました。
「まあ! すると、」
女性は手を胸の前で合わせて嬉しそうに笑顔を弾けさせました。
「あなたがもう一人の勇者さま?」
は?とクララは思いました。
勇者さまって、なに?
「クララさん!」
柱の向こうの方から聞き覚えのある声が呼びかけました。
人形王子のプリンシバルトです。
「クララさん!」
「ああ、王子様!」
舞台に駆け上がってきた王子にクララも駆け寄って抱きつきました。
「ああ、良かった。わたしちゃんとあなたの国に来られていたのね」
「ああ、良かった良かった。どこかとんでもないところに流されてしまったんじゃないかと思ってどうしたらいいのかすごく心配したんですよ」
王子も良かった良かったと無事な様子を確かめるようにしっかりクララを抱きしめました。
コロンビーヌとピエロも後から上がってきて、泣きそうな笑顔を浮かべるコロンビーヌにクララはまた抱きつきました。
「ああ、良かった。あなたたちも無事だったのね」
「ええ、なんとか。ああ、良かったわ。クララさんはどうやってここにたどり着けたんです?」
「金色の天使様に助けていただいたの。魔法で翼をいただいて、空から降りてきたのよ!」
「金色の天使様?」
「ええ、とっても綺麗な方だったわ!」
「それはもしかして・・」
「女神様!」
と若い素っ頓狂な声を上げたのは臆病な女王様。女王様は隠れていた衛士の背中を押しのけ前に出るとコロンビーヌの間に割って入って両手でしっかりクララの手を握って弾むように言いました。
「まあ、素晴らしいわ! 女神様にお会いしただなんて、ああ、やっぱりあなたが勇者さまでしたのね! ええ、きっとそうだろうと思っていましたわ!」
クララはこの目をキラキラさせた若い女王様を見て、本当にこの人は女王様なのかしらと疑問に思いました。
疑問と言えば、
「ねえ、」
とこの頼りになりそうもない女王様の肩越しにコロンビーヌを見て、
「その勇者さまってなんなの?」
と尋ねました。夢の世界にご招待されたはずなのに、なんだか雲行きの怪しさを感じます。
「えー、クララさん」
舞台の上で一人だけまともに冷静そうなドレスの女性が親しみのこもった、デパートの案内嬢のような、笑顔を浮かべて呼びかけました。
「それにつきましては後ほどご説明いたします。どうぞご心配なさらずに、あなたは選ばれたたいへん幸運なお方なのです! まずは私どもにあなた様への歓迎の気持ちを示させてくださいませ」
案内嬢の女性はコロンビーヌに目配せし、コロンビーヌも承知しましたとクララに舞台の下を示しました。広場側、舞台を降りたところに貴賓席と言った感じで横に長い立派なテーブルが置かれ、そこにすでに二人の人物が間をたっぷり取って席に着いていました。若い男性とまだ幼い女の子です。クララはその中間に立って、ちらっと女の子の方を見るとコロンビーヌは自然とクララをそちら側に案内し、女の子のとなりの席に着かせました。コロンビーヌもクララのとなりの席に着き、王子もフンフンと鼻歌を歌いそうな上機嫌でそのまたとなりに座り、席のなくなったピエロは仕方なく反対の男性のとなりの席に着きました。
案内嬢の女性が広場の民衆に向かってよく通る艶やかな声で言いました。
「皆さまお待たせいたしました。これより勇者さま歓迎の宴を開会いたしたいと思います」
わー、と拍手がわき起こりました。
「それでは最初に女王陛下より開会のご挨拶を賜りたく存じます。くるみ国第四五〇代国王オーロラ十五世陛下」
あの瞳のキラキラしたキャンディーのように甘ったるい顔の若い女王様がニコニコ国民に手を振りながら前に出ました。クララはやっぱりこの人がこの国の女王様なのかしらと正直なところちょっぴりがっかりしました。
「えー、みなさま・・」
と声を出したところ、後ろの方から「聞こえないよー」と遠慮のない子どものヤジが飛んできました。クララは女王様に対してなんて口をきくのかしらとびっくりしましたが、当の女王様がまたすっかりおろおろしてしまって、なるほどこれじゃあ子どもになめられるのもしょうがないかと思いました。今度は若い男の声が「オーロラ陛下、がんばって!」と飛んできて、広場がドッと笑いにどよめきました。国民に愛されているのかバカにされているのかよく分かりません。
案内嬢が、驚いたことに、長いコードの続いたマイクスタンドを持ってきました。女王様がマイクに向かって「えー、みなさま」と言い直すと一番外の柱に取り付けられたスピーカーから『えー、みなさま』と大きな声が響いて女王様はほっと笑顔になりました。ちゃんと電気もあるようです。
『えー、みなさま、今年も無事勇者さまをお迎えすることができました。我がくるみ国の偉大な女神様に感謝を込めて、お迎えした勇者さま方に歓迎の気持ちを込めて、年納め感謝祭を開始いたしましょう!
