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庸滅亡 作者:文叔

第十章 北へ帰る

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第十章 北へ帰る 2

 好みの寝台でそれなりの睡眠が取れたからというわけではないだろうが、寝所でズタスは一つの宣言をした。
「国を建てる」
 それは歴史的な一言であった。央華大陸が最初の統一王朝であるそうにまとめられるまで、の地はいくつもの国が乱立する戦国時代であった。
 だがそれらの国ですら、まったくの異民族が国を建てたことは一度もなかった。いや、南方でそのような国があったにはあったが、当時の彼らとて思想的・風習的にはほとんど央華化しており、純粋な異民族国家とは言えなかった。それゆえすでにほろんだその国の領域も、今は完全に央華文明の一部として取り込まれ、そこに住む者も混血が進み、自分たちが異民族を祖先に持つことすら忘れたかのように庸国人と同化して生を営んでいる。
 それがまったく央華化していない異民族によって一つの国を建てられるとは、広い央華大陸の一部のこととはいえ空前の決断であった。この点でもズタスは央華史の先駆者として歴史に名をのこすことになる。
 が、このズタスの宣言に近臣者たちは戸惑いを見せる。彼らの中に「建国」という概念は薄い。それどころか「国」という枠を作り、その中で暮らす央華人をさげすむ感情もあったのだ。遊牧騎馬民族は部族という集団は作っても土地に縛られることはなく(またできもせず)、常に移動をむねとし、そのことに誇りを持っていた。
 それゆえ族長のこの宣言は彼らを戸惑わせたのだが、続いての宣言にその感情はかすかにやわらいだ。
「国号はシャとする」
 「シャ」とは北方、彼らの故郷における騎馬民族の聖地の名であった。コナレ族だけでなくすべての騎馬民族にとっての聖地である。「謝」は当て字でどんな文字でもよかったが、庸人への印象も含めてズタスはこの字を選んだのだ。

 騎馬民族にも宗教があった。それは太陽や大地を対象とする素朴なものであったが、彼らの精神の基となっていることに変わりはない。「シャ」はその信仰における聖地なのである。太陽と大地が交わる場所とされ、彼らがなにがしかの祈願をすとき、この地を訪れるか、さもなければこの地がある方角へ祈りを捧げる。
 一神教のように絶対的ではなく、多神教以上にゆるいものではあったが、力以外で唯一、すべての騎馬民族に通じる存在が「シャ」だったのだ。
「なるほど、庸人どもの上に我らが君臨するにふさわしい名だ」
 族長の真意を察したような気になり、彼らはズタスの建国を受けれはじめる。どうせ建国など形だけのこと。これからもすることに変わりはない。彼らはこれからも、攻め、奪い、殺し、また攻める。それを繰り返すつもりでいた。


 が、ズタスの真意を本当に察することができる者は、やはりほとんどいなかった。彼は真実、国をてるつもりだったのだ。
「我らも変わらざるをぬ」
 ズタスはそのことを知っていた。
 騎馬民族がこれまで通りでいられるとすれば、央華大陸などに居座らず、殺すだけ殺し、奪うだけ奪ったあと、そのまま長城を越えて故郷へ帰るしかない。だが騎馬民族のほとんど全員は、すでに故地へ帰る気をなくしていた。征服した北河以北・北河流域を捨てるつもりはなく、そこを根拠地としてさらなる南下を企図している。
 これだけでもう、従来の騎馬民族ではありえない。この地には彼ら以外の者、央華民族が住んでいるのだ。しかも人がいるだけでなく、文明・文化も完全に根付いている。それら文明・文化は人の意思のみで作られたものではない。その土地の風土に起因し、合致がっちするものだからこそ生み出され、定着したものなのだ。
 騎馬民族の峻烈しゅんれつな気性や戒律かいりつとて、彼らの性向せいこうによってのみ作られたわけではない。厳しすぎる気候、苛烈かれつすぎる風土にるところが大きい。
 寒く、とぼしく、広く、少ない。そんな世界で生きるには、強くなければならなかった。それがゆえに力への信奉しんぽうが育ったのだ。

 だが央華の地で生きていく以上、騎馬民族とて「央華化」しないわけにいかない。いくら尚武しょうぶを旨とする騎馬民族のままであろうとしても、風土がそれを許さない。文化が、文明が許さない。庸人に対しては絶対無敵の騎馬民族とて風土に勝てないことは、侵略も半ばに引き返さざるを得なかった近い例でもはっきりしている。ズタスはそのことをあらためて痛感していた。


 それゆえの建国である。
 央華の地にる以上、騎馬民族であっても「国」という概念がいねんから逃れられるはずもない。大半の騎馬民族はそのことを理解していないが、無自覚にでもそうなっていく。だが自覚してからでは手遅れになるし、そもそも最後まで自覚できない者もいるだろう。
 だからこそ、ズタスは断行したのだ。騎馬民族が自分たちの変容に気づこうと気づくまいと関係なく、彼らを守るために。
 その断行が有効であったことは、北河以北の占領地で、ズタスの宣言がほとんど混乱なく受け入れられたことからもわかる。彼らとてズタスの建国は「庸人への嫌がらせ」と考えてはいたし、その想いが宣言浸透の触媒しょくばいになったことも確かだが、自分たちでも気づかぬうちに央華文明に順応しつつあったため、受け入れる素地が早くも出来上がりはじめていたのだ。
 ズタスは、そのことを確認してうなずきつつ、同時に寂寥せきりょうを覚えてもいた。いかな先見性を持つズタスであっても、騎馬民族である誇りはやはり強い。彼らの変容、つまり騎馬民族性喪失の最大の責任が自分にあるとわかってはいても、薄れてゆく民族の性向や誇りに寂しさを消すことはできなかったのだ。ズタスほどの先見性と視野の広さを持つ騎馬民族は彼以外にほとんどおらず、寂しさを共有出来る者がいなかったこともまた、彼の寂寥を深めさせる一因になっている。
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