第57話 ラウンド4
首相は改めて秘書から銀行強盗の容疑者の詳細を聞きました。
情報を総合するとこうです。
午前10時。高級宝石店に開店と同時に一人の若い女が入店。しかし袖がぼろぼろに破けた古風なドレスを着て腕に血に汚れた包帯をグルグル巻きにしていたため店員が(高飛車に)追い払う。大統領の情報から見て女は氏名ゴルディーンにまず間違いないと思われる。
午前10時15分。ゴルディーンは高級ブティックに入店。大量の衣服を試着し、金ならいくらでも持っていると言っていたにも関わらず無一文で、商品を試着したまま「お金を持ってくる」と言って出店しようとしたため警備員が取り押さえようとすると「ぶん投げ」て出店。店から警察に通報が入る。
午前10時50分。ゴルディーンは銀行に入店。行員に「お金ちょうだい」とねだり、断られるとカウンターを破壊。奥に入り、金庫のドアを素手でねじ開け、女子行員からもらい受けたハンドバッグに紙幣を詰め込む。被害額およそ200万オーロル。たいした額ではない。警備員がピストルを構えて投降を呼びかけると金庫のドア=重量およそ2トンを天上に向かって投げつけ、4階フロアまで貫通、壁をぶち抜き、金庫のドアは向かいの高層ビルの屋上に落下。恐るべき、と言うより、あり得ない怪力である。さらにありうべからぬことにゴルディーンはその場でジャンプして貫通した穴を通り抜け外へ逃走。幸い奇跡的にけが人はなし。
午前11時05分。ゴルディーンは衣服を着逃げした高級ブティックに再入店。「えー、そんなに高いの?」と文句を言いながら服の代金を払う。通報を受けた警官2名がちょうど到着。店側は代金を支払ってもらったことで被害届を取り消すが、警官は一応ゴルディーンに職務質問する。表の通りを複数のパトカーが通り抜け、一人が署に確認すると銀行強盗の容疑者に似ていることに気付きゴルディーンに任意同行を求めるが一人があっさり投げ飛ばされ、一人は一発威嚇射撃の後容疑者の挑発により脚を狙って発砲。信じがたい事にゴルディーンは素手で発射された弾丸を掴み取る。後5発を連射するもことごとく避けられ、ゴルディーンは「ごめんあそばせ」と優雅に出店。
午前11時30分。ゴルディーンは高級レストランに入店。料理を注文するも一口食べただけで下げさせ、超高級シャンペンを注文。5本を飲みきる。いい気分で勘定しようとするが、持ち金がまるで足りず、奥の事務所へ同行を求められるが酔っぱらっているのか、「ダンスしちゃうわよ」と店内で飛び跳ねだし、椅子テーブルをひっくり返し設備を破壊。用心棒が捕まえようとするが「ダンスのお相手」を無理やりさせられ半死半生の状態に。ゴルディーンはいい気分で高笑いを残して出店。
午後0時15分。ゴルディーンは最初に訪れた高級宝石店に再び現れる。ニュースを見た店員からの通報で警官が話を聞きに来ていて、すぐに本部に通報される。容疑者引き留めのため警官は隠れ、店員が接客する。ゴルディーンは金製品を次々指定し試着する。ゴルディーンは店員に対し最初追い返されたことをねちねち嫌味に言う。ちなみにこの時の服装は最新流行の金のロゴ入り黒のタンクトップに金のミニスカート、金のパンプス、白の金縁ジャケット、金のロゴの白い野球帽。ゴルディーンは特別に金を好むようである。次々に試着を重ねながら店員の震える様をニヤニヤしながら眺めている様子からして容疑者は警察が向かってきていることにとっくに気付いているようである。
午後0時35分。重装備の武装警官隊による宝石店及び一帯の完全な包囲が完了、中の警官によってゴルディーンに投降するよう勧告される。店員は無事避難。ゴルディーンは完全に酔いは醒めているようであるが警官を見てニヤニヤ笑い、何を思ったか店内ショーケースを手当たり次第に破壊し出す。「このわたしに失礼な対応をした罰よ」とのことである。武装警官隊が店内突入。相手が素手であることからシールドと警棒による捕獲を試みるがことごとく「やっつけ」られてしまう。仕方なく警告の後ピストルにて射撃。弾は命中したと思われるが、ことごとくその場に落下。容疑者曰く「コツがつかめたわ」とのことで、ゴルディーンは東洋武術のカラテまたはケンポウの達人に見られる意識の集中によって肉体を鋼のように硬く強化する技を心得ているようである。それにしても弾丸を跳ね返すとはまるでコミックスのスーパーヒーローである。