・・まあ、とは言いましても今年はお祭りは今日一日限りです。明日からの年末休みもありません。ああ、わたくしは三十日のカラオケ大会で「ハード・デイズ・ナイト」を歌うのをそれはそれは楽しみにしていたのに、それも取りやめだなんて、ああ、許せないわ! もうー信じらんない! 完全最低!って感じ。明日も働かなくちゃならないなんてゼッタイやだー!』
クララがコロンビーヌに「ハード・デイズ・ナイト」って何?と訊くと、人気歌手のヒット曲ですわ、と耳元に教えてくれました。それにしてもこの思いっきり教養のなさそうな今時の娘言葉はなんなんでしょう? クララはくるみ国の文化レベルの低さに頭が痛くなる思いがしました。なんだかよく分かりませんが女王様の恨み節はマイクなんてもういらない勢いでガンガンと広場に向かって投げかけられ、民衆からも「そうだそうだ!」「休ませろ!」「祭りを返せ!」と賛同の怒号が返ってきました。
『そうよね、みんなー。もうっ、さいってい! それもこれもみーんなあのバカ娘のせいよ!』
とうとうバカなんてお下品な言葉が飛びだして、案内嬢が慌てて女王様からマイクを奪い取り、
『以上、女王陛下の開会のお言葉でした』
と、無理やり締めてしまいました。女王陛下はすっかり頭に血が上ってしまっているようで、まだまだ言い足りないのを侍女二人に肘を取られて下がらされていきました。
「えー、それでは」
と案内嬢はマイクを横にどかして広場に向かって落ち着いたよく通る声で呼びかけました。この人がしゃべると民衆もおとなしく耳を傾けるようで、こちらの方がよっぽど女王様らしく感じられます。四五〇代なんて言うとんでもない長さの王室ですからすっかり王の血が薄まってあんなおバカな女王様が生まれてしまったのでしょう。それにしてもせっかくマイクがあるのになんでこの人はわざわざマイクを放してしゃべるのでしょう? 何か儀礼的な意味合いがあるのでしょうか?
「続きまして、みなさまお待ちかねのあの方の登場です」
ピューピューと盛大に口笛が飛びました。その人気歌手でも出てくるのでしょうか? たしなめるような咳払いも聞こえてきます。
「ピエトロ・コンチャロフスキー作曲バレエ組曲『眠れる森の美女』、ハルバラ・ド・パラヤン指揮クイーン・フィルハーモニー・オーケストラ、クイーン・フェスティバル・バレエ団、ソリストはニーナ・アラニア、アレクサンドラ・ミラノ、モーリス・プッチー、そしてシルヴィ・ロザーティー!」
最後の名前が呼ばれたとき広場に割れんばかりの拍手が鳴り響き、耳が痛いほどでした。ものすごい人気です。
半円に並ぶギリシャ式柱にスルスル青い幕が下りてきて、円形の舞台の前方四分の一ほどが床が奥に収納され下から大編成のオーケストラが現れました。軽く音合わせが行われ、指揮者のパラヤン氏がこちらを向いて挨拶するとようやく落ち着いた拍手が送られました。
パラヤン氏がオーケストラに向き直り序曲が始まりました。ピエトロ・コンチャロフスキーなんて言うへんてこりんな名前ですがこの甘くロマンチックで流麗な音楽は間違いなくチャイコフスキーのものです。ただどことなく部分的にちょっと違っているところがあるようなないような、かすかな違和感がないわけでもありません。
あのはちゃめちゃな女王陛下が侍女を従えて舞台袖からやってきて、クララたちの後ろにもう一つあるテーブルに着きました。クララは上から見下ろしたとき、舞台から広場を見たとき、何か変な感じがしたのですが、それは広場の後方が徐々に上がってゆるい階段状になっているせいでした。きっとこの舞台を見るためで、この広場はそういう目的で設計されているのでしょう。
舞台にいよいよバレリーナたちが現れました。宮廷衣装を着てお姫様の命名式のようです。美しい淡い青紫のチュチュのバレリーナが四人のバレリーナを率いて現れ、大きな拍手が起こりました。クララはこれがリラの精に違いないと思いました。妖精の数が少ないのはこれが組曲版でダイジェストだからでしょう。大きな拍手ですが先ほどの熱狂的な感じとは違います。ではオーロラ姫役がその大人気のプリマでしょうか?
