第68話 現代の問題・戦争
*作者より
この章では第二次世界大戦から現代に至る歴史と社会の問題点に触れていますが、明らかに個人的な偏見に満ちた歴史観社会観が展開されます。事実認識に誤りがあろうことは予想されますが、問題提起として敢えて目をつぶっていただきたく思います。この章を語る目的は第70話でクラリスが語る戦争観にあります。しかしこれも人によって考え方は様々でありましょうから不愉快に思われる方はどうぞこの章を飛ばしてくださってけっこうです。物語本編には特に関わりのない内容です。
クラリスに指を突きつけられ固まって動けないロベルトに代わってまず教皇が質問しました。
「地獄とは、どういうことです? 死滅した世界が地獄なのではないですか? 彼はそこから生まれ変わってきたのですか?」
「地獄にもいろいろあるんです」
ベニオが次の質問をしました。
「前世で悪いことをしたから地獄の世界に生まれ変わったのですか? そう言う考え方はどうでしょう? それでは現世の不幸はみんな前世の悪い行いのせいにされて、例えば、生まれながらに厳しい身分階級を与える宗教がありますね? 生まれながらに身分差を付けて終生差別するなどわたしは嫌いです。そう言う思想を正しいと言うのですか?」
「まあ、ある意味ね。
待った。
まず彼がどういう世界から来たのか具体的に説明しましょう。
まず、ロベルト。あなたに教えてあげましょう。あなたの世界とクララさんの世界はよく似ています。世界が過去の一点で別々の結果を生じてそれによって別々の時間世界に分かれるというのは聞きましたね? あなたの世界とクララさんの世界が分かれたのはごく最近です。つまり、第二次世界大戦で枢軸側が勝ったか、連合側が勝ったか、と言う点です。あなたの世界ではドイツ、日本の枢軸側が勝ちました。クララさんの世界ではあなた方アメリカ、イギリスの連合側が勝ちました」
ロベルトは信じられない顔でクララを見ました。
「更に言えば、クララさんの世界で原爆を落とされたのはアメリカではありません、あなた方アメリカが、日本の二都市に原爆を落としたのです」
「そんな馬鹿な!」
ロベルトは悲痛に叫びました。
「嘘だ! アメリカが勝ったのはともかく、アメリカがあんな悪魔の兵器を実際に使うものか!」
しかし、言ってからロベルトは考えました。
「いや、待てよ、そうだ、そうだよ! その通りなんだ! もともと日本なんかに原爆を作る技術なんてなかったんだ!みんなあのアインシュタインの裏切り者が日本に技術を漏らしたせいなんだ! 本当ならアメリカが先に開発して日本に落として、それで日本にとどめを刺していたはずなんだ! そうかそうか、そうなんだよ! アハハハハ、ざまあ見ろジャップめ! そうだ、それが本当の正義の歴史なんだ!」
大笑いするロベルトを日本共和国ヤマトのベニオはしらっと冷たい目で見ています。
「ちっくしょう、何故だ? 誰なんだ?そんな悪魔の歴史を作りやがったのは? 俺たちの世界は神様が作ったものじゃない、悪魔が作ったんだ! 俺たちの世界を支配しているのは神様じゃない、悪魔なんだ! ちくしょう、ちくしょう」
クラリスもベニオと同じ目をして言いました。
「では詳しく教えてあげましょう。
歴史の分岐点は日本が国連を脱退しなかった点です」
国連。国際連盟。第一次世界大戦後、世界平和を目指した国際的な機関ですが、肝心の提唱国アメリカは参加せず、けっきょくこの第二次大戦でも役割を果たすことは出来ませんでした。クララの世界では日本は1933年に脱退。39年に事実上解散しています。
「日本は中国への侵略行為を非難され自発的に国連を脱退、その後中国戦争、太平洋戦争への道をひた走ることになるのですが、ロベルトの世界では日本は国連を脱退しませんでした。そうですね?」
ロベルトは頷きました。頷いて、なんだか変な顔をしています。
「なんで自分がそんな細かいことを知っているか不思議ですか? わたしがあなたの頭にあなたの世界の歴史的知識を流してあげているのです」
「だったらいちいち俺に確認しなくたっていいじゃないか?」
「あなたに自分の世界の歴史を確認させているのです」
クララも慌てて自分の歴史的知識を確認しました。クラリスに怒られたくありません。
