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庸滅亡 作者:文叔

第九章 南庸建国

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第九章 南庸建国 3

「ではこのまま侵攻を続けるとして、どこの誰を相手にするか、ですな」
 タクグスは次の議題へ移るが、その内容にケボルが首をかしげる。
「どこの誰とは? 相手は庸ではないか」
「庸がこのまま皇帝不在の状態を続けるはずがありません。それでは我らに対する抵抗も各地での散発的なものになり、各個に撃破されるだけです。庸に勢力を糾合きゅうごうすべき者がなく、あるいはいるにしてもその数が複数で、その者たちの間で主導権争いが起こってくれれば、攻略はたやすいのですが」
「その言い方からすると、汝には糾合すべき者の目星がすでについているのだな」
 タクグスの言うことにズタスは笑みを含んで問う。実は目星ならズタスにもついているのだが、この場の主導権はできるだけタクグスに握っておいてほしいため、さほど口を挟まないように気をつけているのだ。タクグスの権威は寧安での武勲で飛躍的に増大されたが、まだ足りないところは当然ある。そのために細かなことでも実績を積ませなければならなかった。
 タクグスもそのことは感じているので、悪びれることなく続ける。
「は。おそらく紅都こうとを治めている陳戎ちんかいが新皇帝として即位するのではないかと」
「なるほど、皇帝の弟だな」
「は。他にも幾人か候補はおりますが、血統的にも実力的にも陳戎以上の有資格者は存在しません」


 紅都こうとは北の北河ほくがに匹敵するほどの南の大河、南江なんこう流域に存在する都市である。規模は寧安に匹敵するほどで、庸第二の都市と言っても過言ではない。北方の寧安が政治都市としての趣を持っているのに対し、紅都は商業都市としての色合いが濃かった。南方は北方に比べて農産物の量も種類も豊富であり、なにより海を通じての海外貿易が盛んだった。それにより発展した紅都を中心とする南方は、経済力では北を凌駕りょうがするほどである。「南の財貨で北を支える」側面すらあったのだ。

 それほどの重要都市であるがゆえ、この都を治めるのは代々皇族と決まっていた。権力にしろ財力にしろ、臣下に持たせるには巨大すぎる都市なのだ。もちろん皇族といえど謀叛むほんを起こすときは起こす。それであってもやはり血のつながりは人を安心させるところがあるもので、家・一族というものを大切にする央華文明においては無理からぬ処置であった。

 その紅都を現在治めているのが皇帝・陳徹ちんてつの弟、趙王・陳戎ちんかいだった。
 三十八歳の陳戒は、皇帝である兄と比べとりたてて優れているというわけではない。もしそうであれば兄皇子をはいして彼を皇太子、皇帝にという運動があってもおかしくなかっただろう。
 人となりは誠実で悪人ではなかった。それゆえ野心もさほどではなく、大過なくすぎてゆく庸帝国内で、大過なく「高貴な凡人」として生きて死んでゆくはずであった。
 その彼が統治しているせいか、紅都も大都市であっても凡庸な内実である。繁栄し、南方のあたたかさもあってか開放的で、貿易都市ゆえに外国人も多く、経済力もあるため陽性のにぎやかさもあり、そしてそれなりの腐敗と矛盾とを抱えた「普通の都市」だった。
 だが、時代と、北方に生まれたはた迷惑な野心家によって、陳戎も紅都も安穏とした幸福から蹴り出されてしまうことになる。


「皇帝陛下がご崩御ほうぎょ!?」
 陳戎はその報告を受けて愕然がくぜんと椅子から立ち上がった。彼とていかに穏健おんけんな性格といえ、またいかに離れた場所のこととはいえ、現在の庸の異常な状況を無視したり放置したりしていたわけではない。絶えず情報は仕入れ、兵や必要な物資を北方へ送ったりもしていた。それでも北から良い報告はほとんど何もやって来ず、彼とともに紅都を治める士大夫たちと陰鬱いんうつな日々を送っていたのだ。
 ちなみに紅都における宦官の勢力はさほどではなかった。いかに大都市とはいえ南江流域は彼らにとって「田舎」である。たまの旅行にはよいがあえて住みたいと思う場所ではなく、ある程度甘い蜜の吸い上げができていれば満足であったし、なにより寧安と皇帝さえ抑えておけば万事どうとでもなる。それは完全な事実であり、軍事力をほとんど持たない紅都は、彼らにとってそこまで重要ではなかったのだ。
「は。北狄ほくてきにより寧安ねいあん陥落かんらく。陛下はご家族とともにご自害を…」
 報告する士大夫も蒼白のままである。
「…そうか…」
 しばらく茫然ぼうぜんとしていた陳戎は放心のままつぶやき、椅子に崩れるように座り直した。
 彼同様兄帝は凡君であったが、それゆえか兄弟仲は悪くなかった。覇権を争い、殺し合う兄弟すら珍しくない央華帝国の歴史において、彼らは私人としては幸福な部類に入る。それだけに兄と義姉、甥、姪たちの訃報は、純粋に陳戎を打ちのめした。

