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庸滅亡 作者:文叔

第十二章(終章) 次代

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第十二章 次代 2

 エゲラとキュライ族を配下の者に任せると、サガルは急いで旧スンク族の元へ走った。そこで偶然シジンを見つけると、サガルはやや性急に彼に尋ねる。
「おお、シジン。ここには誰かタクグスどのに近しかった者はおらぬか」
「近しかったというと、元族長の親族でござるか?」
「いや、親族でなくても構わぬ。近くにはべっていた者なら誰でもよい」
 シジンに尋ね返されてサガルは性急さをたもったまま再度尋ねた。
 サガルはキュライ族が降ってきた今こそが次の方針を決める機だと悟っていた。が、具体的にどうすればいいのか思いつけなかったのだ。「その時になればわかる」とタクグスに言われていたのに、とんと次の道が見えてこないことがサガルをやや焦らせている。
 「次の方針」が、このまま北河を渡って内乱に参加するような単純な話ではないことくらいはわかる。そこまではわかるのだがその先が見えないのだ。それゆえサガルは再度「わからないことは誰かに尋ねる」を実行したのである。一番の知恵者であるタクグスはすでに不在だが、もしかしたらこの件について彼の近くにいた者は聞いたことがあるかもしれない。あるいはそうでなくともタクグスの近くにいた者であれば、彼の薫陶くんとうを受けて知恵の回る者がいるかもしれない。

 そう考えて訪ねたのだが、シジンに案内されていくつかの天幕てんまくを回ったサガルを待っていたのは落胆だった。全員タクグスから何一つ聞かされておらず、自身の知恵も持ち合わせていなかったのである。考えてみればシン族に降ったスンク族はどちらかといえば元々騎馬民族寄りの性情を持つ者ばかりで、つまり知より勇を好むのだ。「タクグス寄り」の者であれば彼について一緒に北へ帰ってしまっただろう。
 新族長への忠誠心からシジンは最初から最後まで案内を続けたのだが、想像以上に若き族長が落胆しているのを見て驚き尋ねた。
「いったい何事があったのですか」
 案内はしたが天幕には入らず外で待っていたシジンに、サガルの目的はわからない。ゆえに尋ねたのだが、サガルは馬を力なく歩ませつつシジンに事情を話した。話したところで意味はないと思っていたので半ばは愚痴だったが、シジンは不思議そうに口を開いた。
「北河以南を族長がお取りになればよろしいのでは?」
 シジンのその言葉を聞いたサガルは、かすかな間の後、はじかれたように顔を上げて彼を見た。
「…なんだと?」
「いえ、北河以南から逗河とうがに至るまでの領域は、今は誰も支配する者がいない状態です。そこを族長がお取りになって治めよというのが元族長のおっしゃりたかったことではないかと…」
 と、シジンは不思議そうな表情を隠さずサガルに言う。 
「……!」
 シジンの言葉の意味をサガルの脳が咀嚼そしゃくするのにやや時間がかかったが、理解した途端、今度は弾かれたように南を見る。そこには平野が広がるだけで別段なにがあるわけではないが、彼の脳内には一気に央華大陸の地図が広がった。
 そうだ、そうなのだ。
 ズタスの病のため攻略を半ばにせざるを得なかったが、央華大陸を南北に二分する逗河までは進撃したのである。だがその後は自分たちの内乱が忙しく、その領域は誰が治めるわけでもなく放り出しっぱなしであったのだ。しかも逗河以南の南庸は最後の軍隊までサガルに蹴散らされ、もう北上してくる力も意気もない。
 つまり北河以南から逗河に至る広大な領域は現在無政府状態で、障害となる武力も存在しない。取り放題、狩り放題の、夢のような空間だったのだ。
 さらにその領域は、当然ながら北河以北より温暖で生産力も高く人口も多い。この時代、国力=人口であり、ここを治めれば内乱に勝利した者が治める北河以北以上の力を手に入れられる。
 そして今現在それができる立場にあるのは、この大陸でサガルただ一人であった。
「……」
 あまりのことにサガルは再度口を開けたまましばし呆然としてしまい、自分の間の抜けた表情に気づけないほどだった。



