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庸滅亡 作者:文叔

第九章 南庸建国

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第九章 南庸建国 5

 寧安を出撃した騎馬民族軍は無人の野を行くようであった。なにしろ組織的に反抗する軍隊はほとんどいないのだ。
 進む先進む先の街やむら、都市や城塞に、彼らは挑んでゆく。城攻めは苦手だったが、ズタスもそのあたりは考えていた。
 まず簡単に陥落出来る城を選び、そこで将兵に城攻めの実践をさせてゆくのだ。攻城兵器は庸の武器庫から奪い、あるいは強制的に徴集してきた庸の工人たちを使って作らせる。彼らとて同胞の守る城を攻めるための兵器を作るのは苦しみ以外の何物でもなかったが、逆らったとて殺されるだけである。そして死してなお抗う心の持ち主の大半は、すでに殺されていた。彼らについて来ているのは、気概きがいはあっても死ぬことが許されない立場にある者か、積極か消極かの差はあれど征服者に追従して生き延びよう、あわよくば富貴を得ようという者たちばかりである。ここまで来れば騎馬民族は、さして苦労もせず彼らを使うことができた。
 雲梯うんてい破城槌はじょうついなどの攻城兵器を騎馬民族たちも最初はうまく使うことが出来なかった。しかしそこは慣れである。最初に容易な城を相手に戦ったことも奏功そうこうし、彼らは「新兵器」の使い方に習熟していった。

 城を攻め、むらおかし、財を奪い、人を殺す。最初はゆるやかだったその動きも、城攻めに慣れてくれば速度を増す。増速の一因は、皮肉なことによく整備された央華の街道網も一役買っている。血管を通して全身に毒液が巡るかのようである。
 騎馬民族の速攻は、央華の大地でも展開され始めた。
 彼らのゆくところ、最初からあきらめて降伏する城や街も多かった。だが徹底抗戦を言動と行動とで示す街も少なくない。そんな彼らへの騎馬民族の対応は、
「城門を開けて降伏すれば命だけは助けてやる。さもなくば皆殺しだ」
 これであった。
 一見すると公正な申し出のようにも見える。だが最初から降伏しても助けられるのは命だけで、その他の物は根こそぎ奪われてしまうのだ。まして他人の家に武器を持って押し掛け「門を開けなければ皆殺しだ」という申し出の、どこに人の道があるのか。
 そのことをズタスは自覚していた。タクグスのようにズタス以外にも自覚する騎馬民族もいた。その上で彼らはその道を突き進んでいるのだ。
 彼らは仁者ではなかった。侵略者であり略奪者であり殺人者だった。
 彼ら自身、そのことを知っていた。

 経験を積んで「上達」してきたとはいえ、騎馬民族にとって城攻めは不得手の部類に入るし、しょうにも合わない。彼らにとって戦いとは、さえぎるものとてない平原における、正面からのぶつかり合いである。馬上、風とともに剣を振るってのそれこそが彼らの本懐ほんかいであった。その欲求不満の解消もあってか、略奪は激しさを極めていた。

 が、侵略する騎馬民族の感覚では亀の歩みでも、侵略される庸にとって彼らの侵攻速度は、燎原りょうげんに放たれた炎も同然であった。
 寧安を出撃した騎馬民族は、ほんの短い期間で央華大陸を半ばまで征してしまったのだ。彼らが停滞するのは城壁を攻める時と、攻め落とした街を略奪する時のみで、それ以外ではとどまるところを知らない。そして紅都こうとの宮廷は彼らの侵攻に為す術がなかった。唯一の「味方」の効力が発揮されるのを待つしかない。忍耐と民の犠牲を唯一の武器に、彼らはその時を待っていた。


