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庸滅亡 作者:文叔

第十一章 サガルとタクグス

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第十一章 サガルとタクグス 4

 そしてズタスが死んで三週間後、ついに内乱は勃発ぼっぱつした。各地の軍閥ぐんばつ――すでに軍閥と称しても構わないであろう勢力へクミルは再三の召集を命じていたのだが、彼らが一向に応じなかったため、早々に堪忍袋の緒を切ってしまったのだ。「新族長」が近くにいた一勢力へ攻撃を仕掛ける。それが文字通り切られた火蓋ひぶたとなり、各地の勢力が一様に相争あいあらそい始めたのである。
 中には中立をたもち漁夫の利を画策する者もいたが、攻められれば応戦せざるを得ず、一定以上の勢力を持ちながら戦乱に巻き込まれずにすむ者はいなかった。


北狄ほくてき内乱突入」の報は、三日後には紅都へ雷報らいほうとして届いた。この伝達速度は、庸が平和で大陸内の往来も盛んな頃ならまだしも、大混乱に陥っている現状では驚異的な速さである。いかにこの情報を紅都が待ち望んでいたかわかるというものであった。
「北上開始!」
 準備が万端というわけではない。どれだけ訓練しようともこの短期間で騎馬民族軍に対抗し得る将兵を育成しようもない。それでも庸軍は進発した。本当に、本当に最後の好機を絶対にのがさないために。


「来たか」
 が、紅都が騎馬民族の動向を探っていたのと同じ水準で庸軍の動きを探っていた者が寧安ねいあんにもいた。タクグスである。
 実はこの時期、タクグスは実質的な寧安の主人と言ってもおかしくない立場にあった。なんと騎馬民族のほとんどすべてが北河の再渡河を果たし、北河以北へ戻ってしまっていたのである。つまり寧安を含む北河南部の占領地を放棄してしまったのだ。
 これは異常事態であるが事情は単純だった。内乱が激しくなりすぎ、北河南部で戦力を遊ばせておく余裕がなくなってしまったからである。南部占領地はもちろんだが、寧安を放棄するのは彼らにとってもあらゆる意味で断腸の想いだった。しかしそこにこだわって覇権争いに負けたとあっては死後まで嘲笑ちょうしょうの対象になってしまう。軍事に関して彼らはあくまで専門家としての見識を見失っていなかった。
 また「それにどうせ寧安を再占拠するのは庸の弱兵どもだ。内乱に勝ち残ったあと再奪取すればいいだけのこと」と、騎馬民族のほぼ全員がそう考えていたことも確かだった。あまりに簡単に奪取できてしまったため、本来の寧安の堅城ぶりを忘れてしまっているのである。
 それゆえたった一人――といっても彼の麾下きかである五千の兵も一緒であったが――タクグスが寧安防衛に残ると告げたことに、驚く者はいても強いて反対する者はいなかった。それはタクグスを説得や脅迫する余裕もなく北へ帰らなければならなかったからでもあるが、
「たとえ一時寧安を独り占めできたとて、最後の勝者が数十倍の戦力で包囲すれば持ちこたえられぬであろうものを」
 という考えもあったからである。もちろんそのように考えるのは、自分が「最後の勝者」になると信じて疑わない者ばかりである。


 そのようなわけで現在の寧安の主はタクグスということになった。といって変わったところがあるわけでもない。騎馬民族たちも一応の満足を得たか一時の暴虐は鳴りを潜めていたし、タクグスとその将兵は比較的穏健でもある。都内はようやく秩序を取り戻し、普段の生活を営みはじめていたのだ。
「さて…」
 寧安の主となったタクグスだが、それが一時のものであることは彼もよくわかっていた。というよりそれが最初からの彼の望みであった。彼には彼の成算があったのだ。


 庸軍は北上を続ける。その動きはさほど速くはなかった。訓練が不充分だということもあるのだが、基本戦略が騎馬民族同士の内乱に乗じる形で敵を各個に撃ち破ってゆくというものであることも影響してた。
 このまま北河を渡って彼らの勢力圏へ突入するのはあまりに危険すぎる。猛獣同士の争いの中に草食動物がまぎれこむようなもので、余波だけで弾き飛ばされてしまうだろう。
「まずは北河南岸に拠点をもうけ、そこで情報を収集し、北狄が内乱に疲弊ひへいし切ったところを襲撃する」
 たとえ獰猛どうもうな野獣であろうと、互いに争い傷つけあえば、勝者とて無傷ではありえない。たとえ草食動物とて勝機はある。角で刺し、北へ追い落とすことも不可能ではないのだ。

 軍が北上する間、先行させた斥候せっこうたちからは、北河以南の地域から騎馬民族が姿を消している旨、報告は入っていた。連中も仲間割れに余力を残すことができないのだろう。
 また北河から逗河とうがにかけての領域は騎馬民族が蹂躙じゅうりんしたまま放置しているため、その慰撫いぶのためにも北上の速度は上げられないという事情もあった。
 そして彼らは一つの有力な情報も得ていた。
「寧安がからになっておるか…」
 北伐ほくばつ軍の総司令官は、両腕を組んでその情報を聞いた。もちろん寧安から人がすべて消えたというわけではない。本来の都民はそのまま、騎馬民族軍の姿が消えたということである。
 考えられる状況ではあった。彼らにしてみれば内乱の戦力は一騎でも多いに越したことはなく、寧安防衛のためにくことすら惜しかったのであろう。それにしてもせっかく陥落せしめた央華随一の大都市・帝都寧安をこうも簡単に放棄ほうきするとは。
「北狄の北狄たるゆえんだな」
 侮蔑ぶべつの思いもありつつも、この蛮族ぶりが今の庸人にとっては恐怖の対象でもある。彼らには自分たちの常識は通用しないのだ。そしてそのような蛮族に自分たちは勝利どころか一矢を報いることすらできずにいる。逃げ腰になる思いは如何いかんともしがたかった。が、
「とにかく寧安が空いているのならそこを拠点としよう。かのみやこほどそのためにふさわしい場所はないからな」
 と、彼らは満場一致で寧安へ向かうことを決定した。


 庸軍は寧安への道を慎重に慎重を重ねて選び、細心に細心を重ねて進んだ。大部分が北河を渡ったとはいえ、すべての騎馬民族が南部から消えたとは限らない。とにかくこれまで彼らは騎馬民族軍に負けに負け続けている。そのほとんどすべては敵に意表を突かれ、背後から襲われたことも大きな要因だった。
 それゆえ彼らは常に斥候せっこうを放ち、前方に敵がいないことを確かめ、通り過ぎたあとも後方に敵が現れないことを確認し、また隊列が細くならざるを得ない道や、視界が悪い場所は極力避けて進んだ。
 空き家に忍び込もうというのに――「自宅」に帰ろうというのだから酷な言い方だが――極端なほどの警戒、あるいはおびえようだが、今の騎馬民族軍はそれほどまでに強力なのである。たとえズタスがおらずとも。
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