「あの、族長…」
 シジンの心配げな声にサガルはようやく我に返ったが、反射的にもう一つの衝撃に気づき、今度はこの短躯たんくの男の顔を凝視してしまう。
「おいシジン、今の考えは汝がタクグスどのからあらかじめ聞かされていたのか?」
 口裂けサガルになにか強烈な意志をこめて凝視され、シジンはわずかにひるみを覚えたが、それでもしっかりと答える。
「いえ、今族長にお話をうかがって、その場で自分で考えました」
 シジンの表情は不思議さも消さない。その理由がなんとなくわかりはじめたサガルは衝撃を残したままもう一つ尋ねた。
「シジン、わしはタクグスどのに自分を高く売りつけるように言われた。わしにふさわしい報酬や条件を持った者が現れるまで待てとな。しかしわしにはまだその報酬や条件がわからぬ。汝にはわかるか」
 尋ねられたシジンは答えた。ほぼ間髪入れずに。
「エゲラどのやキュライ族のような者たちのことでしょう。自分のすべてという至上の報酬を差し出し、族長のために命懸けで働いてくれるという好条件。どちらもこれ以上のものはありえませぬ」
 答えたシジンは不思議さをたたえた表情、つまり「この人は何をわかりきったことを尋ねてくるのだろう」という表情でサガルを見る。
 そのシジンを目を大きく見開いてサガルは見ていたが、ふいに「ぷっ」と吹き出すと、そのまま声をあげて笑いはじめた。
「は、ははははは……!」
 心の底から楽しげに笑うサガルを、今度はシジンが目を見開いて凝視する。自分のことで笑っているとわかるが、侮蔑を込めてのものではないので怒りは湧かない。しかし今度はさっきまでの問いと違って答えが見いだせないため困惑しているのだ。
 サガルの方は当然わかっている。彼はシジンの真価を初めて知ったのだ。
 シジンは知恵者だった。それも知識から知恵を得る型ではなく、自身の内から知恵を湧かせる、天与てんよの知恵者だったのだ。
 さらにおかしいのは、シジン自身が自分を知恵者と思っていない、気づいてすらいないことであった。彼は自分が考えつけることはすべての人に考えつけると思いこんでいる。だからサガルの問いが不思議でならなかったのだ。
 だが考えてみればそれも無理はなかった。騎馬民族において知は敬意よりもあなどりを受ける。知より力、力より勇なのだ。そしてシジンはおのれの短躯のこともあり、誰よりも騎馬民族であろうとしてきたのだろう。それゆえ彼は、自分の知に気づくこともなく、当然それを伸ばそうと思いつくことすらできなかったのだ。
 そこまで考えつつ、ようやく哄笑こうしょうを収めたサガルは、涙を浮かべ笑いを残した目で、いぶかしさにいろどられた表情のシジンを見る。
「なるほど、汝は確かにおもしろい男だ。タクグスどのは嘘を言わぬ御仁ごじんだったな」
 そんなシジンを見ながら、サガルはタクグスを思い出す。彼はシジンの真価を知っていたのだ。それゆえタクグスはシジンをサガルにしたのである。自分の代わりの知恵者として。まだ未熟どころか発芽すらしていないが、育てようによってはタクグスを上回る存在になるかもしれない。
 とはいえやはりこれほどの厚意をタクグスが自分に示してくれる理由まではわからない。またその他のことについてもタクグスの真意はわからないことだらけだった。
 が、サガルはその点については考えるのをやめた。今はたった一つのことがわかった。そのことだけを考えると決めたのだ。
「シジン、おれは天下を取るぞ。汝も手を貸せ」
 南へ目を向けたまま、サガルは宣言した。
 どうやらタクグスは自分に央華を取らせたいらしい。タクグスの言う「あなた(サガル)にふさわしい長が現れる」というのは、つまり自身が自身の長になれ、ということだったのだ。これまで誰かの下について央華を攻め取ろうと考えていたサガルだが、こうまでお膳立ぜんだてされて引き下がっては、彼の誇りと野心が許さなかった。彼は初めて天下を取る意志を、真にズタスの跡を継ぐことを、おのれと天地と自分の「軍師」になる男に示したのである。
「おお族長、お任せあれ。このシジン、族長の手足となり、刀剣となって族長の御為おんために働きますぞ」
 突然のサガルの宣言に驚いたシジンだったが、彼にとっても望むところである。あらゆる騎馬民族の上に立ち、南庸を亡ぼし、央華大陸に不滅の帝国を打ち立てることができれば、それは男の本懐ほんかいである。シジンは満腔まんこうに覇気と自信を込め、あらためてサガルに忠誠を誓った。
 が、誓われた方は、そんなシジンにいささか困った表情を見せていた。
「…あー、シジン。こころみに問うが、汝、字は読めるか?」
「我ら騎馬の民に、字など必要ありませぬ! これさえあれば充分にござる!」
 問われたシジンは憤然ふんぜんとして、腰にびた剣を力強く叩いた。シジンは自分が軟弱と思われることがなにより許せなかった。央華の文化や文明は騎馬民族からすると惰弱だじゃくに見られるものが多く、彼としては否定の対象にしかならないものばかりなのだ。
 それを見て、サガルは内心で苦笑を浮かべた。
「やれやれ、これは悍馬かんばだな」
 悍馬とは乗りこなすのが難しい暴れ馬のことである。サガルはシジンに「手足や刀剣」ではなく「頭」になってほしいのだ。しかし、彼の知力は天性のものであり、このままでは不安定で使い物にならない恐れがある。シジンの知を骨太で強大・広大なものにするには、やはり央華の学問をさせるのが一番のはず。
 サガルはそう考えたのだが、これでは「学問をやれ」と言っただけで、反発どころか怒気とともに剣を抜きかねない。
 以前はサガルも「学問など」と軽蔑けいべつしていたのだが、タクグスから譲られた兵法書に触れることにより、その考えは変わってきていた。膝下に置いた庸人に音読させる兵法書には、彼が実戦で感得してきたことが、体系的に、より深く、より広く、より詳しく、しかも哲学のような「原理」までが記されている。そこにサガルは畏敬にも似た驚嘆をおぼえずにはいられなかったのだ。

