第18話 ラウンド2
「あれれー、もう用は済んじゃったのかな?」
クララたちがベルナール先生に案内されて廊下を歩いているとのんきにニコニコして人形王子プリンシバルトがやってきました。
「もう、王子。どこ行ってたんですか?」
クララがなじるように言っても王子は平気でニコニコして
「うーん、最初はね、美術教室におじゃまして女の子たちのデッサンのモデルになってあげて、飽きたから音楽室で女の子たちのリクエストでリコーダーを吹いてあげて、それからちょっと国語の授業におじゃまして美人の先生に詩を朗読してあげて、それからグラウンドに出て女の子たちのテニスのお相手をしてあげて、それが終わって今戻ってきたところだよ」
と、やたら女の子が出てきて、どうやら人形王子はたいそう女の子におもてになるようで、クララはムッとして、なんだかがっかりしてしまいました。
なんだか人形王子もクララの白馬の王子様とイメージが違います。
「王子。あなたもいっしょに来ますか? それともここに残って女子生徒たちのお相手をしていますか?」
と、クラリッサもちょっとトゲのある言葉で訊きました。
「行きますよ、もちろん」
と、人形王子は肩をすくめ、コロンビーヌに笑いかけましたが、コロンビーヌはフンとそっぽを向いてしまいました。
「おやおや。それで、どこに向かっているんです?」
「蜂の巣山です」
「どこ?それ」
「ここから十キロほどのところにある山です」
と、優しいベルナール先生が教えてあげました。
さて、その行き方ですが、
「あれー、馬車で行くんじゃないのかい?」
ベルナール先生に案内されたのは裏の駐輪場です。
ずらりと自転車が並び、ヘルメットをつけた生徒たちが先生に挨拶してこいでいきます。
「ノア君は自分の自転車で山に向かったんです。せっかくですからわたしたちも自転車をお借りしてサイクリングといきましょう」
と、クラリッサは元気に言いましたが、王子はロベルトといっしょに「うへー」と言う顔になって、
「僕は運動は苦手なんだがなー」
と、喜んで女の子たちとテニスしていたくせに、あのネズミ女王とくるみ割り人形の皇帝として勇敢に戦ったのに、ああ、凛々しさがどんどん無くなっていきます。
「あなたは先生といっしょに馬車に乗っていきますか?」
クラリッサがベニオには優しく尋ねました。
「自転車には乗ってみたいですが、皆さんのご迷惑になるかしら?」
と、ベニオは残念そうに言います。
「ではわたしといっしょに乗りますか?」
と誘ったのはコロンビーヌ。
「けっこう上手ですのよ。ベニオさんなら平気で後ろに乗せてあげられますわ」
と、どういう仕掛けになっているのか、腰の紐をきゅっと引っ張るとふんわりしたスカートが乗馬パンツのように絞り込まれました。
クララはわたしはどうしようかしらとスカートをつまみました。
「クララさん。だいじょうぶよ。これにお乗りなさいな」
と、ベルナール先生に示されたのはサドルの下のフレームにハンガーみたいなのが取り付けられて、そこにスカートが上手く掛けられるようになっている女性用の自転車です。
クラリッサも同じタイプの自転車を借りました。
「僕はこれがいいな」
と、王子は車輪の大きな楽にスピードの出そうなタイプを選びました。
「じゃ、俺はこれ」
と、ロベルトは小回りの利きそうな小さなタイヤの自転車を選びました。
ベルナール先生は、
「馬車は必要ないでしょうか?」
と、迷いましたが、
「だいじょうぶだと思います。必要ならあちらで何とかなるでしょう」
と、クラリッサに言われて自分も自転車で行くことに決めました。
みんなしっかりヘルメットをかぶって、
「出発進行!」
ベルナール先生を先頭に一列になって駐輪場を出発しました。
公園の中を歩道と自転車道がきちんと分離されて通っています。
「五年生以上の子はみんな自転車を持っています。工作の授業で作りますので」
「自転車を自分で作るんですか?」
「もちろん全てではありませんよ。組み立てる程度で、仕上げはきちんと大人のプロが確認しますが、自分で組み立てればどういう仕掛けでどういう構造になっているのか理解できるでしょう?」