「日本は国連の勧告決議を受け入れ占領していた満州を中華民国に返還しました。
ここで第二次世界大戦へと至る国際情勢を確認してみましょう。
そもそもことの起こりはブラックサンデー、アメリカはニューヨーク、ウォール街における株価大暴落でした。アメリカは第一次世界大戦後突出した工業生産国となり、経済超大国となっていました。落ち目にあったヨーロッパ経済、特に敗戦国で膨大な賠償金を課せられていたドイツはアメリカの経済力に頼るところが大きく、その影響は深刻でした。
各国はなりふり構わず自国経済の建て直しに奔走しました。アメリカももちろんです。もう他国の事情なんて構っていられません。悲惨なのは見捨てられたドイツです。乏しい物資、多額の賠償金、破綻した経済、溢れる失業者。どうにもならないどん底の状態です。
ここに恐るべき人物が現れました。
アドルフ・ヒトラーです。
国家社会主義ドイツ労働者党ナチスを率いるヒトラーは総統に就任し、ドイツ人民の意志を一つにまとめ上げ、国を一つの方向に強力に束ね、瞬く間にドイツ国家を建て直しました。
ヒトラーはいったいどんな魔法を使って経済破綻の泥沼にはまりこんだドイツを立ち直らせたのでしょう?
それはドイツ民族=アーリア人こそ最も優秀で神に祝福された特別の人間であるという自覚です。
彼らは民族を結束させるための生け贄を求めました。
選ばれたのは、ユダヤ人でした。
理由などありません。偏見に満ちた憎しみ。自分たち優秀な民族が不当に困難な状態にある原因を一方的に押し付けただけです。
ユダヤ人はユダヤ人というだけで強制労働所に送られ、何万何十万と虐殺されました。イタリアのムッソリーニ率いる暴力的独裁体制ファシズムも同調しユダヤ人虐殺に加わりました」
大統領はじめくるみ人たちは真っ青に血の気を失い、外の人間代表のポーロ教皇も自分たち以上にひどい暴力の歴史に呆然としました。クリステルたち魔女は冷たく軽蔑しきった目をしてます。
「民族的自覚に目覚めた彼らは彼ら民族に約束された豊かな土地を奪い返すため続々周辺国へ進攻していきました。こうしてドイツが先陣を切り、イタリアが続き、第二次世界大戦が始まりました」
なんとひどい自分勝手な理屈でしょう! クララの胸の内にさえナチスドイツに対する憎しみがわき上がってきました。
「しかし、戦争初期において奇妙な現象が起きました。開戦初期ドイツは破竹の勢いで快進撃を続けましたが、いったい彼らは何故それが可能だったのでしょう?
ドイツの快進撃を許したもの、それは社会主義国家ソビエト連邦の存在です。
ソ連は世界で唯一アメリカの経済破綻にもビクともしない大国でした。資本、つまり金融に経済の中心をおかないソ連は他国の経済破綻などまるで関係ありませんでした。
ドイツのナチスも国家社会主義を名乗っていますが、ソビエトの社会主義とはまったく違います。むしろナチスは社会主義から個人資本を守り、その代わりに資本家たちに国家事業に積極的に出資させ労働者たちに仕事を保証するという、反社会主義革命を目的として活動しました。
だから、西ヨーロッパ資本主義自由経済主義陣営は拡大するソビエト社会主義国家の防波堤としてナチスドイツに期待したのです。ドイツに侵略された小国たちはその生け贄とされたのです」
嫌な話です。社会主義の脅威から自分たち自由主義を守るため極悪非道のナチスを助け、利用しようとしたのです。
「馬鹿な話です。思想的に異質なソ連を単純に経済的目的で領土を欲する分かり易いドイツより脅威と見なしたのです。彼らはヒトラーというカリスマにあおられたドイツ民衆の熱狂を完全に過小評価していました。気付いたときにはドイツはもう手の付けられない暴君となっていて、ヨーロッパ全土は戦火に巻かれてまさに地獄と化していきました。
ドイツ、イタリアに次いでもう一人の悪役が登場します。
日本です。
さて、日本の行動によってその後の歴史が大きく分かれていくのですね?」
クララとロベルトに確認します。しかしお互いにお互いの歴史は分からないのでなんとも頷きようがありません。
