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庸滅亡 作者:文叔

第八章 寧安陥落

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第八章 寧安陥落 2

 そんな帝都・寧安から半舎はんしゃ離れた場所に、タクグス率いる騎馬民族軍二万五千――脱落は五千騎だった――が到着したのは朝だった。強行軍ゆえ多少の休息は取ったが、兵たちの方がこらえきれない風情である。
 それも当然であろう。寧安は庸以前の央華帝国の帝都としても使われてきた栄華えいがみやこなのだ。そこにはどれほどの美果があるか。自律心の強い精鋭であっても騎馬民族としての本能は抑えきれない。
 またそれだけでなく、無自覚ながら自分たちが歴史に名を残そうとしていると感じていたことも兵たちを昂揚させていた。万古ばんこの都・寧安を陥落させる歴史上最初の騎馬民族。それが彼らであった。
 そしてその意味と価値を正しく把握している男が彼らの指揮官である。
斥候せっこうの報告によれば、寧安は戦勝の前祝いを昨日より三日に渡りりおこなう予定だそうだ。つまり今日もやつらは何の警戒もなく浮かれ、踊り、そして城門を開け放っている」
 タクグスの静かな報告のような演説を黙って聞いていた二万五千の兵は、声を立てずに気炎きえんを上げた。信じられないほどの質量を誇る高級料理が、なんの苦労もなく食べ放題だと言われたようなものである。寧安が本来持っている堅牢けんろうさを知っている彼らにしてみれば夢かと疑うほどの朗報であった。
 彼らの気炎を感じ取ったタクグスは、それが最高潮に達した瞬間に語を続けた。
「皇帝をはじめ皇族は必ず生け捕りにせよ。殺すことは許さぬ。また帝都に火を放ってもならぬ。それでは黄金を生み続ける羊を自ら殺すようなものだからな。民衆も同様だ。むやみに殺すな。いかな寧安といえ、人が住まぬ都は何も生まぬ。何も作らぬ。それでは帝都を落としたとて、なんの意味もない」
 が、抑制はここまでだった。
「だがそれ以外は何をしても構わぬ。奪いたいだけ奪え。犯したいだけ犯せ。兵であろうが民であろうが反抗する者は殺せ。長城を越えてのち、これまでの汝らの労苦をかえりみぬ者どもがどのような目にうか、央華のすべての人間に知らしめてやれ!」
 騎馬民族の中では異端といえるほど理知的なタクグスだが、やはり彼も北方の民だった。ズタスに比べ兵たちの士気を上げるための演技は多少存在したが、峻厳しゅんげんさとそれにともなう残忍さは彼らの属性である。
 兵たちは今度こそ武器を掲げ、叫声きょうせいを挙げ、抑制されてきた欲望を解放した。
 それを見たタクグスは、剣を振り上げ、振り下ろした。
「突撃!」
 半舎は、歩兵を含む一軍が半日で進む距離である。騎兵しかいない騎馬民族軍にとって指呼しこの距離である。「突撃」は誇張でもなんでもなかった。


 城壁の外にも人は住んでいた。「衛星邑えいせいゆう」といえる集落さえある。帝都・寧安ねいあんといえど無限の広さを誇るわけではなく、このような場所に住んでいる人たちはたいてい下層民である。故郷で仕事にあぶれ、大都市までそれらを求めに来て、そのまま住み着いてしまったのだ。
 以前はこのような人たちもいなかった。庸帝国も建国から百五十年近くが過ぎ、うみがたまり、たががゆるみつつあった。上層部の腐敗やそれにともなう中層・下層の乱れ。それらが徐々に吹き出し、社会の不満やきしみが顕在化けんざいかしはじめていたのだ。城壁の外で生を営む彼らの存在は、庸帝国が傾き始めた事実の目に見える証拠の一つであった。
 といえ庸帝国もこのまま何事もなければあと数十年はったはずである。庸も表面的には繁栄し安定していた。
 最終的には白蟻しろありが柱や壁を内側から少しずつむしばみ続け、ある日突然 崩落ほうらくするような滅亡が待っているにしてもである。
 だが庸の滅亡は外部からの凄まじいまでの突風によってもたらされた。
 この日これから起こる寧安での惨状さんじょうが、それを最も明確に現すことになる。