実践教育重視のくるみ国の小学校ならではです。
「五六年生の半分くらいは自転車で通学しています」
クララたちの前後に生徒たちが自転車で列を作っていますが、みんなきちんと安全運転で、スピードの出し過ぎや、ふざけて乱暴な運転をしているような子はいません。
「自転車を乗るには教習を受けて免許を取らなくてはなりません。危険運転は、即時免許没収です」
それはけっこうだと思います。クララも男子の乱暴な運転にひやっとしたことがあります。自転車だって危ないんです。あんな奴らはみんな免停です。
クララも自分の自転車を持っています。クララの自転車は鉄製ですが、くるみ国の自転車は基本的に木製です。部分部分に鉄のパーツで補強されています。
タイヤはかなり硬めで、チューブには空気ではなく何か柔らかい別の物が入っているようです。
車輪も軸と外輪を針金ではなく木の板でつないでいますが、外側を包む形で、間に小さい車輪がいくつか入って軸を支えています。細かい構造はよく分かりませんが、タイヤが硬い感触の割には乗り心地はよいです。
こんな構造の車輪はドイツでもアメリカでも発明されていないのではないでしょうか?
ハンドルにもサドルにも程良いクッションが利いて手首やお尻が痛くなることもありません。
よくできた自転車で、欲しいなあ、とクララは思います。
公園を抜け、広い道に出ました。
ぽこぽこ頭を並べる山々に向かって走っていきます。
「三十分ほどで着けると思いますから頑張ってくださいね」
と、ベルナール先生が励ましました。
本来案内役のティム君はいません。チョウ先生に教務室に連れていかれてたっぷりお説教です。チョウ先生は怒りと泣きを交互に繰り返して、お説教される方は相当まいることでしょう。
ベルナール先生は慣れたものでスイスイ走っていきます。クラリッサも「自転車なんて何年ぶりかしら?」と楽しんでいます。最初は乗り気じゃなかった王子も「快適快適」とすっかりサイクリングを楽しんでいます。ベニオを後ろに乗せたコロンビーヌも涼しい顔でスイスイこいでいます。ベニオは「まあ早い早い!」と喜んでいます。クララだって負けていません。
それに比べて・・・・
「こら、おい、待て!」
一人だけロベルトはフラフラおぼつかない感じでみんなから遅れがちに必死になってペダルをこいでいます。
しょうがないのでクララが並んで走ってやりました。
「肩に力が入り過ぎなのよ。ハンドルなんて軽く支えているだけでいいのよ。あなた自転車乗ったことないの?」
「う、うるさいな。ひ、久しぶりだから調子がつかめないだけだよ」
文句を言いながらそれでもクララを見習ってちょっとはまともに走れるようになりました。
「ほ、ほーら見ろ。ちょっと走れば勘が戻るのさ。おっと」
まだまだ危なっかしいですが、まあ一応ついて来れそうです。
「それにねえあなた、自転車の選び方が悪いわよ。長距離走るんなら車輪の大きな方が楽にスピードが出るのに、そのタイヤじゃあたいへんでしょう?」
「う、うるさいなあ。そう言うことは先に言えよな」
でもそこは若い男性です。乗り方を覚えたらすごい馬力でクララを追い越しみんなに追いつきました。
「へっへーんだ。どんなもんだい!」
得意になっています。
「はいはい」
クララはなんだか弟の面倒をみているような気になってきました。
ローズシティーに流れる川を越え、森に入り、一つ奥の山の麓に到着しました。
「ここが『蜂の巣山』です」
ベルナール先生が登山口を指して言いました。
その脇に、おそらくノア君のでしょう、一台自転車が置かれています。
来るときに見た感じでは丸い緩やかなそれほど高い山ではなく、そんなに危険な山には思えません。
熊が出なければ。
木はみんな葉っぱを散らして裸になっています。もうそんなに食料も残っているようには見えないのですが。
「ノア君にはピエロが付いているはずですから心配ないと思いますが、油断は大敵ですね」
クラリッサがみんなを見渡して考えました。