「中国大陸、南アジアで侵略戦争を進めていた日本は、クララさんの世界では国連を脱退、愚かにもアメリカ領ハワイ真珠湾の軍事基地を不意打ちで攻撃し、アメリカ国民を激怒させ、それまでヨーロッパの戦争に無関心であった国民世論を一気に白熱させ、アメリカは参戦を表明、それまで一方的に攻め立てていたドイツ、イタリア、そして日本を、圧倒的物量でじわじわ後退させていき、イタリア、ドイツ、そして日本を無条件降伏に追いやりました」
ざまあみろと、一方で嬉しく一方で悔しく、ロベルトは言いました。
「俺も是非ともそっちの世界に生まれたかったな」
クラリスは続けます。
「しかし、ロベルトさんの世界では日本は国連勧告を受け入れ中国大陸から撤退、以後日本は経済の建て直しをアメリカに依存し、頭を下げる形でアメリカの行動に従うようになりました。このため差し迫った脅威のないアメリカはヨーロッパ戦線への参加が大幅に遅れ、ナチス、ファシスタの非人道性にようやく世論が動いて参戦を表明する頃にはヨーロッパの状況は決定的なものになっていました」
ロベルトが今度ははっきり悔しそうに唇を噛みました。
「アメリカの参戦が遅れたことでヨーロッパでは予期せぬ、と言うより十分予期され恐れられていた事態が深刻化しました。
ソビエト社会主義の拡大です。
拡大の方向は、中国大陸へでした。
日本が国連の勧告によって撤退した中国北部に建設した満州国ですが、いったん中華民国に復帰したものの、ソ連の干渉を強く受け、それも当たり前で日本は元もとソ連との領土争いの中で満州国を建設したのですから、日本が撤退した後の満州国はやがてソ連邦に加入しました。その後もソビエト共産党の影響を強く受けた改革派青年たちによって中国各州は続々ソ連邦に参加していきました。これは南部から攻勢をかける自由資本主義アメリカへの対抗意識が強くありました。
この頃アメリカは続々東南アジア諸国を植民地に加えていっていました。これは新たな経済地域を広げると同時にソ連邦に対する防衛線の意味もありました。かつてそれら諸国を植民地としていたヨーロッパ自由経済の名士たちはドイツイタリアとの戦争でそちらの防衛まで手が回らず、アジア諸国ではソ連邦の拡大と共に植民地支配からの脱却と社会主義革命が声高に叫ばれるようになっていたのです。皮肉なことに戦争に参加していないアメリカはまだまだ不況の嵐から抜けきれず、国内でも社会主義革命が起こるのをヒステリックに恐れていました」
クララの世界ではソ連の拡大はそれほど急激なものではなく、ソ連もドイツとの睨み合いに忙しく中国にまで勢力を伸ばす余裕はなかったようです。ここでもロベルトの世界とは歴史に大きな違いが生まれつつあります。
「さて、ではこの頃のアジア地域と日本国を考えてみましょう。
大戦前アジアで辛くも独立を保っていたのは日本一国だけでした。日本はおよそ100年前それまで250年に及ぶ鎖国状態からアメリカの武力を背景とした要求により開国、その後壮絶な革命戦争を経て急速に西欧列強に並ぶ近代国家へと成長していきました。その後さらに列強に倣ってアジア地域における帝国主義を強力に押し進めていきました。満州国建設もその一環です。
この日本の躍進を西欧列強はどう見ていたでしょう? 既にアジア大陸アフリカ大陸での帝国主義的植民地分割を紳士的に終えつつあるヨーロッパ名士国から見ればこのアジアの島国は遅れてやってきた下衆な田舎者として目障りな存在だったでしょう。だいたい欧米人はアジア人など物まねの上手な猿ていどにしか見ていませんでした。同じ人間などとはまるっきり思っていませんでした。それが帝国主義にキリスト教的正しい文化を無教養な野蛮人たちに広めてやるという奢った道徳的動機を与えていました。
そのようなアジアの状況、アジア最大の強国と言えば中国です、その中国・・当時の清国ですね、清国までがイギリスとの戦争に敗れ、その属国となり、帝国主義の理屈で無理やり大量のアヘンを買わされ国中が麻薬中毒に陥っていました」
うっ、とクララもクラリスの視線が痛いです。
「その他の国々もことごとく西欧列強の植民地となりはて、帝国の盟主に土地と作物と労働力を劣悪な条件で吸い上げられる悲惨な有様でした。
そうした有様を見せつけられて、開国したての日本はどう思ったでしょう?