四人の妖精が赤ん坊のお姫様に口づけと共に贈り物をしていき、さて最後にリラの精が贈り物をしようとすると意地悪な醜い老婆の妖精が現れて死の呪いを掛けるのですが・・・
ドコドコドコドコドン!
おどろおどろしい太鼓の音が打ち鳴らされ邪悪な妖精が現れると・・
キャーとかオーとかものすごい声がわき起こって怒濤のように凄まじい拍手が爆発しました。
これが、そのプリマでしょうか?
黒い地に銀糸の豪華な刺繍を施したチュチュ。頭には角のような形の銀の冠を豊かな黒髪で巻き込んだ、そのプリマは、褐色の肌、黒人のバレリーナでした。
クララは黒人のバレリーナなんて見たことも聞いたこともありませんでした。邪悪な醜い妖精だから黒人が演じているのかとも思いましたが、この出で立ちはどう見てもリラの精より堂々として美しく、ぜんぜん醜い老婆じゃありません。美しく、威風堂々と冷たいほどに綺麗で、まさに闇の女王です。
闇の女王とリラの精はお姫様を間に挟んで呪いと守護の魔法合戦を繰り広げるのですが、手足の長い黒人プリマのその踊りのかっこいいこと! 古典的なバレエと言うよりもっと大胆で切れが鋭く、ミュージカルの舞台のようです。観客のちょっとお行儀の悪い熱狂ぶりも肯けるものです。
さて成長したオーロラ姫と王子様が登場してデュエットで踊り、大きな拍手と「モーリスさまーっ」と若い女性の華やいだ声援が送られこれまた大した人気でしたが、先ほどの黒人プリマほどではありませんでした。と思っていたらまたリラの精が現れてオーロラ姫と踊り出して、展開がよく分かりません。さらにまた黒人プリマが今度は落ち着いたベージュのチュチュで現れて、どうやら娘に化けてオーロラ姫に近づく作戦のようで、だんだんクララの知っている「眠れる森の美女」のお話からずれていっています。娘の姿で出てきてもやっぱりこのプリマがダントツの一番人気で、かわいらしくオーロラ姫を称える踊りを踊ったり、王子様を誘惑する悩ましい踊りを踊ったりしています。なんだかお話までこの人が主役のようです。
この黒人プリマはとにかくすごい美人です。黒人ですが肌の色は淡い茶に近く、鼻筋は高くすっきり通り、唇は引き締まり、大きな目が深い二重瞼に縁取られとても情が深そうに感じます。眉がきりりと太めで、細い顔に顎が小さく尖り、髪の量がとにかく多く、混血なのではと思われます。
クララは、ああそうか、この人はクレオパトラなんだわ、と思いました。歴史に名高い絶世の美女。そのエジプトの伝説的女王もかくやと思わせる高貴な美女ぶりです。
広場を見たときに、もう一つ感じたことがありました。人種的な混沌です。ヨーロッパ系の白人、東のスラブ人、中央のアラブ人、アフリカの黒人、そしてアジア人まで。みんなごっちゃになって、ほとんどが混血のような、クララにとってはどこかつかみ所のないオリエンタルなあやふやな感じがしたのでした。女王様にもどこかちょっと東洋の血が流れているように感じましたし、バックの女官たちの中にはやはり肌の黒い人がいました。
そして、クララはついチラリととなりを見てしまいます。どうやら自分と同じく「勇者さま」に祭り上げられているような十歳くらいの少女、彼女もまた浅黒い肌をした東洋人なのでした。
舞台をじっと見ていた横顔がクララの視線を捕らえてこちらを見ました。一重の切れ長の目、真っ黒な大きな瞳、お人形のような小さな唇。見つめられるとこの国の誰に見られるよりドキドキ緊張します。
少女は優しくニコリと微笑みました。
「面白いわね」
少女はまるでクララも舞台の登場人物のように好奇心旺盛に見つめて、また舞台に戻り熱心に見始めました。
クララはほっとしました。年下の少女が自分よりはるかに堂々として賢そうで、でも何を考えているのかよく分からず、やっぱり東洋人ってちょっと恐いわと思いました。
とにかく言葉だけは通じるようです。自分は英語をしゃべっているつもりですが、夢の国なのでもしかしたら勝手に夢の国の言葉をしゃべっているのかもしれません。
クララも舞台に意識を集中しました。
