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庸滅亡 作者:文叔

第六章 河北統一

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第六章 河北統一 3

 本心を言えばズタスはすぐにでもスンク族へ攻撃を仕掛けたかった。現状はすこぶるコナレ族に有利なのだ。それゆえここで全力を尽くしてすべてを決してしまいたい。ズタスは勝機を貪欲にむさぼる男でもあった。
 だが今はとにかく兵が動かない。呂石りょせき率いる庸の大軍を撃退し、休む間もなくギョラン族を急襲したのだ。討ち死にではなく疲労で死者が出たほどであり、さすがに休息は必要であった。
 また降伏してきたギョラン族の兵から、スッヅが庸へ援兵を求めたとの情報を得たこともあり、そちらへの警戒も必要となったのである。せっかくギョラン族とスンク族に対する際どい二正面作戦を乗り切ったというのに、スンクを攻めている間にギョランより弱兵の庸軍に背後を突かれて負けたとあっては、いい笑い者である。
 ズタスは庸の援兵の様子を確認させる斥候せっこうを放ち、その報告を待つ間だけ兵を休ませることにした。たとえ疲弊ひへいした兵しかいなくとも、ギョラン族を加えたコナレ族の兵数は圧倒的なのだ。仮に今ここでスンク族の奇襲があったとて撃退する自信はある。
 ちなみに庸の援兵だが、コナレ族の速攻があまりに速すぎたため、スッヅの使者が庸の宮廷にたどり着いた頃にはすでにギョラン族の敗北が決定しており、庸は援兵を送る算段をする時間さえなかった。これもまた、ズタスというよりザガルの功績である。彼の一騎打ちでの勝利は方々へ影響を与えていた。
 後日、ギョラン族の使者は首だけの姿になって庸からズタスの元へ送られてきた。一応は汝らに敵対しないとの庸宮廷の意思である。


 これらは後日の話で今ズタスがすべきは、とにかく兵を休ませること。いささか奇妙な表現になるが、できるだけ急いで休ませるのだ。そのために必要なことはすべておこなう。
「ひと月以内にスンク族を降伏させ、残った弱小勢力もすべてたいらげ、北河以北を我がものにしてくれる」
 その意志をズタスは休息する全軍へ伝えて士気を高めようとした。
 が、ズタスの意図よりずっと早く、彼は北河以北を統一してしまうのである。ギョラン族を吸収して三日後、スンク族の使者が降伏を伝えてきたのだ。これにはさすがのズタスも目を丸くした。
「なにゆえだ。いかに現在の我らとスンクの戦力に差があろうと、あのバジュが一戦もせずにくだってくるなどありえぬであろうが」
 ズタスの知るバジュとはそのような男である。騎馬民族は玉砕ぎょくさいいさぎよしとしないが、無抵抗をさげすむ心も同程度に強い。バジュ本人の性質と族内の事情から、無抵抗降伏など考えられなかった。

 が、使者の言上はさらに意外なものであった。
「現在の我らの族長はバジュではなく甥御おいごのタクグスどのでござる。タクグスどのが一族を率いてズタスどののもとへ降る所存にございます」
 使者の言うことにズタスは眉を寄せた。
「なにゆえそのようなことになった。バジュは死んだのか。そのタクグスとやらに殺されたのか」
「いえ、バジュは一昨夜、数騎を連れて逃れいでてございます。一族を見捨てて」
 使者のその言葉には苦渋と抑えようのない憎しみがこもっていた。
 自分たちは見捨てられたのだ。いや、見捨てられるだけならまだいい。なによりそのような臆病者に率いられていたことが許せなかった。騎馬民族の誇りは勇者に従うことを許しても、臆病者に率いられることをがえんじられはしない。彼らは一人一人が侵しがたい誇りを胸に生きているのである。
「そうか、あのバジュがな…」
 使者の、前族長に対する憎悪と蔑視を込めた報告を聞いて、ズタスは小さくつぶやいた。警戒を解くわけではないが一応信じてみる価値はありそうである。
 そこまで考えてからズタスは表情をあらためた。
「では全軍の休息が終わったのち、そちらへこちらが出向こう。汝らは武器をすべて捨て我らを迎え入れるよう、タクグスとやらへ伝えよ」
「いえ、タクグスどのはすでに全軍を率いてこちらへ向かっております。ですがここまでは参りません。兵は武器を放棄し、斉水せいすいを渡り、河畔かはんにて滞陣たいじんさせたまま、タクグスどののみでズタスどののもとへやってくるとのことでございます」
「ほう…」
 使者の言にズタスは軽く目を見張り、その目をわずかに細めた。タクグスとやらのやりようは徹底しているように見える。
 斉水せいすいとはこの近くにある北河の支流の一つで、大河とまでは言えずとも簡単に渡れるような浅く狭い河ではない。
 兵を水の近くに置くことは兵法で固く禁じられている。退路がない状態で水に追い落とされれば全滅は必至だからである。であるのにタクグスはあえて後背に水を置いた最も危険な状態で兵を待機させるというのか。しかも武器すら放棄した上で。
 それはつまり、ズタスたちコナレ族に自分たちの生殺与奪の全権を預けるということである。しかもタクグス本人はその兵からすら離れ、単身ズタスの前に現れるというのだ。これ以上の降伏はないと言えた。
 それゆえズタスはタクグスがいかに本気かというのを感じたのだが、同時にどこか違和感も覚えた。なにが理由というわけではないのだが、とにかく勘がそう告げてくる。いや、ささやくにも届かないほどの小さな異臭いしゅういだというところだろうか。それゆえ錯覚と言い切ってしまっていいほどである。
「とにかくタクグスとやらに会おう。期日は五日後だ。その日にやってくるように伝えよ」
 なんにせよ情報が少ない。タクグスに会って、彼の本心を自分の目と耳と心で確かめればよい。そう考え、ズタスは使者へタクグスの出頭日を伝えた。その日はコナレ軍全軍が休息を終え、完全に回復するとされている日であった。


 使者が去った後、ズタスは西へ斥候せっこうを放った。スンク族が言葉通りに行動するかどうかを確かめるためである。
 三日後、はなった斥候が帰還し、スンク族の行動を報告した。彼らは確かに全軍で進発しており、進軍速度は遅かったが、それはちょうどズタスが指定した日に指定した場所へ到着するよう制御されていたからだという予測も報告された。
「ふむ…」
 その内容にズタスはうなずいたが、同時にタクグスという男に興味も湧いた。どうやらその男は、自分が斥候を放ち彼らを監視することもわきまえていたらしい。そこまでは誰でも予想するだろうが、ズタスはスンク族の行軍にタクグスの声明メッセージを感じたのだ。
 スンク族の行軍には外連けれんがなく、真っ当な意思と「嘘はつかぬ。必ず降る」という言行一致の誠心と誇りを感じる。行軍で意思を表し、斥候をもって相手に声明メッセージを伝えるなど、なかなか尋常な男に出来る芸当ではない。
 ズタスはスンク族という大魚を得るより、タクグス一人に会えることを楽しみに感じ始めていた。
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