第48話 呪いを解く方法
バガーン!と大破した馬車の木片が跳ね上がりました。
「ひ〜っ、た、助けてくれ〜っ!」
叫びながら飛び出してきたのは人形王子です。ロープがほどけたわけではありません。足から胸までグルグル巻きにされたままバッタのようにピョンピョン跳ねながら必死になって逃げてきます。いやー人間死ぬ気になればなんでも出来るものです。で、何から必死になって逃げているかと言えばそれは当然・・
ドッガーン!と更に大量の木片が吹っ飛びました。ギギギギギギーッ!と雄叫びを上げてネズミ女王が憤怒の形相で立っています。
王子は背中にビリビリ感じる怒気に恐れおののき頼るべきものをピョンピョン飛び跳ねながら必死に探し回り、目に付いたのはひときわ堂々とした大男、それといっしょにいるコロンビーヌです。
「お、おい君たち、頼む、助けてくれ!」
敵だろうがなんだろうがこの際どうでもいいです。王子はとにかくネズミ女王が恐ろしくて仕方ありません。
「ギギギ、く〜る〜み〜割〜り〜」
ズシンズシンと地響き上げてネズミ女王が迫ってきます。王子は慌てて大統領の大きな体の陰に隠れようとしましたが、
「てい!」
何を考えたかコロンビーヌが蹴りを食らわせ王子をネズミ女王の前に転がしました。
「やーめた」
コロンビーヌがネズミ女王に向かって言いました。
「あなたとのケンカはもうお終い。この体が思ったより使い勝手が悪いのが分かったからもう無茶するのはやめにしたわ。そいつが欲しいの? なら仲直りの印にあげる」
勝手に決めてしまいました。王子はそんな〜と泣き顔になってビクリと恐怖の視線を上に向けました。ドシン!と女王の大きな足が王子の体を押さえつけました。絶体絶命。しかし女王の怒りの目は王子にではなく大統領に向けられています。
「この嘘つきめ! このあたしにこいつを隠していたね!」
いや、待て、それは、と大統領は慌ててしどろもどろに言い訳しました。
「そいつはエサだ。いや、あんたを働かせるためじゃなく、他の奴ら、そうピエロたちをおびき寄せるための、な? あんたも王子ばかりじゃなく奴らにも恨みを晴らしたいんだろ?」
しかしもう怒りが二度三度と爆発してしまっている女王には通用しません。もの凄い顔で凄んで、
「ぶっ殺す」
王子をまたいで大統領に迫りました。
「待て、頼む、許せ」
こうなっては大統領も王子と大差ありません。その王子はこれ幸いとゴロゴロ転がって脱出を計っています。
パチン、と女王の尻尾の下のスイッチが切られました。
「ギギ?」
こうなると女王はしばらく動けません。
「なーにやってんだか」
呆れた顔で立っているのは赤毛の女ノアです。女王のスイッチを切ったのは彼女でした。
「ヒュー、助かった。よおノア。間一髪だったぜ」
大統領は額の脂汗を拭い、周囲の木に隠れていた部下たちもぞろぞろ出てきました。
「なんだい?たったこれしかいないのかい? 他は森の中かい?」
大統領の部下とノアの隊員と合わせて十人ほどしかいません。
「いや、これで全部だ。他はみんな迷子になって消えちまった」
「ふうーん、抜け穴捜しははかどっちゃいないようだね?」
「残念ながらな。おまえの方はずいぶん派手にやらかしたようだな?」
ノアは得意そうにフフンと笑いました。コロンビーヌに目をやり、
「あーらコロンビーヌさん、じゃなく、金の精さんね? あー、まったくその顔むっかつくわねー」
ノアもお風呂でコロンビーヌにつるし上げにされた事があります。
「ゴルディーン」
コロンビーヌがムスッと言いました。
