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庸滅亡 作者:文叔

第六章 河北統一

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第六章 河北統一 4

 そしてズタスのもとへ使者が現れてから五日後。指定された当日。
 半舎はんしゃ(一舎は軍隊が一日で進むとされる距離)ほど離れた斉水せいすいほとりに全軍を置き、タクグスはズタスのもとを訪れた。
「なるほど、本当に単騎でやってきたな」
 実際には数騎ほど部下を連れてきているのだが、ギョラン族を吸収して倍加したコナレ族のもとへやってくる以上、数騎など無いも同然である。
 そしてタクグスはズタスのもとへ到着した。
「汝がタクグスか」
「は。こたびはズタスどのに臣従するためせ参じました。受けれてくだされば幸いです」
 互いに馬に乗ったまま、ズタスとタクグスの会話は始まる。近くにそれぞれの部下はいるが多少離れた場所にとどめられ、危急ききゅうの際に役に立つかはわからない。危険は充分にあったが、ズタスは恐れる色も見せなかった。タクグス一人程度、自分の剣で討ちえることなど造作もない。この水準の自信と度胸はズタスの自然体であった。

「それは願ってもないことだが一戦もせぬうちにくだるとはいかにもいさぎよすぎるな。存念ぞんねんがあれば聞こう」
 ズタスは率直に尋ねた。
 タクグスが臆病者であるとは思わない。そのような者に騎馬民族がついてくるわけがないのだ。降伏のためであるのにここまでの道程どうていでスンク族に一切の乱れが見られないのは、タクグスの統率力あってこそだろう。ゆえにズタスはタクグスを過小評価してはいなかった。が、騎馬民族らしからぬこの行為に疑問もあったのだ。
 その問いにタクグスも答える。
「私の器量は叔父に及びませぬ。ゆえにこのままズタスどのと戦い続けても敗北は必定。無駄に兵を死なせることは避けねばなりませぬ。ましてズタスどのに従えば央華の財宝を我がものにできることも確実。兵たちには命どころか富貴ふうきも与えられましょう。ゆえにズタスどのに降ること、族長代理としての私にためらいはございませんでした。ですが私個人にとっては一つだけ存念はございます」
 タクグスの言にひねくれたものは感じない。が、騎馬民族らしからぬ視野の広さと思考の冴えは感じ取れた。
 ズタスは時折、スンク族の軍の動かし方に奇妙なものを感じていた。以前のバジュからすれば発想しにくい行軍をしばしば取っていたのだ。それが理にかない、広い視野と明確な戦略をともなっていることをズタスは認めぬわけにはいかず、バジュの思わぬ才覚に侮りがたいものがあると警戒していたのである。
 が、それはどうやらこの甥の頭脳から出ていたものらしい。スンク族の動きに変化があらわれたのは、タクグスがバジュの参謀となってからだったのだろう。そのことを知らなかったズタスはおのれの情報収集能力に危機感をおぼえたが、それは後の話である。

 バジュには惜しいことに男子がおらず、それでも後継者についてさほどあわてていなかった。そのことも奇妙に感じていたが、なるほど、この甥の存在があったればこそだったのだろう。
 ズタスは自分に謀将ぼうしょうと呼べる存在がいなかったことと、騎馬民族にはそのような種類の才を持つ者が少ないこととがあって、バジュに「軍師」がいるという考えが思い浮かばなかったのである。
「これはもしや、天の恵みかもしれんぞ…」
 ズタスは浮つきそうな内心をしずめつつ、タクグスをうながした。

「ふむ、聞こう」
「叔父は捲土重来けんどちょうらいを期して北へ帰りました。いずれ新たに軍を集め南下してくるでしょう。その折りには私も叔父の下へ参じたい。そのことさえ許していただければ、それまでの間ズタスどのにすべてを捧げまする」
 今は臣従するがいずれ敵になる。ふてぶてしいほどの要求を、タクグスは一切の後ろめたさもなく言ってのけた。そのことにズタスも軽く目をいたが、すぐに小さく笑った。
「なるほど、バジュはやはりそのつもりであったか。その方がただ逃げるよりあの男らしい。で、汝は叔父についてはゆかなんだか。それになぜ兵を連れて北へ帰らず、わしのもとへ連れてきた」
「叔父の存念はズタスどのが央華を征服することにあります。そのために私に助力をするようにと」
 タクグスはそれだけしか答えなかったが、ふてぶてしさその二である。
 ズタスの野望達成のためには兵が多いに越したことはなく、優秀な将も同様である。ズタスが征服した央華をいずれ自分がもらい受けるため、兵もタクグスも一時貸しておく。そういうことである。
 ズタスもこれにはもう一度失笑した。
「そうか、なるほど。で、そのような話を聞いてわしが汝を生かしておくと思うか。汝を殺して兵だけもらえれば、わしとしては万々歳であろうと思うが」
「それはそれで構いませぬ」
 タクグスはそれしか答えなかった。彼は巧妙さと大胆さと覚悟とをすべて混ぜ合わせ、今この場にいた。
 恐ろしいことにタクグスの言うことはすべて彼の本心であった。ズタスの心へ食い込むには本心を明かすことが最良であると彼は考えていたのだ。

