挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
庸滅亡 作者:文叔

第九章 南庸建国

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

60/81

第九章 南庸建国 2

 とはいえ寧安占拠は大きな加点であることに変わりはない。タクグスの武勲は巨大である。大いに面目をほどこし、他の族長や将軍たちも彼に一目も二目も置くようになった。なにしろ発案から立案、準備から実行まで、すべて彼主導でおこなわれたのだから認めないわけにはいかない。中でも北河防衛の庸軍撃破(摂津の戦い)すら陽動として一挙に帝都まで陥落させてしまうという発想を持ったことが、なにより彼の評価となった。なにしろ他の誰も、ズタスですらそこまでの飛躍は出来なかったのだから。
 もちろん大きすぎる武勲は他の将軍たちの嫉視しっしを招く面はある。しかし「大族の族長代理」以外に足場のなかったタクグスは、とにかく実績が必要だったのだからこればかりは仕方がない。これからのことはこれからのことだった。


 タクグスにとって大きな幸運の一つは、武勲の巨大さを主君に対してはばかる必要がないことであった。凡庸ぼんような主君であれば、大きすぎる武勲を持った臣下に対し、嫉妬や警戒心を持つのが常である。それがために失脚させられたり殺されたりした例は枚挙にいとまがない。
 が、ズタスにそのへきはなかった。彼は激情家だったが器量の大きさはそれを上回る。臣下の武勲を嫉妬するような小ささは持ち合わせていなかった。
 もっともタクグスにとっては、ズタスがそのように凡庸な男であってくれた方がありがたかったかもしれない。そうであれば叔父は一時の敗北の屈辱とともに、捲土重来けんどちょうらいをはからなくてよかったのだから…


 兵たちは、央華大陸どころか大陸全土でも有数の大都市でこの世の春を謳歌おうかしている。彼らにとってこれまでの労苦はこの時のためにあったようなもので、酒、女、金、その他もろもろの地上の快楽を味わい尽くそうとしていた。それは必然的に寧安の民衆にこの世の地獄を味わわせることになるのだが、ズタスもしばらくはこれを放置せざるを得ない。
言ってみればこれはズタスという政治家の「公約」である。さえぎったりすることは許されなかったのだ。ズタスとて寧安をしゃぶり尽くすまで永遠に許すとは考えていなかったが、それでもある程度は好き勝手させてやる必要がある。
「師はこれを許される範囲と見てくれるであろうか…」
 とは彼の懸念の大なるものだったが、今はどうしようもなかった。


 そしてズタスには、もう一つやることがあった。これから先の方針や戦略を練り上げることである。それはズタスにとって楽しみでもあった。これまでこの手のことは彼一人でやらざるを得なかったのだが、今回からは参謀がいるのだ。負担を一人で背負うことにいなやがあるわけではないが、必然それは軽減されるであろうし、なにより人材を得たことがうれしかったのである。たとえ将来敵となる可能性があろうとも。
「さて、これより先、我らはどのような形で庸を攻めてゆけばよかろうか」
 ズタスは半ば非公式の会議をそのような言葉で始めた。皇宮の一室、私的な会談をする部屋である。皇帝が使用するものではなくごく当たり前の士大夫たちが使う部屋であるが、この一室だけでも彼らにとっては豪奢ごうしゃにすぎる。
 ズタスはこの部屋に「参謀」であるタクグスだけでなく、他に二人の男を呼んでいた。一人が副将のケボルであるのは当然だが、もう一人は意外な人選であった。
「口裂け」ことシン族の若き族長・サガルである。
 サガルはギョラン族のスッヅを倒し、摂津せっしんの戦いでも獅子奮迅ししふんじんの活躍を見せ、武勲の輝かしいこと騎馬民族の中でも際立きわだっていた。
 だがズタスがサガルをこの場に呼んだのは、彼の勇猛さを買ってのことではない。彼の中に見える、ただの猛将では済まない器量を正しく伸ばしたいと感じてのことであった。
 彼を智将や謀将ぼうしょうにしたいわけではない。それでは彼本来の長所がけずられ落ちてしまう。あくまでサガルは勇将である。だがたとえそうであっても、戦略までも理解した広い視野を持った将軍になってもらいたい。そう考えてのことであった。
 素養の欠ける者にこのようなことを仕込もうとしても困難だが、サガルには確かにそれがある。もし彼がそのような、広い視野と深い思慮とを持った名将になってくれれば、ズタスにとってありがたさはタクグスを得たときと同等かそれ以上であろう。