「取り敢えず、わたし一人で様子を見てきましょう」
コロンビーヌが心配そうにしましたが、
「だいじょうぶです。あなたと王子は皆さんのことよろしくお願いしますね」
「クラリッサ様、これを」
とベルナール先生はガランガランと鳴る大きな鈴を差し出しました。
「わたしはけっこう。どうぞ先生が持っていてください」
とクラリッサは一人スタスタ登山路に入っていきました。
「まああの方がだいじょうぶとおっしゃるのですからだいじょうぶなのでしょう」
と、コロンビーヌが自分にも向かって言いました。
「それじゃあわたしたちは休憩にしましょうか」
と、ベルナール先生は自転車のかごに積んできたバスケットを持ってきました。
「急ぎだったのでお茶の用意はできなかったんですけれど」
ふたを開けると美味しそうなクッキーがいっぱい詰まっています。
「少し行くと小川があるんですけれど・・」
コロンビーヌに言うと、
「けっこうですよ。まいりましょう」
とニッコリしました。
みんなで行こうとしましたが、ロベルトがすっかり気に入ったようで自転車を乗り回しています。小さめのタイヤで小回りが利いてこういうところで遊ぶにはちょうど良い自転車だったようです。
「ちょっとー、行くわよー」
「いいよいいよ。勝手に行けよ」
新しいおもちゃに夢中の子どものようで、まるっきりやめるつもりはないようです。
「しょうがないなあ。いいよ、僕がここで見ているから君たち行っておいで」
と、王子が笑って言いました。
まったく王子と言いクラリッサと言い、どうしてこうロベルトに甘いのでしょう?
もしかして、実はロベルトは人間世界に留学していたくるみ国の王子様?・・・
「なーんてわけは、ぜっっっったいに、ないわね」
と、クララは馬鹿馬鹿しく思いました。
「なんですの?」
「いいの。行こ行こ」
クララはベニオの肩を押してベルナール先生を追いました。
「まあ、おいしい!」
本当にくるみ国のお菓子は絶品です。
小川に自転車を漕いで疲れた足を裸足になって浸けてみましたが、さすがに冷たくてすぐに上がりました。
周りの木々はすっかり葉が落ちて寂しいですが、浅い小川は緩やかで、落ち着いてのんびりできます。
「ねえ、なんでこの山って『蜂の巣山』って言うんです?」
「まるで蜂の巣のように岩の壁が襞状に連なっているからです」
「そうなの? そんな感じには見えないけれど?」
「上に生えた木でみんなつながって見えますからね。登っていくとどんどん岩の壁に挟まれていくようになって周りが見えなくなってしまいます。道が途中でいくつも分かれて、上に行ったり下に行ったり、途中で行き止まりになったり、本当に迷路のようです。上を木の枝で覆われていますから暗いですし、もし熊がいたら、道の曲がり角から突然ぬっと現れたりすることもあります。チョウ先生があんなに怒って心配したのもそれがあるからです。そんなに大きな山ではありませんが、危険なんです。子どもたちには決して子どもだけで行ってはいけないってふだんから厳しく言っているんですがねえ・・・」
と、ベルナール先生はため息をつきました。
「いけないと言われれば言われるほど子どもはしたがるものですからねえ」
と、ベニオがまた年寄りくさいことを言いました。
「ねえ、クラリッサはここに来たことあるの?」
「ないと思います」
と、コロンビーヌが答えました。
「それじゃあ、そんなに危険な山なら危ないじゃない?」
「そうですねえ・・」
コロンビーヌも困ったように小首を傾げました。
「でも山にはピエロもいますからだいじょうぶでしょう」
コロンビーヌは自分の旦那様をとても信頼しているようです。
のんびり時間が過ぎていきます。
「あの、くるみ国建国の話だけど・・」
コロンビーヌとベルナール先生に訊きました。
「くるみ国の外って、ふつうに人間の世界になっているの?」
「そのはずです。もっとも見た者は誰もいませんが」
「ふうーん・・・」
クララは考え、コロンビーヌに訊きました。
「でもわたしたち、自分たちの世界からオーロラの空の銀の海を渡って来たわよねえ?」