 城壁の外に住む人たちにとってもこの日は祝日だった。無料で配られる酒や菓子は彼らにもふるまわれたのだ。彼らにとって、特に子供たちにとっては年に何度も食べられない甘い菓子であり、親にとってもそんな子供を見るのは幸福でしかなかった。
 それに彼らとて騎馬民族の侵略に無関心であるはずもない。不安は央華大陸全土を覆い、憂いを持たない者は皆無だった。ゆえに彼らにも今回の「勝報」は心から歓迎すべきものだったのだ。
 彼らも日雇いや力仕事をするため都内に入るため普段から出入りにさほど制限を受けているわけではないが、今日は特に戦勝祝いの祭りに参加することも許されていた。
 寧安の民の中には、彼らをさげすみ差別する者もいたが、この日はそんな者もいなかった。解放感と達成感は人を寛容にする。都民の中には自分たちの宴会に見も知らぬ彼らを呼び入れ、共に飲み、歌い、笑う者も多数いた。これで終わっていれば、ほんの短い日数であっても、寧安は夢と理想の都市として過ごせただろう。


 最初に異変に気づいたのは、衛星邑に残った者たちだった。
 寧安の外周部に住む全員が都内に入って祝ったわけではない。病気で動けない者もいたし、家での仕事をおろそかにできない者もいた。だが彼らも「戦勝」にはなやがぬ者はおらず、全員が久々の解放感を味わっていた。
 その彼らの解放感に震動が伝わってきた。
「…なんだ?」
 摂津せっしんの戦いで歩哨ほしょうが感じたのと同じものを彼らは感じ、同じことをつぶやいた。快晴の空に暗雲が急速に広がってゆくような不安。
 そして彼らは目でも見た。遠くに砂塵さじんが巻き上がり、それが徐々に大きくなってくる光景を。それもまたくだんの歩哨たちが見たものと同じで、原因も同じであった。
 が、彼らが「原因」を認識するのは歩哨たちより遅れた。いかに意外な方向からやってきたとはいえ歩哨たちには戦時の意識があり、どれほどありえなくとも敵の存在は常に認識していた。
 しかし彼らは違う。戦場から遠く離れた場所に住むまったくの民間人で、徴兵からもまぬがれている違法に近い存在である。それゆえ彼らは砂塵を上げる存在が至近に迫ってすら、それが何なのかわからなかった。
「うわ……!」
 彼らに許されたのは悲鳴を上げることだけだった。初動が遅れたせいもあるが、騎馬民族たちの疾走は邑人むらびとに逃げる間も与えなかった。
 が、馬群は衛星邑の存在を無視するように通り過ぎていった。奪う物がない場所に彼らの用はない。が、行き掛けの駄賃だちんのように邑人むらびとは殺された。全員がではない。道にいた者が「ついで」に殺されたのだ。
 邑人は暴風のような人馬の群が通り過ぎた後に転がった死体へ目をやる余裕もなく、呆然と立ち尽くすのみであった。
 生き残った彼らと死んでいった邑人たちが、央華史に事実上の庸帝国滅亡を示す大略奪・大虐殺として名を残す「寧安陥落」の最初の犠牲者であったが、彼ら自身はその意味を知ることもなく生を終えていった。


 タクグスは二万五千の兵を三つに分けた。本来であれば軍を分けるなど愚行でしかないが、今回は「敵」が存在しないのである。三つが四つや五つでも問題なかった。
 タクグスは、北門七千五百、南門七千五百、東門一万で突入させた。西門を開けておいたのは袋小路になった民衆を逃がすためだが、自軍の兵が「殺しすぎないように」との配慮が主であった。
 時刻は昼近く。「祝勝祭」二日目もさかりの頃。油断しきっている寧安へ三方から突入した騎馬民族軍は、都内にいた庸人を一瞬で夢から悪夢へ突き落とした。
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