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庸滅亡 作者:文叔

第八章 寧安陥落

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第八章 寧安陥落 1

 寧安ねいあんの街は大喝采に包まれていた。
「孫将軍、北狄ほくてき撃破。敵軍死傷者多数。北河以南より完全に駆逐。北狄は北河以北へ逃走。我が軍の損害は軽微なり」
 北河南岸での騎馬民族との戦い、このときはまだ命名もされていなかった「摂津せっしんの戦い」の勝報しょうほうがもたらされたからだ。普段敗報はひた隠しにする宮廷だが、これは大々的に発表された。勝報にしろ敗報にしろ宮廷から正式にもたらされなくても、商人や旅人や敗残兵など様々なところから流れ込んでくる情報で、寧安のみならず庸の民は騎馬民族に自分たちの国が侵されていることを知っていた。詳細がわからないだけに噂や流言の類も多く、それが返って彼らの不安をあおっていたが、宮廷からのこの発表は彼らを爆発的に喜ばせた。
「やった! 皇帝陛下万歳! 孫将軍万歳!」
「これでもう安心だ!」
「このまま北河以北も取り戻せるぞ!」
「北狄なんぞ蹴散らして追い返せ! 連中には北の茫漠ぼうばくとした大地がお似合いだ!」
 これまでの不安の大きさを表すようなお祭り騒ぎに寧安の街はわき返る。実際、この年のどの祭より派手に、大規模にこの勝利は祝われた。中には羽目を外しすぎ、登った火の見櫓みやぐらから落ちて死亡する者まで現れたほどだ。しかしこのような少数の不幸を飲み込むほどに、寧安は場違いな活気に包まれた。


 宮廷の方は、都民を越えるほどの浮かれっぷりであった。民のように馬鹿騒ぎ、大騒ぎをするわけではないが、騎馬民族に手も足も出ず、敗北に敗北を重ねてきた彼らの心労は極限に達していたのである。それが解放されたのだから浮かれるなという方が無理であった。
「やりました。やりましたなあ」
「まさか孫どのにこれほどの将才があったとは、まったく気づけませなんだ」
「さようさよう。適材を適所に置けばどのような困難もくつがえせる。今後に活かすべき教訓ですな」
「これまで孫どのを文官として遇していたのは間違いでござった。この責は誰に求められましょう」
「それはもちろん…」
 このような会話が宮廷の宦官派と士大夫派と双方でおこなわれていた。おそろしいほど同じ内容で、喉元が過ぎればすぐに政敵への非難と責任へ問題を移す。最後の「もちろん…」の後は、士大夫派は宦官派の、宦官派は士大夫派の誰かの名を挙げる。もちろん。
 このようなことだから騎馬民族にいいように自国の領土を蹂躙じゅうりんされているのだが、それがわかる者であればそもそもこの窮状きゅうじょうに到ってはいなかった。
 だが、これでまたしばらくは内輪揉めをやっていられる。撃退された騎馬民族もさすがにすぐ再度の出兵をおこなうことは難しいだろう。北河以北奪還のことを考えれば庸にも余裕などあるはずもないが、寧安にいる自分たちへの直接の危機はとりあえず去ってくれた。彼らにはそれだけで充分だった。


 そしてこの勝報は、当然ながら虚報である。送り主はこれも当然ながら騎馬民族。スンク族族長代理タクグスであった。
 あらかじめ北河南岸に準備させていた庸軍の兵に扮装ふんそうさせた兵を、戦闘が始まると同時に寧安へ向けて出発させたのだ。扮装といっても衣服やよろいを庸軍の物にしただけではない。完全に庸兵に見えるように、言葉や動作、仕草、礼儀、常識等も教育された兵である。彼らはスンク族出身であり、以前からこのような策を用いるためにタクグスが育ててきた兵なのだ。本物以上に庸兵らしく見えるほどであった。
 ゆえに彼らがもたらした「勝報」は、庸の宮廷でもすぐに信じられた。「使者」は見知った顔ではなかったが、もともと「そうなってほしい」と心から願っていた内容の報告である。彼らはそれに飛びついた。
 寧安へ勝報を届けた偽装兵は一人だけではない。他の者たちは寧安の民衆へ「勝報」をふれ回った。彼らにしても北から暗雲が近づいていることは知っているし、北河以北と連絡が取れない状況であることも知っている。寧安は北河に近くいつ危険が迫ってくるかわからないが、それでも帝国の首都であり天下の大都である。高く厚い城壁もあれば兵隊もいる。いくら自国の軍隊が騎馬民族軍に連戦連敗であっても、寧安が落ちるなどとはなかなか信じられないものである。
 だがそうであっても不安が消えるわけではない。
 ゆえに彼らもこの勝報を一瞬で信じ、大いに湧いた。さらに宮廷から正式な発表もあり、彼らの安堵と歓喜は帝都を覆うほどになった。