ああ、あのまさしく夢の光景! たった二日前のことなのに、まるで夢のように遠い昔に感じます。
「わたし、天使様に手を引かれて外から無の世界に浮かぶこのくるみ国を見たのよ」
これはベニオにも訊こう訊こうと思っていて今まで言う機会がなかったことで、ベニオは実に興味深そうな顔をしています。くるみ国の国民であるベルナール先生はとても感激しています。
「それは世界の外から見たのですね。女神のなされる業を全て理解することはできませんが、このくるみ国は外の世界から守るため特殊なバリアで覆われています。通常他の世界から勇者さまをお迎えするのはくるみ国と勇者さまの世界を結ぶ一本の特殊な道を通って行われるのですが、」
それがあの銀色のミルキーウェイでしょう。
「クララさんは船から落ちて無の世界に迷い込んでしまいました。あそこはとても人間の手の及ぶところではありません」
あの暗く孤独な世界。思い出しても身震いします。あの恐ろしいネズミ女王も今ごろ無の世界をさまよっているのでしょうか? ちょっと気の毒です。
「天使様・・恐らく女神カラベラス様は、クララさんを救うためにくるみ国まで別の道を通られたのでしょう。無の世界におけるそれぞれの世界の関係は、とてもわたしたちには理解できません」
コロンビーヌに理解できないものがクララに理解できるわけありません。ただ、無の中に世界がぽっかり浮かんでいるというわけではないようです。とても難しい哲学的な話で、やっぱりクララには分かりません。
ところでクララは知りませんが、カメリア独立国の大統領テオドール・タイトワイヤ氏は当初通常のミルキーウェイの出入り口から外の世界に抜け出せないものか探っていました。もしあの水路のトンネルからミルキーウェイに出られたら、クララ同様無の世界に落っこちてしまっていたかもしれません。それとも、ネズミ女王みたいに元気にミルキーウェイを泳いでいって、クララの世界まで行ってしまったでしょうか? とても普通の人間では無理だと思いますが、ひょっとして、大統領ならやってのけたかもしれません。
「この『蜂の巣山』はカラベラス様の白バラの根からできていると言われています」
と、ベルナール先生が言いました。
「そもそもここに広がる大地はカラベラス様がわたしたち人間のために作ってくださったものです。もともとは全て白バラの森だったのです」
それはきっと素晴らしく美しい森であったことでしょう。
「白バラの森は何本かの巨大な白バラの木が傘のように森全体を覆っていたと言います。そうした木を丸めて作られたのがくるみ国の山々なのです。その中で根っこが隆起して作られたのがこの『蜂の巣山』だと言われています。襞状の岩壁の一枚一枚が根が石化したものだと言うことです」
くるみ国は女神さまの箱庭の中にあると言うことでしょうか。山や森や川が穏やかなのはそのためでしょう。
「空はどうなのかしら?」
と、空を見上げます。水色の空に高くうろこ雲が浮かんでいます。
「空は外の世界とつながっているの?」
「うーん、分かりません」
とベルナール先生は困った顔でコロンビーヌを見ました。
「どうなのでしょう? くるみ国を含む世界は女神さまの森に包まれていると教えられてきました。それは空もすっぽり覆っていると言います」
クララが外から見たくるみ国は確かにそういう形をしていました。
「けれど、太陽や月や星は、さすがに女神さまの作ったものではないでしょう。ちゃんと地動説に沿った天空の動きをしています。空は、この世界の外のものです。けれどこの空も含めて世界全体が女神さまに守られているのも確かです。子どもたちに質問されても答えられませんわ」
「わたしも詳しいことは分かりません」
と、コロンビーヌは答えました。
「わたしもこの世界は女神さまの森に覆われていると教えられています。しかし、空を見ても覆っているはずの森は見えませんね? たぶんあの空は、偽物です」
クララもベルナール先生もびっくりしました。女神さまの忠実なしもべであるだろうコロンビーヌが女神さまを偽物呼ばわりするのでしょうか?