このままでいたら我々も他のアジア諸国同様欧米の餌食になる・・実際アメリカ、イギリス、ロシアと、日本は次々に完全に舐められた不平等な条約を結ばされていました・・アジアの現実がどれほどの恐怖であったか、想像も付くでしょう。
日本がアジア各地で行った帝国主義的進出、それは欧米に負けまいと、欧米の物まねをしただけです。その点欧米に日本を非難する資格はまるっきりありません」
ちょっと待てよ、とロベルトが文句を言いました。
「だから日本は悪くないって言うのかよ?」
そうだな、と大統領も同調しました。
「泥棒の真似をして泥棒をして、だから泥棒が許されるってことにはならんだろう?」
「あら、生き残るためには戦争も仕方ないって言ったのはどこのどなただったかしら?」
クラリスに嫌味を言われて大統領は渋い顔で黙りました。
「確かにその通りです。当時の日本の立場には同情すべき点もあります。しかしだからといって悪いことをするのが許されると言うものではありません。
日本は自分たちが生き残るために同胞であるアジア民族を裏切ったのです。ヨーロッパで準白人などとおだてられていい気になって、馬鹿丸出しですね。軽蔑され憎まれて当然です。
クララさんの世界の歴史ではアメリカの経済破綻に巻き込まれた日本はその後経済建て直しのためさらに帝国主義を押し進め、西欧諸国同様民族優越主義、皇国運動によってファシズムの道を走り、アジア人に残虐な振る舞いをし、多大な被害を与えたのです。最終的にアメリカに二発の原爆を落とされて悲惨な敗北を喫することになるのもある意味自業自得なのでしょう」
そうだそうだ、とロベルトは得意になってベニオを睨みました。
「やっぱり日本人なんてろくなものじゃない、原爆を落とされて当然の奴らなんだ。ゴッド・ブレス・アメリカだ! 残念ながら俺たちの世界に神はいないようだがな」
手術を受けて頭がクリアになったロベルトはよく口が回ります。一方ベニオの冷たい表情は変わりません。
「そうですね。ではあなたの世界でその後日本はどう行動したのでしょう?
アメリカの子分に成り下がった日本はアジアの植民地をアメリカに差し出し、アメリカの経済建て直しに協力して乏しい資源を高い金で買わざるを得ませんでした。アメリカは日本を完全に自分の属国と見なしていましたから自国の建て直しが最優先で日本の窮状などなんとも思っていませんでした。日本国民のアメリカに対する恨みはふつふつと煮えたぎり、一方植民地として支配される恐怖におののいていました。
そんな日本を利用しようと近づいてきたのがドイツです。
ドイツはヨーロッパで快進撃を続けてきましたが、ウクライナ地域を巡ってソ連と開戦、日本の後退によって中国大陸に勢力を伸ばしたソ連の大攻勢に遭い東征を断念、その矛先を南西のアフリカ大陸に向けました。しかしヨーロッパ各国の抵抗運動が始まり、次第に苦戦するようになっていきました。当初ヨーロッパの戦争への参加に消極的だったアメリカもユダヤ人虐殺に憤る国内世論に圧され、また海上貿易をドイツのUボートに断たれたこともあり、アジアの植民地政策によって経済を盛り返すと準備万端ドイツイタリアに宣戦、大攻勢をかけました。日本の真珠湾攻撃もなく大戦艦団を温存し、世界の工場と名を馳せた大工場群が戦車戦闘機を量産し空母で続々アフリカヨーロッパ戦線へ輸送されました。この戦争特需でアメリカの経済恐慌は完全に解消されました。
ドイツの命運は今や風前の灯火でした。
この頃ヒトラーは日本に極秘に使者を送り、皇国日本を讃えると共にアメリカへの宣戦を求めました。日本はメッセージを受け取りつつ、表向きはアメリカに付き従う形でドイツに宣戦、着々と軍備を整えつつありました。このままアメリカに従順であればそのおこぼれで日本も恐慌を克服できたでしょう。窮地に陥ったヒトラーは再三に渡って日本に使者を送り、ついに原爆によるアメリカ本土攻撃計画を明かしました。ドイツにおける原爆計画は既にアメリカにも知られ、アメリカでもドイツ攻撃用の原爆の製造がアインシュタインらによって進められました」