ショットガンにて射撃。これもまるでダメージを与えられない。ただし衣服はボロボロに破れる。ゴルディーンは「せっかくのお気に入りをよくも台無しにしてくれたわね!」と逆ギレし、警官隊に殴る蹴るのひどい暴行を加え、応援に突入した武装警官隊と合わせて50人に大けがを負わせ、ブリブリ怒りながら店を出ていく。
ゴルディーンは破れた衣服の「返品」にブティックに向かった模様。彼女はモンスターだ。これは我々警察の仕事ではない。よって彼女の捕獲または破壊は軍隊に任せる。我々はこの職務を放棄する。
とのことで、
「なにやっとんじゃい、あの女」
と大統領は呆れ返りました。大暴れの様子より中学生の女の子並の安っぽい欲求についてです。
ただいま午後1時半。みんな揃ってお食事です。
大佐が指揮を執って軍隊がゴルディーンの捕獲、と言うのも不可能でしょうから、行動阻止に向かっているはずですが、
「しかし戦車が出ていっても動きが素早くては役に立たんだろう。追尾型ミサイルというのは、人間相手に使えるのかね?」
首相の問いに科学者が自信を持って答えました。
「ゲリラ戦用の対人ミサイルがあります。コンピュータで目標を識別、同種の熱源に対しても修正プログラムが働きますから約88パーセントの確率で命中します」
「88パーセントか。それは一発いくらするのかね?」
「さあ?」
お金には無頓着な科学者は首をひねり、秘書が答えました。
「一発あたり8000万オーロルになります」
「ゲリラ一匹片づけるのに8000万もかかるのかね?」
首相は不満そうにしましたが、
「陛下。申し訳ございませんが陛下の臣下を一人破壊することになります」
と、まんざらでもなく言いました。
クラリスは好物のクリームシチューを平らげ、デザートのプリンに余念がありません。
大統領が科学者に問いました。
「こんぴゅーた、ってのはなんだ?」
「電子頭脳です。複雑で高度な計算機ですな。計算機と言いましても人間の考えるスピードを遙かに凌駕し、最近では自己論理、人間に与えられた命令を履行するだけでなく、自分で物事を考えるコンピュータの開発が進められています」
首相がニヤニヤして訊きました。
「おいおい君。映画みたいにコンピュータが暴走して人間を排除しようとするなんて言う事は起こらないだろうね?」
何言ってんだ?と大統領は思いました。
「俺の話を聞いてなかったのか? コロンビーヌは頭ん中もみんな機械だって言っただろう? だから、コロンビーヌの脳がそのコンピュータってやつなんだろ?」
首相は、ははは、と笑って、その笑いが小さくなり、凍り付きました。
「陛下」
こわばった顔でクラリスに訊きます。
「そのゴルディーンというのは陛下の魔法で動いているのではないのですか?」
首相はゴルディーンもクラリスの幻術の一種で守られているだけだろうと思っていたようです。大統領にはこの首相の頭の中がよく分かりません。この高度に発展した文明世界で魔法と機械の人間とどっちが信じられると言うのでしょう? 大統領の見るところ首相たちはある程度クラリスの神秘の力を信じつつも、それを魔法だなんて思っていなかったはずです。本物と公言するのは、そうしてクラリスを利用しようと考えているからです。
つまり要は、魔法と機械、どっちが利用でき、どっちが自分たちにとって脅威であるか?と、そういうことでしょう。
「いかがです、陛下?」
首相の青ざめた顔は、ようやくゴルディーンが幻ではない本物の脅威かも知れないと思い始めたようです。
「ごちそうさま」
と、クラリスは手を合わせ、
「彼女はヒューマノイド。わたしのお友だちよ」
「本物の機械・・なのですか?」
「そうよ。彼女は機械で出来た人間よ」