 そしてその忍耐は、報われつつあった。
「もう来たか…」
 央華大陸の半ばには、北河や南江ほどではないが、もう一つの大河があった。逗河とうがと呼ばれるその河は西から東へ、央華大陸を南北(上下)に、ほぼ均等に分けるように流れている。
 その逗河に達したところでズタスは背後をかえりみ、奥歯を噛みしめた。
 見た目、彼が率いる軍隊に変わったところはない。敵もない状態での侵攻で、戦死者どころか負傷者すらほとんどいないのだから変わりようがなかった。が、様々な部署からの報告により、それが崩れ始めていることを彼は察していたのだ。
 もう一人、そのことをズタスと同様の想いで察している者もいた。彼の参謀である。
「タクグス、ついに疫病えきびょう流行はやり始めたな」
「は」
 ズタスの苦渋の声に、タクグスはなるべく表情を消して応じた。ここで主君と同じ感情に染まっては思考が同じ方向にしか向かず、効果的な対応策が浮かばないと考えたからだが、彼自身の複雑な想いを表に出さないためでもあった。当初から懸念していた通り、ズタスに染まり始めている自分を自覚していたからである。さらに言えば、それはズタスが叔父の器量を越えると認めることであり、彼の心の芯にある何かを崩壊させる事態でもあるのだ。そのことを簡単に認めるには、タクグスもまだ若すぎた。


 そんな参謀の心情を察することなく――あるいは察していても忖度そんたくする余裕もなく――ズタスは続ける。
「最初からわかっていたことだ。だがせめて、南江なんこうにたどり着くまでは保たせたかったが…」
 長城の北、北方の高原が彼らの故郷である。長城はただの境ではなかった。そこから別の国になるということである。政治的・文明的にだけでなく、風土的にも。異国において侵略する軍隊が最も恐れるのは、敵軍よりこの風土の違いからくる疫病であった。その土地に住む者にとっては何の恐れのないものでも、異国から来た者にとっては、水や空気さえも安心して取り込むことはできない。これらの強敵に対して、史上最強の騎馬民族軍でさえ抗することはできなかった。
 ましてここから先はさらなる「異国」である。庸人にとってさえ南江を挟んでの互いの土地は「異国」の感が強い。北河周辺から南江近辺へ移り住み、そこで疫病にかかって死ぬ者も少なくないのだ。この時代、同国内でも移住はある意味命懸けであった。
 ゆえにズタスもこの事態を覚悟し、同時に恐れていたのだが、誤算だったのは予想より早く「症状」が現れてしまったことだった。彼の考えでは、南江近くまでたどり着けさえすれば疫病で多少の兵力減はあっても、勢いで紅都の新政権を覆し、覇権を獲得できるはずであったのだ。
 その見通し自体が甘かったかもしれない。だがそれでも紅都近辺まで侵攻できればそれだけでも示威じいの効果は大きいし、兵に実地経験も積ませられる。再度の侵攻における成功確率を上げることが出来たはずだったのだ。

 しかし、ズタスの思惑ははずれはじめていた。
 これこそが紅都の新政権が期待した味方、央華大陸そのものの「広さ」と「風土」であった。無敵の騎馬民族軍であっても央華大陸の広さには抗し得ない。またそれはズタス自身が認め恐れるところでもあった。 
「逗河を越えて南江まで届くであろうか」
 ズタスは馬上から南への視線をはずさずに、タクグスに尋ねた。
「届きます。ですが、届くだけです」
 タクグスは正直に答えた。南江まで届かせるだけならいくらでもできる。だがそこに到った騎馬民族軍は、疲弊ひへいし、疫病に冒され、数は減り、戦闘力は激減しているだろう。とてものこと紅都を落とすことは出来ない。
 そして激減した戦力は、そのままズタスの権力と権威の失墜しっついを意味する。騎馬民族は力を信奉しんぽうする。彼ら固有の宗教も存在するが、それも即物的な力の前には数歩及ばない。もしズタスがここで庸侵略を無理に続行すれば、北にいる者たちがうごめき出すのは必定だった。
 それは長城の北にいる者たちだけではない。長城の南、北河以北や寧安に残してきた味方たちも同様である。力というふたがなくなった彼らは、自分たちの野心と欲望を満たすため互いに争い始めるだろう。
 そうなれば庸の征服どころではない。まだ地歩も固まってない場所での内乱となる。これまでの苦労も無に帰し、得た物をどれほど失うことになるか。それどころか元々持っていたものまでどれほど損なうかわかったものではなかった。
「帰るか…」
 ズタスは、南方をはるか見透かしながらつぶやいた。
 そこには、野心を半ばにしてあきらめなければならない無念以上のなにかがこめられているようであった。
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