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庸滅亡 作者:文叔

第五章 荊上峠の戦い

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第五章 荊上峠の戦い 2

 そしてコナレ族、ズタスである。庸軍を北河から南へ叩き出し、再度の侵攻能力を奪った今、北河以北における最大勢力は彼らであり彼であった。
 だが絶対的な勢力とは言えない。コナレ族を四とすれば、スンク族とギョラン族はそれぞれ三と二。ただし今のスンク族の戦力は一時的にギョラン族と同等以下に落ち込んでいる。残りの一は、彼ら三族の手が回らない場所に割拠する小部族たちである。
 それだけでなくコナレ族の占領地は、西にスンク族、東にギョラン族と、彼らに左右から挟まれる位置にあった。二族にその気と優秀な連絡方法があれば、コナレ族を挟撃できるのである。そしてその恐れは決して低くなかった。
 庸に対して「敵の敵は味方」と協力した三族である。コナレ族という「共通の敵」に対し、スンクとギョランが同じ論理を使わないとは限らなかった。協力して最大勢力であるコナレ族を先に潰し、余勢を駆って最後の「同盟族」を討ち滅ぼす。
 それによって河北を統一し、南征の軍を発し、庸を滅ぼして央華全土を征服する。
 ここまでうまくいくとは限らないが、スンク・ギョランの両族にしてみれば、とにかくこれが最も勝率の高い戦略であろう。
「そうさせるわけにはいかんな」
 これがズタスの結論であり、これ以外に出しようのない結論であった。


 そして三部族それぞれの問題の解決に、いち早く動いたのもズタスであった。これには理由もある。スンク族は「昏晦こんかい平原の戦い」の痛手からまだ完全に回復しておらず、ギョラン族は手に入れた呂石という駒の使い道に悩み、始動が遅れたのだ。
 これらを見たズタスは、速攻を仕掛けたのである。
「まずは東だ。ギョラン族を叩く!」
 ズタスの号令一下、昏晦平原の戦いから一週間も経たない状況で、コナレ族はギョラン族の占領地へ進軍を開始した。これは、先の戦いの推移を見、西に割拠するスンク族の回復にはまだ時間がかかるとの判断から選んだ結果である。
 あるいは全軍とは言わぬまでも、スンク族も多少の軍の回復はおこない、その部隊に背後を突かれる可能性はあった。だがそれでも、先に西のスンク族を突いて、戦力が整っているギョラン族に背中を襲われるより被害は少ないはずである。
 このままどちらにも攻撃を仕掛けず、じっくりと対策を練るという方法もあるかもしれないが、それでは結局、スンク族に回復のための時間を与え、東西に脅威を抱える結果にもなりかねない。
 なにより、ズタスを含めた騎馬民族は、待ちの戦いより攻めの戦いの方が性に合っているし得意でもある。速戦速攻こそが自分たちの最大の長所であり、その長所を殺す戦い方は自殺行為であった。
 そう考えたズタス率いるコナレ族の勢いは、進軍というより突進に近かった。


 これに対し、迎え撃つ形となったギョラン族は、完全に立ち遅れた。
「なんだと、もう来ただと!?」
 コナレ族侵攻の報を受けたスッヅは勢いよく立ち上がり目をいた。まさか大戦おおいくさがあったわずか数日後、即座に攻め込んでくるとは考えていなかったのだ。これをスッヅの油断と言ってやるのは気の毒かもしれないが、やはり油断であった。思いもかけず手には入った「駒」の活用法などという慣れない思考に気を取られ、ズタスに対する警戒がわずかにゆるんだ隙を突かれたのである。常のスッヅなら「コナレがいきなり攻め込んでくることもありうるな」との懸念を頭の隅に置いておき、警戒していたはずなのだ。有利になるはずの異分子が、逆の事態を招いてしまった。

 しかも不利はこれだけではない。総司令官であるスッヅの心と頭だけでなく、兵たちの準備も出来ていなかった。まず数自体がコナレ族に劣るだけでなく、昏晦平原の戦いで、兵数そのものが減少している。のみならず、大きないくさを終えたばかりで、兵の心身はまだゆるんだままの状態だったのだ。彼らは戦いの疲弊ひへいいやすため、乱痴気らんちき騒ぎの真っ最中であったと言っていい。これでは精強を誇る騎馬民族といえど、むちを入れ直すのに時間がかかる。しかも今度の相手は弱兵の庸軍ではなく、騎馬民族の中で最精鋭と言っていいコナレ軍なのだ。
 と、ここまで考えて、スッヅの脳裏に一つの案が浮かんだ。
「……よし、使者を南にやれ! 庸に兵を貸せば北河以北の一部を返してやると伝えるのだ」
 この緊急事態に、スッヅは直接的な方法を取った。とにかく兵がいなければ話にならない。少なくとも援軍がなければ、いま現在手元にある兵の士気も保ちえないだろう。その援軍を、つい数日前に戦って粉砕したばかりの相手に求めようというのである。虫がいいというより非常識というべき方法かもしれないが、スッヅには成算があった。

 庸にしてみれば、先祖からの地を奪われてしまった事実は痛恨どころの話ではない。あらゆる不名誉と恥辱と恐怖とに駆られる異常事態なのだ。ゆえにその一部でも奪還できるとなれば、乗ってくる可能性は充分にある。庸はすでに大軍を編成する力は失っているかもしれないが、まったく兵がいないわけではないだろう。この際、数千の兵でもありがたい話であった。たとえそれが弱兵であったとしても。

 コナレと庸に挟撃きょうげきされる怖れもないではないが、庸軍にしてみればコナレ軍と共謀きょうぼうしてギョラン族を討っても、その後コナレに粉砕されるだけである。ギョランに対しても同様の疑念はぬぐええないだろうが、同盟を結ぶ意思があるだけコナレ族より信用できると考えるはず。どちらの族も信用できず、兵を出してこないのであれば、それはそれで南は安全になる。全体の不利は消えないが、これ以上の不利を抑えられればそれだけでも益と言えた。
 スンク族へは使者は送れない。そのためにはコナレ族の領域圏内をゆかねばならず危険であるし、北や南へ迂回していては時間がかかりすぎる。
 それに心情としても政治的にも今回は送れない。足許を見られるだけである。
 ギョラン族は孤軍で戦わねばならない。しかしスッズはあきらめてはいなかった。 
「コナレも疲れているはずだ。時間を稼げば逆転できる。そしてコナレが持つ地も我らのものとしてみせようぞ」
 スッヅは危機を好機に変えるべく、拳を握った。
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