「へ?」
「ゴルディーン。あたしの名前よ」
呼ぶのにコロンビーヌも金の精もややこしいのでちょうどいいです。
「そう。それでゴルディーンさん。あなたまでなんでここにいるの?」
「あなたたちこそここで何してるのよ? フフフ、あなたたちも外の世界に出たがってるの? いいわ、気に入ったわ」
ちょっと待て、と大統領が止めました。
「話はあとだ。おい、ゴルディーン、傷の手当だ」
ノアもゴルディーンの傷口を見てギョッと目を見開きました。大統領は自分の馬車にゴルディーンを連れていき、消毒し、包帯を巻いてやりました。ゴルディーンはその間ずっと痛い痛いと喚き続きでしたが暴れることはしませんでした。
手当が終わって、
「まずなんとかしなけりゃならんのはこいつだな」
と大統領はため息まじりに女王ネズミを見て言いました。外見に動きはしませんが中でジージーゼンマイが巻かれる音がしています。力を貯めてスイッチを入れ直そうとしているのです。
大統領はゴルディーンに訊きました。
「と言うわけで俺たちは外への抜け穴を探しているわけだが、どうだ?あんたの目と魔力で見つけだせないか?」
「うるっさいわねー、訊くんじゃないわよ。頭に来るけどあの魔女っ娘の魔法は手が込んでいてちょっとやそっとじゃ見破れないのよ。キーッ、頭に来る!」
「と言うことは、やっぱりこの女王様の力を借りなけりゃならんと言うわけだ」
大統領はまた困ったため息をつきました。
「こうなったらしょうがないじゃない」
ノアが言って、その足の下には再び捕まえられた王子がギュッと踏んづけられています。
「お望み通りこの王子様を彼女にくれて上げましょうよ。ね、女王様、聞こえてる?」
女王の目玉がゆっくりノアを見ました。
「王子を捕まえてやったのはあたしなのよ、ちょっとは感謝してね。それで王子様は差し上げますけれど、首を引っこ抜かれちゃうのは困るのよね。もちろん噛み切るのもね。命だけは助けてあげて欲しいの。その代わり、」
ロープを掴んでよいしょと王子を立たせて女王の目玉と向かい合わせました。
「王子様には今からあなたの家来になることを誓わせるわ。ね?その方がひと思いに殺しちゃうよりずっと長く楽しめるでしょ?」
王子は女王の目玉に見つめられてブルブル首を振りました。
「じょ、冗談じゃない、こいつの家来になんて・・」
グイッとノアの方に顔が引き寄せられました。
「王子様。大人しく言うことを聞いた方が身のためよ。でないと、ほんとおーに、食べられちゃうわよ」
間近に見るノアは恐ろしくて迫力がありますがとびっきりの美人で、バラの花のよい匂いがします。
「どうせなら君の家来の方が・・」
ピーッ!と女王の鼻から蒸気が噴き出してスイッチが入り直しました。
「くるみ割りいーっ!」
ガバアッとギザギザの歯の大口が開いて、
ノアは王子の顔を素早くぎゅうっと女王の頬に押しつけました。
「女王様の家来になるわねっ!?」
「な、なります、なります、喜んで!」
ピーッ、プシュウ〜・・、と鼻と口から蒸気の息を吐いて女王はゆっくり口を閉じました。一歩下がって、
「このあたしの家来になるんだね?」
王子は泣きそうになりながら深々頭を下げて、前につんのめりそうになるのをかっこわるくノアに支えてもらいながら
「はい。どうかあなたの家来にしてください。なんなりとご奉仕させていただきます」
と全面降伏しました。
「くるみ割りがこのあたしの家来になる・・」
ギギ、ギギギギ、ギッギッギッギッ、ギーッギッギッギ、ギーッギッギッギッ!