科学者が興味津々で訊きました。
「純粋な機械なんですか? つまり、機械で強化された人間ではなくて?」
「最初から全部機械よ」
「信じられないなあ。頭脳は自立しているんですか? つまり、遠隔操作ではなくて?」
「そんな面倒なことしないわよ」
「すごいなあ。いったいどこで作られたんです?」
科学者は無邪気に言いましたが、
「そうです、」
首相の方は深刻な顔をしています。
「大統領。くるみ国やカメリア国は機械科学は我が国よりずっと劣っているのではなかったかね?」
「おう、劣ってるよ」
「いや失礼。それでは、陛下、彼女はどこから生まれたのです? いえ誰が作ったのです? ・・まさか、陛下がご自身で?」
「わたしがそんな面倒なことできるわけないでしょう。
彼女たちは、」
「彼女たち? 他にもロボットはいるのですか?」
「ヒューマノイド。もう一人男性がいるわ。
二人は、ずーっと遠い世界から来たのよ」
「遠い世界と言いますと、宇宙人ですか?」
「まあ、似たようなものかしら?」
首相は怪しんでいます。ファンタジーの世界がSFになってしまっています。どっちがより信じられるかというと、どうやら首相の頭はすっかりファンタジーの方に偏っているようです。
「先ほど未来の世界がどうとか言ってましたな?」
大統領に確認して、大統領はもうすっかりそっちの興味は失せて無視しました。首相は忌々しそうに睨んで、クラリスに問いました。
「もしや二人は未来の世界からやってきたのではありませんか?」
今度は宇宙人より未来のタイムトラベラーの方が信じられると考えたようです。
「さあー? どうなのかしらねえー?」
クラリスはとぼけています。首相は苛々と科学者に問いました。
「どうなのかね? 将来我々がそういう人型ロボットを開発できる可能性はあるのかね?」
「いや、それは・・。警察の報告が正しいなら、かなり幼稚なようですが人間並みの頭脳と、常識外のパワーと運動能力、常識外の頑強さを誇るようです。ただいま開発の検討されている第5世代スーパーコンピュータでも人間のような思考は模擬的な域を脱せないでしょうし、ロボット工学的にも人間サイズでそのようなパワーは考えられませんし、素材的にもそのパワーに耐えられ、なおかつ俊敏な運動を可能にする軽さというのは・・、この先おそらく100年、いや200年は不可能かと・・・」
首相はウームとうなり、再びきつい目で大統領に問いました。
「あなたの世界では500年の時が流れているのでしたな? 我々の世界があと400年あれば、あるいはそういうスーパーロボットも可能かも知れない・・」
「あのなあ」
大統領は首相の疑い深い目に呆れて言いました。
「俺はこれでも国でトップの人間で、新しい技術にも目がねえ。その俺がたかがエンジン自動車に驚いているんだぜ? くるみ国カメリア国にそんなずげえ技術があるわけねえだろ? もっとも、」
ニヤニヤ意地悪な目でクラリスを見て、
「その女神さまが俺たちにないしょで森の中にもう一つ全然別の国を隠し持っていたりしたら、どうだか分からねえがなあ」
首相は、
「そうなのですか?」
と無遠慮なきつい目でクラリスに問いました。
「ないわよ、そんな国。ピエロとコロンビーヌはわたしのお客様。くるみ国とはまったく関係ないわ」
「そうですか・・」
と言いつつ、首相は本心から納得していないのは明らかです。再び科学者に問います。
「もし、サンプルが手に入ったら、その技術を我々のものにすることは可能か?」
科学者はよだれを垂らしそうにウキウキして答えました。
「そりゃあもう・・、いえ、すぐに全てを解析するのは不可能でしょうが、そんなお手本があれば我が国の科学力は飛躍的に進歩しますねえ・・・・・」
首相は考えます。
「逆に、そう言う技術が他国に存在するのは脅威だ。是非我が国が手に入れなければ。おい」
秘書を呼びます。
「大佐に伝えろ。容疑者は破壊せずに、なんとしても捕獲しろと」
クラリスは小首を傾げていたずらっぽく言います。
「無理だと思うけどなあー」
そのとき、
ドオーン!
