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庸滅亡 作者:文叔

第十一章 サガルとタクグス

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第十一章 サガルとタクグス 9

 だがサガルとしては、このまま彼らを北へ帰すわけにはいかない。いや、五千の兵はあきらめてもいいが、ただ一人、帰したくない男がいるのだ。
「…あー、タクグスどの。わたしとしてもありがたい話だ。だが受け入れるには一つ条件が…」
「サガルどの、この件、わたしへの礼ということをお忘れなく。礼をする側が『受け取ってほしければ』と条件をつけるなど、おかしな話でござるよ」
 しかしサガルの言葉を遮るように、タクグスは笑って告げる。その内容は筋が通っており、表面の柔らかさに反して表情や声音には絶対の拒絶が含まれていた。
 そのことからサガルは、自分がなにを言おうとしたかをタクグスが知っていたと察する。そしてそれが完全に拒まれたことも。タクグスにはサガルの麾下きかへ入るつもりはまったく無いのだ。それはタクグスからすれば当然の権利とわかるサガルだが、あまりに無念であるにも違いない。
 が、サガルがタクグスの真価を知り彼を欲しいと思ったのはつい先ほどである。あまりに遅い。それだけでもサガルは自分の愚かさを自覚せざるを得なかったが、加えてタクグスは、すでに自分に過分なまでの厚意を示してくれている。これ以上何かを欲すなど、しかもそれがタクグス自身であるなどと、恥の上塗りでしかないことにサガルはようやく気づいた。
「…なるほど、確かにそうでござるな。失礼つかまつった。タクグスどのの兵五千、確かにお預かりいたす。必ずや彼らにも富貴ふうきを味わわせてやりましょう」
 一度気づけばさっぱりと振り払う。サガルには若いながらそれだけの器量はあった。ゆえにサガルはそれ以上タクグスに固執こしつせず、彼への礼とともに厚意も受け取った。
 そのことを知ったタクグスは笑顔でうなずく。
「そうでござるか。感謝いたす、サガルどの」
「しかしタクグスどの、なぜこれほどわたしによくしてくれる。わたしはタクグスどのにここまでしていただくことをした覚えはないのだが」
 タクグスへの未練を互いにうなずくことで打ち消すと、サガルはかねてから疑問に思っていたことも尋ねてみた。タクグスと出会ったのはコナレ族に彼がくだってきてからのもので、それ以後もさほど親しいつきあいをしてきたわけではない。タクグスになにやら裏の魂胆や悪意があるとは思わないが、それでもやはりいぶかしさを消すのは難しかった。
 サガルのその問いに、タクグスは笑顔に少し寂しさを加えて答える。
「そうですな、ズタスどのへの報恩…でありますかな」
「族長への?」
「さよう、ズタスどのはことのほかサガルどのを気に入っておられたようですから。そして失礼ながら、わたしもサガルどのには見るべきものがあると思っております。どうせならそのような方の力になりたい思うのは、我らの性情でありましょう」
 この場合、我らとはズタスとタクグスのことである。おそらくズタスはサガルに自分の右腕になってほしいと考えていたのだろう。もしかしたら真の「後継者」になってほしいとすら考えていたかもしれない。ズタスほどの男が実子クミルの器量の限界を見極めていないはずもない。息子の限界に落胆しつつも、自分が死んだ後のことを考えれば、息子以外の次世代へ、遺すべきものを遺す算段も思案しないわけにはいかない。それゆえズタスはサガルに自身の様々なものを伝えようとしていた節があったと、タクグスには感じられたのだ。
 だがそれもズタスの急死により、端緒たんしょにかかったところで中断されてしまった。タクグスはそのことを不憫ふびんにも残念にも思う。ゆえにほんの少しでもズタスが伝えたがっていたであろうことをサガルに伝えようとしているのだ。それは騎兵五千などという即物そくぶつ的なものではない。もっと深遠しんえんで雄大なものである。
 このようなことを考えるのは、タクグス自身が亡き族長に心酔しはじめていた証拠でもある。その自覚がある彼は、その点だけはズタスの急死に安堵していた。叔父のためにもこれ以上ズタスに呑まれるわけにはいかない。そしてその後ろめたさもあって、彼はサガルによくしているのである。
 それ以外の理由もあるにはあったが。


