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庸滅亡 作者:文叔

第十一章 サガルとタクグス

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第十一章 サガルとタクグス 7

 そして当然、神出鬼没しんしゅつきぼつの騎馬民族軍とはいえ、空を飛ぶ術は心得ていない。すべてはからくりがあり、からくりの種を作り出す男がいてこその奇術であった。摂津せっしんの戦いの奇術師はズタスだったが今回は別の男である。
 タクグスであった。
 タクグスは情報戦において騎馬民族中随一の能力を誇る。それは実戦で鍛えられた骨太で鋭敏えいびんなものであり、平和に安住し、騎馬民族の襲来ではじめて本気になった庸軍の及ぶところではなかった。
 タクグスは南から北上してくる庸軍の動きを細大さいだいらさず観察していた。そして彼らの慎重な行軍と、常にない斥候の活発さに、自分たちに対する恐怖心を感じ取っていた。
 そのような相手が、どの程度の行軍速度で、どの道を通って、どの日時に、どこにいるかを予見するなど、タクグスには容易な話であった。
 また庸軍斥候の索敵さくてき範囲も調べ上げ、とある族の長に一つの提案をしていた。
「わたしがおとりになり、この日のこのあたりの平野に庸軍を誘導します。それまであなたは戦場となる平野から離れたこのあたりに潜伏しておいてくだされ。ここならば庸軍の斥候にも見つからず、また当日に間に合うよう戦場へ到着することができましょう。その際、庸軍の動きはこのようになっているはずですので、こちらの方向からやってくれば後背を襲えるはずでござる」
 と、タクグスは地図を指さしながら事細ことこまかに告げた。希代の英雄であるズタスに認められ、寧安陥落を成し遂げた軍師の言に異を唱える族長ではなかった。


 その族長とは、むろんシン族族長「口裂け」サガルである。彼はタクグスの助言通り自分を高く売りつけるため活発に動くことをやめたため、返って手持ち無沙汰ぶさたの状態に陥ってしまっていたのだ。
 そこへタクグスの「庸軍北上」の話である。
「暇つぶしにはもってこいだ」と彼が思ったのは傲慢ごうまんと自信が紙一重の自負からであったが、それでも自軍の損害を一兵でも少なくする算段を考えないわけにはいかない。弱兵の庸軍など正面からぶつかっても負けるはずはなかったが、被害が皆無ということはありえないのだ。それゆえサガルはタクグスの作戦を快く受け入れた。
 そしてそれは、単に自軍の兵の損失を恐れたからだけではない。サガルもまた、ズタスやタクグスを通じて用兵というものの有用さやおもしろさを感じ始めており、自然と学習と実施の機会を欲していたからでもあった。


 そして今、実施の段階で、サガルはタクグスの用兵の巧みさに全身を沸き立たせていた。
「タクグスどのが欲しい」
 この時になって初めてそう思ったのは、彼がただの猛将から知勇兼備の名将へ移り変わろうとしていたためか、あるいはさらに上の存在を目指そうとしていたためか。それはサガル自身にもわからなかったが、次の瞬間、彼の意識は目の前の庸軍を撃滅することのみに収斂しゅうれんされ、それ以外の思考はすべて消え去った。
「シャアッ!」
 全身を灼熱しゃくねつの猛火と化したサガルは、麾下きかの兵へ行動で命令を下す。先頭を切って庸軍のただ中へ突進、突撃したのだ。
「シャアッ!!」
 サガルに続き喚声を上げると、騎馬民族軍は庸軍の後背へ襲いかかった。
 その様は巨大な顎門あぎとが庸の馬群を食い破るようであった。


 すでに戦闘ではなかった。これまでの庸との戦いで何度も使われた表現だが、様相ようそうが同じである以上、使われる言葉が同じものになるのも致し方ない。
 背後から自分たちより強い兵に強襲された以上、庸軍には勝ち目どころか生き残ることすら不可能に近いものになった。現に馬群の中頃にいた総司令官も帰らぬ人となってしまう。


 余談だが彼の名を記してこなかったのは、どの史書にも残っていなかったからである。当時からそれほどに軽く見られていた人物であり、歴史上果たした役割も「第一次騎馬民族戦争において最後に撃滅された庸軍の将」以外に存在しないのだから無理はないかもしれない。
 だがそれでも、これほどの戦いの将軍でありながら歴史に名が残らなかったというのは異常と言っていい。あるいは実在しなかった人物なのではないかという意見すらあるが、軍隊に司令官がいないことはありえないのでこれは否定されている。南庸の史家たちが、ズタスに長城を越えられて以来いいところなくやられている自軍の恥を少しでも薄れさせたいと、せめて最後の戦いについての記述を曖昧あいまいにしたいと筆をゆるめたのだという説もあるが、こちらの方がありそうという意見もある。
 とにかくこの件についての真相は不明であり、タクグスが演出しサガル実演した「常永じょうえいの戦い」の敗北から残ったのは、庸軍はこれ以後百年以上、北伐ほくばつの軍を起こすことがなかったという事実だけであった。

 騎馬民族軍の庸軍への攻撃は、これまでに比べると手加減がされていた。落ち延びた兵が多いことからも確かである。
 これはタクグスの指示であった。
「彼らは南へ帰り、我らに対する恐怖を庸の宮廷や民に決定的に刻み込んでくれましょう。これでしばらくは背後に憂いなく北での戦いに集中できます」
 歩兵の多数を見逃したのと同じ狙いだったが、まさか百年以上もの長い時間彼らが南へ引きこもったままになるとは、タクグスですら予想していなかった。

 そしてこの時から「片頬が耳まで裂けた恐ろしい北狄の将」の存在は、軍隊のみならず南庸すべての民衆の中にも浸透してゆくことになる。摂津せっしんの戦いに続いての暴勇とともに、彼の異名が「口裂けサガル」ということも後に知られると、その名は南庸人にとって恐怖の象徴ともなっていった。

 庸軍を引きずり回す役を請け負ったタクグス軍五千は、結局戦闘には参加しなかった。参加するまでもないというのが主な理由だったが、実は今回の戦いのタクグス軍は「異様」であったのだ。それも最初から最後まで。
 彼らの戦い方は騎馬民族のそれではなかった。騎馬民族であれば戦いそのものが「戦い」である。情報戦や陽動など彼らの本懐ではない。必要に応じてそれらをしないわけにはいかないこともあるが、嬉々としておこなう者はまれであった。そのような役を請け負った者は鬱憤を晴らすため、次の戦いでは誰よりも一心に敵軍へ突撃してゆき首級をあげるものだ。
 が、タクグス軍からそのような者は一人も現れなかった。最初から最後まで脇役としての自分を徹底して貫き、そのことへの不満を漏らそうともしなかったのだ。
 これは彼らがタクグスにとって精鋭である証だった。彼らはタクグスが北方の高原にある頃から育て上げてきた子飼いの兵なのだ。長城を越えて央華へ侵攻してゆくにつれ兵数は増えてきたが、自軍になじまないものは決して容れることはなかった。
 ゆえに彼らは騎馬民族軍では異常なほどの柔軟性と視野の広さを持っていた。その一端があらわれたのがこの戦いだったのである。
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