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庸滅亡 作者:文叔

第一章 長城突破

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第一章 長城突破 3

 庸兵の中にも真っ当な者もいた。酔ってはいても武器を持ち、侵入してきた敵兵に斬りかかる。コナレ族の中にはむしろそのような男を望んでいたかのように走り出す者もおり、勇んで剣を撃ち交わした。が、数合ももたずに斬り伏せられる庸兵に、返って失望を深めているようだ。
 ズタスは変わらず馬上にいる。


 央華文明の勢力圏は北方において、明確に「線」が引かれていた。
「長城」と呼ばれる城壁の連なる防衛線がそれである。
 長城の南側に住む者が央華の民である農耕民族、そして北側に住む者が遊牧騎馬民族、狩猟民族などの異民族であった。
 狩猟民族もだが遊牧騎馬民族は戦闘力にけていた。特に集団騎馬戦術による機動力を活かした会戦で央華民族はほとんど太刀打ちできない。
 それは彼らが騎馬能力に優れていたからだけではない。北方は自然が厳しく、農地を増やそうにもそもそも植物は育たない。遊牧によって細々と糧を得るか、あるいは「持っているやつからぶん捕る」以外「産業」がなかった。
 そのような環境で育つ以上、彼らは精強にならざるを得ないのだ。弱者は生き残ることができず「悪」ですらあった。
 農耕民族が長子相続であるのに比べ、騎馬民族は末子相続が一般的である理由もそうだ。年が上の者は自分で自分を養う力を身につけた以上、さっさと家を出て自力で生きてゆくのが当然であり、結果、父親の財産を受け継ぐのは最後まで残った末子になるのだ。
 他にも様々に騎馬民族の強さの理由は存在するが、このように厳しい生活を、しかも何代も重ねてゆけば、尚武しょうぶの民にならない方がおかしい。そしてそんな騎馬民族にしてみれば、自分たちより弱く、温暖な気候に暮らし、豊穣な土地を持ち、商業も発達し、「ぶん捕る物」を大量に所有している央華王朝は最高の獲物であった。
 とにかく彼ら騎馬民族と正面から戦って勝てた経験は、長い央華民族の歴史でも稀なことである。
 騎馬民族は明確な文明を築く余裕などなかった。そんな彼らの未開さ、野蛮さを指差し、「北狄ほくてき」とさげすんでみたところで、戦に勝てなければ好きなように蹂躙され、略奪され、殺戮されるだけなのである。それこそ滅亡させられるまでに。


 が、央華文明はこれまで彼らに滅ぼされていない。それどころか隆盛を極め、発展を繰り返している。
 最強を誇る騎馬民族にも弱点があったのだ。その弱点を央華民族は巧みに突き、彼らに対抗してきたのである。そのための有効な武器の一つが「長城」であった。


 前述したように騎馬民族は平原での正面決戦、会戦に強い。騎馬の機動力を最大限に活かせる戦場では無類の強さを見せる。だがその機動力を殺されると、彼らは十全に自分たちの能力を発揮できなくなってしまうのだ。
 具体的には攻城戦などの持久戦である。彼らには攻城兵器を造る技術もなく、また持久戦に耐えうる補給能力もほとんどなかった。そんな余分な食糧があるのなら、そもそも略奪を産業とはしていない。それゆえ央華民族は、彼らに苦手な攻城戦を押しつけるために長城を造ったのである。

 長城は、元々はそれぞれ別個に造られていた城壁を、大戦略と、それを実現する大規模な工事によって何年もかけて完成された。その間に死亡した作業員も百人や二百人ではすまない。だが彼らの努力と犠牲により完成した長城は、騎馬民族からの侵略をほぼ完全に退けられるほどの防壁となった。まったく比喩ではなく、一つの文明を守護するための「盾」となったのだ。
 この防壁の前ではほとんどの騎馬民族は立ち往生するしかなく、そして元々少ない兵糧を早々に食い潰すと、故郷へ向かって馬首を返さざるをえなかった。いかに「正面から戦わないのは卑怯だ! 臆病者!」と罵ったところで、目的を達せず追い返される以上、負けは負けである。長城が機能している限り、騎馬民族は央華に手も足も出せなかった。


 そして騎馬民族にはもう一つ大きな弱点があった。
 彼らの住む高原は広い。たとえほとんどが不毛の地であっても、単純な「国土」の面積からいえば、央華大陸の倍以上の広さがあった。それだけ広い大地であるからには人口も相当なものである。騎馬民族は央華民族と違って記録などほとんど取らないため正確な数はわからないが、集結すれば一大帝国を築けるほどの人口があるのは間違いない。そのような強大な敵がすぐ北にあるのは央華民族にとって脅威以外の何物でもなかったが、実は騎馬民族が一大帝国になることはほとんどなかった。
 彼らは広大な「国土」に、それぞれの部族、あるいは家族単位で分散して棲息しており、また一人一人、一部族ごとに誇り高く、さらに弱肉強食を旨として生きているため、結束することが持久戦以上に苦手であったのだ。厳しい風土に形成された強靭で独立心の強い精神は、自分より弱い者の下に付くことをがえんじえないのである。しかもその「強弱」をはかる計器は単純な力。武力のみに帰されるのである。
 それゆえ央華民族の騎馬民族に対する戦略のもう一つの根幹は、いかに彼らを分裂させておくかにかかっていた。一つの部族が力をつけないよう常に他の部族をあおり、彼らを互いに相争わせる。それだけで彼らは、央華の民から見れば「同士討ち」を始め、自らの強大化を妨げてしまうのである。


 この戦略がうまくゆき、さらに長城の防衛機構が完全である以上、騎馬民族は央華の土地へ侵入することはできない。結果、央華の民は自分たちの土地で繁栄を繰り返し、経済的にも文化的にも豊かになってゆく。彼らの中で葛藤や不正、不公正があろうとも、北からの暴風に怯えずに生きてゆくことができるのだ。


 が、歴史は時として央華の民の思惑を越えて回り始める。半分は天の意志であっても半分は人為が原因である。
 天意が央華に与える脅威は、広く分散した同胞を圧倒的な武威と統率力をもってまとめあげる器量の持ち主を騎馬民族の中に生み出すこと。
 そして人為の方は、央華人自体が腐敗し長城を構成する機構を破綻させてしまうこと。
 この二つが合致したとき央華は北からの暴風に滅亡の危機を押しつけられてしまうのだ。
 そしてこの時期の庸は、この宿命に直面していた。
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