「空も太陽も月も星も、恐らく女神さまが世界を覆う森のドームに映し出して見せてくださっている映像でしょう」
映画やプラネタリウムのようなものでしょうか? まともに電気の供給されていないくるみ国に映画館やプラネタリウムがあるとは思えませんが、頭のいいベルナール先生はなるほどと頷いています。
「太陽や月の光はちょうど良いように調整して射し込ませているのだと思います。特に太陽の光は植物の成長になくてはならないものですからね」
ベルナール先生は感慨深げに空を見上げて言いました。
「なるほどねえ・・。本当の空は、きっと、あんなにきれいではないんでしょうねえ・・・・」
クララは首を傾げて、それはどういうこと?と訊こうとしましたが、そこへロベルトと人形王子がやってきました。
「あーら、ようやく遊び飽きたの?」
たっぷり遊んだ少年のように満ち足りたかわいい顔のロベルトについ嫌みったらしく言ってやりました。
「へん。もうこの中で自転車で俺に勝てる奴はいないぞ」
とロベルトは腰に手を当ててふんぞり返って威張り、クララは嫌味の言い甲斐もないと呆れました。
あのねえ、と人形王子がコロンビーヌに言いました。
「山に薪拾いの親子が入っていったんだ。まあわざわざ言う必要もないかもしれないけれど、一応ご報告」
「そうですか。分かりました。ありがとう」
コロンビーヌに知らせてもどうなるものでもないでしょうが。
「いやあ、川の流れが気持ちいいねえ」
人形王子は川縁の大きな石に腰掛けて川の上を渡る風を楽しみました。
「君も疲れただろう? 靴を脱いで足を休めるといい。気持ちいいぞお」
にこやかに誘う王子に、
「フーン、そうしようか」
と、ロベルトは素直に従い王子の近くの石に座りました。
クララはびっくりです。
「ねえ、人形王子は催眠術でも使えるの?」
コロンビーヌに訊くとコロコロ笑いました。
「そんな才能はないと思いますけれど。きっと自転車の上手な乗り方でも教えてあげたんでしょう。ほら、子どもは年上のお兄さんの真似をしたがるものだそうですから」
なるほどねーと半笑いでロベルトと王子を眺めました。クラリッサはがさつで子どもっぽいロベルトを上手く飼い慣らすためにお兄さんの人形王子とペアにしたのでしょう。大当たりのようです。
「まったく抜け目のないことで・・・・」
ガサリ、と、山の斜面から枝をかき分ける音がしました。
ベルナール先生とコロンビーヌが緊張しました。
「熊かしら?」
先生は首にぶら下げた鈴をガランガランと大きく鳴らしました。
ガサガサガサ、
何か大きな物が斜面をこちらに向かって下ってきます。
ザザ、
枯れ木の間を何か黒っぽい物が通りました。
「ちょっと王子、ロベルト! 何のんびりしてんのよ、熊よ!」
ロベルトは慌てて起き上がって王子を見ました。
「へー、熊? そんなのコロンビーヌが指一本でちょちょいのちょいと追っ払ってくれるよ」
と、王子は何を寝ぼけているのかのんきにくつろいでいます。
「何バカ言ってんのよ!? コロンビーヌが熊に勝てるわけないじゃない!」
が、しかし、コロンビーヌはどうやらそのつもりらしくガサガサ迫ってくる斜面に向かって何かレスリングの一種のような構えをしました。
クララはベルナール先生といっしょに小さなベニオを抱えるようにしてとにかくその場から離れました。
「コロンビーヌ! あなたもバカなこと考えないで逃げなさいよー!」
しかしコロンビーヌは構えたまま動くつもりはないようです。
「だいじょうぶですわ。おまかせください」
とは言ったものの・・
「これは、クマ、かしら?・・・・・」
ガサッ、
いよいよその物が迫って、コロンビーヌはギクッと構えを崩しました。
「違う! これは!・・・」
灌木をかき分け姿を現した物は・・・、
「ガオーッ!」
ヒッと思わずコロンビーヌも逃げ腰になりました。
クララは思わず悲鳴のように叫びました。
「ネズミ女王っ!」
ドンッと力強く斜面を蹴ったネズミ女王の巨体は一気に6メートルくらい、軽くコロンビーヌの頭上を飛び越えました。
ズザザザザ、ザザッ、ダッ!
