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庸滅亡 作者:文叔

第七章 摂津(せっしん)の戦い

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第七章 摂津(せっしん)の戦い 1

 茫然自失。
 これがギョラン族とスンク族を吸収したコナレ族が巨大化しつつある頃の、庸の朝廷の実状であった。
 半ばは同情も可能であろう。六十万の大軍を送り込み騎馬民族を壊滅させるか長城の外へ押し返そうとしたのは、彼らにしてみれば上出来であった。
 だがこの大軍は騎馬民族を壊滅させるどころかほとんど損害を与えることすらできないまま、完膚かんぷなきまでに叩き潰されてしまった。乾坤一擲けんこんいってきでありながら必勝と言っていいだけの兵数と陣容であったにも関わらずの惨敗である。彼らが茫然自失に陥るのも無理はなかった。

 そして彼らが自失から帰ってくる間もなく、騎馬民族はズタスによって統一されてしまった。
 騎馬民族たちの同士討ち(庸から見れば)はしばらく続く。それに付け込んで奴らを弱体化させ、再度長城の外へ叩き出してやろうと企図していた庸首脳部にとって、またたきする間もない常識外の早業はやわざだった。
「ズタスとやらは鬼神か魔術師か」
 そうとしか表現できないほど、ズタスの北河以北統一は庸の朝廷にとって信じられない速攻だったのである。


 が、これで庸の危機は最高潮となった。ここで満足して侵攻をやめるズタスであるはずがない。統一した軍隊をもって北河を渡り、央華大陸を蹂躙じゅうりんしはじめるは必定であった。
 しかしすでに庸にはまとまった軍隊は存在しない。呂石りょせきに託した六十万は最後の精鋭であったのだ。それですら「庸では精鋭」でしかなく、騎馬民族たちから見れば弱兵である。これから徴集ちょうしゅうしようという兵が騎馬民族の精強さに対抗し得るはずがなかった。
 余談だが庸の朝廷がいかに追いつめられているかは、彼らの間から呂石の責任を追及する声が一つも挙がらなかったことからも証明されている。これほどの大敗を喫した将軍であればどのような罵声が上がっても当然であった。たとえ戦死しようと敵の捕虜になろうとも許せるものではない。それが士大夫はまだしも「失敗はすべて他人のせい」を信条として生きている宦官からすらなかったのだから、彼らが精神まで真っ蒼になっているのが可視できるような有様であった。


 この状況に至っての彼らの最重要課題は、皇帝や自分たちがいかに逃げ出すかであった。彼らはいまだ帝都・寧安ねいあんにとどまっているのである。寧安は北河のすぐ南の支流の近くにあり、現状では騎馬民族たちと目と鼻の位置にあるといってよかった。
 彼らがこれまで逃げ出さなかったのは、体面と、そのような弱腰を見せて兵や民の士気を下げることを恐れたからでもあったが、寧安が敵に攻められる状況が実感できなかったからでもある。北河のすぐ先で戦いがおこなわれてすらなお、彼らの想像力はそこまで及ばなかったのだ。
 実は今でも完全には実感できていない。彼らにとって世界は寧安とその中枢である宮廷がすべてであり、その外は現実感のない異界であったのだ。
 それでも寧安の城壁の外に敵があふれてからでは手遅れである。そのことはわかる。現実感と同様に胆力たんりょくも足りない彼らにとって逃げ出すに充分の理由であった。


 が、ここで反論が出た。士大夫の重鎮である徐雄じょゆうである。反論と言っても寧安から逃げること自体に関してではない。その方法や方針についてであった。
「寧安から陛下がただお逃げあそばせば、大庸全体が動揺し宮廷の権威は失墜しっついいたしましょう。それに寧安のたみすべてを連れて脱出というわけにはいきませぬ。寧安には重臣を残して防衛に当たらせ、陛下には遷都せんととして別の安全な都市へ御身おんみをおうつしいただくがよろしいかと存じます」
 宦官派かんがんは=通称「賢花けんか」がいかに安全に寧安を逃げ出し、いかに安全な場所へ避難するかで右往左往している中、士大夫派の徐雄は皇帝・陳徹ちんてつに対してそう直奏じきそうした。彼にしてもすでに皇帝を寧安から逃がさねばならないことはわかっているが、それが庸の滅亡に直結する事態は避けねばならない。どう取りつくろっても逃亡の印象はぬぐえないが、それでも傷口は出来るだけ小さくしておきたかった。そうでなければ北狄ほくてきに対し反撃に移る力すら失ってしまう。そのための「遷都せんと」の提案であった。
 確かにこれなら形だけでもそれなりに威をたもてる。だが陳徹には懸念けねんもあった。
「しかし寧安に誰が残るというのだ。我が国にまとまった戦力はすでにほとんどない。兵を集めたとしても北河を渡ってくる北狄を撃退するために使わざるを得ず、寧安を守るために使える兵は少ないぞ。それでは万が一のとき全滅するだけではないか」
 はっきり言って犬死にである。下手をすれば寧安の民全員がコナレ族に虐殺されてしまうかもしれない。
 が、この可能性は実は低かった。これまで集めた情報からコナレ族族長ズタスはただ暴虐なだけの男ではなく、話の通じる部分があると庸宮廷では感じられていたのだ。ゆえに降伏すれば民にはそこまでの被害は与えられないかもしれない。それでも抵抗の責任者として重臣だけは彼らに捕らえられ、処刑されてしまう可能性は充分にあった。そんな危険な役回りを誰がになうのか。
「提案したは臣にございますれば、陛下のお許しをいただけるならばその任、臣がうけたまわりたく存じます」
 徐雄は低頭したまま静かな力感とともに自薦じせんした。士大夫は、このような時こそ国にすべてをささげる。それがゆえに士大夫を名乗れるのだ。宮廷を宦官に牛耳ぎゅうじられ、能力や勢力に不足を見せつつも、その矜持きょうじだけは士大夫派も決して忘れなかった。あるいはこれ以外宦官派にまさる力はないのかもしれない。それゆえ彼らにとって決して退くことの出来ない最後の一線でもあったのだ。

 皇帝の御前ゆえ発言は控えているが、他の士大夫たちも同じ気を発散している。そのことが感じられ、陳徹は感動し、徐雄たちに褒詞ほうしたまわろうとする。が、それをさえぎる者がいるのが今の庸の宮廷の現実であった。
「お待ちくだされ陛下。その儀、臣は承伏しょうふくいたしかねます」
 年齢に比して高い声。宦官のそれは発言者の悪意をともなったとき、聞く者の不快感を鋭く刺激する。ゆえに他者への悪意を常態として生きている賢花のそれは、普段の発言すべてが不快であると言ってよかったが、今日のそれはさらに不快であった。
「なにゆえでござるか、王どの」
 徐雄の提案を蹴り、皇帝から彼に与えられる名誉も封じたのは、賢花の一、現在の庸の事実上の支配者である王潔おうけつだった。彼もついさきほどまではいかに逃げるか、どこへ逃げるかしか考えていなかったのだが、自分たち以外の、それも自分たちにとって不利な考えが皇帝へ注がれるのに過敏に反応するのは、彼らにとって本能と言っていい対応であった。反対理由はその場でいくらでも考えつく。自分たちだけの私益を公益と言いくるめる能力に関して彼らは名人であった。
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