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庸滅亡 作者:文叔

第九章 南庸建国

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第九章 南庸建国 1

 北河南岸で庸軍を撃滅したズタスたちが帝都へ到着したのは、タクグスたちが寧安へ突入してから十日後だった。
 ズタス率いる三万の兵(奇襲の一万に加え河上にいた上陸部隊二万)は、十万の庸軍を木っ端微塵にしてしまった。半ば以上は庸軍の自滅であったが、それでも数倍以上の敵を味方の損害をほぼ皆無で壊滅してしまったのは、常識ではありえない戦果であった。
 もっともズタスとコナレ族、騎馬民族軍は、長城を越えて以来常識外の勝利と前例のない快進撃を続けている。これはズタスだけの力ではなく、なにか天意のようなものが働いているのではないか。そう思う者が騎馬民族だけでなく庸人の間でも増えつつあった。
 ズタス自身もそのように考えなくはないが、それは自己を過信してのことではなく、むしろ謙虚さからである。
「わしに実力以上の戦果を与えてくれているというのならば、天よ、授けられるだけ授けられよ。だがわしが慢心し、すべきことをせず、すべきでないことをするようになれば、そのときはわしからすべてを奪いたまえ」
 ズタスは人為じんいでおこなえることは何一つおろそかにしなかった。少なくとも彼が知覚し得る範囲では確実にそうであった。天が援助を与えてくれているのだとすればそれが理由だろうと考えている。ゆえに天に支えられるも見捨てられるも、すべて自分の責任だとわきまえていた。
 そのような覚悟があってのことでもあるが、ズタスはこの手の噂が広まるのを放置していた。騎馬民族にとっては大きな士気に、庸人にとってはさらなる精神の弱体化につながるとわかっていたからだ。


 北河南岸でおこなわれた「摂津せっしんの戦い」の実戦は一日未満で終わったにも関わらずズタスたちの到着に十日もかかったのは、戦後処理に加え、さらなる戦力の増強を図っていたからである。
 庸軍を撃破し渡河になんの障害もなくなったところで、ズタスは北河以北の駐屯地に置いてきた騎馬民族軍を呼び寄せたのである。
 まずは五万。これだけでも相当時間がかかるのに、中には初めて見る巨大な水の連なりに怯える人馬もあって、渡河は順調にいかなかった。摂津の戦いに参加した最初の六万は、やはり精鋭であったのだ。
 この後も順次渡河させる予定だが、とりあえずの戦力が整ったところでズタスは寧安ねいあんを目指して進発したのである。
 水上では惰弱だじゃくさをのぞかせる騎馬民族も、地上と馬上では比肩する者のない強者の姿に戻る。道案内としてタクグスが寧安から派遣した兵がよく道を知っていたこともあり、八万の騎兵は寧安までまったくとどこおることなく到着した。
「お待ちしておりました、族長」
 寧安の城壁外で、タクグスはズタスを出迎えた。城内はすでにそれなりの安定を取り戻しているため、無秩序に八万の兵を収納するのは得策ではなかった。タクグスと共に寧安を占拠した三万――脱落した五千もすでに合流していた――は、すでにこの世の春を謳歌おうかしている。新参の八万は彼らと交代ということにもなろう。寧安の民にとって災厄の日が続く。
「ご苦労だった、タクグス。万事うまくいったようだな」
「いえ、都内の要所確保、占拠、占領、略奪等は予定通りにおこなえましたが、皇帝一家確保には失敗いたしました。非才の身、厳罰を覚悟しております」
「いや、汝の報告通りであれば、汝に罪はない。むしろ庸の皇帝を誉めてやるべきだろう。わしもかの者がそれほどの挙に出られる男だとは思うていなかった。汝に罪があるとすれば、わしにも疎漏そろうはあった。気にするな」
「恐れ入ります」
「しかし、いささか面倒なことにはなったな」
「は。影武者を仕立てますか?」
「いや、わしや汝はまだしもだが、そのような腹芸はわしらの不得手とするところだ。逆に墓穴を掘ることになりかねん。やめておこう」
「は」
「わしら」とは騎馬民族全般のことである。身代わりを立てるような腹芸をやれるズタスやタクグスの方が騎馬民族の中では異質であった。