ロベルトの目に憎しみの炎がメラメラ燃えています。クラリスはチラリと見て、言います。
「しかし、アメリカの原爆の本当の標的はドイツではありませんでした。
ドイツの敗北は次第に明らかとなり、欧米列強は次の事態へ向けて移行していきました。すなわち開戦当初からのドイツ以上の脅威、ソビエト社会主義です。
中国大陸へのソビエトの浸透は列強の思惑を大きく外れていました。植民地として支配される側の恨みと反抗心を列強は完全に甘く見ていたのです。自由経済主義への脅威としてソ連邦の拡大はもはや見過ごすことの出来ない緊急の課題となっていました。
そうです、アメリカの原爆攻撃の標的はソビエト連邦の盟主国ロシア共和国だったのです。
しかしロシアを攻撃するのにアフリカヨーロッパルートは未だドイツの抵抗があって難しい、アメリカは焦っていました。それほどソビエトの浸透は急速に拡大していたのです。アメリカはロシアへの原爆攻撃のルートに日本を選びました。原爆は巨大な破壊を及ぼすだけでなく後に放射能という破壊的な毒を大量に長期に渡って撒き散らかします。万一原爆がロシアに到達せずとも、アジア、中国大陸が汚染されるなど、アメリカはなんとも思っていなかったのです」
ロベルトの表情が微妙に変化してきました。黙り込み、脅えが目に表れています。
「日本に対して内容の明かされない極秘の作戦が示されました。しかしそれが原爆攻撃であることはアメリカ政府の裏切りに憤るアインシュタインを通じて日本に知られました。
ここで、ドイツで一つ大きな事件が起こりました。
ヒトラーが、暗殺されたのです」
えっ!?、とクララは思いました。クララの世界ではヒトラーは降伏の直前に自殺しています。
「ヒトラーを暗殺したのは熱狂的な社会主義運動員の生き残りでした。
ヒトラーの死によってドイツ第三帝国はもろくも崩壊すると思われました。しかしドイツのヒトラー崇拝は決定的で熱狂的なものになりました。
死を公表されたヒトラーが甦り、公衆の面前に現れたのです」
?
「それは映画によってでした。
映画の中でヒトラーは自分の死を事細かに予言し、自分は肉体を捨てて神になると宣言しました。そしてドイツ民族に進むべき道を強力に示したのです。
このフィルムは幾度か暗殺未遂に遭ったヒトラーが万一の場合を考え生前撮影したものでした。そのフィルムに巧妙に影武者によるアフレコが施され、語られた事件の詳細はあらかじめこのフィルムに合わせて公表された顛末でした。つまりヒトラー本人の死以外はすべてでっち上げです。
しかし人々は熱狂しました、我が偉大な総統は神になられた、我々偉大なドイツ民族は死をも超越した、と」
それはなんだか・・
「おいおい、それって今回のおまえさんのやり口と似ていねえか?」
と大統領が訊きました。
「そうですね、表面的には似ています。つまり死を超越した神という存在がいかに人々に魅力的に映るか、ということです」
と、クラリスはポーロ教皇を見ました。こちらの世界のメジャーな神、サインも、死したのち甦るという奇跡を演じていたのかも知れません。
「ヒトラーの死後ドイツはソ連と講和しました。ドイツは社会主義を受け入れソ連と友国になることを宣言したのです。もともと社会主義に対する反革命労働者党であったナチスですが、頭の良い彼らは支配地を論理的に抵抗なく支配するためにドイツを盟主としたドイツ社会主義連邦の形勢は実に効率的なやり方だと気付いたのです。実際ソ連はその良いお手本でした。元もと労働者の運動であった社会主義ですが、革命が実現し、社会主義国家という組織が成り立ち、連邦を結び組織が拡大していくにつれ中央集権的な強権体制が強まっていきました。ナチスは精神的に狂っていながら冷徹な観察眼で早々とその本質と行く末を看破していたのです、共同体社会の相互不信と監視態勢、強権化に伴う警察軍事の増強、そして権力は必ず腐敗する、と。社会主義とは支配者にとってなんと都合の良い方法でしょう」