 ズタスは自分の能力と器量に自信を持っている。そしてその自信は決して過信ではない。タクグスには彼に対抗できる器量はなく、小手先のごまかしでは彼に真意を見抜かれるとわかっていたのだ。
 ゆえに彼は、ズタスのその自信に正面から付け込むことにしたのである。さらにタクグスは、自分が彼の自信に「付け込もうとしている」とズタスが察するであろうことまで計算に入れていた。
 ズタスはその器量で自分の裏の裏まで見透かしてしまう。その上で、自分をどうするか。殺してしまうか。それとも併せ呑むか。そこは賭けであったが、タクグスには充分に勝算があった。
 それほどにタクグスはズタスの器量を信頼していたのだ。


 ズタスは苦笑した。タクグスの考えていた通り、ズタスは彼の「策」をすべて看破かんぱしていたのだ。
 そしてあっさりと言った。
「よかろう。汝をバジュから借り受けよう。汝が使える男であれば返すつもりはないが、そうでなければ放り出す。その時は叔父の下へ帰るなりなんなり好きにせよ。汝の望みと誇りのため、せいぜいわしに惜しまれる働きをしてみせることだな」
 勝算の高い賭けに勝ち、タクグスは深く頭を下げた。
「仰せのままにいたします」
 そう言うタクグスにとっての戦いはこれからだった。彼はズタスの「役に立つ」自信はある。問題は彼に魅入られない自分であり続けられるかどうかであった。何度も言うがズタスの器量は本物である。そのような男に心服するのは、男にとって一つの本懐ほんかいである。その誘惑に自分は抗しきれるかどうか。
 叔父と共有したこころざしを武器に、タクグスはこれからその誘惑と戦ってゆくのだ。それは十倍の敵と戦うより困難かもしれなかった。


 ズタスにとって北河以北を征する最後の段階は幸運であった。戦いと結果そのものが幸運だったわけではない。次代の勇将と若き軍師とを同時に手に入れられたことが最大の幸運であったのだ。
 騎馬民族には猛将の類に入る男は多いが、そのほとんどは文字通り猪突猛進ちょとつもうしんと正面激突のみを得手とする。彼らの破壊力は確かに有効だが、ズタスの代わりに全軍を指揮したり、別動隊として自身の判断をもって行動する副将と呼べる存在は得にくかった。今の副将であるケボルをはじめ、そのような存在がいないではなかったが、彼らはやはりズタスの制御下にあって初めて最大の力を発揮できるのだ。
 が、どうやら「口裂けサガル」にはその才があるようである。スッヅを一騎討ちで倒したことより、サガルが自分ズタスの意志や思考を正確に読み取り、それを利用して一騎討ちを果たしてのけたことの方に価値を見出していた。
 もちろん一騎討ちに勝利したことも大きな価値はあったが、ズタスにはサガルが一生に一度に近い大勝負に勝つ実力と運の強さを持っていることにも着目していた。そういう男はこれから伸びてゆく。
 あるいはサガルはいずれズタスすら越えようとするかもしれないが、そうさせるつもりは彼にはなかった。ズタスはサガルを高く買っていたが、彼に負けているところがあるとも思っていなかったのだ。
「もしサガルがわしを越えるなら、その時は勝手にわしが落ちぶれていくだけだろうよ」
 ズタスは自分がコナレ族の頂点に立っている理由を忘れていなかった。実力がなくなれば蹴落とされるのは騎馬民族の摂理である。これまで何度も、何人も蹴落としてきたズタスである。その覚悟はとうの昔にできていた。


 そして副将と同等以上に欲しかった謀将。軍師。参謀。これを得られたのは法外のことであった。
 これまで戦いに関して、ズタスはほとんどすべてを自分一人で考えてきていた。戦術のみならず、戦略・補給・戦後処理、その他もろもろのすべてである。それができるだけの力量がズタスにはあったが、それでも負担の大きさは想像を絶する。ましてこれからは、央華大陸を南下しての征服行が待っているのだ。このままではズタスの処理能力を越える事態も起こりかねない。
 その負担を軽減してくれるであろう男が降って湧いたのである。多少出自と「去就」に難があろうとも構わなかった。いずれ心服させてやるだけである。
「あるいは天がわしに力を貸してくれているのかもしれぬな」
 ズタスは自分たちの故郷ほどではないが、澄んだ空を見上げてそんな風にも考えた。彼は天が必ず自分に味方してくれるとうぬぼれてはいなかったが、おそれる気持ちは忘れていなかった。タクグスの出現は彼にその思いを強くさせるものであったのだ。

「さて、今度こそ師を招かねばな」
 ズタスは空を見ていた顔を元に戻すと、現実へ立ち返った。北河以北を完全に征服下に置いた彼は、ふくれ上がった軍を組織し直し、占領政策をおこなわねばならぬ。どちらも手を抜くつもりはないが、これからはそれらを一人でこなす必要はない。
 軍に関してはタクグスを使える。
 そして占領政策に関しては師である韓嘉かんかに頼めるはずであった。彼はこの時のためにズタスのもとにいるのだから。
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