 北河南岸で戦力を整えながら、タクグスの「皇帝・皇妃・皇子・皇女、全員自害」との報告を受けたズタスは、隠すことなく舌打ちした。タクグスは自らの失敗を飾ることなく状況の報告を正確におこなっていたため、彼をとがめる気はズタスにはなかったが、それでも皇帝一家を死なせたのは痛かった。
 敵であり、しかもその親玉である以上、皇帝は殺してしまうのが当然との向きもあるが、事はそう単純ではないのだ。むしろ殺してしまった方が味方の害になり、敵の益になってしまう。

 捕らえておくことの益は、なんといっても絶対的な人質になり得る。まだまだ広い央華大陸。現状、騎馬民族は全体の四分の一程度を制覇したにすぎない。支配下に置いていない領土や庸人の方がはるかに多く、彼らの抵抗はまだまだ続くだろう。
 その時、皇帝の身命を盾にすればどうなるか。実際に抵抗をやめることはないにしても、ためらいを持たずにはいられなくなるだろう。本心は人質になった皇帝など見捨てたいと思っても、そんなことを公言するわけにはいかないし、実際に見捨てたりすれば、見捨てた方が不忠の汚名を着せられることになる。このあたりは彼らの文明人としての倫理観と誇りとが大きなかせとなるのだ。

 また、いまの皇帝が生きている限り、新しい皇帝を立てて王朝を運営していくわけにもいかなくなる。抵抗するにしろ反撃するにしろ、あるいはごく日常的なまつりごとをおこなっていくにしても、皇帝という核がなければ成り立たない。それが敵中にあるとあっては万事において不都合になるのは必至である。それを嫌って無理に新しい皇帝を立てたとしても、敵中で「前皇帝」が生きている限り、その正統性は常に疑われることになる。まして庸の宮廷は内輪揉めが常と言っていい状態だ。正統性があやしい皇帝のもとで真にまとまるのは難しいであろう。

 そしてさらに、人質にした皇帝を傀儡かいらいにして庸帝国を実質的に自分たちの物にしてしまうことすらできるかもしれない。ここまで来ると謀略ぼうりゃくの水準が騎馬民族の能力を越えてしまいかねないためそこまで都合よくはいかないだろうが、それでもこのような可能性が残ること自体が味方にとって有利であり敵にとって不利なのだ。


 が、皇帝が死んでしまえばすべてはご破算はさんである。庸の「遺民」たちにとって、これらの障害はすべて消え去ってしまう。彼らは皇族の誰かから「新皇帝」を立て、その者を新たな核として反撃態勢を築くことができる。少なくとも皇帝が生きたままに比べれば、はるかに強固なそれを造り上げることができるだろう。
「せめて皇子の誰かが生き残ってくれれば、その者を正統な庸の皇太子、ひいては皇帝として即位させ、敵を混乱させることができたであろうにな」
 ズタスやタクグスが同様にため息をつくのには、陳徹ちんてつが息子や娘まで道連れに自害してしまったことも理由として大きかった。
 陳徹の実子は全員父親が殺したこと、調べがついていた。庸の各地に幾人かいる皇族はすべて陳徹の弟や従兄弟などばかりである。確かに彼らにも皇位を継ぐ資格はあるのだが、やはり皇統は親から子へが正統である。他の皇族が帝位にいたとて、陳徹の子供を「正統な皇太子=皇帝」としてかつぎ上げ、彼らと対決させれば、庸の宮廷も民衆も動揺を禁じ得ないであろう。敵の動揺は味方にとって益である。これからの戦いにおいて有用な武器となるはずであった。


 それらすべての可能性を、陳徹がみ取ってしまったのだ。それも自暴自棄からの暴挙としてではなく、こちらの意図を正確に見破った上でである。惰弱と言われた皇帝でさえこれほどの見識と覚悟とを持っていたとは、タクグスでなくとも「庸、いまだあなどりがたし」と嘆息たんそくしつつ認めないわけにはいかなかった。
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