そこらの灌木などわらのようになぎ倒し、川原の人形王子目がけて突進しました。
「ヒーッ!」
びっくり仰天の人形王子はさっきまでの余裕はすっ飛んで川に転げ落ち、必死にジャバジャバ水しぶきを上げて逃げ出しました。幸い水は浅いものの、おかげですぐにネズミ女王に追いつかれそうです。
「ギギギギ。くるみ割り〜!」
ネズミ女王は嬉しそうにあの嫌な笑い声を立てました。
「ヒー、た、たすけ・・」
「ギギギギギギギギギギ!」
あわや王子がネズミ女王に捕まりそうになった、その時、
ビュン!
女王に負けないすごい勢いでコロンビーヌが飛んできて、・・・本当に宙を飛ぶようなすごいスピードで20メートルほどを三歩くらいで飛び越えて、女王のクルクル回るしっぽをムンズと捕まえ、驚いたことに、女王の突進をググッとふみとどまって止めました。
「ギギ?」
あのかわいいコロンビーヌの思いもよらない素早さ力強さに女王もびっくりしました。
巨大な足で川原の石を後ろに蹴り上げます。
ビシッ、ビシッ!
ああかわいそうに、かわいらしいコロンビーヌの顔や手に硬い石が当たって赤く血が滲みました。
それでもコロンビーヌは踏ん張ってしっぽを放そうとしません。
女王は馬力全開でありったけの石を物凄い勢いで蹴り上げ、コロンビーヌの全身に石が次々弾丸のようにぶつかりました。
「しっぽの下よ!」
クララはもう見ていられなくて一番近くにいるロベルトに叫びました。王子はかっこわるく川の中で尻餅をついて腰を抜かしています。
「しっぽの下にスイッチがあるのよ! 早く止めて!」
「あ、う、うん・・」
ロベルトは一歩踏み出したものの、恐ろしい顔の巨大なブリキの怪物に一睨みされてあっけなく縮み上がって動けなくなってしまいました。
「バカアッ! 早く!」
ロベルトの顔がチラリとこっちを向いて、「だったらおまえが、」と言うつもりだったのでしょうが、さすがにその言葉は飲み込みました。でも、やっぱり一歩も動けません。
「しっぽの下・・」
コロンビーヌが何とか手を伸ばしてスイッチを切ろうとしましたが、女王もそうはさせじと地面を蹴り続け、コロンビーヌは手を伸ばし切れません。
「コロンビーヌ! もういいから放して!」
ああ、誰か助けて!
クララがそう願ったとき、
パアンッ!