「…さて、これで央華でのわたしのすべきことはすべて終えました。長居をしても仕方がない。そろそろ出発するといたします」
 自分の言うことを頭の中で咀嚼そしゃくし心で吸収しようとしているらしいサガルにタクグスは突然告げ、それを聞いた若きシン族族長は顔を上げた。
「もうでござるか。せめて分け前を受け取ってからでも遅くはありますまい」
 現在、輜重しちょう隊の物資を略奪しに行っている者たちが戻れば、サガルはそれを部下に分配する。サガルの部下や臣下ではないが当然タクグスも分け前をもらって当然の立場だ。それも大量に。しかしタクグスは笑顔のまま首を横に振る。
「いや、我らの分はサガルどのにお譲りしたスンクの兵にお与えください。それがまあ餞別せんべつということで。自分の懐が痛まぬゆえわたしも助かる」
 笑って言うタクグスはそのまま馬首をひるがえした。
「ではサガルどの、ご壮健そうけんで。縁があったらまたお会いしましょう」
「…? タクグスどの、そちらは北ではなく西だが…」
「ああ、北へまっすぐ突っ切れば、内乱に巻き込まれずにはすみませぬからな。西から大きく回って帰ることにいたすよ。それとサガルどの、お預けした兵の中におもしろい男がおります。その者に目をかけてやってくださると、わたしとしてはさらにうれしい」
「あ、ああ、そのくらいはもちろん。その者の名は?」
「それは本人に聞いてくだされ。短躯たんくの男ゆえすぐにおわかりになりましょう。では!」
 短躯とは、背が低い、体が小さいということである。それは確かに目立つ特徴だが、それ以上 ただす余裕をサガルに与えず、タクグスは馬を走らせ始めた。五千の兵も彼に続く。
「タクグスどの、感謝いたす! またいずれ!」
 サガルはややあわてつつも、遠ざかる騎影に大声で最後の挨拶をする。と、タクグスも背を向けたまま軽く手を振る。
 それが別れとなり、タクグス率いる騎馬群は、まだ日の高い中、西へ向けて走り去ってしまった。


 タクグスが走り去った後、サガルはしばらく西の方を見やり、それから馬首を返した。
「スンク族の兵はどこだ」
 サガルは近くにいた配下に訊く。今、輜重隊を襲いに行っている兵以外は、戦闘後の休息に入っている。おのおのが勝手に座り、勝手に騒ぎ、勝手に飲み食いをしているため、タクグスがサガルに与えていった旧スンク族がどこにいるかざっと見ただけではわからなかったのだ。
「あちらです」
 と、配下の一人が指し示す。そこは中心から少しはずれた場所で、まだ外様とざまの意識が強かろう旧スンク族にとって無理からぬ位置取りだったが、いずれ彼らも自分の配下として溶け込むだろうし、そうさせねばならぬ。
 が、今はまだそこまで考える必要はない。サガルは彼らの元へ馬を歩ませると、新たな主人に気づいた旧スンク族が立ち上がろうとするのを制し、そのまま告げた。
「今タクグスどのから話は聞いた。いなやはない。汝らは今日から我が族の一員だ。存分にはげめよ」
 その言葉に旧スンク族から歓声があがる。旧主の行方を聞かないのは、すでにタクグスとは別れを終えているからだろう。
 そんな彼らの中をゆっくりと進むサガルは、一人の男を見つけた。馬から降りて彼に歩み寄る。と、その男もサガルに気づいて立ち上がった。
 男は若かった。充分に若いサガルよりさらに二、三歳は若く見える。全身に覇気をみなぎらせ発散させ続けており、その気迫にサガルはややいぶかしさを覚えた。気迫が嘘や偽物というわけではない。だがどこか、常に肩肘を張り、必要のないときまで意識して発散し続けているように見えるのだ。
 そして男の身長は、中背であるサガルのあごのあたりまでしかなかった。
「汝の名は」
 サガルは短躯の男に尋ねた。
「シジンです、族長!」
 声も大きい。顔はいかめしく、背筋は必要以上に伸ばし、頭の先から爪先まで全力で気を発し続けている。短躯でありながら鍛えられた肉体であることは一目でわかり、武にも充分に通じていそうだが、それでもどこか気を張りすぎている感はいなめない。
「なるほど、そういうことか」
 その理由にふと思い至り、サガルは心中でうなずいた。シジンは短躯の自分に劣等感があり、それを克服するため、他の何もかもを大きく見せようとしているのだ。
 騎馬民族は、悪く言えば人の外面がいめんにあらわれたものしか見ない。巨大な体躯たいく、秀でた武力、示された勇気、質量そろった略奪品、赫奕かくやくたる武勲。そのようにわかりやすく示されたものに敬意を払うのだ。
 このような価値観の中、体が小さいということはそれだけで不利だった。実際に短躯を馬鹿にされたりからかわれたりしたことも一再いっさいではないだろう。それゆえあなどられないよう、背伸び寸前と思われるほど背筋を伸ばし、胸を張り、表情に気迫をみなぎらせているのだ。そのような行為は滑稽こっけいさもあるが同情心も湧く。サガル自身さほど長身ではないため、それを理由に巨躯きょくの男にあなどられたことが何度もある。そういう無礼に対しては、実力で相手の身長が縮むほどの教訓をくれてやったものだったが。
「そうか。少しタクグスどのから汝の話を聞いたことがあるのでな。これから頼りにする。励めよ」
「はっ!」
 軽く肩を叩き、それに全力をもって応じてくるシジンに背を向けると、さすがのサガルも彼の「常に全力」と言わんばかりの大声に多少の辟易へきえきさを覚え、苦笑する。
「確かにおもしろい男だが、理由はこれだけなのだろうか」
 その苦笑を隠しつつ、去り際のタクグスの言葉を思い出し、心中で小首をかしげるサガルだった。
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