 ゆえにサガルはこの場にいる。若将じゃくしょうらしい自負にあふれた表情と、いささか場違いな居心地の悪さをたたえた雰囲気とが混在しており、ズタスは笑いをこらえるのに多少の努力が必要だった。
「攻めずにおく、という選択肢もございますな」
 と、最初のズタスの問いに答えたのはタクグスであった。現状、サガルの戦功の光彩に比肩しうる武勲の持ち主は彼だけである。これまでの戦いで赫奕かくやくたる武勲を立てた将軍や兵士はいくらでもいるが、「スッヅ殺害」「寧安ねいあん陥落」に届く者は一人もいなかった。
 ゆえにケボルも、そしてサガルも、タクグスには一目置いている。それは寧安ねいあん突入の先頭に立ち、皇宮占拠を自身の手で成し遂げた武そのものに対してというのが大きかったが、同時に彼の智についても、ズタスほどではないが認めていた。この点は他の将軍たちも同様だが、サガルたちはその念がより濃かったがゆえに、今、この大切な会議の場に呼ばれているのである。

「ふむ…」
 タクグスの言にズタスは腕を組む。彼自身、考えていない選択肢ではなかった。それを見て取ったタクグスは言葉を続けた。
「北河以北と帝都・寧安、さらに北河流域。我らが征した領土は央華全土の四分の一程度でしかありませぬが、純粋に広大です。これほどの領域を央華帝国から奪った者は存在しません。その一事だけでおさの名は歴史に残りましょう」
 世辞でも誇張でもなかった。央華が現在の形で形成されるようになってから、庸を含めた巨大統一王朝はいくつも興亡を繰り返してきたが、そのどれからもこれほどの土地を分捕ぶんどった異民族は、ズタスたち遊牧騎馬民族を含めて他に存在しなかった。「歴史に名を残す」ことの意味と栄誉を、この場で正確に理解しているのはズタスとタクグスだけだが、他の二人にも漠然と、恐ろしささえ含んだその巨大さは伝わる。
 タクグスは続けた。
「また実質的にもこの広さの領域を統治していくのは至難です。これよりどれほど注力したとしても、必ず齟齬そご軋轢あつれきが出てまいりましょう。下手をすれば叛乱や叛逆が起こってもおかしくはありません。それほどの難事が待っているというのに、これ以上の南下は危険としか言えますまい」
 騎馬民族に統治の技術情報ノウハウは存在しない。央華民族のように大帝国を創設し、運営してきた経験は持ち合わせていないのだ。征服した領域内にいる庸人をすべて殺し、財宝その他をすべて奪い取り、そのまま故郷へ帰るというならともかく、そのような無意味なことをする気はズタスにはなかったし、タクグスも考えていなかった。
「ゆえに征服行動はここまでにして、すでに手に入れた物を完全に自分たちの物にするために全精力を注ぐというのも正しい選択かと思われますが」
 タクグスは言葉を結んだ。このような意見を多数の将軍がいる場所で吐けば「臆病者!」とのそしりをまぬがれない。征服=侵攻であり、武力=支配・統治と考える騎馬民がほとんどである。中には手に入れた田畑を見て「こんなもの潰して牧草を植えよ。その方がはるかに使える」との暴言を吐いた者すらいた。畑から得られる農作物や、それから採れる「税」というものの価値を理解せず、自分たちの価値観だけで生きているのが彼らなのだ。いや、自らの価値観だけで生きているのは央華人も同じかもしれないが、とにかく騎馬民族に支配や統治に向いている人間が少ないのは確かである。
 ケボルやサガルにもその傾向はある。が、ズタスに近い場所で生きてきたケボルや、発展途上の明晰めいせきさを持つサガルには、タクグスの言うことを漠然とながら理解できていた。ゆえに何も言わず、彼の言ったことを頭の中で咀嚼そしゃくするため懸命に考えている。
 それを待つことなく、ズタスは組んでいた腕を解いてタクグスに尋ねた。
「ここにとどまったとして、統治は完全に成るか?」
「それはわかりませぬ。我らはこれほどの土地を、まったく新しい形で治めなければなりませぬ。どのような結末となるか、誰にも予測はできますまい」
「では央華全土を対象にしたとて同じことだ。統治に成功するにせよ失敗するにせよ、どうせならすべてを呑み込んでからにしようではないか」
 にやりと笑うズタスの言うことに、タクグスも似たにたような笑みを浮かべ頭を下げた。
 タクグスも異議を唱えはしたが、ズタスが侵攻をやめるとは考えていなかったのだ。そうであっても一つ一つの事柄をきちんと整理するために異論を上げたのだが、そこにはサガルへの教育の意図もあった。これはズタスにはっきり頼まれたわけではないがタクグスは察しており、大勢たいせいを見ての考え方というものを彼に示しているのである。
 このような機微きびのわかるタクグスに、ズタスは「本当に良いものを拾った」と感動すらしていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