 タクグスがこのような虚報を寧安にもたらしたのは、当然ながら彼らを油断させるためである。が、さらにもう一歩踏み込んだ目的があった。
 寧安の城門を開かせるためである。
 普段、寧安の城門は、朝開き、夜閉じる。そうでなければ民衆が自由に出入りできず、商業その他の維持や発展に大きな阻害ができてしまう。
 だが戦時中は事情が異なる。今も昼は開いている城門も、それでもすぐ近くで戦が(いくさ)おこなわれるとなればいつでも閉じられるように警戒されるし、そのための準備も怠らない。また民衆も北からやってきた人間の情報に過敏になり、警戒心は強くなる。まして「庸軍がまた負けた」との報が伝われば、彼らの警戒心は最高潮に達し、城門は固く閉じられ、騎馬民族にはどう攻略しようもない城壁が完成してしまう。彼らはとにかく攻城戦、持久戦が苦手なのだ。
 ゆえにタクグスは寧安に住む人たちの警戒心という「城門」をまずは開け放したかった。そのために必要なのは彼らを安心させることである。そして彼らを最大限安心させる方法は、この場合「庸軍の勝利」以外ありえない。
 もちろんこの後、庸軍惨敗の「真報」は北からやってくることになるだろう。寧安攻撃隊の進軍中、「摂津の戦い」はまだ戦闘中で庸軍の敗北は決まっていなかったが、タクグスはそのことを疑っていなかった。
 ゆえにタクグスは、寧安が虚報に踊らされている間にすべてを決してしまうつもりだったのだ。

 タクグスに率いられた三万の騎兵は疾走する。最前列には庸内の地理に詳しい者を置き、脱落してゆく者はそのまま捨てて行く。とにかく速さのみがすべてを決するのだ。城門さえ開いていればたとえ麾下きかの兵が半数以下に減っても寧安を落とすことができる。タクグスはそう踏んでいた。
 そして城門が開いている可能性はほぼ十割。しかも一つだけでなく東西南北すべての門が開いている可能性が高いとの自信があった。

 その自信は正当なものであった。
 寧安は民衆のみならず宮廷も、あまりの安堵に羽目をはずしていたのだ。
「凱旋の前祝いだ!」
 との号令のもと、すでに戦勝を祝うための祭が開催されていた。軍隊が凱旋してきたときにあらためて祝祭がおこなわれるため、前祝いなのである。これは普段の戦勝であってもおこなわれるものだが、今回は央華史上でも未曾有みぞうの大危機からの回生かいせである。盛大さにおいて庸の歴史上最大のものとなった。
 街路には露天が並び、歌舞音曲は辺り一面から流れてくる。
 宮廷から役所を通じ、男には酒がふるまわれ、女子供には蜂蜜水や菓子が無料で配られる。
 大声で歌う者、走り回る子供、神々に感謝の祈りを捧げる者。中には昂揚しすぎて殴り合いに発展する者すらいたが、そんな連中でさえ笑顔は消えなかった。
 ある意味では、央華史上最大の祝祭である。解放感は帝都にあふれ、城外にすら及ぶほどだった。
 当然、城門など邪魔である。分厚い鉄製の門扉を全開にしていても、今日の戦勝気分から来る解放感の前には物足りない。城壁すら壊してすべてをはなってしまいたい。なにしろもうこの城門や城壁を越えて侵入してくる敵などどこにもいないのだから。
 それほどに都民の心は浮かれ、すべてに対して開けっぴろげであった。
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