女王は耳障りな声で大笑いし、大喜びしました。
「勝った! あたしはついに宿敵くるみ割りに勝った!」
笑い声を上げながら、感無量の有様です。いろいろ胸に去来するものがあるのでしょう、感動的です。
人形王子を副官に従えた女王ネズミは上機嫌で抜け穴捜しの指揮を再開し、大統領たちは安心して相談を始めました。
「あんたの体だが」
と、ゴルディーンに訊きます。
「魔法で動いているって訳じゃあないのか?」
「違うわね。この体には魔力は一切感じない。体の中は訳の分からない複雑な機械だらけよ。筋肉も、伸び縮みするわたしのまったく知らない金属だわ」
「なるほど、金属の体だから金の妖精であるあんたが易々取り付くことが出来たんだな? しかし、脳味噌はどうなっている? それも機械なのか?」
「ええ。一番訳分からない複雑で細かい機械がごっそり詰め込まれているわ」
「ふうーむ、驚いたな。完全な機械人間か。ま、機械なんだから人形と言うべきかもしれないが、どう見ても人間としか思えねえな」
「ユリアの人形とも違うみたいね」
と言ったのはノア。この三人が集まって会話をしています。
「あっちは見せかけは本物の人間そのものだったけど、中身の仕掛けは単純なものだったからね」
「機械なら誰かが作った物なんだろうが、それは、女神なのか?」
ゴルディーンに訊くと、
「分からない。体は動かせるけれど脳の知識は読みとれないわ。でも・・、わたしの感触では違うと思うわ。あの魔女っ娘なら、機械より魔法で人間を作る方がずっと簡単でしょう?」
「となると、こいつも外の世界の代物ってことか?」
大統領は腕を組んでうーん・・と考え込みました。
「外の世界ってのは想像以上に恐ろしいところかもしれんな。何しろこのくるみ世界は五百年前からまるっきり成長していないんだ、と言うことは、外の世界はこの世界の五百年後の未来の世界だってことだ」
大統領はゾッとした顔で、
「そりゃ世界も滅ぶわな」
と言ったのは、コロンビーヌの恋人のピエロももちろん機械人間でしょう。二人とももの凄く強いです。もし仮に外の世界に彼らのような機械人間がごろごろいて、機械人間同士が戦争をしていたなら、そりゃあ世界も滅ぶだろう、と言うことです。
「どう? 怖じ気づいた?」
とノアに訊かれ、大統領は不敵にニヤリと笑いました。
「へっ、ますます、行かずにはおれんな」
はて、女王の様子がおかしくなってきました。短い腕を組んでない頭をしぼって何やら考え込んでいます。
女王は斜め後ろにしょんぼり控えている王子を振り返りました。巨大な目玉でじいー・・っと王子を見つめています。
ノアが女王の異変に気付いて大統領たちから離れてやってきました。
「何か違う」
と女王は言いました。
「何かって、なにが?」
「あたしとこいつの決着はこんなことじゃないってことさ」
女王は肩越しに首を巡らして王子を見ていましたが今度は体ごとまっすぐ王子に向き合いました。
「あたしがこいつに望んでいたのはこんなことじゃない。これじゃあ満足できないんだよ」
すっかりしょぼくれた王子はこれ以上どうすればいいんだ?と困惑しきって女王を見つめ返しました。
女王は目を細めて言いました。
「やっぱり殺してしまおうか・・・」
ノアは呆れて肩をすくめて天を仰ぎました。
「あのさー、あんた殺したいほどこの王子様が憎いわけ?」
「そうさ。決まってんじゃないか」
「あのね、なんでそんなに憎いわけ? だいたい女が男を憎いって言うのは、ほんっとーに、虫ずが走るほど嫌いか、でなきゃ、殺したいほど大好きか、どっちかじゃない」
殺したいほど好き。
まあっ、このブリキの雌ネズミにそんなかわいらしい感情があるわけないと思いきや、
「好き? あたしがこいつを?」
なんと王子を見つめる目の周りがほんのり桃色に染まり出しました。
「あらまあ、図星」
「バ、バカァ言ってんじゃないわよおっ!」
女王ネズミは実に分かり易くジタバタうろたえました。
「こ、この誇り高き噛みつき者の女王様がこんなおもちゃの人形野郎が好きなわけないじゃないか!」
「だったらさあ・・」
ノアは嫌あな予感にげっそり青くなっている王子を残酷にニンマリ笑って見ました。
「試しに王子様にキスしてもらいなよ。きっとそれではっきりするよ」
王子が逃げ出す前にノアはしっかり王子の顔を両手で押さえて女王の巨大な顔にぬーっと近づけてやりました。
「ほーら王子様、女王陛下に忠誠心を見せてやりな」
「ひ〜、や、やめて・・」
王子の唇がにゅ〜っと近づいて、
女王は真っ赤になってピーッ!と盛大に蒸気を吐きました。
「ギュギャギャギャギャギャギャ」
体内の歯車がいっぺんに全開で回りだし、ギュンッと飛び上がったかと思うと、バッタリ倒れ、起き上がると猛烈な勢いでグルグル走り出しました。危ない危ない。完全に制御不能の暴走自動車です。
