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庸滅亡 作者:文叔

第六章 河北統一

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第六章 河北統一 1

 ギョラン族を吸収したコナレ族の勢力は過去最大のものとなった。軍事力だけ見れば、央華大陸と長城以北の大平原を合わせた広大な範囲内でも最大規模である。
 単純に兵の数ということであればまだ庸の方が多いだろう。だが質がまったく違う。なんの訓練もしていない子供が百人集まったとて、実戦に鍛えられた大の男十人にかなうわけがないのだ。

 そして兵の質はまだしも、数で圧倒的な劣勢におちいったのが北河以北の西方に陣取るスンク族であった。
 領土という点ではズタスが捨てたコナレ族の根拠地まで手に入れ、北河以北の三分の二以上を有しているのはスンク族の方である。だがその領土を維持する軍事力は、今のスンク族にはなかった。
 スンク族族長・バジュの表情は、苦渋に満ちている。
「……」
 彼は孤独であった。常に彼のかたわらに控え、優秀な参謀として仕えていた甥のタクグスを、彼は今遠ざけている。根拠地を捨ててギョラン族を討ちに行ったコナレ族の後背を全力で突くべきだという甥の強い進言を退しりぞけ、この時に放った「これからは公私の別をはっきりとさせる」という明言を遵守じゅんしゅしているからである。
 が、真の理由は甥に対する後ろめたさだった。せっかく庸軍を撃破して北河以北を手に入れられる好機があったというのに、目の前の利にとらわれたおのれの欲がすべてをくつがえしてしまった。自身の小器と狭量、視野の狭さがうらめしい。
「わしはズタスにおよばぬか…」
 バジュはズタスをあなどったことは一度もなかったが、彼におよばぬと思ったことも一度もなかった。今回の央華侵攻もズタスに一歩遅れたが、それも必ず挽回してみせる自信があった。
 が、今回のことでそれが不可能に近い難事であることを悟った。スンク族とコナレ族の勢力の差ではない。ズタスとおのれの差が理由である。そのことにスッヅは早くから気づいていたが、バジュは気づけなかった。
 仮に気づいたとしても、認めるのは凄まじいまでに困難だった。彼には誇りがあった。騎馬民族としてはもちろん、有数の族長としての誇りである。ズタスに劣ると認めることは、これまでのバジュの人生をすべて否定するに等しかったのだ。
 剛直であり単純でもある騎馬民族にとっておのれが他者より弱いと認めるのは恥ではないが、頂点に近い者ほどそれを簡単に認めるなどできなかった。


 しかし時間はもうない。ズタスは必ずこちらへ攻め入ってくるだろう。庸軍、ギョラン族との立て続けの戦いに精強なコナレ軍とてさすがに兵を休めないわけにはいかないだろうが、きっと遠くない将来、必ず自分たちに軍を向けてくる。あるいはバジュが考えるよりずっと早い段階で進発してくるかもしれないが、今のスンク族に強大になりすぎたコナレ族を止めるすべはない。少なくともバジュにその方策は思いつけない。彼はもともと策士ではなかった。騎馬民族全体がそのような人材をはぐくむ環境になく、タクグスのような男こそが異例の存在なのだ。
 タクグスが単に頭が切れるだけの軟弱な男であれば、バジュはもちろんスンク族の配下にいる者たちも彼の智者ぶりを受け入れはしなかっただろう。
 だがありがたいことにタクグスは胆力にもすぐれ、一見無謀とも思える戦いにも一兵卒として突撃することにためらいを見せない。武技そのものは「どうにか一流」というところではあるが、それでも個人戦闘で武勲を挙げることも多々あり、バジュも配下の者たちもタクグスに一目置くことに心理的抵抗は覚えていなかった。
「……」
 バジュは、身を切られるような煩悶はんもんに全身を締めつけられている。もうタクグスの知謀ちぼうに頼るしかないのはわかっているのだが、それをおこなうにはおのれの愚かさと卑小さを直視し、受け入れなければならない。その屈辱に煩悶は懊悩おうのうに変じ、バジュを気死させかねないほどだった。

 が、バジュは突然ふっと肩から力を抜いた。
 なんのことはない、彼は自分がいまだ小器にあることに気づけていなかったのだ。このようなことで悩むこと自体ズタスならせぬであろう。なんのためらいもなく自分の不備を認め、頭を下げ、甥に助けを求めるはずである。
「やはりわしはズタスにおよばぬか」
 先ほどまでと似たような言葉を吐き自嘲するバジュだが、その質は明らかに変わっていた。彼はもう一度小さく自分を笑うと、配下の者にタクグスを呼んでくるように伝えた。


 タクグスは叔父の天幕へ入ってきた。ここへ来るのは四日ぶりである。その時も一、二の報告があったのみで、込み入った話も今後への献策けんさくもなかった。以前はほぼ毎日、長時間を共に過ごし、様々な意見の交換をおこなったというのに。
 それでもタクグスはあきらめていなかった。あらゆる方向から現在の状況を観察し、検討し、最善の策を考え続けた。彼は叔父を見捨てていなかった。それはバジュが自分に対して見せる心の壁に接しても変わらなかった。叔父がわざわざ自分にそのような硬質の態度を取るということは、むしろ自分に対して後ろめたさを覚えているからだと彼にはわかっていたのである。もし叔父が自然に彼を遠ざけたのであれば、おおやけにはともかくわたくしの立場ですら会うことをためらったり拒否したりするはずがない。
 そして東方の戦況を聞くたびに、タクグスの期待は大きくなっていった。叔父はきっとまた自分を必要とする。その時が現状を打開する好機であるはずだった。


 が、それは二律背反にりつはいはんでもあった。
 コナレ族とギョラン族の戦いが膠着こうちゃくすれば好機であるが、今の叔父ではそこで動く可能性は低い。もし動くのであれば、それは二族の戦いが終わり、勝利した一方がこちらへ矛先を向ける可能性が高まった時であろう。
 だがそれでは遅い。少なくとも反撃の機会は相当少なくなる。ゆえにタクグスとしては、東方の戦いができるだけ長引き、敗者だけでなく勝者すらが消耗してまともに動けない状況の現出を期待していた。
 その状況であれば叔父を説得する材料はまだある。その時に命懸けで叔父を説得し漁夫の利をつかむ。あらゆる事象を想定しつつ、献策の内容は彼の中でいくつも考え抜かれていた。
 が、それは徒労とろうに終わった。
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