くるみ国に社会主義的なルールしかなく、政府らしい政府もリーダーらしいリーダーもいない理由はそこにあります。社会主義という全体体制の中で権力者は特別な力を持つのです。まるで神のごとく。考えてみれば戦争状態というのは勝利という一つの目標に全体が奉仕する、社会主義、共産主義と同じ構造を社会に、人民に強要します。ナチスがその支配力を高めるのにより論理的な社会主義を利用するのは実に上手い手かも知れません。
「再びヨーロッパアフリカにおけるドイツの大攻勢が始まりました。この攻勢に手を貸したのはアフリカ、中央アジアの列強の植民地でした。
第一次世界大戦はヨーロッパの列強たちが領地拡大を目指して争ったヨーロッパの戦争でした。それが何故ヨーロッパ大戦ではなく世界大戦と呼ばれるかと言えば、それは列強が各々自国の植民地を戦争に巻き込んだからです。
彼らを釣ったエサは勝利の暁には自治独立を認めるという約束でした。しかし終戦後列強はことごとくこの約束を反故にしました。彼らの恨み憎しみはいかほどのものであったでしょう」
ここでクラリスは何故かクララをチラリと非難するような目で見ました。なんでしょう?
「彼ら被植民地にとってユダヤ人は自分たちを搾取する強欲な商人のイメージでしたから、そのユダヤ人を退治するナチスドイツはある意味英雄でもありました。全然違うんですけれどね。
人種偏見の親玉のヒトラーが殺され、社会主義連邦の構想が示され、中国大陸におけるソビエト社会主義の繁栄を見て、中央アジア、アフリカの植民地では社会主義革命が相次ぎ勃発し、ドイツに同調していきました。彼らはナチスドイツの正体を知らなかったのです。ヨーロッパ以外の地では死んだヒトラーが甦り神として熱狂的に崇拝されているような馬鹿げた状況、とても本当とは思えなかったのです。
さて、日本です。
日本は考えました、ソ連とアメリカ、どちらに付くのが得だろう?、と。
アジアにおけるアメリカの傍若無人ぶりは日本国内に憎悪を渦巻かせていました。
今ヨーロッパではドイツが再び攻勢になり、中国大陸はほぼソビエト化されていました。自由主義の大国は今や英米二国のみとなっていました。ここまで急速にソビエトが拡大することを予想せず、ヨーロッパ戦線への参加が遅きに失した観の強まったアメリカにとってまさに原爆こそが状況を一変させる強力な切り札となっていました。
原爆の行方。それが世界の命運を握ることとなったのです。
日本は決心しました。
日本はソ連と不可侵条約を結び、アメリカに宣戦しました。
アメリカは当然激怒しました。一方で好都合でもありました。ソ連との決戦の前哨戦に軽く日本を叩きつぶし、島国日本をまるごとアメリカの軍事基地として利用しようと考えたのです。しかし日本は思ったより手強い相手でした。大陸から早々に引き上げ、戦力を温存、持ち前の小利口さでアメリカをしのぐ優秀な戦闘機を誕生させていました。激烈な海戦が繰り広げられましたが、やはりアメリカの物量的有利は明らかで、日本は次第に配色色濃くなっていきました。
当然、の結果ですが、それはあらかじめ日本軍の想定していた事態でした。
日本の宣戦布告はアメリカの日本への原爆輸送作戦の進行と同時に行われました。この海戦のどさくさに紛れ、あらかじめ日本から開戦の意志とこの原爆輸送作戦の情報を聞き知っていたドイツのUボートが日本へ向かう原爆輸送船を襲い、奇跡的に原爆4発を無傷で奪い取ることに成功していました。アメリカは襲われた輸送船は原爆もろとも海底に沈んだものとばかり思っていました。
後、アメリカとの戦闘に追いつめられていった日本政府は秘密裏にアメリカとの停戦を計り、その秘密使節団を乗せた捕虜輸送船がサンフランシスコの港で突如大爆発を起こしました」
ロベルトの顔は真っ青です。
「そうです、アメリカを攻撃した2発の原爆、それは日本製でもドイツ製でもありませんでした。アメリカ製です。アメリカ政府も当然それを知っています。知っていて、敢えてそれを隠したのは、原爆の威力が凄まじく、その被害があまりに悲惨なものであり、そのような非人道的な大量虐殺兵器を使用した日本に対する凄まじい非難と憎しみがアメリカ国民にわき上がったからです。今さらそれが、自分たちが作り、自分たちがロシアを攻撃するのに使うつもりであったなどと言えない状況になってしまったのです」