と、大きな爆発音が響いてきました。
「早く大佐に伝えろ!」
と首相は怒鳴りましたが、
「しまった、オリンピックが。いや、かえってオリンピックを狙ったテロのせいに出来るか・・」
大統領は遠慮なしに嫌悪感たっぷりに首相を見ました。
「なんとかとテロは使いようだな」
大佐はゴルディーンの出没した中心街4ブロックを閉鎖し、中の人間を皆外に避難させました。容疑者コロンビーヌは重火器を備えた凶悪テロリストにすり替えられています。
ゴルディーンの所在は映画館で確認されています。10スクリーンを備えた総合アミューズメントビルで、ゴルディーンは客席500の「ニャルホドニャー国物語」という特撮超大作ファンタジー映画を見ていて、現在およそ200人の観客が入っています。
大佐はこの映画館に入っている以外、数名のスタッフを残し全員をビルの外、ブロックの外へ避難させました。
館内の様子が備え付けの防犯カメラにモニターされ、モノクロ画面で見ることができます。ゴルディーンは中央の一番いい席に座ってなかなか楽しそうに映画を見ています。となりで若い男がのびているのはゴルディーンにちょっかいを出してぶん殴られたのでしょう。
大佐は避難の状況を確認してスタッフに非常ベルを鳴らさせ、上映を止め、館内の灯りをつけさせました。アナウンスさせます。
「お客様、申し訳ございません。ただいま当ビル最上階にて火災が発生いたしました。初期消火活動によって現在火は消えておりますが、念のため当ビルより避難してくださいますようお願いいたします。係の者が誘導いたしますので、指示に従って避難してくださいますようお願いいたします」
ドアが開かれ、観客は文句を言いながらも混乱なく誘導に従って映画館を出ていきました。
ゴルディーンは席を立ちません。となりでのびていた男は連れらしいのがスタッフと協力して引っ張っていきました。
ゴルディーンはムスッとして言いました。
「何よ、せっかく楽しんでいたのに」
ガン!と前の席を蹴るとスクリーンまで吹っ飛んでいきました。
「ほらあー、さっさと出てきなさいよー。でないと映画よりもっとすごいことしちゃうわよー」
入り口からいきなりバズーカ砲を担いだ兵士が入ってきました。
ドオン!
ゴルディーンは立ち上がり、右の手のひらを突きだして受け止めました。バアンと爆発。炎と黒煙が噴き上がり、今度は本当にスプリンクラーから水が降ってきました。
「あら、雨」
と言いながら、ゴルディーンはまったく無傷です。
「よーし。今度は上手に服も汚さなかったわ」
パチンと手を打って喜んでいます。今度は白とピンクと当然ゴールドのパンツルックです。
ミサイルランチャーを担いだ兵士がバズーカと交代しました。
躊躇なくいきなり発射。シュルルルンッ!