「おい、あいつをなんとかしてくれ!」
大統領は堪らず避難しながらゴルディーンに頼みました。
「しょうがないわねえ」
と言いながらもゴルディーンは女王捕獲に向かいました。普通の人間が跳ねられたら即死です。後を追って走り、急な方向転換にヒヤリとよけ、ちょうどよい角度を測って、
「えい!」
と上手く横から捕まえましたが、コロンビーヌの怪力を以てしても女王の暴走は止められません。引きずるどころか後ろになびかせて暴走ぶりは加速するばかりです。
ノアと王子はアーモンドの幹によじ登って難を避けていました。
「こら色男。観念してキスしてやりな」
ノアは言いましたが、女王の暴走ぶりはもう冗談では済まなくなっています。王子の方も必死です。
「嫌だよ。なんでこの俺があんなネズミのバケモノにキスしなくちゃならないんだ!?」
「いいからしろって! 案外魔法が解けてかわいいお姫様に変身するかもしれないぞ?」
「たとえそうなっても、俺はあの女が嫌いなんだ!」
二人は横に揃って幹にしがみついていましたが、ノアがスルスル王子の上に登ってくると、
「じゃあ死んできな!」
と、思いっきり王子の顔を踏んづけました。王子は堪らず落下し、運悪く暴走女王が突進してきました。あわや激突!と言うところ、女王の背中によじ登ったゴルディーンが女王のひげを引っ張って横に急カーブさせ、落下してくる王子のえりをがっしと掴みました。
「ほら、キッス!」
「やめ・・」
チュッ。
ゴルディーンに首根っこを掴まれて押しつけられ、王子は無理やりブリキの色気もなにもないほっぺたに口づけさせられました。
キキーッ!と急ブレーキがかかり、堪らず王子とゴルディーンは前に振りほどかれ数メートル飛んでゴロゴロ転がりました。王子がウーンとうなって体を起こすと、なんとネズミ女王の青灰色の体が七色に美しく光を放っているではありませんか!
七色の光の中にブリキネズミの体は消えていき、光が収まっていくと、そこに人の影が立っていました。
「まさか・・・」
王子は驚くよりいやーな予感がしてしかめっ面で眺めました。
光が完全に消え、オレンジ色のかがり火の明かりに照らし出されたのは、なんと、十二、三歳のかわいらしい女の子でした。
「は?・・・」
王子は予想外の姿に驚くと言うより呆れました。
白金の髪をかわいく三つ編みし、真っ白な肌に真っ赤な唇、目のクリッと大きな、北欧系の少女です。服も袖のひらひらした真っ白な地に虹の七色で鮮やかに刺繍がされた民族衣装風です。
「おやまあ、これはまたずいぶんかわいらしく変身したものね」
ノアが木から下りてきて大統領、ゴルディーンと並んで思わず微笑みました。
「ね? よかったじゃない、かわいいお姫様になって」
立ち上がった王子に冷やかしの言葉を浴びせましたが、王子は困りながら真剣な目で少女を見つめました。
自分の姿に見とれていた少女は王子の視線に気付くとパッと顔を輝かせて元気に駆けてきました。
「ああ王子様! ありがとう! おかげで呪いが解けました!」
呪いでああなってたのか?と大統領がノアに訊きました。
「あたしが知るわけないだろ。でも、どーなのかねー?」
ゴルディーンに問いかけの視線を送ると、
「知るもんですか」
と、すねたような口調ながら笑って言いました。
王子は真剣です。ニコニコ、頬をバラ色に染めて、キラキラ純粋な憧れの瞳で見つめる少女に問いました。
「君は、だれ?」
「わたし? わたしは・・」
少女はちょっと考え、パッと顔を輝かせて言いました。
「わたしはあなたのお嫁さんです! ええ、わたしは呪いを解いてくださった王子様のお嫁さんになるように運命づけられていたのです!」
なんの疑いもなく嬉しさいっぱいに言います。王子はちょっと眩しそうに、ちょっと迷惑そうに、目を細めて言いました。
「誰が君にその呪いを掛けていたんだい?」
少女は元気に言いました。
「悪い魔女です! ええ、か弱い乙女に呪いを掛けるのは悪い魔女に決まっています!」
王子はほとほとまいったように胸の奥からため息をつきました。
「それで、君、名前は?」
「名前? ・・・えーと・・・・」
それまで元気いっぱいだった少女の表情が心細そうに曇りました。
「分からないのかい? それでは僕が付けてあげよう。そうだな、君の名は・・、フェザーホワイト。白鳥の羽根の純白さ。どうかな?」
「フェザーホワイト・・。はい! 素敵な名前をありがとう、王子様!」
「僕の名はプリンシバルト」
「はい! 王子様!」
王子はあきらめて、優しく微笑みました。
「けっきょくこうなるんだな。いいよ、僕の負けだ。受け入れるとしよう、この人生を」
フェザーホワイトは王子が何を言っているのか分からず、でも頼もしそうに、楽しそうに、ニコニコ王子の顔を見つめています。