「そんな・・・・」
ロベルトは膝を折り、その場に崩れ落ちました。
「原爆攻撃を受けてもまだアメリカの圧倒的優勢に変わりはありませんでした。悪魔のような日本人に対する憎しみもあって戦意はかえって高揚しました。しかしヨーロッパアフリカで圧倒的勝利を収めたドイツ軍が日独同盟によってアメリカ本土攻撃作戦を開始、日本との不可侵条約から更に友好条約へ進んだソ連も中国大陸の連邦を守るため日本を攻撃するアメリカ艦船を攻撃、アメリカは一気に世界中から包囲される状況に追い込まれました。
ちなみにイギリスはアメリカ本土攻撃を急ぐドイツと早々に講和し、ヨーロッパで唯一ドイツの支配を免れました」
クララは喜んでいいのかどうか複雑です。
「二発の原爆攻撃を受けてもアメリカのダメージはそれほど大きなものではありませんでした。しかしその具体的な被害の悲惨さが知られてくるにつれ、原爆攻撃に対する恐怖が各都市に広がっていきました。アメリカは広大な国です。世界を相手に戦争するのも可能なほど広く、強大な国家です。しかしそのアメリカを恐怖におののかせる新たな新型兵器が登場します。
ドイツの開発したミサイルです。
すでに太平洋大西洋とも海戦ではアメリカは封じ込められつつありました。同盟国=子分であった日本のスパイ活動のせいでアメリカ海軍の情報はドイツソ連にすべて知られるところとなっていたのです。海戦に絶対の自信を持っていた海軍の敗北はアメリカ国民に多大なショックを与えました。それでも広大な自分たちの土地での決戦に希望を持っていました。その希望を、ドイツのミサイルが粉砕したのです。
海岸線を抑えたドイツ日本の連合軍は続々ミサイル基地を建設していき、広大な内陸までほぼ100パーセントミサイルの射程に抑えることに成功しました。もしそのミサイルを使って原爆を落とされたら・・。原爆の恐怖はアメリカ全土共通のものになったのです。政府も少なくともあと二発日本軍が原爆を保有している可能性があることを知っていて国民に対して強気の説得をすることが出来ませんでした。
そしてアメリカは無条件降伏を受け入れ、こうしてアメリカは敗北したのです」
なんと言うことでしょう、何故そんなことが起こってしまったのか、こうして説明を聞いても信じられません。
「アメリカは日本が統治することになりました。西ヨーロッパ、中央、南アジア、アフリカ大陸はドイツ社会主義連邦となり、東ヨーロッパ、中国大陸はソビエト社会主義連邦となり、東南アジア、アメリカはドイツに倣って皇国日本が指導する社会主義体制が採られました。
こうして世界はロシア、ドイツ、日本の社会主義連邦に三分され、自由主義国家はかろうじて英国、オーストラリアが残るのみとなりました」
ひどいものさ、とロベルトが怒りの声をあげました。
「俺たちは奴らの奴隷になったんだ! 全体のためと強制労働させられて、生きていく最低限の物資を残してことごとく日本に吸い上げられているんだ! そうだ、まさに地獄だよ、俺たちの世界は!」
クラリスは冷たい目で言いました。
「たしかに、この三連邦でまともに社会主義の理想で運営されているのはソ連だけです。そのソ連でも既に中央集権的な強権政治が固まりつつありますがね。あとの二連邦は上手く他国を支配するための方便として社会主義を利用しているに過ぎず、実体はドイツ日本の盟主国を富ませるための帝国主義的支配となんら変わりありません。アメリカは元より、アジアアフリカでも話が違うと怒りの声が上がり始めています」
「へっ、今さら何言ってやがる」
ロベルトは思いっきり侮蔑的に言いました。
「あんな悪魔どもの甘い言葉にのこのこ乗せられて、今になってようやく自分たちの馬鹿さ加減に気が付いたか? 遅いんだよ、もうっ!」
「そうでもありませんよ。
いいことを教えてあげましょう。
あなたの世界ではじきに第三次世界大戦が始まります」
第三次世界大戦! それのどこがいいことなんでしょう?