ゴルディーンの目がキラリと輝きました。体をひねり、まるで魔法で風を操るように腕を大きく振りました。するとミサイルが触れられもせずUターンして発射した兵士に向かって戻っていきました。間一髪上向き、天上に当たってドッガーン!と大爆発。天上が映画館の壁半分と共に崩れ、上の映画館が現れました。ゴルディーンはジャンプし、上の映画館に降り立ちました。
「フウン、こっちの映画館はなんの映画をやってたのかしら? ウフフフフ。あー、なんて楽しい世界かしら? 当分退屈しないですみそうだわ」
こっちの映画館も入り口付近の壁が崩れています。すぐに兵士たちが駆けつけ、いっせいに機関銃を連射しました。ゴルディーンはすばやくコンクリートの床をはぎ取って盾にしました。連射で打ち砕かれるとまた次の盾を作りました。どうやら表面の皮膚を強化できるのは瞬間的なことで、かえって小さな銃弾の連射の方がやっかいなようです。鬱陶しくて頭に来たゴルディーンはコンクリートの固まりを兵士たちに投げつけました。慌てて逃げます。
またミサイルランチャーが持ち出されました。今度は5発一斉射撃です。発射されると同時にまたゴルディーンの目がキラリキラリと輝きました。まるで命令するように指で横を指すとミサイルはその通り横に向かってカーブし、大爆発を起こしました。首相たちが聞いたのはこの爆音です。上に更に2フロアーありましたが、まとめて建物の4分の1が吹っ飛びました。
もうもうたる黒煙が晴れ、青空が広がりました。
ゴルディーンは自分の手を見て
「へー、面白いわねー」
と感心しました。それが金の精の力なのか機械人間コロンビーヌの力なのか、それとも両者が合わさった能力なのか?
ゴルディーンは気配・・震動音と電子のノイズを感じて上空を見ました。慌てて次の用意をする兵士たちを後目に屋上に飛び上がりました。
機銃とミサイルを2機備えた軍用ヘリコプターが2機向かってきます。ゴルディーンはニヤリとしました。
「出来るかしら?」
キラリキラリと目が輝き、一機のヘリのコントロールを奪いました。
「お返しよ」
もう一機にミサイルをロックオンします。慌てて操縦席が脱出しました。発射。爆発。撃墜。
「あははははははっ。あーもうっ、最っ高!」
ゴルディーンは大喜びし、操っているヘリの操縦席も放出させました。
「さーて、このオモチャで何してやろうかしら?」
「そんな馬鹿な・・・・・」
今度はすぐさま報告が入り、首相は真っ青になりました。
「ヘリを撃ち落とせ! 万が一オリンピックスタジアムに向かわれたら、我が国の信用は失墜する!」
幸いスタジアムは中心街からだいぶ離れていますが、
「あらいいじゃない」
クラリスが呑気に、悪魔の微笑を浮かべて言いました。
「まだ周囲のホテルに各国の要人がとどまっているでしょう? 彼らを皆殺しにして、テロリストのせいにするか、ついでにいっそこのまま開戦しちゃったら?」
「な、なにを馬鹿なことをおっしゃいます・・」
ほんのちょっと間が出来たのは、首相もその選択をちらっとでも考えたのでしょうが、すぐに頭を振りました。
「冗談ではない。我が国は今まさに未知のテクノロジーによって武力攻撃を受けておるのです。もう悠長なことは言っていられない、これはすでに戦争ですぞ!」
首相はすぐに非常事態の態勢に入ろうとしましたが、
「まあお待ちなさい」
クラリスが止めました。
「もうすぐ収束します」
「どうやって? そもそも陛下のご友人でしょう? なんとかしてください!」
もうなりふりかまっていられません。
「わたしがどうするより、彼女の恋人がなんとかしてくれます」
「は?」
「ピエロが来ました。すでに彼女を見つけています。なーにピエロの方がパワーは上です。コロンビーヌを操っているのはしょせんおバカな金の精ですしね。決着はすぐにつきます。それより首相」
ますます悪魔じみた微笑を浮かべて問いました。
「二人が欲しい?」
首相は呆気にとられ、科学者と顔を見合わせ、思わずにやけて答えました。
「それはもちろん」
では、とクラリスが指示しようとしましたが大統領がおいと呼び止めました。
「どういうつもりだ? あんた友人の二人をどうするつもりだ?」
クラリスはわざとらしくため息をついて言いました。
