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庸滅亡 作者:文叔

第十一章 サガルとタクグス

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第十一章 サガルとタクグス 8

 そのタクグスが兵を率いてサガルのもとへやってきた。すでに庸軍で生き残っている者は八方へ逃げ去り、敵の存在はない。だがサガルの軍からはかなりの兵が消えていた。戦死や逃亡をしたわけではない。後方に捨て置いた輜重隊の物資を確保しに行ったのである。あるいは輜重隊の兵が物資をちょろまかして逃げ散っているかもしれないが、つかまえられる者はつかまえ、逃げ切った者の分についてはいずれ取り返す。なにしろこれからは彼ら騎馬民族が庸人の支配者になるのだ。好き勝手に分捕ぶんどり放題であろう。
「タクグスどの、あなたの助言と助力のおかげで大勝たいしょうを得られた。感謝する」
「なにをおっしゃるか。我らはただ逃げただけでござる。すべてはサガルどのの御力おちからでござるよ」
「それこそなにを。タクグスどのには献策けんさくのみならず兵まで貸していただいて。さすがスンク族の精鋭、見事な働きでござった」
 馬上、数騎を従えただけでやってきたタクグスに、同じく馬にまたがったままサガルは笑顔を向け、タクグスも同様の笑いを返す。弱兵の南庸軍など正面から激突しても負けるはずもないが、このように鮮やかに、被害もほとんどないままに完勝できればこの上ない。

 実はこの戦いは、サガルにとって一つの初陣ういじんであった。これまでの彼の戦いは、どれほどの強敵を撃ち破るものであってもすべてズタスの麾下きかにおいてであった。彼を歴史の舞台へ押し上げたスッヅとの一騎打ちも例に漏れない。
 だが今の彼に主君はいない。この戦いは、初めてサガル自身が主導しておこなったものなのだ。その「初陣」において、これ以上ない快勝を他の者に見せつけられた。サガルからすればタクグスにどれだけ礼を言っても足りないほどである。

 しかも前述通り、この戦いにおいてタクグスはサガルに兵を貸してすらいた。
おとりの数があまり多くては庸軍の腰が引けましょう。かといって遊兵ゆうへいを作っても意味がない。我が兵の一部を、一時タクグスどのにお預けいたす」
 そう言ってタクグスは麾下の騎兵五千をサガルに預けていた。その兵たちの働きはシン族の勇者たちに負けず劣らずであった。
 そのようなわけでサガルとしては、タクグスにただの礼を言うだけでは足りない気分だったのだ。
 が、一つだけ問題があった。
「タクグスどの、実は礼についてなのだが…」
 サガルが言い渋ったのには理由がある。礼物を贈るのを渋ったのではない。むしろ彼の方が「もらう」ことを告げようとしたため口ごもったのである。
 が、タクグスはすべてを察したように柔らかく機先を制した。
「そうでござったな。確か先の件についての礼物についてもまだでござったし、この際一緒に聞いていただこう」
「…欲しいものがござるか?」
 言い渋ったまま、とりあえずタクグスの希望を聞こうとサガルが尋ねると、タクグスは同じ表情のまま告げた。
「さよう。サガルどのにお預けした騎兵五千、そのままサガルどのの麾下にお加えくだされ。それが望みでござる」
 タクグスの迷いのないその言葉の内容にサガルは驚き、むしろうろたえた。
「それでは礼にはならん。それどころかわたしの方がもらう立場ではないか」
 当然の解釈だったが、驚くサガルへタクグスは、さらなる驚きを与えた。
「わたしは長城を越え、北の叔父の下へ戻ります」
「北へ!? 故郷へ戻ったバジュどののところへか?!」
 サガルにとっては重ねての衝撃だった。バジュのところへ帰るということは、タクグスは央華大陸での覇権争いから離脱するということである。これはすでに央華で甘い汁を吸い始めた騎馬民族にとって異例といっていい。
 だがタクグスは泰然たいぜんとしていた。彼の中で熟考した上での進退だったのだ。
「はい。ですがわたしの麾下にも央華に残りたいという者がいるのも確か。実はそれがサガルどのにお貸しした兵たちなのです。彼らをこのまま放り出してはいずれ散逸さんいつして野盗になるか、各族に吸収されるか、あるいは野垂れ死にする結果にしかなりますまい。それではせっかくの集団としての力と価値が失われてしまいますし、彼らの行く末も多寡たかがしれてしまいます。ゆえにサガルどのにまとめてお預かりいただきたい。サガルどのであれば、彼らを存分に使いこなしてくれましょう。また彼らもサガルどのの麾下へなら喜んで参入するとのこと。どうであろうサガルどの。受け取ってはもらえぬか」
 サガルとしては半ば開いた口がふさがらない話だった。もちろんタクグスを馬鹿にしてのことではなく、にわかには信じられない話として。
 タクグスはどこか普通の騎馬民族と違うところがあると感じてはいたが、まさかここまで異なっているとは思わなかった。騎馬民族は奪える物は根こそぎ奪う、食らえる物は食らえるだけ食らい尽くす。肥大し、巨大化し、際限なく貪り抜くのが習いといってよかった。それなのに自ら目の前の美食を捨て去るだけでなく、大事な自軍の兵を他者に譲ってしまうとは。


 そしてこの「礼」は、なるほど、確かにタクグスにとってだけでなくサガルにも益になることであった。それどころか少なくとも表面的にはサガルにとっての益の方が大きい。うますぎる話ですらあり、裏があると勘ぐってもおかしくないほどだ。しかしすでにサガルはタクグスを信用しており受け入れるにいなやはなく、またこれからのため喉から手が出るほど兵が欲しいのも確かである。だがあまりの驚きに、サガルは返ってタクグスにただしてもしまう。
「いやしかしタクグスどのの叔父御おじごにも兵は一人でも多く必要であろう。それを勝手にわたしにゆずっては…」
「残りたいという者を無理に連れ帰っても使い物にはなりませぬ。不満をくすぶらせて、結局はそむくか離れるかにしかなりますまい。それでは互いに不幸になる。叔父やわたしには後ろにいる者たちだけで充分でござるよ」
 タクグスが背後にいる五千の騎兵をあごで指し示しながら言うことに、サガルもハッとして気づく。
 そうだ、騎馬民族の習性からみれば、むしろ全員が得られる果実の多い央華に残りたいと考える方が自然である。だが暖かく豊かな央華を捨て、寒く乏しい北の高原へタクグスとともに帰ろうという者が五千もいる。これがまた異常な話であった。
 彼らはタクグスを信奉しているのか、あるいは彼ら自身が央華に来て変わったのか。そのことはサガルにはわからなかったが、彼らのような存在が現れたことが時代の変化を示す一端であることを、若い勇将は感覚として理解した。
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