闇の女王が正体を現し、オーロラ姫が呪いの眠りにつき、女王の手下らしい真っ黒なイバラの妖精たちが現れてリラの精に取り付き、リラの精も恐ろしいイバラの精に変身してオーロラ姫を守って王子様まで遠ざけてしまいます。もうずいぶん違った展開になっています。
クララの後ろから案内嬢が「どうぞ」と飲み物のグラスを出してくれました。ありがとうと礼を言ってストローをすすると、クリーム状の甘く、香辛料の利いた複雑な味覚が刺激的な、味わったことのないおいしい飲み物でびっくりしました。クララの様子にとなりの少女にもグラスを配っていた案内嬢も満足そうに微笑み、ついでに後ろを見ると女王様は口に当てたハンカチを噛みしめて目を溶け落ちそうにウルウルさせて舞台に釘付けになっています。観客ももう静まり返って舞台に集中し、自分の知っているお話とずいぶん違うクララにはどうもこの国の人たちのこの思い入れの深さは理解できません。
リラの精はイバラの森に眠るオーロラ姫と共に閉じこもり、王子様は悲嘆にくれ、女王と対決して命を落とします。すると死した王子の体からもう一人の別の王子が現れ、なぜか女王と愛の踊りを踊って女王は改心して姫への仕打ちを後悔します。女王は抵抗するリラの精からイバラどもを自分の元へ取り戻し、新しく生まれた王子は元の王子に自分の命を返して死に、復活した王子はオーロラ姫に口づけして目覚めさせます。喜びの踊りが踊られる一方、恋人の亡骸を抱いた女王は今度は自分がイバラの中に閉じこもりますが、奇跡が起き、イバラは美しい花を咲かせ、恋人は目覚め、女王は歓喜の涙を流して抱きしめ、フィナーレが鳴り響きます。
ブラボーブラボーの声が飛び交い、轟くような拍手が鳴り響き、四人のプリマ始め出演者が並んで挨拶すると拍手はさらに大きくなり、他のプリマたちから押される形で女王役の黒人プリマが前に出ると音が響き合って巨大に波打って耳を痛く圧するほどで、もう拍手だかなんだか分かりません。自分の知っている「眠れる森の美女」に愛着のあるクララはまるで映画みたいな展開のこの舞台に「なんだかなー・・」と今ひとつ乗り切れない思いがしていましたが、コロンビーヌも人形王子も、となりの東洋の少女も大喜びで拍手を送っていて、自分一人取り残されたような気分になってしまいました。でもそんなクララもこの素晴らしい黒人プリマ、シルヴィのファンにはしっかりなっていました。シルヴィもこの熱狂的な拍手にいたく感激したようで、顔いっぱいに笑顔を浮かべ、口にお礼の言葉を言って深々お辞儀をしました。
「これはね」
いつの間にかまた案内嬢が立ち上がって拍手を送るクララの後ろにやってきていて周りの音に負けないように耳に口を当てて言いました。
「我がくるみ国をお守りくださる女神様の誕生の物語なのですよ」
「えっ、それじゃあ」
クララも周りに負けじと案内嬢の耳に口を当てて訊きました。
「もしかして女神様ってあの邪悪な妖精のことなの?」
「ええ、かつて史上最強と恐れられた黒魔女が愛の力で改心して女神となったのがわたしたちの慕う守護神カラベラス様です。そしてあれが」
案内嬢は舞台の上空を指さしました。
いつからあったのか赤い火の玉がゆらゆら揺れています。
「カラベラス様の娘、火の魔女クラリスです」
火の玉はゆっくり降りてきて、広場の観客たちはパチリパチリと拍手を打つ手を止めて黙り込み、舞台の上のバレリーナたちはさーっと幕の後ろに避難し、オーケストラは急いで楽器をしまって元通り舞台の床の下に消えていきました。
舞台の上まで降りてきた火の玉はパアッと火の粉をまき散らして大きく広がり、鳥の形になると、翼を下ろしていき、炎の眩しい輝きが静まり、赤いマントを羽織った人の姿となりました。
真っ赤な波打つ髪、真っ赤な瞳をした女神の娘、魔女クラリスは、人間たちを見渡し、意地悪そうにニヤリと真っ赤な唇を歪めました。
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