「ほんとうにねー・・。コロンビーヌには気の毒なことをしました。あなたたちを導く鍵の役割をしてもらったのはいいのですが、どうやら取り付いた金の精を追い出せなくなってしまいました」
「なにい!? ・・やっぱりゴルディーンはコロンビーヌの体から抜け出せなくなっていたのか。おい、あんたそれを知らなかったのか?」
「そりゃあもちろん。知ってたらコロンビーヌをそんなひどい目に遭わせるわけないじゃない」
クラリスはいかにも申し訳なさそうに頭を振りましたが、大統領はじいっと見つめ、怪しんでいます。
「嘘だろう? 神であるあんたが知らなかったわけねえだろ?」
クラリスはとぼけていた顔を残忍にニヤリと笑わせました。
「あの二人はとても便利だったけれど、これからわたしがやろうとしていることを決して許さないでしょう。だから、もう、邪魔なの」
「て、てめえ〜・・」
ほんとうか?・・・・・・・・・
「首相」
クラリスはもう大統領は無視して言います。
「二人を捕らえる方法が一つだけあります。
ナンバー1シェルターの防壁システムです」
「ナンバー1シェルターですか? それは・・・・」
おい、と大統領が強引に話に割り込みました。
「なんだそのナンバー1シェルターって言うのは?」
首相が答えたがらないので科学者を一睨みしました。
「か、核シェルターです。ナンバー1は最大最強度のシェルターで、軍事作戦の最高作戦本部が置かれます」
「防壁システムって言うのは?」
「そ、それは・・、強化プラスチックのことですか?」
クラリスに助けを求めるように尋ねました。
「ええ。シェルターは何重にも鋼鉄の扉が閉まるようになっていますが、更にその間を液体の強化プラスチックを流し込んでシールドするようになっています。放射能を防ぐための完璧な防壁です」
首相が怪しんで尋ねました。
「陛下。陛下は何故そのようなことをご存じなのです?」
「あら」
クラリスは心外そうに言いました。
「わたしは神よ。その程度のこと知らないわけないでしょう?」
首相は黙り込みましたが、その細い目に危険な光が宿ったのを大統領は見逃しませんでした。
『ま、どうでもいいか』
大統領は薄情にクラリスに警告するのをやめました。
『どうせ女神さまはなんでもお見通しなんだろう。万が一間違いが起こっても、自業自得だ』
大統領は考えあぐねています。クラリスが言葉通りに考えているとはとうてい思えません。だいたい言っていることがいちいち矛盾だらけです。一つ一つはきっと嘘でもごまかしでもない本当のことなのでしょう。それだけ今の人間の世界が混乱して矛盾だらけと言うことなのでしょうが、クラリス本人が果たしてそれに対してどう考えているのか、まるっきり本音が見えてきません。
何か隠している。おそらくこの場にいる誰も想像できないような巨大な事情をこの女神さまは隠している、と大統領は感じています。しかしそれがなんなのか、クラリスは本当は何をしようと企んでいるのか、ただの人間の大統領にはまるっきり想像もできません。
「どうします、首相?」
「しかし、一度シールドしてしまったら開くのに数ヶ月はかかります。それにプラスチック漬けにして動きを止めたとしても、我々も手が出せません。捕らえてもなんのメリットもない」
「二人の唯一の弱点はエネルギー源です。二人は太陽光と水でエネルギーを得ています。暗闇に一年も閉じこめておけば完全に活動を停止するでしょう。それからじっくり研究すればいい。戦争は一年間待つのですね。そうしたらあなた方は無敵の兵隊を作り出す技術を手にすることが出来るのです」
首相は決心しました。
「いいでしょう。やりましょう。ナンバー1シェルターの第一層を使いましょう」
武装ヘリをラジコンで操りながらゴルディーンはどんな遊びをしようか考えています。今は市街で一番高い250階建て超高層ビルのてっぺんにいます。
愉快な気分でいましたが、ギョッとしてビル群の彼方を見ました。最強の敵がもの凄いスピードで近づいてきます。
ピエロです。
ピエロはビルからビルへ飛び移りながら一直線にゴルディーンのいるビルに向かってきます。
「決めた。あいつだ」
ゴルディーンはヘリに命令し、ミサイルをロックオン、発射しました。さあ、機械を操る能力が二人共通のものなのか?