甲高い破裂音がしてみんなぎょっとすくみ上がりました。
「ピストル?・・」
女王もほんの一瞬ですがひるんで足の蹴りが止まりました。
コロンビーヌはすかさず手を伸ばしてスイッチを切りました。
「ギ?」
しまった!と思った女王の足のバネが最後の蹴りを跳ね上げ、腕を伸ばしたコロンビーヌの胸にまともに入り、コロンビーヌはたまらず宙に跳ね上げられました。
ドスン!と落下して、コロンビーヌはぴくりとも動きません。
「ギ、ギギ、ギギギ・・・・」
女王はゆっくり起き上がり、自由にならないバネを何とか動かしてスイッチを入れ直そうとブルブル震えました。
「ロベルト! 王子! 早くなんとかして!」
しかし二人の男どもはだらしなく震えるばかりです。
「えーい・・・」
コロンビーヌをやられた怒りでクララはわーっと走り出しました。
「こいつめーっ!」
跳び蹴りを食らわせてやろうかとした時、
キイイイイイイイイン・・・・
と、空から何か降ってきて、
タッ、クルクルクル!
と、クララの目の前に若い狩人が降ってきて、足を着地したかと思ったら腕を振り上げて物凄い勢いでクルクル上に跳ね上がり、ふわりと着地し直しました。物凄いスピードで降ってきましたから川原の石を跳ね上げてクララをケガさせないようにしたのでしょう。
ピエロの変装です。
ピエロはクララに見向きもしないでネズミ女王に歩み寄りました。
「ギ、ギ・・・・」
なんとネズミ女王の顔に恐怖が浮かびました。
ピエロはネズミ女王をムンズとつかんで持ち上げると、ブンッと、はるか彼方の山目がけて投げました。
ピューン・・と、あっと言う間にネズミ女王の巨体が小さな点になって消えました。
「コロンビーヌ・・」
ピエロは倒れたコロンビーヌをそっと抱き上げました。
「ピ・エ・ロ・・・・」
ああ、傷だらけのコロンビーヌはピエロの顔を確かめて痛々しく微笑みました。
「ありがとう」
ピエロがクララを振り返って言いました。
「彼女のために勇敢に戦ってくれて」
「そんな、わたしは何も。コロンビーヌこそ・・」
王子のために、と言う替わりに人形王子をギロッと睨んでやりました。王子はだらしなくびしょびしょになってようやく水の中から立ち上がったところです。
ついでに見るとロベルトは顔を真っ青にして突っ立っています。
この役立たずの男ども。
ピエロはコロンビーヌを手や首を触りながら大事そうに調べました。
「うん、少しダメージを受けているがこの程度のケガならじきに治るだろう」
ピエロに抱き上げられてコロンビーヌはクララに微笑みました。
「ごめんなさい、心配かけて。でもだいじょうぶ。わたし、見かけよりずっと丈夫なんですよ」
さっきの大活躍を見てもたいしたものだというのは分かりますが、それにしても傷だらけで痛々しいったらありません。
こんなかわいいコロンビーヌにこんなひどいことをするなんて、あのネズミのモンスターは許せません!
ああ、痛々しいですが、なんと美しい二人でしょう! これぞクララの理想の王子様とお姫様です。
でも二人はお似合いのカップルで、ピエロはクララの王子様ではありません。クララの王子様候補の人形王子は、もうすっかりクララの白馬の王子様失格です。
「ピエロさんはすごいですね。愛しいコロンビーヌのために空から飛んで来るんですもの!」
「すみません。もっと早く来るべきだったんだけど、あっちでもちょっと困った事態になっていてね」
「やっぱり山の上から飛んできたんですか? ・・・・すると、あのピストルを射ったのは・・・・」
「僕じゃないよ」
精悍な狩人のピエロが山の方を向きました。
ネズミ女王の飛び出した山の斜面をおっかなびっくり二人の人間が下りてきました。
「彼だ」
みすぼらしいかっこうをした少年とその父親といった二人連れです。王子が山に登っていくのを見たという薪拾いの親子でしょう。
その少年の手に、ラッパのような道具が握られていました。
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