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庸滅亡 作者:文叔

第十二章(終章) 次代

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第十二章 次代 3(終)

「はてさて、どの程度伝わったかな」
 西への騎行の最中さなか、タクグスは小さく笑った。彼は央華を去るにあたり、様々な布石を打っておいた。サガルに対してだけでなく、内乱を起こしている騎馬民族全体にもいくつかの種を仕掛けていたのだ。そのすべてが発芽するとは限らないが、すべて死蔵しぞうされるということもないだろう。そしてそのうちのいくつかは、サガルによって見いだされるはずである。タクグスは確かにサガルへの布石を質量ともに最も豊富におこなっていた。
 それはなぜか。
「敵にせよ味方にせよ、話の通じる男が相手である方がありがたい」
 これがタクグスがサガルに肩入れした最も大きな理由であった。
 今の央華はあまりにも混沌こんとんとしすぎていた。誰が勝ち残るかなど予想のしようもない。タクグスも一時は自分も央華に居残りその中で覇者を目指す、あるいは覇者の手助けをして央華を再統一し、その上で叔父を迎え入れるという手段も考えていた。が、この濁流だくりゅうのような混沌の中では、数年後どころか明日の行方さえ見抜くことは難しい。
 こんな状況ではタクグスの異能は発揮しようがなかった。それどころか無駄に考えすぎ、応変さに欠け、不測の事態に対処しきれず横死おうしという可能性が最も高いとすら感じてしまう。
「惜しいが一度退くしかないな」
 ズタスがせめてあと五年、いや三年長生きしてくれれば、とも思うが、今さらせんなきことである。彼は叔父同様、捲土重来けんどちょうらいをはかるしかなかった。

 が、それでもやれることはすべてやってから去ると決めていた。サガルへの肩入れもその一つであった。
 サガルはズタスも認めた異才いさいである。年齢からくる限界は如何いかんともしがたいが、あと数年、十数年があれば、ズタスに勝るとも劣らない大器に成長する可能性がある。それは今現在、覇権を争う騎馬民族の有力者たちには求めるべくもないものだった。
 タクグスにとって、戦うにせよ和するにせよ、話の通じる相手の方が都合がいい。特に和することを考えれば。

 もちろん、サガルがタクグスの想像以上の大器になる可能性もある。そうなっては飲み込まれるのは自分の方だろう。またサガルが早々に敗死してしまい、打ってきた布石がすべて無駄になることも考えられる。
 それに北河以北で内乱を続ける騎馬民族の群雄の中からサガル以上の英雄が現れる可能性も否定できない。口裂けサガルはスッヅとの決闘までほとんど無名であったのだ。未知の大器がどこにいるか知れたものではなく、その男がサガルより大きな器量や運を持っていても不思議はないのである。
 すべては賭けだった。が、それでも賭けて損はないと感じるものがサガルにはあった。


 タクグスは、自分にズタスやサガルのような器局ききょくがないことを知っていた。彼はあまりに才が際立きわだちすぎていた。これは勇をたっとぶ騎馬民族内では負の印象にしかならない。スンク族の中では叔父の威光や立ててきた武勲で守られてきた。ズタスにくだったあとは、先制打として寧安を陥落させることによりあなどられることを避けられた。最初に一撃をかまして自分の印象をよくする必要が、タクグスにはどうしてもあったのだ。
 だが彼本来の気質や能力が勇より知に傾く以上、敬意は持たれても忠誠は得られない。タクグスは騎馬民族内では頂点に立てないのだ。
 タクグスはそのことを誰よりも承知していた。


 しかし王佐おうさに徹しさえすれば、タクグスは十全に力を発揮できる。ゆえに彼は叔父をたすけて天下を取るつもりであったのだ。
 実はこの西行も、そのための布石の一つである。
「北から長城を突破して南下する以外の道があってもいい」
 タクグスは、北の高原から大きく西へ迂回うかいして央華へ攻め入る進撃路も考慮していたのだ。
 もちろん西へ大きく回ればその分行軍距離も伸び、危険も増大してゆく。その危険をできるだけ減らすため、実地で道程どうていを確認しておきたい。サガルへ告げた「内乱に巻き込まれないようにするため」という理由も嘘ではなかったが、タクグスには別の意図もあったのである。


 サガルはまだ自分の西行の狙いに思い至ってはいないだろう。それも含めて「現時点でどの程度気づいているか」というタクグスの独白になるのだ。
「なんにせよ、何年先になるかはわからぬが、あなたとの再会、心から楽しみにしておりますよ、サガルどの」
 少し後ろを振り向きながら口にするタクグスの言葉にも嘘はなかった。再会したあとが互いにとって幸福につながるかはわからないが「再会までは楽しみ」というのは本心であった。



 そして時は流れ、ズタスが長城を破って央華に乱入してから七年後。
 長城の北の、そのさらに北方。岩石しか存在しないような山。
 その中の洞窟に一人の男が目をつぶり、剣をかかえてうずくまっていた。男というにはまだ年若く、彼は一七であった。まだ伸びるかもしれない身の丈はさほど高くない。体つきも細く見えるが、無駄な贅肉ぜいにくをすべて削ぎ落とした機能美にあふれている。
 鋭い表情には陰影すら感じられ、彼がただの少年として生きてきたわけではないことを物語っていた。
 彼自身は単純に生きてきた。強くなること。大きくなること。それだけを考えて生きてきた。大きくなると言っても体躯たいくだけの話ではない。男として、一個人として、彼そのものが歴史において強大な存在として明記されることを望んで生きてきたのだ。

 じゃり、と岩に薄く積もる砂を踏む音が聞こえた。洞窟に一人の男が入ってきたのだ。初老の域に達し始めたその男は、少年の師であった。彼に武技を仕込み、武以外のものも刻み込んできた男で、庸、そして南庸から見れば「裏切り者」であった。
「ゆくぞ」
 初老の男――呂石りょせきは少年に声をかけた。それはただ洞窟から出るというだけの意味ではない。すべてが足りなかった少年は、この山中で呂石に磨き込まれてきたのだ。それが済んだという意味であり、ようやく山から下りるときが来たという意味であった。
 少年はゆっくりと目を開いた。鋭い目つきはそのまま、だが鋭さだけではない何かをたたえるようになった彼のまなざしは静かに上げられ、彼の師を見やる。そして同じく静かに立ち上がった。
「ゆくぞ」
 もう一度呂石が言うことに、少年――ギョラン族族長オドーは従った。そこに従順さはほとんど感じられない。鞘に納められた妖剣さながらの気をただよわせながら、オドーは洞窟を出るために師の背に続いた。
 祖父の跡を継ぎ、北の高原を征し、央華をたいらげ、天下をおのれのものとするために。
 すべてを無くしたあの日から、ようやくの旅立ちであった。






まだまだ続きそうな終わり方ですが、確かにそうです(照)。
というよりここから先、250年以上かけて冀帝国により再統一される央華大陸。
その最初のぶっ壊しのお話なので、他の「泰来の戦い」「後南庸建国」「後南庸滅亡」などもこれの続きとも言えます。
次は何を書くか…直接サガルたちの話にするか、また違う時代の話にするか。
感想なんてあったら気が向いたら書いて下さったりするとうれしいです(照)。

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