ドオオオオーン・・・・
と、ミサイルは空中で爆発しました。ビルから飛び上がったピエロに命中です。
「やった!」
ゴルディーンは喜びましたが、
「うん?」
黒煙を突き破って銀色に輝く物体が飛び出してきました。ピエロが眩しい銀色の鎧をまとって、無傷で走ってきます。
「チッ」
舌打ちしてゴルディーンはヘリを機銃を撃ちながら突進させました。ピエロの銀の鎧は弾丸をものともせず跳ね返し、突進してくるヘリにヒラリと飛び乗ると高速回転する翼を根元から手刀で切り取り、地上に飛び降りると落下してくるヘリをズンと受け止め、道路に置きました。
「あいつめ〜、かっこよすぎるじゃない〜」
悔しそうに言うゴルディーンの元にピエロがビルの壁を駆け上がってきました。到着。
「ゴルディーン、ですね?」
もちろんピエロは超美形の素顔です。
「だったら何よ〜」
「コロンビーヌの体を返してください」
「フンッ」
ゴルディーンは開き直ってふんぞり返りました。
「わたしだってそうしたいけれど、出られないのよー。金の魔法も使えなくなっちゃってるし、まったく、踏んだり蹴ったりよ」
と言いつつ、ニヤリと笑い、こびを売るようにピエロに言いました。
「ねえ〜、いいじゃない? あなた機械の頭じゃこの世の楽しみ方なんて分からないでしょう? わたしがあなたの恋人になってあげるわよ。わたしがいろんな楽しいことをいーっぱいあなたに教えてあげる。ね?」
超高層ビルの上は時折突風が吹き付けます。ピエロはその風に髪をバサバサ踊らせながら、身は、表情は、ピクリとも動かさず、じっと冷たい目でゴルディーンを見ています。
「わたしはコロンビーヌを愛しています。あなたはいらない」
ゴルディーンはプライドを傷つけられキイーッと怒りました。
「つまらない男ね! この機械頭! だったらどうする? もうわたしとコロンビーヌは一心一体、一人なの。わたしを追い出すためにコロンビーヌの体を破壊する?」
「クラリスに頼みます。彼女ならきっとなんとかしてくれるでしょう」
「クラリス? あの魔女っ娘がこの世界にいるの?」
街で遊び回っていたゴルディーンはオリンピックにも神皇帝クラリスにも気付いていませんでした。
「イヤよっ! だあ〜れがあのむかつく魔女っ娘なんかに会ってやるもんですか!」
「では仕方ありません。無理やりでもあなたにいっしょに来てもらいます」
「へへーん。やれるものならやってごらんなさい」
二人は屋根のてっぺんの聖堂を模した飾りの狭い足場に向かい合っていますが、ゴルディーンはパンチでその飾りをはじき飛ばし、ピエロが宙に跳んで避けた隙に全力で向こうに見える一段低いビルに向かってジャンプしました。その屋上に降り立とうとしたとき、その足場に向かって避雷針の長い鉄棒が飛んできて突き立ちました。
「わっ」
ゴルディーンは慌てて避けて体勢を崩し、そこへ弾丸のようにもの凄いスピードでピエロが飛んできました。
「ていっ」
ゴルディーンは得意の回し蹴りを食らわせましたが、ピエロはその脚を捕まえてクルンと体操選手のように一回転し、その勢いで二人もろともビルから落下しました。ピエロはゴルディーンの背後に回り腰をガッチリ捕まえました。頭から真っ逆さまに落ちていきます。
「わー、バカ、ぶつかるうーっ!」
地面に激突する寸前、ピエロはまたクルンと回転して、ミシッ、アスファルトの地面に深い亀裂を刻んで降り立ちました。ゴルディーンはふうー・・と息をつき、
「分かった。降参。どうせわたしがどこへ逃げてもあなたには分かるんでしょう?」
恨めしそうに、ちょっぴりコロンビーヌを羨ましく思いながらピエロを睨みました。
「分かってもらってよかった。わたしはただコロンビーヌを取り戻したいだけ。あなたをどうするかはクラリスさんにお任せします」
