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庸滅亡 作者:文叔

第十一章 サガルとタクグス

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第十一章 サガルとタクグス 2

 タクグスも、様々な感懐かんかいと失望の中にいた。
 感懐の最大はズタスの死に対するものではあったが、彼の死を冷静に分析する明晰めいせきさは衰えていなかった。
「早すぎる」
 それが唇を噛みながらの彼の結論であった。央華全土を征服するためだけではない。彼と彼の叔父にとっても、ズタスの死は早すぎた。
 もちろん戦場の雄であるズタスとはいえ、常に陣頭にある以上戦死の可能性は低くはないし、今回のように病に倒れることも充分に考えられた。だとしても、あと数年は生きていてもらわねば、タクグスの準備は何もかも間に合わない。今の段階では足場の一つを構築した程度で、若き軍師の野心にとって何の意味もないのだ。
「叔父上、申し訳ござらん…」
 タクグスは自分の責任ではないとはいえ、北に向かって謝罪せざるを得ない気持ちだった。彼にはこれから起こる権力争い・覇権闘争のための地盤も希薄きはくであったし、なにより先が読めなさすぎる。叔父のバジュもまだ勢力回復ができているはずもなく、ここからこの場で最終的な勝利を得るためには、綱渡りどころか「糸渡り」のような危うさを覚悟せねばならない。そしてそれを渡りきる自信はタクグスにはなかった。
「これがわしの限界か」
 と自分の線の細さを自嘲じちょうする想いもあるが、彼には彼の生き方しかできなかったし、「王佐おうさこそが我が本懐ほんかい」という自負もある。叔父を新たな央華の支配者とするために、これからの人生を使い切ることにためらいはなかった。


 その「糸渡り」を敢行かんこうしようとする者も当然いる。口裂けサガルもその一人であった。彼はズタスが死ぬまでは動かないことを自らに約していたが、彼が崩御ほうぎょしたことでその禁もおのずから破られたのだ。
 が、それでも去就きょしゅうははっきりしない。彼も不動の時間に様々に考えてはいたのだが、誰に付くのか今後の方針を決められなかった。いかに俊英とはいえ彼もまだ若く、絶対の正解など求めようがない。
 ズタスの息子であるクミルに付くのが最も単純ですっきりもするのだが、どうもこれは気が進まなかった。クミルは最初からサガルとシン族を自分たちの勢力と思いこんでいるようで、ありていにいえば臣下として見下している。サガルはズタスに私淑ししゅくしていたし、臣従していたと言われても否定するつもりはなかったが、コナレ族自体にシン族を隷属れいぞくさせたつもりはなく、またクミル個人に臣従した覚えもなかった。ズタスの死によって、サガルとシン族とコナレ族との関係は一度白紙に戻ったと考えるべきである。
 これはシン族に限った話ではなく他のどの族に対してもであって、そのことに思い至らず、父親に臣従していただけを理由に相手を自動的に自分の臣下だと考えるなど、許されることではなかった。
 クミルは自分を父と同等の力を持つ族長と考えており、他の者たちの自分に対する評価も同様だと感じてもいるようだが、そんなことはまったくない。むしろ彼は父より数段落ちる存在と見られていて、それがゆえに去就に迷う者が多数現れているのだ。このあたりの客観性の無さ、思慮の浅さ、粗雑さも、彼に対する信頼を落とす要因になっていた。


 そのような訳でサガルもクミルを内心ではすでに見限ってしまっていた。しまっていたが、だからといって次はどうすればいいかがわからない。彼の経験値の少なさでは無理もなく、同じ族内に知恵者と呼べる者がいないこともあって、サガルの思考は袋小路におちいってしまったのだ。
 が、そこでとどまっていないのがズタスも見込んだサガルの資質の一つである。
「わからないことなら誰かに訊けばいい」と、他の族人に尋ねに行ったのだ。彼も騎馬民族特有の自尊心の高さは持っているが、必要とあればそれを曲げることができる強さも有していた。これは「央華を攻めるためには央華を知らねばならぬ」と韓嘉に師事したズタスに共通する。


 そしてサガルが尋ねたのはタクグスであった。ズタスが死んだ数日後の話である。タクグスは新参に近い存在だが、それだけに他者と遺恨や確執の生まれる時間は少なく、また寧安陥落の立役者であり、ズタスが認める知恵者ということもあって、サガルもごく自然に彼の勇気と知略に敬意を持っていたのだ。加えてタクグスは比較的サガルと年齢が近いこともあり、それもまた彼の心の敷居を低くする一因となっていた。
「そのようなわけでタクグスどのに教えをいたい。私はこれからどうすればよいと思われるか」
 タクグスの邸を訪ねたサガルは、素直に自分の迷いを話し、素直に頭を下げた。
 タクグスに限らず寧安で騎馬民族の大半が住むのは、庸の要人が使っていた邸を接収したものである。が、実は彼らは一様いちようにそこに住みにくさを覚えていた。最初は豪奢ごうしゃな邸宅に興味をそそられ、豪華な家屋に自尊心や虚栄心をくすぐられていたのだが、そのような豪邸に住み慣れていないため、だんだんと窮屈うっくつさや鬱陶うとうしさを感じはじめていたのだ。
 ズタスの存命中は「どうせすぐに南へ進撃が開始され邸も引き払う」とわかっていたため我慢して住んでいたのだが、中にはこらえきれず庭に天幕てんまくを張って生活する者がいたほどである。
 タクグスはそんな中でも例外で、豪華な邸宅に住みにくさを覚えてはいなかった。どうやら彼は央華人の気質と似かよったところがあり、それが彼をして騎馬民族内で異質さを放つ一因になっているらしい。
 サガルもまた央華の邸に住みにくさを覚えている一人であるが、タクグスの応接室に通されたときには意表を突かれた。家具類がほとんど置かれておらず、床に敷物、それも騎馬民族が天幕の中で使う種類のものが敷かれていたのだ。
「この方が落ち着くという方も多いので」
 と、笑うタクグスは敷物の上に直接あぐらをかき、サガルにも勧める。それをサガルは喜んで受けた。
「細かく気のつく御仁ごじんだ」
 というのがサガルの感想だが、そこに侮蔑ぶべつはない。やはり武勲というものは偉大なのだ。
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