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庸滅亡 作者:文叔

第十二章(終章) 次代

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第十二章 次代 1

 それからしばらくの間、サガルたちはその場をほとんど動かなかった。
 寧安ねいあんに戻ることもせず、近くの街――名を常永じょうえいと言い戦闘の名にもなった――を攻め取り、そこで寝起きをしている。物資も現在は充分にあるし街で接収した分もある。あまり怠けていては腕もなまるので狩りに出かけたりはするが、大まかに言って現状は、部族全体が無為徒食むいとしょくの状態と言ってよかった。
 これには理由があった。タクグスの助言である。
「しばらくは遊んでいなされ。一ヶ月もせぬうちに、サガルどののすべきことがおのずとわかるはずです」
 これは常永の戦いが始まる前、サガルが勝った後の方針をタクグスに尋ねたときに得た答えで、彼としては不得要領ふとくようりょうながらも従うに否やはなかった。もし一ヶ月で何も起こらなければあらためて軍を動かし、北上して内乱のただ中に飛び込めばいいだけである。そこで武勲を立て、有力者に自分とシン族を高く売りつける。そう方針も決めていたのでサガルは言われたとおり「遊んで」いたのだが、この休息は一週間も経たずに終わった。北から来客があったのだ。それも万に近い数が。シン族と同程度の規模を持つ一族――キュライ族が、彼にくだってきたのである。

 これにはサガルも驚いた。
「なにゆえか。わしは汝らと戦ってもおらぬではないか」
 やってきたキュライ族族長のエゲラにサガルは驚きも隠さずに尋ねた。エゲラは三十代後半。男として充実しはじめる時期で、また騎馬民族の族長らしく壮健で豪強である。いかに荊上峠の英雄とはいえ直接戦闘で負かされたわけでもない若年のサガルへ唯々(いい)として降ってくるなどありえない男だった。
 そのサガルにエゲラは、これも存念を隠すことなく告げる。
「北での戦いが嫌になった」
 エゲラは情けなさと憤懣ふんまんをため息とともに吐き出した。
 エゲラが語るところによると、北河以北の内乱は欲望と混乱の坩堝るつぼと化しているということである。
 互いが互いを食らい、争い、裏切り、叩き、潰し、殺し、おかす。
 これは彼らの故郷、北の高原を舞台とした戦いのときも同様であったが、得られる富貴が桁違いのため、殺伐さつばつさに陰湿さが加わり腐汁ふじゅうの混じる泥沼の中で殺し合う様相をていしているそうである。

 このような戦いは、騎馬民族本来の性情にそぐわなかった。北の平原でも戦いはあり、殺し合いもあり、奪い合いもあったが、そこにはなにがしかのさわやかさや誇らしさがあった。
 が、今の戦いではたとえ勝ち残ったとしても、いや最後まで勝ち残った者こそが、最も汚れ、最もみにくく、最もいやしくなるのではないか。そのような嫌悪と恐れがあるとエゲラは言うのだ。
「そこへサガルどのの勝報が届いたのでござる」
 正直北河以北で内乱をしている者たちは、北河以南のことをまったく気にかけていなかった。気にかける余裕がなかったとも言えるが、それにしてもかけなさすぎた。それだけにもし庸軍が北河を渡り、彼らの背中を討ったらどうなっていたか。負けるとは言わないが相当の被害が出て、混乱に拍車がかかったであろうこと確かだった。
「いかに相争ってると言っても我らは同じ誇り高き騎馬の民。族内の利益ばかり求めて騎馬民族全体のことを考える余裕もないとは情けないかぎりでござる」
 自分もその中の一人だったとの自覚があるのだろう。エゲラはその酷評を自身のこととして受け止めていた。
「しかしサガルどのは違った。ただ一人騎馬の民を救うため、庸軍を蹴散けちらしてくださった。ただ一人騎馬の民すべてのことを考えてくださった。ゆえにズタスどの亡き今、我らを率いてくださるにサガルどの以上の方はおらぬとわたしは知った。ゆえにあなたに降る。どうか我らキュライ族を存分に使ってくだされ。そしてすべての民を糾合きゅうごうし、央華をその手におつかみくだされ」
 そしてエゲラはもう一つ悟りもしたのだ。自分はサガルに器量で劣ると。そもそもクミルの器量不足を不満として叛乱に踏み切ったのである。クミルや自分以上の器を持つ者に降らないのでは筋が通らない。学のない騎馬民族は、おのれの性情と骨太の筋にこそ従うのだ。それは今の騎馬民族の内乱を経験すればなおさらであった。欲望の強い騎馬民族だが、欲望のみに駆られることは彼らの本懐ほんかいではない。純粋な強さとそれをもって族人を導く者。そのような生き様を示した者に与えられる付随ふずい物が欲望の充足である。主客は逆ではない。
 要するにエゲラは、サガルの中に騎馬民族のあるべき姿を見たのだ。それは彼らの中にある純粋さと美しさに合致するものであり、あまりに醜い争いの中、サガルの存在は彼らの目にはきわだって美しく映ったのである。