「僕たちの新しい人生が始まるってことさ」
王子は心から愉快そうに笑いました。
「ちょっと待ってよ、王子様」
ノアがニヤニヤ笑いながら意地悪を言いました。
「すっかり新婚気分で盛り上がっちゃってるようだけど、ホワイトちゃんのこの年じゃあ、犯罪なんじゃない?」
そうだぞ、と大統領も腕を組んで恐い顔を作って言いました。
「くるみ国では結婚は十三歳からだが、カメリアでは十八歳まで禁止だ」
いいんだよ、と王子は言いました。
「僕は急がないからさ。急ぐ必要なんてないんだ。君も、急がなくていい。僕らはゆっくり自分たちの人生を歩んでいけばいい。・・・と、そう言うことなんだろう?」
誰に向かって言っているのか、王子は斜め上の空をちょっと恨めしそうに睨みました。
夜空は目隠しするように厚い雲が覆っています。
「それでだな、ホワイトちゃん」
大統領は揉み手をするように猫なで声で言いました。
「俺との約束は守ってもらえるのかな? つまり、臣下の噛みつき者どもを使ってちゃんと抜け穴捜しはしてもらえるのかな?」
「はい!もちろんです! これも大統領さんとお姉さん方のおかげですから! 喜んでご協力いたします!」
と元気に言ったのはいいのですが、
「ハーイ、みんなー! しっかり探してくださいねー!」
と岩の外の暗がりに声をかけましたが、暗がりはしーんと静まり返り、先ほどまでのゴソゴソガサガサ小動物たちが動き回る気配は一向に伝わってきません。
「あれー?」
フェザーホワイトは首を傾げ、ニコニコ振り返ると言いました。
「ごめんなさい。動物たちの声が分かんなくなっちゃいましたあ!」
はあー?と大統領は口をあんぐりと開けました。
「おいおい、冗談じゃねえぞ。抜け穴が分かんねえんじゃ、俺たちゃいったいここに何しに来たんだあ?」
ここまですっかり手を使い尽くしている大統領はウームと頭を抱え込んでしまいました。
王子がフェザーホワイトに訊きました。
「どうかな?これまで動物たちを使っていて、何か気が付いたこととか、気になる場所とかなかったかな?」
フェザーホワイトは大好きな王子様のためにエートエートと頭を振り絞りました。今度はしっかり脳味噌が詰まっています。
「ああ! あります! あの・・」
ポッと恥ずかしそうに頬を染めて、
「わたしが悪い魔女の呪いで凶暴なネズミに変身させられていたとき、わたしが癇癪を起こして動物たちを叱ると、たーっくさん!のネズミたちが逃げ込んだ場所があります」
なに!?と大統領が顔を輝かせ、
「場所は?分かるか?」
「はい!ご案内します!」
フェザーホワイトに案内されて森の中に入っていき、ほど近い場所で止まりました。
「ここか・・・」
大統領はそれを見てうなりました。
そこには高さ3メートルはある黒いゴツゴツした岩が地面から生え、いかにも怪しそうな大きな亀裂が入っています。大統領はその亀裂を改めて覗いてみました。泥が詰まり、となりの大木の根が入り込んで密生し、亀裂は、やはりただの亀裂にしか見えません。
「ここならさんざん調べてみたんだがなあ・・」
「動物たちはここに逃げ込んで、それでどうなったの?」
王子が訊くと、
「それっきり消えちゃいました」
「なんでそれを俺に報告しなかった?」
大統領が不満を言うと、
「消えちゃって誰も戻ってこないから、誰も報告してくれなかったんです」
フェザーホワイトは自分のうかつさを恥じて王子様の背中に隠れました。仕方ありません、ネズミ女王の頭の中は空っぽでしたから。
大統領はため息をついて訊きました。
「それはいったいいつ頃から知っていたんだ?」
「えーと、抜け穴を探し始めて、翌日からです・・・・」
「翌日・・・」
仕方ありません。ここは我慢です。大統領は気を取り直して亀裂を調べ直しました。
「うーん、分からねえ。俺の体じゃ奥に入れねえ。おいノアおまえはどうだ?」
ノアが外の人間だったとしたら、もしここに抜け穴があるとすれば、彼女はここから入ってきた可能性が高いわけですが・・
「嫌よ、そんなきったない所。なんであたしがこんな所から出てくるのよ?」
外の世界への関心は人一倍高いはずですが、ノアは汚れるのが単純に嫌なようです。
「しょうがねえ、叩き割るか。おい、ハンマー持ってきてくれ」
大統領は部下に頼みましたが、
「必要ないわ」
ゴルディーンが歩み出て、亀裂の一方に足をかけると、
「ていっ!」
気合い一発、鋭く踏み込むとバカン!と亀裂が向こうまで貫通して、岩の半分が斜めに傾きました。
「よし!」
ゴルディーンを押しのけるように大統領が亀裂に身を入れると、
「おおっ!・・・・」
残った岩の半分に大きな口が開いていました。斜め下に、いつ果てるともしれない深い穴が続いています。
「これかあ!・・・・」
ついに見つけた!