「今度の世界大戦は社会主義三帝国に対する反乱です。そしてそのリーダーとなるのは、原爆を作ったのが自分たちだと認めた、アメリカ合衆国です。自分たちの力に自信を回復したアメリカは各地で反撃を開始し、日本軍を追い出し、自分たちの国を取り戻します」
「本当か?」
「おそらく。まあ間違いないと思います」
ロベルトはやったあ!と大喜びしました。
「アメリカは今度は先の誤りを犯さないよう早々にヨーロッパアフリカアジア諸国と連合し、日本、ドイツと戦います。
この戦争は急いで決着を付けなければなりません。ソ連は既に原爆の開発、実験に成功しています。ドイツ日本はまだ製造技術を持っていません。アメリカの製造施設はアメリカ軍が降伏前に破壊し、開発技術者たちは厳重にその所在を隠されていますから。ソビエトは基本的にこの戦争に参加しません。ドイツ日本の偽物の社会主義に反感を持っているからです。ですからソ連は両国から協力を求められても拒否します。しかし西ヨーロッパ諸国がまた身勝手な考えで東ヨーロッパのソビエト諸国にちょっかいを出せば、ソ連は自衛のため再びドイツ帝国に戦争協力することもあり得ます。そうなればソ連は実戦で原爆を使用するかも知れません。
アメリカの製造した残り二発の原爆の行方もあります。一発はアメリカを牽制するためアメリカ国内のミサイル基地に配備されていますが、結局これは使用されることなくアメリカ軍に押さえられるでしょう。一発しかないのです、使ってしまったら、後は復讐の反撃に合うだけですからね。原爆の製造工場を無傷で押さえることの出来なかった日本軍の敗北です。もう一発はドイツ本国に搬送されています。ドイツはこれを研究し、着々と自国製の原爆の開発を進めています。日本軍のアメリカでの敗北で分かるようどんなに強力な兵器も作り続ける能力がなければその脅威は半減します。ありがたいことにまだ一発で大陸を破壊し尽くすような超強力な破壊兵器は開発されていませんからね。
こうした訳でアメリカは最初から総力戦で日本ドイツに立ち向かい、諸国の反乱にも助けられて早い時期に両国に勝利します。こうしてアメリカ合衆国は自由社会のリーダーとして社会主義帝国の支配から世界を解放するのです」
やったあ!やったあ!とロベルトは大はしゃぎです。
「この戦争の結果、
日本、ドイツという国は国際社会から抹消されます。二国は解体され、各国の植民地となり、完全に国としては消え去ります」
「当然だ! ざまあ見ろ!」
ロベルトは憎々しく優越感たっぷりにベニオを見下しました。さすがにベニオはむっつりとして面白くありません。
「それから、どうなるのです?」
「世界はソ連とアメリカという二大国をリーダーとする社会主義と自由主義に分かれ、それぞれに安定した平和な社会を築いていくことになります。世界規模の戦争は、当分起こらないでしょう」
なーんだ、とロベルトは明るく言いました。
「俺たちの世界もそんなに悪くないじゃないか? 今は地獄の状態でも、それにうち勝って自由世界が勝利するんだ! やっぱりアメリカは神に祝福された国なんだ!」
ベニオはますます面白くありません。
「けっこうですわね。では、クララさんの世界のその後はどうなっていくのです?」
「そうですね、こちらの世界の方がやっかいかも知れません」
クラリスにまたジロリと睨まれてクララはギクリとしました。
「ロベルトさんの世界で何故ドイツが勝利したか、その大きな要因となったのが第一次大戦時の植民地に対する盟主国の裏切り行為だというのは言いましたね? 第二次大戦でも西ヨーロッパ諸国はまた同じ行為を繰り返します。特にイギリス! あなた方は、以後50年、いえ、100年に及ぶとんでもない戦争の種を撒いてしまいました。
イスラエルです」
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