 当のサガルはやや唖然としている。彼はそこまで考えて北河の南に残ったわけでもないし庸軍を撃退したわけでもない。ただ北の内乱に軽々に加わらないようタクグスに助言を受け、次の方針が決まるまでの暇つぶしに庸軍を打ちのめしたに過ぎない。もちろん庸軍を叩いて北への進軍をあきらめさせる意図はあったが、これを騎馬民族を象徴とする行為とは、まったく考えていなかった。
「いや、降ってくださるのはもちろんありがたいが…」
 と歯切れの悪い返事を返すしかなかったが、エゲラは感激を面に出す。
「おお、感謝いたすサガルどの。我らキュライ族はこれよりサガルどのに忠誠を誓いますぞ。ああそれとこれよりしばらくしたら、エイ族とホサイ族もサガルどのを頼って北河を渡って参りましょう。受けれてもらえるとありがたい」
「はあ!?」
 感激のままエゲラが言うことに、サガルは今度こそ間の抜けた驚声を上げてしまう。それはそうだろう。エイ族といえばキュライ族に劣らぬ規模の族であるし、ホサイ族も中規模でありながら充分戦力になる族である。それが何もしていない自分に降ってくるなどと、にわかには信じられなかった。
 が、エゲラにとっては当然の話である。
「いま申し上げたようにサガルどのはすでに我ら騎馬民族の象徴でござる。エイとホサイの族長とは親しくあり、わたしが先にサガルどのに降ると告げると、目の前の戦いを収束させたあと彼らも降るとの返事がありました。我らの他にも北でのくだらぬ闘争に嫌気がさした者はおるでしょうし、その者ら遅かれ早かれここへ参りましょう。どうぞその者たちも麾下きかに加えてやってくだされ」
 馬上、エゲラが陽に焼けた顔でうれしげに語ってくることに、サガルは今度こそ口を開けてしまった。


 これは一体どういうことか。好き勝手戦い、好き勝手遊んでいただけの自分に信じられないほどの果報が次々と舞い込んでくる。これほどの幸運は、喜びより恐ろしさをサガルに感じさせた。
 が、サガルはここでふいに、ようやく気がついた。
「そうか、タクグスどのはここまで見越して…」
 タクグスは知っていたのだ。いま北方の内乱に参加している将兵たちの心情を。同時にそれは選別の意図も込められている。全員がエゲラのように考えるわけではない。北で争っている者たちの中でも、我欲にまみれ、同民族の間で殺し合うことに疑問を持たない者たちと、自らの行為に疑義を覚え、騎馬民族としての正しき道を思い出しかけた者たちとに分かれるはずである。そしてサガルの戦いは、後者の心に強いゆさぶりをかけられる。それは感動と言い換えてよく、人は自分を感動させてくれた者に無条件の好意と敬意を覚え、そのような者についてゆきたくなるものだ。自分がやっていることに疑問を持ち、道に迷っている者ならなおさら。
 そのような者たちがサガルを頼って降ってくるのは自然なことであった。つまりサガルは、良質の精神と強い忠誠心を持つ精強な兵を、黙って待っているだけで得られるのである。
 それをすべて、タクグスが仕組んだのだ。
「恐ろしい男だ…」
 タクグスに対して強い感謝も覚えたサガルだが、それ以上に恐ろしさを感じた。ここまで先を見越してなにもかもを仕組むことが人間にできるのだろうか。敵にすれば恐ろしすぎる。
「今からでも追って討つか?」
 そのようにすら考えてしまうサガルだが、タクグスたちが去ってすでに一週間。これから追手を差し向けても間に合うはずがない。無為に時間を過ごしてしまったと後悔したが、ここでまた気がついた。
「そうか、そのような可能性も考えて、タクグスどのはおれに遊んでいろと言ったのか」
 タクグスはサガルを信じ、サガルもタクグスを信じてはいるが、戦場で生きる男たちに甘さがないことも知悉ちしつしている。互いへの信頼は信頼として、現実に対応することにためらいはない。何が起こるかわからぬ乱世である今、タクグスはサガルの心に、自分が逃げるための時間を稼ぐかせをかけたのだ。
「どこまでも食えぬ人だ」
 が、サガルはそんなタクグスに怒りは覚えなかった。てのひらの上で踊らされたことに悔しさはあるが、深刻なものではない。むしろおかしさすら覚えるほどである。実際サガルは喉の奥で「くっ、くっ、くっ」と小さく笑い、それを収めるといささかいぶかしげな顔でこちらを見ているエゲラに真摯しんしな笑顔を向けた。
「歓迎する、エゲラどの。ぜひ我が族ではげんでくれ」
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