 実はこの「驚嘆できる」ということ自体が、すでに大きい。たいていの騎馬民族ではいかにすぐれた兵法書でもまず理解できず、放り出すのが落ちであった。ゆえにたとえ彼らにとってなじみ深い「戦い」に関することでさえ、深奥しんおうまで達する者は皆無に近い。サガルもまだ深奥まで達しているわけではないが、おぼろげながらでもそれを感じはじめていた。「驚嘆」できることがその証拠だ。サガルにはやはり資質があり、それはズタスとタクグスによって開花を始めていた。


 そして自身が学問の深奥を知るからこそ、サガルはシジンにもそれを与えようと考えたのだが、困難さに苦笑せざるを得ない。
 が、この悍馬を乗りこなせなければサガルの未来もひらけないのだ。
「楽をさせてくれるつもりはないのだな、タクグスどの」
 内心の苦笑を今度は年長の友人へ向けるサガルだが、すぐに表情を不敵なものに変える。

 まあいい。シジンを乗りこなす程度のことができなくて何が天下か。
 それにシジン以外にも人材は必要であろうし、なによりすべてを急がねばならん。北の内乱がいつまで続くかわからぬが、早期に終結すればこちらが大陸中央部を押さえる前に連中に南下され駆逐くちくされてしまう。
 南の庸も今は徹底的に叩きのめしたが、連中にとって我らがいる大地は故郷だ。あれだけの兵を失った以上しばらくは国力の回復に努めなければなるまいが、いつなけなしの勇気を振り絞って北上してくるかもわからない。
 仮に我らの中央部制覇、北の内乱の終結、南の回復が同時期に終わったとすれば、我らは北と南から挟撃きょうげきされる形になる。それだけは避けねばならない。
 今は無抵抗の空白地帯を攻め、治めようとする我らが最も有利かもしれぬが、それもいつまでも続かないのだ。
 それに征服はともかく、統治がうまくいくかもわからない。我らは央華を治めたことなどないし、国力の増強を考えれば略奪ばかりをしているわけにもいかない。とすれば統治のためには庸人を使わぬわけにはいかぬが、それがうまくいくかどうか。


 ここまでざっと考えただけでも課題は山積である。また北へ帰ったタクグスともどのような形での再会となるかわからない。友としての再会より敵としてのそれの方がありえるのだ。そもそもそのために彼は北へ帰って行ったのだから。
 それに第一、サガルがこの央華の最終的な勝利者になるとは限らない。つまらない戦いでつまらない死に方をする、あるいはズタスのようにこころざしなかばにして病死する可能性とて充分にある。


 が、すでにサガルはそのような困難は意に介す気がなくなっていた。
 やるからにはやる。それだけである。
「よし、シジン、戻るぞ。ついてこい」
「はっ!」
 口裂けサガルは背後の軍師候補に声をかけると、彼の大声に鼓膜を大きく震わせながら、陣へ馬を走らせ始めた。
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