 が、ここで打ちのめされたままでいることを許されないのが彼の立場であった。士大夫の一人が進み出て、こうべれたまま言上ごんじょうする。
都督ととく閣下、皇帝陛下のご崩御は哀惜の極みなれど、帝位は一日とて空位であることを許しませぬ。なにとぞご善処を」
 陳戎の立場は「皇弟」であり「紅都都督」であるから、敬称は殿下、あるいは閣下になる。この場は都督としての彼が召集したものであるから士大夫は閣下と呼んだのだが、言上の内容は不穏なものであった。
 そのことに気づいた陳戎は、打ちのめされたままながら軽く視線を上げ士大夫を見る。
「なにが言いたい」
「陛下がご崩御なさった際は太子さまが帝位におきになるのが必定ではございますが、その太子さまもお亡くなりになられました。また他の皇子さまも皇女さまも皆陛下にじゅんじられたよし。陛下の跡をおぎになり、大庸の皇帝となられる方は寧安にはおられませぬ。また他の土地にあらせられる皇族の方々は、皆様陛下よりお年を召した方や幼弱な方ばかり。血統的にも年齢的にも陛下の御跡おんあとをお継ぎになられるのは、閣下しかあらせられぬかと…」
「汝はわしに帝位にけと申すのか!?」
 打ちのめされていた陳戎は目を剥いて、再度勢いよく立ち上がった。
 このような言は本来であれば、口にするだけで不敬罪に問われかねないものだが、この時この場では絶対にせねばならない話であった。士大夫の言うとおり、帝位は一日も空けてはならないのである。もちろん皇帝が死んで何日もっているが、一日も早く新しい皇帝を立てなければならないことに変わりはない。そうでなければ庸帝国は分裂し、本当に騎馬民族軍に蹂躙じゅうりんされ、ほろぼされてしまうだろう。

 そしてこの状況では、陳戎以外の者が帝位に就くことは考えられなかった。理由は進言した士大夫が挙げた通りだが、ぐずぐずしていればもともと野心を持たぬ者すらこの状況にうずきを覚え、暴発する可能性があった。他の皇族が勝手に帝位に就くことを宣言したり、あるいは他の何者かが皇帝を僭称せんしょうするかもしれない。そうなれば庸の分裂は決定的で、騎馬民族に対抗するどころではなくなってしまう。

 が、陳戎にとっては青天の霹靂へきれき、寝耳に水に近い事態である。もっと野心のある男であれば、好機到来こうきとうらいとばかりに喜々として帝位に就くかもしれないが、陳戎はそうではなかった。喜びより狼狽ろうばいの方が大きい。
「閣下、なにとぞ」
 だが士大夫たちには国の存亡が懸かった重大事である。絶対に退けなかった。
 そして陳戎は、他者に強く出られると逆らうことが困難な性格をしていた。
「……わかった。汝らの申す通り、帝位に就こう」
 それでも散々に逡巡しゅんじゅんし、一晩の猶予ゆうよを求めた陳戎は、課せられた重責と自分の線の細さを自覚しつつも、ついに帝位に就くことを受け入れた。
 庸帝国・第九代皇帝、陳戎の誕生である。
 が、彼の代から庸は以前の庸とは違う国家となる。政治体制や経済活動、歴史的意義、文化的なものまで含めてである。彼らが意図してそうなったというより、状況によりやむを得ず、自分たちも知らぬうちいつの間にか、という形でだったし、彼ら自身も自国を「庸」と称し続けたが、それでも滅亡した統一王朝「庸」と区別して、紅都こうとを帝都とするこの帝国は、後世において「南庸なんよう」と呼ばれるようになる。
 このことにより陳戎は、「南庸」帝国・初代皇帝としても名をのこすこととなった。
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