大統領は目をギラギラさせてランタンを掲げ、穴を覗き込みました。十数年来探し続けた外の世界への出口が、とうとう見つかったのです!
「よおし、行くぞ!」
大統領は張り切って穴に踏み込もうとしましたが、
「閣下! お待ちを!」
部下たちが慌てて止めました。
「危険です! この先がどうなっているのかまるで分からないのですぞ!? フェザーホワイト殿!ここに入って戻ってきたネズミやリスは一匹もおらんのですな?」
フェザーホワイトはこっくり頷きました。
「ほれご覧なさい閣下。十分に調べてからでなければとても閣下を行かせるわけにはまいりません!」
「ばっかやろう! 一番乗りは俺だって決めてんだ! 行ったきり帰ってこれねえってえんなら、なおさら他の奴に行かせられるかよ!」
我が儘だと、大統領という責任ある立場にある人間としては十分承知しています。くるみ国カメリア国ともにたいへんなこの時に、まあそれはほとんどこのノアのせいなのですが、官邸を離れてこんなところで探検をしていることで十分問題なのですが、テオドール・タイトワイヤ個人として、生涯をかけたこの仕事を他人に渡す気はさらさらありません。
「行くぜ、俺は」
部下の制止を振り切り穴に入ろうとすると、
「待ちなさい」
ゴルディーンが言いました。
「わたしが先に様子を見てきてあげる」
大統領はピクリと眉毛を上げました。
「冗談じゃねえぜ。おまえなんか信用できるかよ。外に出たら、あとは知らんぷりだろう?」
「これの礼よ」
包帯を巻いた左手の肘を上げました。
「フン。おまえ、礼だの約束だの守るたちじゃねえだろ?」
大統領もオリンピックスタジアムからのラジオ放送をしっかり聴いていました。
ま、そうだけど、とゴルディーンも認めながら、でも、としっかり大統領の目を見て言いました。
「今度は本気よ。約束する、穴の出口を確認したら必ず戻ってくる」
「本当か?」
「ええ。穴自体もそうだけど、穴の先、外の世界がどうなっているのかも分からないんでしょう? なにしろ五百年。噂じゃかなりやばいことになっているんでしょう?」
そうですそうです、と部下たちも勢いづいて言いました。
「わたしのこの体なら大丈夫。向こうがどんなことになっていてもまあ平気でしょう。見てきてあげるから、わたしが戻ってくるまで大人しく待っていなさい」
大統領も疑いの目でゴルディーンの表情を観察しながら、けっきょくその真剣な眼差しに折れました。
「分かった。頼む。しかし、」
「だいじょうぶ。戻ってくるわよ」
じゃ、と言って、ゴルディーンは灯りも持たず真っ暗な穴の中に入っていきました。大統領の掲げるランタンの明かりからもすぐに姿が消えてしまいました。
「ひょっとしてあいつ、あの体から・・・」
大統領たちは待ちました。
30分、1時間、2時間。
しかしゴルディーンは帰って来ません。
「遅えな・・」
大統領は袖をまくって腕時計を見ました。時刻はいつの間にやら11時になろうとしています。
やはり行くか、と大統領が腰を上げようとすると、ヒヒーンと馬のいななきがアーモンドの木の方からしました。慌てて部下が報告に走ってきます。
「追っ手です! くるみ国の警察馬車です!」
「なんだとお?」
大統領がチッと面倒くさそうに舌打ちすると、ガサガサ、茂みをかき分け誰か来ました。
「父上!」
得意満面の笑顔をした、ルピネー少年です。
すると、くるみ国の警察馬車とはアラベラが盗んだ馬車でしょうが、はて?彼らがアイリスファクトリーを出たのが10時半頃、およそ50キロの距離を、あまりに早すぎる到着ですが・・・・・
+注意+
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