「あー、聞きたくない。
ねえねえ、クラリスにひどいことしないようにあなたからもよく言ってやってね?」
これだけ大騒ぎしておいて、よく言います。
「はいはい。頼んであげましょう」
ピエロはとにかくコロンビーヌの体を捕まえたのが嬉しいのか、軽く微笑んで言いました。
ピエロはゴルディーンの手をしっかり握って、帝国議事堂のヘリポートに降り立ちました。外れに地下へ下りる入り口があります。
「クラリスさんは何故こんな所にいるのだろう?」
不思議に思いながら、クラリスに絶対の信頼を寄せるピエロは階段を下り、途中のドアからがらんとした広い部屋に入りました。
そこに、クラリスが一人で立っていました。
「ピエロさん。あら、ゴルディーン。お久しぶりねえ。せっかく過去の罪を償うチャンスを与えてあげたというのに、またしょうがない事をしでかして」
「この〜、魔女っ娘め〜・・」
ゴルディーンのこの世で一番にくったらしい相手です。
「クラリスさん。何故こんな所にいるのです?」
ピエロは当然の疑問を問いました。
「コロンビーヌの中からゴルディーンを追い出したいんでしょ? さあこっちに来て」
ピエロがゴルディーンの手を引いて中央に向かうと出てきたドアの前に横から分厚い鋼の壁がスライドしてきてドアを塞ぎました。完全に密閉され真っ暗です。でも三人とも暗闇でも目が見えます。
「これは?」
「外部からの干渉を避けるためです。さあ、こっちへ」
ピエロに手を引かれたゴルディーンが何かに気付いて言いました。
「ピエロ! おかしいよ、こいつ、魔女っ娘じゃないよ!」
「そんなはずはありません。彼女はクラリスです」
「バカバカ。あんた、その目で分からないの? これは本物じゃない、幻よ!」
「まぼろし?」
ピエロも立ち止まってじいっとクラリスを見ました。
クラリスはニッコリ笑い、悪魔の表情になりました。
「ごめんなさいね、ピエロさん。仕方ないのよ」
クラリスの幻が消えました。
「ちっくしょう!」
ゴルディーンがピエロの手を振りほどいてドアに駆け戻りました。しかし鋼の壁はぴったり閉まって開くことは出来ません。
「なんのつもりだい、魔女っ娘!」
ゴルディーンは怒りにまかせてあちこちの壁を殴る蹴るしましたが、びくともしません。
「無駄です」
ピエロが言いました。
「わたしたちの力でもこの壁を破壊して脱出することは不可能です。ゴルディーンさん。申し訳ない。どうやらわたしたちはクラリスさんに騙されたようです」
「馬鹿っ! なに悟ったみたいな口きいてんのよ!」
ゴルディーンはなおも暴れましたが、虚しい抵抗です。
天上の無数に開いた小さな穴から何か液体が降ってきました。
「なに?なんなの、このべたべたした水は?」
「これはプラスチックの一種です。固まったら、動けなくなります」
「ち、ちくしょおおお!」
ゴルディーンは暴れ回り、はじめのうちはバリンバリンと割れていたプラスチックも、全身にこびりつき、堆積していく内に徐々に行動の自由を奪っていき、とうとうゴルディーンは四つん這いのかっこうで固まり始めました。
「ちくしょおー・・・・」
涙が出てきました。機械人間も泣くのです。
「魔女っ娘。何故こんなひどい仕打ちをする? あんた、絶対、絶対・・・・・」
口の中にも液体が流れ込み、急速に固まっていき、ゴルディーンは、活動を停止しました。
ピエロは立ったまま、足元から徐々に固まっていくのに任せました。広い部屋が、腰までプラスチックで充たされ、胸まで充たされ、とうとう顎まで達しました。
「クラリスさん。わたしも恨みますよ」
ピエロも、頭までプラスチックに没し、沈黙しました。 |